修道院を救え!②
例えばこの修道院、どうすれば問題を解決できるかと聞かれたら、当然、「現金の調達」がゴールだ。
一割あがっていくらになったか知らないが、その家賃を俺が肩代わりして、適当に地主をしばけば終わりだ。
しかしそれではいけないという事を、俺は何となく理解している。
前回の竜人族の問題に関しては、今後彼らは人間を攫って食料とする事はしないだろう、と言ってくれた。
その理由は「俺への義理」ではなく「単純に効率が悪いから」との事だ。
曰く、人間はすぐ腐る上、ゾンビ・モンスターになるという問題や、
一度襲った村は警戒されるとか、迎撃する人間が強ければ死者が出る、という事だ。
それでも人間を食べ続けていたのは「マナが豊富だったから」に過ぎない。
しかしながら、そのマナ量がはるかに効率的なものを見つけたのだから、まるで話が違う。
魔結晶自体は有名なもので、ヴォルカニクス達も全く知らないわけではなかったが、
あそこまで採掘に向いている場所、となると皆目検討も付かなかったらしい。里で暮らしていたら得られなかった知見だ。
これが火種を解決するための『仲介者』としての仕事なのだろう。
無論それは、魔族と人間族だけでなく、人間と人間の仲介としても同じ事だ。
今よりもっと、より良いやり方があり、
それを提案する事が何よりの近道。乾き飢えた相手に水を与えるのではなく、井戸の掘り方を教えるのだ。
あまねく人々に、女神の導きがあらんことを。
――――
「……何見てんだよ、気持ち悪いな」
この口が悪いのがシーナだ。昨日深夜に帰ってきて、
ユーリイにお祓いを受けていた。不機嫌な顔でお昼ご飯用のパンをかじっている。
「シーナ、僕達の言うとおりにしろ等という気はないが……あまりに自由がすぎるぞ」
キリッ、とした顔で注意するユーリイ。君本当に顔がいいな。
「うるさいな……どこで何しようがあたしの勝手だろ」
まるで親に歯向かう反抗期の娘だが、外見年齢は同じくらいだ。
それよりも……。
「シーナ、お前最近いつ風呂に入った……?」
「忘れた」
…………。
「いけ、ミルフィ」
「わかりましたーっ!」
シーナを羽交い絞めにし大衆浴場に連行するミルフィ。
良い子だ。後で褒美をやろう……。
「はな……力つよっ!?」
「伊達に毎日お掃除もお料理もやってないよ~」
そう。この世界では炊事、洗濯、掃除……どれをとっても重労働なのだ!
その結果、ミルフィには健康的な筋肉が付いていた……!そして早寝早起きを徹底しているミルフィに、
深夜まで遊び歩いているシーナが敵うはずがないのだ……。
はなせぇ~……というシーナの声が遠ざかっていく。
満足げに見送る俺を見ながら、ユーリイが呟く。
「全く……貴方は何を企んでいるんですか?」
「止めて欲しいか?」
「……いいえ、本当はお願いしようとしたくらいです。
ただ、外部の人間を巻き込む訳にはいかない、と思ったので」
「悪いな、勝手に巻き込まれてしまった」
「お人よしにも程があります」
「……お前本当に16歳か?」
「今年で17になります」
「なるほど」
「お兄ちゃん……指が疲れた……よしよしして!」
「よしよし……うわ手すべすべだな」
「えへへ~もっと~ふゆゆ~……」
撫でられどろどろ溶けながら、横でちくちくと裁縫をするのは我が相棒・ヒナだ。
とある事に使うための魔法装具を作ってもらっている。
元々古着を買ってきたものをリサイズし、魔術的な様式を組み込んでもらっているところだ。
しかしマジで何でもできるな……いくらなんでも万能すぎじゃないのかこの子?
逆にできない事って何なんだ?
