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30歳童貞聖騎士おじさんVSドスケベロリサキュバス  作者: 御園蟹太郎
第四章 30歳から始める学院生活
39/71

こんなん神の御業だろ!!

――最近、お兄ちゃんが構ってくれない。


正確には構ってくれない訳ではない。宿では魔術の練習をぶつぶつやっているし、

学校では私が逆にお兄ちゃんに話しかけられないし、放課後はどっか行ってるし……。



どうにも距離を感じる。二人でのんびり旅をしていた時間は短かったけど、あの時が一番楽しかったような……。



ユユの事は好きだけれど、お兄ちゃんと二人きりの時間も欲しい。


直接言えばお兄ちゃんが構ってくれるのはわかってる。


でも……なんか、こう、それじゃダメなんだよね……。



柄じゃないため息をつきながら、魔術道具店を探す。

今日のお買い物は今度の講義で使う木人形。人の形をしていれば木でも石でもなんでもいいらしい。


正直この程度なら魔術で生成できるけど、下手にやりすぎてしまってはまた目立ってしまう。

はあ、どうしてあんな事やっちゃったのかな……。



いくらお兄ちゃんをバカにされたからと言って、あれはやりすぎだったかもしれない。

でも、あれくらいしないと人間共はつけあがるし……あそこで力を見せ付けておくのは良かったかもしれないし……、

でも結局決闘でもまたやりすぎた気がするし……付きまとってくる人間は減らないし……。


ぐるぐると、色々な考えが頭をよぎる。

一人で旅をしていた時はこんな風に頭を悩ませる事はなかった。


これはこれで……少し楽しいかもしれない?




