01. 初めましてアイリス
だって、神の声なんて聞いたことがないのに。
「聖女様。お食事をお持ちしました」
今日も簡素な世話役の女性の声。
一度も開いたことのない重い扉の小さな小窓から、食事だけが差し込まれる。
パンとスープ。あたたかい上等な食事。
少なくとも私がここに閉じ込められて二十二年、メニューは一時だって変わったことがなかった。
物心ついた時から「貴方様はこの国の聖女なのです」と大司祭に教えられていた。
聖女とは、人々の祈りを神に届ける者。
聖女とは、人々の為に生涯身を尽くす者。
聖女とは───守られるべき者。
その為には親の手から離れ、狭い部屋に身を置いて一切の外部からの接触を遮断し、国によって管理されなければならない。
母親の顔は知らない。私が生まれたその瞬間から、私は大司祭に聖女として選ばれて、国に引き取られたという。
地面を歩いたことがないの。
窓から見える空も、曇ったガラス越しでしか見た事がない。
けれどきっとこの生活が死ぬまで続くのだろうと思う。
私は幼い頃に何度も言った。
神の声なんて聞こえない。祈りなんて届けられない。
私には何の力もないのだと。
「いいえ。貴方は聖女です。だって私が選んだのですから」
大司祭はにこやかに私にそう告げた。
みんな、私を聖女だと思っている。
私は聖女。私は聖女。
きっといずれ、聖女様と呼ばれ続けて、私は自分の名前すら忘れてしまう。
その時はどうしよう。どうもしないかな。
だって私にはこの生き方しかないから。
みんなを騙し続けて、いるかも分からない神に祈り続けて、食べ物を与えてもらわないと、私は生きていけない。
これでいい。きっと、これでいいの。
今日も私は、誰にも呼ばれなくなった自分の名前をひっそりと心の中で呼んで抱き締めるの。
「お前が聖女アイリスか」
───アイリス。そう、私の名前、アイリス。
一度も開けられたことのなかった、あの大司祭だって開けようとはしなかった重い扉が、ギィィと軋む音を立てて開く。
驚きすぎて声も出ない私を一瞥して、歩み寄ってくる男性。
とても綺麗なひとだと思った。
漆黒の闇のような黒髪に、陶器のような白い肌、そしてこの世の人とは思えないような、美しく輝く切れ長の緑の瞳を持っている。
体に沿う濃紺の衣は金糸の刺繍で縁取られ、肩からは重厚なマントが静かに流れ落ちていた。
胸元には金色のブローチ。思わず目を瞬いた。
あれは、確か、この国の紋章。
「⋯⋯ようやく会えた」
男性のぽつりと呟いた声には、奇妙なことに幾分かの安堵が乗っかっているような気がした。
人形のように美しいひとに見つめられ、どうしていいか分からずにぼうっと彼を見上げてしまう。
あなたは、だれ?
「⋯⋯俺はこの国の第一王子、ジェイドだ。お前に、会いに来た」
空気が透き通るような低い声。
その声を聞いた瞬間、なぜか身体中がぞくりと粟立った。
予感がする。私は、このひとと出会うことによって、なにか運命を丸ごと変えられてしまうような────。
私には聖女としての力がない。
その筈なのに、この瞬間だけは、まるで予言が舞い降りたみたいにそう強く思えた。
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