11. あなたは光の下にいて
森の木々が空を覆う。
風に吹かれて、地面の落ち葉がカサカサと音を立てた。
グウィン様が体を屈めてくれる。
それでも大きな彼の姿のせいで、私はどうにもグウィン様の背中から降りられそうにない。
すると、グウィン様の体は途端に眩しい光に包まれて⋯⋯みるみる背丈を小さくさせていき、いつしか光は人の形へと収束する。
そして、いつもの姿が現れた。
見慣れた黒髪。王族の衣服。無表情な顔。
緑玉のような瞳は、狼の姿の時にも健在だった。
私は彼の腕の中に抱かれていた。
彼が少し腰を折り、私を丁重に降ろしてくれる。
「⋯⋯疑問に思っていることがたくさんあるだろう」
私は彼を見上げながら、どうにかこくりと首肯する。
何から話したものか、とグウィン様は考えあぐねているようだった。
「⋯⋯ジェイド王子、は⋯⋯」
私が恐る恐る言葉を紡ぐと、彼は「ああ。まずそちらから話そうか」と頷いてくれた。
「確かに俺はお前を助けるためにジェイド王子の姿を借りて、何度か城の中を歩き回り、数々の者を欺いた。
ロワンテーヌ王国の神、グウィン⋯⋯千の姿を持つ神であると謳われている。俺は確かに自分が『そう見せたい』と思った姿を再現することが出来る。
だが今お前が見ている俺の姿は、『ジェイド王子』の姿でない。俺自身の人間の姿だ。俺はお前に会うときだけは、必ず俺自身の姿で会っていた。
この黒髪も、緑色の瞳も、全て俺のものだ」
そっか。私が今見ているのはグウィン様の人間の姿。
城の者たちに会う時だけ、ジェイド王子の姿を使っていたんだ。
あまりにも多くのことが起きて、脳が情報を処理出来なくなっているのか、頭の中がふわふわする。
ふと、私の脳内を覗いたのかグウィン様が心配そうに目を細めて、「難しければ考えるのをやめていい」と諭してくれた。
ううん。全部知りたいよ、あなたのこと。
「⋯⋯お前が聖女として選ばれたのは、ほんの赤子の頃だったな」
懐かしむように、どこか私を通して遠くを見ている。
「俺は⋯⋯聖女のことなど今まで気に留めたことなどなかった。力を持たない聖女の祈りの声など聴いてやっていないというのに、人間は何百年と聖女を選び続け、彼女たちを犠牲にする。
そんな歴史がずっと繰り返されるのだと思っていた。全て、どうでも良かった。お前と出会うまでは」
宝石のようにちらちらと光を灯す瞳から視線を逸らせない。
まるで呼吸を忘れたかのように、私はじっと彼の言葉に耳を傾けている。
「お前は、真に力を持った聖女だった。お前の祈りが、囁きが、話し声が⋯⋯聞こえてきた。
俺はお前に興味を持った。いつしか、お前が語り掛けてくれる声を、ずっと聴いていたいと⋯⋯そんな風にさえ思った」
私の声は、届いていたんだね。
私にとって祈ることは私の存在意義で、私という人格を繋ぎ止める唯一の手段だったのかもしれない。
あなたに話し掛けていると、心が安らぐ気がしてた。
きっとあなたが真剣に耳を傾けてくれていたから。
「お前がこの城に閉じ込められ、一生国に飼い殺されて生きていくのが、我慢ならなくなった。
俺だとて驚いている⋯⋯まさか俺にこんな感情が芽生えるとは。どうしてもお前を外の世界に連れ出したくなった。
そこで色んなものに触れて目を輝かせるお前を、見たかったんだ」
そうだったの。そうだったんだ。
彼がゆっくりと腕を伸ばし、私の頭を撫でる。
髪に指を通し、まるで祈るみたいに。
「アイリス。共に行こう。お前を縛る国を出て、もっと遠くへ行こう」
口元にはかすかな微笑みが浮かび、その眼差しはまるで相手を包み込むように穏やかで深い。
ただ私のありのままを受け入れるような、あたたかな慈愛がそこにあった。
まるで、どんな弱さも過ちも、すべてを許してしまうかのように。
一緒に来てくれる、とグウィン様は言った。
神が国を捨てるということ。
一体ロワンテーヌにどんな災いをもたらすだろう。
けれど、もうそんなこと考える必要はないのかもしれない。
だって私、ずっと頑張ってきたでしょう?
「アイリス」
彼が、私に行こうと言ったのだから。
赦しを与えてくれたのだから。
ねえ、グウィン様。ペガサスは、どこに行ったら会えるかな。これからどこへ行こう。
【Fin】
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