「あいたっ」



―――しまった。


考え事をしていたからか、何かにぶつかってしまったようだ。


流石にローブを被ったまま謝るのは失礼かも。


フードを外し、相手の顔を見て……、



「すみません……、考え事をして、いて……?」


「…………ヒナちゃん?」






…………うそ。







「…………お母様?」




少し風貌は違っていても、その魔力は忘れない。

私のお母様、リリス・クリスタ・リーゼフォンその人であった。




―――




「お母様、お変わりないようで安心しました」


「貴方こそ、最近は物騒だから心配したのだけれど、息災そうで何よりだわ」


「ええ、おかげ様で……、本当に、本当に色々な事があって……」



何を話せばよいかわからない。

お母様と会うのは何年ぶりだろう。

紡ごうとする言葉がどれも喉まで出掛かって、頭の中で反芻される。



「……本当に、変わらないわね」


「……え、ええ」



なんだろう。態度がちょっとずつ、こわい気がする。



「……何故、変わっていないの?」


「えっ?お、お母様?」


「忘れてしまったの?私達サキュバスは『経験人数』でその姿を変容させる……。

魔力を見る限り、擬態でもないでしょう?」


「…………あっ」



やばい。すっかり忘れていた。

というか200年とか300年以上前に言われた話だ。覚えてるほうが難しい。


お母様が咎めているのは、サキュバスの「絶滅」に対する恐怖、

そしてそれに対抗する「私」の存在……。



「ヒナ?今の顔はもしかして……、『忘れてた』?」


「えっ、えと、あーっ……そ、その……!」



私達サキュバスは、元々「人間の欲望」を基にして生まれてきた魔物。

生殖相手は魔物ではなく、人間の男のみという、珍しい種族だ。


多種族は同種族同士で子を成す事が多い。類種であるインキュバスは全く逆の存在のため、

私達の交配相手になる事はない。


サキュバスと人間の間に産まれた子は例外なくサキュバスとなる。

そのため、サキュバスは本来、人間の男さえいれば増え続ける存在だった。


しかしそんなサキュバスは今、「絶滅」の危機に追いやられている……。

それはここ王都にある『王都神聖騎士団』によるサキュバス狩りが原因だ。



サキュバスは人間の男を魅了して子を成す事以外、人間にとって無害で温厚な生き物だ。

それどころか、美しい女性の姿で現れるため、感謝こそされ、殺されるのは話が違うと言いたい。


騎士団の奴らからすれば、その『職能』に対して害となると判断したのだろう。

王都周辺にいたサキュバスは全滅。遠征軍を出してまで討伐する有様だ。


そのため私はこの王都神聖騎士団と、それに関わる人間がめちゃめちゃ嫌いなのだけれど……、

今は大分気にならなくなってきた。大人になったという事なのだろう。



さて、それで私の話に戻る。


私はそんな事態を回避するために存在する、いわば『切り札』と呼べるような存在。


『始祖の残滓』の力を分け与えられた、一騎当千の武力。

幼い頃に受けた英才教育はその力の全てを引き出すに至り、今や人間からすれば脅威とされる魔術を使いこなせる。

より正確に言うのであれば古代魔法と呼ばれるものだ。



……そう。私はサキュバスが外的脅威、特に武力によって絶滅の危機に陥った時、

その力を持って原因を排除、またはその体を使って、子孫を残すことが目的に作られた。




まさに今が、その「危機」なんだけど……。


私は子を成すどころか、男と交わった事すらない。



他のサキュバスに知られれば、きっと笑い者にされるだろう。


始祖の正統な血を継いでおきながら、未だに純潔だなんて。サキュバスの恥さらしもいい所だ。




「……わかりました。貴方なりにきっと色々と考えがあったのね」


「そ、そうなんですお母様……、私もより強い子を成そうと……」



これは嘘ではない。私が今まで行為に及ばなかったのは『強い男がいなかったから』に他ならない。


唯一敗北した魔王様は相手にしてくれなかったし、他はおおよそ全勝。

強いて魔術を教えてもらっているサルガタナス様に関しては性別は女性より。そもそも人間の男ではない。


未だ私に勝利した人間の男はいない。全てこの魔力で屠ってきた。


……あ、違った。



未だ私に勝利した人間の男は『いなかった』が正しい。

今はたった一人、いるんだっけ。



「では、出発するわよ?今はどこに宿泊しているの?事情はしらないけれど、早くこんな所から出ないと……」


「え?出発って!?」


「それはもちろん……良い男性を紹介してあげようと思って。私ね、こう見えてちゃんと地位も持ってるのよ。

色々と頑張ったんだから」


「いや、そういう事ではなく、大丈夫です!私はこの町でやることが……、そもそも、旅の仲間がおりまして!」




「ヒナ」


「は、はい」


「それは、一族の存続よりも大切なこと?」


「え、ええーっと……」




ダメだ、この眼……逃げられない。


お母様は厳しかった。様々な魔術の修行や、言葉のお勉強など、


幼い頃から厳しく、時には厳しく……教えていただいた。


逆らえない、きっと戦えば私のほうが強いはずなのに、絶対的な差を感じる。勝てない―――。



……でも、私は、ここで負けるわけにはいかない。




「旦那様が、私の帰りを待っておるんです」


「……え?もうお相手が?」


「はい。彼はとても優しい方で、まだその……契りは交わしておりませんが、もうこの心も、体も、旦那様のもので……」


「そうなの。それならば良かった。…………もちろん、嘘はついてないわよね?」


「……ッ」



まずい。


お母様には嘘は無意味だ。


何故か走らないけれど、小さい頃から絶対に嘘はバレた。ただの一度もお母様を騙せた事はない。


でも大丈夫。これは本当だ。まだ結婚はしていないが、きっと……そうなるはず。


私の心も体も、既にお兄ちゃんの物。それは嘘偽りない事実だ。



「……ふむ、どうやら本当みたいね。貴方がその人の事を好きなのは。

これだけ相手を作らなかったのに。珍しいけれど、めでたい事ね」


「……ええ!ありがとうございます」


「……でも、お相手はどうなの?」


「え?」


「貴方がその人の事を非常に良く慕っている。それはわかったわ。でも、お相手はどうなの?

そんな童女のような外見で本当に男が靡くものなの?人間は豊満な女性が好きよ?」


「うっ……」


「何があったか知らないけれど、貴方が旅人であるその人に付き纏っている……とかではないの?」


「………………」




図星だ。


もう何も返せない。昔からこうだ。お母様にはどうやっても勝てない。


口げんかでもなんでも、一度も勝てたことがない。


今日も負けてしまうのだろうか、そしてお兄ちゃんと離れ離れになってしまうのか?


