そうだ、娼館行こう。
「き、緊張した……」
思わず姿勢を崩したのは、意外にもアーガイル・グレイトランド。その人だった。
「団長さんでもそこまで緊張する事があるんですね」
「当たり前だ!あの人の放つ闘気はいつ見ても竦んでしまう……!一体何なんだ!?」
「それはむしろこっちが聞きたいというか」
ぐったりしているフレッド以外の騎士団は皆、戦々恐々としており、
未だに捕食される草食動物のような震え方をしていた。
「彼はサンタ、サンタ=フェルシと名乗っているが……素性や、出身、
詳しい事を知る者はいない。王都では『辺境の勇者』と呼ばれている」
「辺境の、勇者……」
「ああ。どこともわからない辺境から現れた、この世界を救う、勇者とね……」
「世界を救うって事は、この世界に危機が?」
「何?君もしかして……田舎から来たのか?」
え、そこまでの常識だったのか。
流石にこれはまずい反応だったか?
「危機と認識していない……って訳ではないよなあ。この世界には魔王軍という、
我々人間の存在を脅かす恐ろしいものがあってね」
「あ、ああ魔王軍の話ですね……!」
「良かった、流石に知ってるよな!いや焦ったぞ。その魔王が存在するだけでも恐ろしいのに、
さらに配下である魔人十傑。これが一人一人が人間の英雄くらいの力を持つ存在と言われている。
一人でも恐ろしいのに10人だ。これが世界の危機と呼ばずしてなんと呼ぶか!という事だな」
「確かに……」
しらばっくれているが――既に三人ほど会っている。
そしてその噂に違わぬ、力の持ち主であった。
『煉獄』のヴォルカニクスは単純な武力だろう。
軍勢を率いており、師団長という呼び名からも彼が大軍の長である事は理解できる。
あの日は使っていなかったが、ワイバーンと呼ばれる「亜龍種」さえかれの配下なのだという。
恐ろしい事この上ない。多分味方なんだけどね。
『惑わし』のリーゼフォンは人を惑わせるその魅力だ。おおよそ普通の人間があの魅了や困惑に耐えられるとは思わない。
単純に見た目も可愛く、その擬態は王都の結界をごまかすほど。聖騎士である俺の力が強いとは言うが、
敵陣真っ只中で一切気取られない所作、いくらなんでも常人のそれではない。
味方どころか相棒になりつつあるけど……。
『叡智』のサルガタナスは……未知数だ。
しかし魔王から得た情報と、「なんとなく」で現代人の技術を再現してしまうそれは、
敵に回すべきではない事がはっきりわかる。聖騎士達を制圧するのにも何の苦労もなさそうで、
叡智とか言いつつ普通に攻撃魔法が強そうなあの感じ……、戦いたくない。あれは嫌だ。店長だけど。
「その反応……もしや、魔人十傑を見たことが?」
「エッ、まあ、その……」
「本当かよ!教えて教えて!」
「俺も話し聞きたい!」
「いやそのなんというか見たというかまあちょっと遠目に見た感じというか……」
「はは、無理はしなくていいぞ。魔人十傑と相対して生き延びた者などそうおらん。
なんとか逃げおおせただけでも中々の実力だな……!」
「そうですねはは」
流石に3人知ってるしうち一人は今王宮にいますとか絶対に言えない。
グランディアの危機やんけよく考えたら。十傑二人おるぞこの国。中から攻撃されたら終わるんちゃうか。
そういえばヒナ今どうしてんだっけ――と考えていると、爽やかで通りの良い声が聞こえてくる。
「ローツレス様!」
「その声は……エメリア、あ、ヒナ達も――」
と、俺の言葉は止まった。
エメリアが険しい顔をしていたからではなく、
魔人十傑の話をしている時にヒナ達が着たから気まずかったのでもなく、
急に声をかけられたら何を言っていいのかわからなかったわけではない。
美しかったのだ。
ヒナ達の、その姿が。
「お兄ちゃん、探したんだよ……えっと、ちょっと面倒なことに――」
「可愛い……」
「へ!?あ、あ……うん……ありがと」
「お兄様、お兄様、ユユはどうです?」
「うん可愛い……最高に似合っている……神……」
「えへへ……」
「ってあれ、ユユ、そんな呼び方だっけ……」
「使徒様と一緒に旅をする事になったなら、私も使徒様です?それならば呼び方は変えようかなと思ったですよ」
なるほど……。
それでお兄様になったのか……アリ……。
「えへへ、私も……じゃなくて!ローツレス様!どうかお力を貸していただきたいの!」
にっこり笑顔が一転――、どうやら切迫している状況らしい。
ヒナ達の美しいドレス姿の鑑賞会を開きたかったがそうはいかない。
俺は団長達に話し、少し抜けることにした。
「ああ、エメリア様の頼みを断る聖騎士はこの国にはいない。
それに……皆疲れているしな、今日は休養をとっても良かろう」
確かに、フレッドはともかく、見ただけの聖騎士達も少し疲れている様子だ。
エメリアかわいいエメリアかわいいで回復しているとは言え……あの勇者、マジで何者なんだろう。
「エメリア、案内してくれ。トラブルか?」
「ええと、トラブルというよりは……なんというか、本人から直接お話を聞いた方が早いかもしれないわ」
「ふむ……?」
要領を得ない。頭のいい子だと思っていたが……、
それ程面倒な事になっているのか?
