科学者は常識を破壊する
「待ってくれ、お前は……」
「君……噂に聞く、異世界人、って奴か?すごいな。所長以外で初めて見た」
「わかるのか?」
「ああ、なんとなくだけどね。どうも魔力の流れが他の人間達とは違うが、所長とは近いみたいだ」
カイメラの兄と見られる銀髪の美少年は、さわやかに瀕死の国王を担ぎながら答える。
会話が自然すぎて光景とのギャップが凄まじい。
「貴方はどうして……国王を?グランディアに何か恨みでもあるの?」
会話についていけずおろおろしていたロジーナがふと口を開く。
「恨み?そうだな……いや、そういうものは全く無いかな。恨み、恨み……えっと、
他人からの仕打ちを不満に思って憤り、憎む事、だったか」
えらく辞書的な解釈だ。カイメラといい、コミュニケーションができているかできていないかわからなくなる。
「恨みが無いのに、何故他人にそこまでできるの?道中の兵士達もそんな風にしたの……?」
彼女なりの、純粋な問いだ。
カイメラ達は人間の気持ちがわからない。
俺達は彼らの気持ちがわからない。
しかしながら、言葉は通じる。
それゆえ、問うしかない。
「何故……ふむ、深い問いだ。何故と言われても、『そうしろと言われたから』それにつきるね。
所長は僕らにとって父親のようなものだから。最も……父親という存在も、本の中でしか知らないけどね」
「ねえ、だったら、やめることはできないの?それはとっても酷い事で、辛い事で……」
「ごめんね、魔術師のお姉さん。貴方の言いたい事は理解できる。でも僕らには『わからない』んだよ。
ずっとこうして生きてきたし、これからもこうして生きていくしかない。僕らには他の生き方なんてなかった」
カイメラは、ずっとうつむきながら歩き続ける。
「……なあ、名前を聞いてもいいか、あ、俺が先に名乗るか、ウィード、ウィード・ローツレスだ」
「突然だね。僕はシメール……、そう、呼ばれているよ」
くすくすと笑いながら返事をする様は、年相応の少年に見える。
何が彼を駆り立て、行動させるのか。
「シメール、俺は一度死んでてな」
「……は?面白い冗談を言うね。人間は死んだら生き返らないんだろう?」
「普通はな、俺はここに転生したんだよ」
「転生、はは……、異世界から来たとは聞いてるけど、本当に意味がわからないね。
御伽噺じゃないかそんなの」
「俺もそう思う」
ふふ、と二人で笑いあう。
「転生前はマジで生きてる意味がわからなくてさ、ただ人生を消費するだけだった。
ただ、こっちの世界に来て……、何かこう、色々あってさ。もうちょい人生楽しむべきなんじゃないかな、って」
「……そうか」
「別に俺が変わったからお前も変われ、なんて言う気分じゃないんだよ。
ただ、別にやりたい事があるなら、やってもいいじゃないかな」
「…………」
黙り込むシメール、カイメラがふと顔を上げ――、
「ね、ね、シメール……」
「カイメラ」
「はいっ」
「僕らはここで生まれ、ここで死ぬ―――、そう教えられただろう」
「ぇ、う……」
あれだけ快活だったカイメラも、彼の前ではおとなしくなってしまう。
そういう、立ち位置という事か。
「楽しいおしゃべりだったよ。縁があれば、またどこかでゆっくり紅茶でも飲みたい所だ」
「縁はあるから、明日にでもお茶会と洒落込むか」
「それは難しい相談だね。―――着いたよ、ここが最深部、『コア』と呼ばれている部屋だ」
頑強な扉。
そのセキュリティは強固には見えなかったが、うかつなことをすれば人間くらいならば消し飛ばせる強力な兵器を見ると、
警戒と、容赦の無さが伺える。
「……あ、そうか、ここまで何も無かったけど、君たちも敵かもしれないんだったよね」
思い出したかのように振り返り、国王を担いでいない左手に力を混める――、が。