それは、それだけは――――、




「ヒナ?」





―――この声は。





「お兄ちゃん!」


「どうしたんだ、こんな所で立ち話なんて……」


「ふぅん……この人が」




流石お兄ちゃん、何をするにしてもタイミングがいい。最高。好き。愛してる……!

ここで出会えたのは本当に運命と言えるのではないだろうか。やはりお兄ちゃんと私は運命で繋がっているんだ。




「ヒナ、こちらの人……もしかしてお姉さんか?」


「ううん、違うよ、これは私のお母様」


「へえ!すごい綺麗な方だな……。初めまして、ウィード・ローツレスと言います」




早速、完璧とも呼べるくらいの女たらしを決めていくお兄ちゃん。

時々殴りたくなる事もあるけど、今回は褒めてあげたい。


お母様はやはり悪くない気分のようで、少し頬を赤く染めている。

これだけハリのある魔力の男性にここまで言われて嫌な気分をするサキュバスはいない。

ちょっと発情さえしているはずだ。



「よ、よろしく……お願いしますね?私の事はリリィと呼んで下さい」


「よろしくお願いします。リリィさん。まさかこんな所でヒナさんのお義母様おかあさまに会えるとは思いませんでした。光栄です」


「そ、そんなに恐縮しなくて良いんですよ。おほん」



すごい、あのお母様に対して一歩も怯んでいない。

いや、そもそもそういう風な考えがないのか。



「しかし、お義母様は何故こちらへ?今まで別の場所におられたのでは?」


「え、ええ……この子を探しに来ていたんです」


「……?何かあったんですか?」


「貴方は私達の事について……どこまで知っているの?」


「往来なんであまり大きな声では言えませんが……だいたい知っています。真名も」


「え……!?真名まで!?そ、そこまでの……!?」


「そんなレベルだったんですかそれ」




お兄ちゃんは真名の重さを理解していなかったみたいだ。

真名は相手の支配権さえ得られる程のものだ。最も、相手に対しての精神的優位性があってのものなので、

お母様には通用しないけど……逆に私は真名で簡単に従わされてしまうだろう……。




「そう……それなら話は早いですね。貴方は、この子の将来を、本気で考えているのですか?」


「ちょ……お母様!?」


「黙っていなさい。私は今、彼に質問をしているのです」




まずい、ここでお兄ちゃんが濁したり、適当な事を言えば間違いなく私は連れて行かれる。

お兄ちゃんが空気を読めるのは知っている、ここはどうか、上手く―――、



「……ええ、それが俺の生きる意味だとさえ感じていますよ」




「ふぇっ」



「……あら」




な、なにそれ!?

そんなの普段言ってくれたことなかったよね!?ズルだよ!?そういうのずっこいよ!


私はもはや、お兄ちゃんの顔を見ることはできなかった。



「ですがローツレスさん、貴方はまだこの子に手を出していませんね?

本当は魅力がないと感じているのでは?外見も童女のようですし、他にもっと良い女性がいるでしょう」




一番言われたくないセリフを言われてしまった。




正直、お兄ちゃんはロリコンだから大丈夫、なんてずっと思ってはいたけど、

本当はもっと年上のほうがいいのかもしれない。胸も大きいほうがいいのかもしれない。


私なんて、結局魔術くらいしかとりえのない、ちんちくりん魔族なんじゃないかなって……。




「お義母様とは言え、今の言葉は聞き捨てなりませんね。撤回してください」


「……えっ?」



お兄ちゃんがその身に魔力を纏っている。


すごい、ここまで制御できるほどに成長したんだ、……じゃなくて!


この魔力は怒り、お兄ちゃんの感情に呼応して、大地が力を貸している……?



えっ、えっと、つまり、その……?