ヒナをなでくりまわしながら、次の行動について考える。
どこまで計画通りに行くかはわからないが……まずは行動あるのみだ。
――――
「……はあ?君は何を言っているんだ。修道院を、学校に?」
「そうです!それがこの町をより豊かにするソリューションなのです!」
「そのそりゅーしょん?かなんだか知らないが……私は暇じゃないんだ。遊びに来たなら帰ってくれ」
「いえいえ、まずはお話をお聞きください、町長」
俺は上手くアポイントを取ることにより、なんとか町長と話をする事ができた。
それもこれも、修道院への支援金を確保するためだ。
「学校はご存知ですよね?あの王都にもある最高学府」
「当たり前だ。魔術や剣術、様々なものが学べる最高峰の場所だ。
あんなものが修道院に簡単に作れるわけがなかろう」
「ええ、ごもっともです。ですが私が提案したいのそういうものではなく、
『読み書き』『道徳』『基礎魔法』の学びの場です」
「む……?そんなもの、家でも学べるだろう」
「そう思われるのも当然かと思われます。しかしこちらをご覧ください」
「なんだこれは?」
「これは、町中の人々に取った意見でございます。ご覧を、日中は仕事が忙しく、
子供の相手ができていない家族が大半でございます」
「ほう、女も仕事に駆り出されているという事か」
「はい。この町の忙しさはもはや常に最高潮。男女問わず日々の仕事に追われております」
「なるほど……しかし子供はどうなる。放置か?」
「ええ、そこであの修道院が出てきます」
「修道院が?」
「はい。あちらは元々子供が多く、所謂孤児院のような側面があります。
そのため町の家族が、子供を一時的に預ける場として使っているようですね」
「なるほど……子供が決まった時間に集まっているのか」
「そうです。そこで教育を行うのです。読み書きができ、道徳を学んでいる、
魔法に精通した子供達はきっと将来この町に立ってくれますし、何より……」
「ふむ……」
「それ程までに管理、教育の行き届いた町。それを治める町長の手腕は、諸外国より注目されるでしょう!」
「…………!」
町長の目が開いた!
ちなみに、先ほどから時々、意図的に横にいるヒナに町長と目を合わせてもらっている。
これはヒナの魔特性、『困惑の眼差し』を使っているためだ。
この特性はヒナの常識はずれの『困惑』を詠唱無しに使う荒業で、本当に微細な威力しかないが、
ヒナと目が合うたびに、少しずつ考えが分散していく。
今回のような強引な理論展開は、通常の町長なら通らなかっただろう……受付の人にも使ったし。
「そのためにはあの修道院に資金援助をなさるべきです。それで貴方様の功績となる」
「ふむ、ふむ、そうかそうか……資金援助をするだけでそのような効果が得られるなら、悪くない。
気に入ったぞ、名も知らぬ商人よ」
「ははっ、ありがたき幸せ」
そして町長に拇印を押させた……。
「……けいやくかんりょー♪」
俺は決して、決して騙してはいない。
この紙が強制的な呪いによって契約内容を履行してしまう『悪魔の契約書』である事は、
聞かれていないので答えていない。ちなみに反故にしたときの呪い返しは凄まじく、その家が滅びてしまうほどらしい。
おお、こわいこわい。
――――
「というわけでシスター、今日から先生としてお願いしますね」
「せ、せ、先生!?私がですか!?何が!?何で!?」
「僕は先日から聞いていたのでわかっています。護身術や、魔法を教えればいいんですね?」
「そそ、シスターは道徳の授業を」
「じゅ、授業……!?そんなこと言われても何の経験もないですし、
私にそもそもそんなことが……!?」
――――
「…………そうして、この女の子は泡となって溶けてしまいました。
嘘やごまかし、でたらめは人の身を滅ぼす。そんな悲しいお話です」
シスターの読み聞かせは、やはりというか効果絶大であった。
先ほどまであれだけ騒がしかった子供達が、一心にシスターの方を見つめていた。
深く、鋭く、それでいて、子供にもわかりやすい優しい語り口調。
やはりシスターを選んで正解だった。
「本日はここまでです。また明日もお話しましょうね」
ノリノリである。
「では次、僕から護身術を教えます」
基本、依頼さえなければ暇なのがユーリイだ。
しかしながら彼も中々の万能性があり、あの年で剣術と魔術ができるのは中々珍しいはずだ。
人材として使わないのははっきり言って損だ。
そして、シスターが授業の準備で忙しくなると、必然的にシスターがやっていた仕事に抜けがおきるが……。
「あ、そうだ、懺悔室……」
「大丈夫ですよ、シスター」
「はい?」
「本日は助っ人を呼んでおります」
「すけっと?何のですか?」
ガララーッ!とハリボテを持ってくる。
題して、『シーナちゃんお悩み相談室』である!!
「ええーっ!?」
「わ、シーナちゃんかわいい!」
そしてそこには……キュートな修道服に身を包んだシーナの姿が!