「……………」
カイメラがシメールの袖をつかみ、ふるふると首を振る。
すると魔力は消え去り、シメールはやわらかい表情を見せる。
「敵かもしれない―――、が、それはそれで、面白い事になるかもね」
扉を開くと、そこはかなり広い部屋になっており、
床はびっしりとなにかの文様が描かれている。
文様は怪しい光を放っており、魔法陣が起動していることがわかる。
中央のなんらかの設備に所長は座っているようだ。
細身の男性であることが伺える。
『戻ったか、二人とも』
「ええ、所長。国王もまだ生きております」
「カイメラもいるよ!」
スピーカーとおぼしきものから所長の声が響く。
『……そして、ようこそ、私の敵達よ。流石にこんなに普通に来るとは思っていなかったが』
「ごめんね、所長。つい」
「ごめんなさい!」
『二人とも、謝れてえらいぞ。まあ……せっかくの儀式だ、我々以外にもギャラリーがいたほうが盛り上がる、というものだ。
さあ、王女、こちらへ座ってくれ』
「エメリア!」
俺が叫ぶと同時に、肩に乗っていたハルモニーがぷるっと震える。
『無駄だよ、ウィード・ローツレス。君がいくら強かろうと……儀式は止まらない、これはそういうものではないからね』
ゆっくりと設備から降りる所長。
細身で長身、グレーがかった髪色、銀縁のめがねをかけた壮年の男性だ。ヘッドセットのようなものをつけており、
その声がスピーカーのようなものを通して反響する。
「この魔法陣を破壊し尽くせば止まるんじゃないのか?」
『中々物騒な発想をする。君も大分この世界に染まったようだね……』
「貴方こそ。設備を見てきたけれど、この世界じゃ相当手間だっただろうブレーカーみたいな安全機構までつけて……、
本当はめちゃくちゃ安全意識がしっかりした、常識的な人間だろ」
『く、ふふっ、そんなところを指摘されたのは初めてだ。やはり現代人と話すのは楽しい。それ故に―――残念だ」
所長が手を下ろすと同時に、シメールが担いでいた王を、自らの尾っぽを大蛇に化けさせ、飲み込む。
「しまっ……」
『さあ!神の存在が移り変わるぞ!その瞬間を―――――、』
「ハルさん!」
エメリア、いや、エメリアに化けたハルモニーが走り出す。
途中で擬態を解き、黒い液体になってはねるようにこちらへ向かう。
『何ッ……!?』
「お前の計画は知っていた!国王を殺し、その神の加護が移り変わる瞬間……むき出しの神のエネルギーを変換し、
魔力として魔法陣の起動鍵にしようとしていた……そうだろう!」
『……ご名答だ』
この計画内容は、事前にサルガタナスから聞いていた。
彼女は魔王とともに情報収集する中で、『機械仕掛けの神』の存在を知った。
しかしその起動には常識では用意できない、それこそ神に匹敵する魔力を用意しなければならないと考え、
その唯一の方法である『神の加護の切り替わり』に着目し、入れ替わりを提案したのだ。
流石叡智、と言いたい所だが……逆に言えばこれはもう、最後の手段のようなものである。
それゆえ、すでにグランディアに王は不在だ。
『ご名答、だが……私が代案を用意しないと、本当に思っていたのかね?』
――――何?
「代案なんて、わかってても用意できるものじゃ……」
『君は科学者を甘く見すぎたね。我々は常識で物事を計らない。
可能か不可能は、自らの中にある。いつだって我々は、現代で不可能であるとされることを実現してきた!
それ故人は空を飛び、宇宙へ到達するのだ!』
所長の手招きに応じ、カイメラとシメールが、先ほどまでエメリア(ハルさん)がいた場所へ行く。
「……まさか!『魔術付与』!!、『二律背反』!!!」
瞬間、俺は全力で駆け出していた。