――
そして俺が呼び出されたのは、王と謁見した場所だ。
また何か問題でもあったのだろうか、と中に入ると、
見たことのある顔を見つけた。
「あ、あの時の護衛の……!」
「む、あの時の人間……!」
船でエメリアの護衛をしていた狼人と……その横の少女は……?
「ええ、ヴォルフと、ガングよ……!彼ら無事だったの!それは、
すごく、すごく嬉しいことなんだけれども……」
えっじゃあ横の女の子、あの甲冑!?
よくあの細身ででかい甲冑で生活できたな……。
「ほう、これがその人物ですが……フ、人間よりも強いと自称しておきながら、
人間に助けられるとは亜人も情けないものですな」
――と、見知らぬ顔が一人。
「エメリア、あれは……?」
「あれはえっと……ルイドス卿。政務官……だったかしら?兵隊さんの偉い人みたい」
ルイドス卿と呼ばれる男にディスられた狼人、ヴォルフがすごい形相で彼を睨んでいる。
「だから言っているのです。王女の護衛に亜人をつけよう等とというのは……。
いつ裏切るやもしれません。やはり人間の兵で固めるべきです」
「あまり責めてやるなルイドス。ガングは人間族であるし、ヴォルフは我が兵の中でも随一の実力者。
今回の事は不幸な事故だったと言えよう」
「しかしながら……たかだかクラーケン一匹にここまでの失態。おめおめ生き延びてくるとは恥さらしというもの」
「グッ……!」
ヴォルフが拳を握り締める。その形相は……めっちゃこわい。
ガングと呼ばれた少女は悲しそうな顔をしているがあまり変化がないようだ。
「そういえば俺なんで呼ばれたんだっけ」
「なんとか取り持って頂けたりしないかなあって……」
「無茶言いなさる……」
「そこの青年」
「アッハイ!」
突然ルイドスに呼ばれる。
え、何、なんかした?
「貴殿が王女を救っていただけた英雄とやらですかね。この度は大変感謝します。
しかして、貴殿は如何様にして彼女を……?」
「え?いや普通に……エメリアは恐らく……そこのガングさん?の魔法であの場からいち早く脱出できたので、
近くの島に流れ着いてたんですよ」
「なるほど……ふうむ。しかして、貴殿がいなければ王女の命もなかった、という事ですかね」
「いやそれはわかりませんけど……」
「いえいえ、ありがとうございます。王よ、いかがでしょうか?この者がいなければ、
王女は戻ってくる事さえなかったのです。護衛として、彼らが適任とは私は思えませんね」
「むう……確かに、今回の件は安易に外出を許した私にも責任はある。
してルイドス、貴殿はどうしたいのだ。本件に関して」
「は。つきましては王、先遣隊の戻りが遅いとは感じませぬか」
「谷のほうか。確かに……数日前に出立してから、便りの一つもない。……まさか」
「ええ、私はこう考えております。谷で『叡智』と出会ってしまい、全滅してしまったと……」
「な……!いや、しかし……一理ある。あの谷はそう遠い場所ではない。地形等の調査であれば、
もう戻ってきてもおかしくない日程……」
「しかしながら、調査の済んでいない場所に対し兵を送るのは、政に関わるものとしてとてもではありませんが……」
「なるほど」
ヴォルフがそのやり取りを見て、一人頷く。
「ルイドス卿。その役割、自分らに任せてはもらえぬか?」
「ほほう?物分りがいいようだ」
「ヴォ、ヴォルフ……?いいの?谷はとっても危ないって」
「お嬢様、ご安心を。我々はその辺りの雑兵とは一線を画すものという事、ここで証明致します」
「そ、そう……?」
「王、私も彼の意見に賛成です。先遣隊としての仕事を無事こなせれば……再び近衛として戻しても良いかと考えます」
「う、うむ……正直な所、先遣隊がやられるほどの事態であれば、本軍を出すかどうかという所。
こちらの被害を考えれば、この選択は正しいだろう」
会話を聞き、なるほど。と感じた。
エメリアが俺を呼んできたのも、このためだったのだろう。
本人は気づいていないようだが、なるほど俺がいるところにイベントありとはこういう事か。