「お義母様、ヒナさんは十分に魅力的です、見てくださいこの愛らしい顔を、絹糸のような滑らかな髪

キメ細やかな肌、膨らみかけの胸、細く伸びた手足、引き締まった胴体。魅力的でしょう。

全部魅力的でしょう!これが魅力的じゃなくてなんだ!?神だろ!!こんなん神の御業だろ!!」


「………あ、え、えっと」



「…………すみません、取り乱しました」




私は必死で顔がにやけるのを止めた。


今は真面目な話をしているのだ。お兄ちゃんは怒っているのだ。


私はなんとか顔がにやけないよう、必死で顔を抑えた。



「わ、わかったわ……でも納得いかないの、この子はこんな……、こんな感じよ?

本当に子供を作ろうという気持ちになる?体格差だってすごいじゃない」


「こ、子供?」


「それはもう、婚姻ってそういう事でしょう?それとも何?貴方は子作りもせずに愛してるとか言うつもりだったのかしら」


「ええっと、それはまだ先というか……」


「そんな事を言ってられる時期じゃないのよ?」


「お母様!いいじゃないですか、こんな所でする話では」


「ヒナ、貴方は自信がないの?」


「えっ?」



「本当は抱いてもらえないかもしれない、そういう不安があるんじゃなくて?」


「えっと、それは……」


「確かにお互い仲良しなのはわかったわ。でもそれとこれとは別。子作りができないようでは、

貴方をこの人のところにおいて置くことはできない。それは貴方だってよく理解しているはずでしょう?」


「で、でも……」


「でもじゃない!貴方は自分の立場をよく理解なさい!」


「う……」



「ヒナ」


「ふぇ?」



お兄ちゃんは、涙ぐむ私を慰めようとしてくれたのか、少ししゃがみ、顔を覗き込む。


そんなに近いと恥ずかしい。顔が赤くなっているのがバレてしまう。



「……いいか?」


「え、なにが……んむっ!?」





―――突然の事に、私もお母様も着いていけていなかった。


お兄ちゃんは私の小さな体を強く抱きしめ、力強く私の口内に舌をねじ込む。


何が起きているのかわからないまま、二回、三回ほど、私の口は蹂躙され、


すっかり魂の抜けた人形のようになってしまった私は、その場に崩れ落ちる。



「……理解してもらえましたか?私は聖騎士の職能ゆえ、最後まで事に至れないんです。

しかしながら、本当であれば今すぐ彼女をベッドに押し倒したい。そんな気持ちを日々抑えているんです」




……お兄ちゃんの『それ』は激しく自己を主張しており、その臭いはサキュバスの私達からすれば劇薬のように頭を揺さぶる。

今頃お母様もあてられて火の精霊みたいに真っ赤になっているに違いない。



「あ、え、えっと、は、はい……?わかりま、ひた……」


「分かっていただけたんですね?」



がしっ、と肩をつかむが、お母様は弱弱しく身をよじるだけ。

もう既に『女』にされてしまっている以上、もうお母様に勝ち目はない。



「それでは、これからもヒナさんとの仲を応援していただけると……式には、

あれヒナ、この世界って結婚式とかあるの?」


「……あるんじゃない?」



私は朦朧とする意識の中、お兄ちゃんの質問に答える。


お母様は生娘のように小さくなり、真っ赤になりながらふるふると震えていた。






―――





「本日は有意義な時間でした。ありがとうございます、ローツレスさん」


「いえ、こちらこそ、お会いできて光栄です。リリィさん」


「お達者で、お母様。次はいつお会いできるかわかりませんが……」


「貴方の子ができたら、その時は手紙を頂戴?しばらくは同じ場所にいると思うから」


「わかりました」


「それからローツレスさん」


「はい?」


「……夜が退屈になったら、いつでもいらして下さいね」


「お母様!」


「え?よくわかりませんが、わかりました」


「お兄ちゃんも!わからないで!!」


「え?え?」




お兄ちゃんは、かっこ良いのか、鈍いのか……時々わからない。



でも……うん。そういう所も含めて、お兄ちゃんなのだろう。




「ど、どうした?急に抱きついて」


「なんでもない!」


「そうか……」





――――この時間が、一生続けばいいのに。


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