おめかしはミルフィとヒナに手伝ってもらって、すっかり美少女になっている。
元の素材はいいので、ちゃんとお風呂に入って髪の毛を切って、
おしゃれしてお化粧すれば完璧なのである。
「何だよこれ……あたしに何させる気!?」
「お悩み相談室」
「だからそれが何だって言ってんの!」
「まあまあ、百聞は一見にしかず。いざ、町へレッツゴー」
「ま、まてっ……まって……!」
シーナちゃんは口は強いが行動には出せないタイプなので、
グイグイいかれると逆らえないのだ。俺は知っている。
――――
「出張懺悔室です!普段いえない悩みをここで!皆のアイドルシーナちゃんがお答えします!」
ざわつく町中。
当たり前である。はっきり言って意味がわからない。
しかし間違いなく注目は集めており、ひょこっと顔を出したシーナに「カワイイ!」の声が。
恥ずかしがって引っ込むところがまたカワイイ。
少しすると、くたびれた男性が声をかけてきた。
「……懺悔がしたい」
「どうぞ!」
はりぼての仕切られたスペースへ。
声は近くだと聞こえるが、外からはあまり見えないのがポイントだ。
黒布、まあまあ高かった。
「俺は……」
「…………」
「俺は、妻がいるにも関わらず、別の女性と関係を持ってしまった」
「……」
「こんな俺を、神は……神は許してくれるだろうか?」
「…………」
「…………」
「いや、ダメでしょ」
「おおう!?」
辛辣である。まあ、そこがシーナのいい所なのだが。
ダメージを受けるおっさんをよそに、続ける。
「神様は許さないと思うよ。だって不貞だもん。ダメでしょ。男としてやっちゃいけないよ」
「おおっ……おお……」
傷をえぐっていく!えぐっていく!
「でもおっさんがさ、本当に許して欲しいのは神様なの?」
「え?」
「ここに懺悔に来たってことはさ、誰かに聞いて欲しかったんじゃないの。
そしてこれが、悪いことだって、わかってるんじゃないの?」
「……ああ」
「じゃあさ、懺悔するのは神様じゃないよね。謝って、許してもらえばいいじゃん。
神様は許してくれないかもだけど、奥さんは許してくれるかもしれないし」
「……は、ははっ」
「ね」
「……そうだな。何を悩んでいたんだ。ありがとう。気持ちがすっきりしたよ。これ」
す、と貨幣を渡す男。
「え?いらないよ。懺悔は別にお金を取るものじゃ……」
「違う、寄付金だ。受け取ってくれ」
「……はい」
男はさわやかな顔で去っていく。
この後家庭崩壊するかもしれないが、それもまた、人生だ。
「稼いだな」
「……これ、あたしが?」
「そうだ。お前への、報酬だ」
「…………ッ」
シーナは静かに涙ぐんだ。
自分がずっとやりたくて、
でもできなかったことを達成できた、そんな顔をしていた。
――――
「すごかったね!シーナちゃんのお悩み相談!」
あの男性を皮切りに、次々と人々が相談室に吸い込まれていき、
寄付金入れの箱はずっしりと重くなっていた。
「へへ……そんな事ないし」
シーナの笑顔は作り物ではなく、本物の少女の笑顔だ。
これを見れただけでも、この催しを計画した甲斐がある。
「しかしローツレス殿……何故あえてシーナだったんですか?」
ぼそり、と耳打ち程度の声の大きさで聞くユーリイ。
その答えは決まってる。
「男遊びしてたからかな」
「……は?」
「ここのシスターは純潔だし不貞に厳格。だから人間の本当の悩みになりやすい、
恋愛や性の事は相談し辛かったんだよ。シーナはそんな事ないし、なによりあの性格がいい。
だめな事はだめと、ずばっと言ってくれるのがいいんだ。でも人の事をちゃんと見ている。
ああいう純粋さとか、人間の悪いところに慣れてる人材が欲しかったって訳」
「……たった一日でそこまで?」
「うん、まあ……」
そしてもう一つの決め手は、シーナが無意識に出す『魅了』の魔法効果だ。
あれは本当の無意識らしく、男遊びから勝手に能力と化したものだろう。
ヒナに作ってもらった魔法装具はそれを増幅させる効力がある。人が集まってきたのはそういうのもある。
相談したい、と思った人がそれを隠さず、相談しに来るという感じに仕向けたのだ。
これで寄付金、支援金がそろった。後は最後の仕上げにかかる――。