「じゃあヴォルフさん、俺も行くので後で作戦会議しましょう」
「……なッ!?」
「お兄ちゃん、話聞いてた!?」
「いや聞いてた、聞いてた」
「困りますね英雄殿……、今回は彼らの汚名返上、あまり活躍していただいては……」
「といっても……調査だけでしょ?俺一人いても大して変わらないと思うんですよね。
エメリアがいるわけでもなし」
「ううむ……確かに……しかし、民間人をこういった任務に同行させるのは」
「俺一応エメリア救って帰ってきたわけだし実績もあると思うんですよ。
あ、なんなら――証明しましょうか?実力の程」
そう言い、自らに対して加護をかけるよう、
神に祈りを捧げる。ほんのりと体が輝き、魔力を帯びていく。
「ひっ!?それは、その力は――」
「これがあればまあ安全かなあと」
「う、うう……仕方ない、同行したいと言うのならば……行けばいいでしょう」
折れてくれた。正確に言えばびびったって感じだろうな。
この力は王と同じレベルの加護であり、実際この国では最強にジャンルされる能力のはず。
それをちらつかせて強行するのは流石にかわいそうだったか……。
「……本当に良いのか、人間」
「いやだって谷見て帰ってくるだけですよね?余裕でしょ」
「でも、先遣隊の皆様が戻られてないのよ……?」
「道草食ってるだけじゃないかな」
あくまで楽観的に話を進めるが――俺の中で結論は出ている。
先遣隊は、おそらく全滅している。
それはきっと、サルガタナスが作り出した「配下」によるものだろう。
彼女の力は未知数で、怪しげな改造なども行っている。
それが魔物や人間にも及んでいたとしたら……とんでもない怪物がいてもおかしくない。
先遣隊はそれと出会い、殺されたのだろう。
「必ず……帰ってきてくださいね?」
「もちろん」
彼女は一度――ヴォルフ達と生き別れている。
数日とはいえ、お互いがお互いを心配していたに違いない。
そのような事は繰り返してはならない。むしろ繰り返すと何が起きるかわからなさそうだ。
――――
「本当に良かったのか、ローツレス殿」
「ああ、むしろ『叡智』の件については調べておきたかった所なんだ。丁度いい」
「ふ……礼を言っても言い切れんな」
コクコクと頷くガング。この子喋れるのか?
「でもお兄ちゃんどうするの?今回の敵は強力……あっ、たぶんとっても強いような気がするんだけど……」
むしろ君は色々知ってそうだけどな……。
「ああ、だからまずは情報収集を行う。一日かけて情報を集め、
その情報を元に作戦を立て、向かう。あまり時間をかけなければ、先遣隊の生き残りと出会えるかもしれない」
「そう言うという事は、貴殿も先遣隊は殺されたと予測するか」
「う……まあぶっちゃけ」
「まあそうだろうな……して、貴殿、もしかして情報に宛てがあるのか?」
「宛てって程じゃないんだけど……まあなくはない」
「そうか。ではそちらは任せよう。我々も、何か谷について知る者がいないか聞きまわってくる」
「頼んだ」
「それで、お兄ちゃん、宛って?」
私の事?といった顔でこちらを見るヒナ。
それもあるが――もう一つ。
「ああ、娼館に行ってみようと思う。おそらく俺一人で行くべきだから、ヒナ達は留守番して、て……」
「……は?」
「お兄様、何を言ってるです……?」
……ヒナ達の、めちゃくちゃ冷たい視線が刺さる。
ヴォルフもすごい目で見てるし、ガングにいたっては俺を人間と認識していないような顔を向けている。
違うんだ……。違うんだ……。
「いやこれはその事情が……」
「何が事情なの?」
「えっと……」
いや流石に言えない。ヴォルフたちもいる前で、「店長がそのサルガタナスなんだよ」なんて言える訳がない。
「英雄よ、女遊びは程ほどにしておけよ」
そういい残し、去っていくヴォルフ。
「違う……違うんだ!!」
冷たい目で俺を見下すヒナとユユに、
事情を説明するのはかなり骨が折れた。




