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第86話 合わせる剣

翌日から、冬の広場の空気が少し変わった。

原因は、ガレスだった。


老剣士は木剣を肩へ担ぎ、雪を踏みしめながら告げる。


「坊っちゃん、アリス」


「なんだ」


「二人同時に来い」


「同時に、ですか?」


「二人まとめて鍛える」


広場の若い連中が、ざわっとする。


「ちょっと待て」

「なんで俺まで巻き込まれる」


「お前も鍛えるからだ」


「理不尽だな」


「必要だと思いますよ」


いつの間にか来ていたテオドールが、横からさらりと言った。

レオが振り向く。


「お前まで乗るな」


「乗るも何も、片方は騎士の基礎が強い、片方は生き延びる剣に寄りすぎています」

「なら、今ここで互いに吸わせた方がいい」

「非常に合理的です」


「お前細かいなぁ」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めてねえよ」


アリスは、少しだけ目を輝かせていた。


「レオ様と一緒に鍛えてもらえるんですか?」


「なんだその言い方」


「ちょっと嬉しいです」


「そうか」


ガレスは、雪を踏み固めた広場の中央へ立った。

いつもの木剣。

だが、纏う空気が違う。


若い連中も、すぐにそれを感じ取った。

レオも、アリスもだ。


ガレスは、剣の基礎を知らないわけではない。

むしろ逆だ。

正しい足運び、剣筋、重心移動。


そういう土台が身体に入っているからこそ、その上に戦場の泥臭い剣を乗せることができた。

生き延びるためだけに、雑に剣を振ってきたわけではない。

基礎を知り、削り、捨て、それでも残したものが今の剣なのだ。


だからこそ、教えられる。


「二人とも構えろ」


二人が並ぶ。

右にレオ、左にアリス。


こうして見ると、面白いくらい違う。

アリスは正統な騎士の構えだ。

線が綺麗で、体の軸が通っている。


レオは、そこまで崩れてはいない。

だが、やはり実戦側へ寄っていた。

構えが詰まっている。

いつでも距離を変えられる代わりに、型としては素っ気ない。


ガレスは二人を見比べてから、鼻を鳴らした。


「分かりやすいな」


「何がだ」


「アリスは綺麗すぎる」


「はい」


「片方は汚すぎる」


「おい」


「事実だ」


「そこ、私じゃなくてレオ様の方なんですね!」


「お前は綺麗すぎて死ぬ」


「うっ」


「坊っちゃんは、汚すぎて伸びしろを自分で削ってる」


「言い方」


「結論、どっちも駄目だ」


「理不尽だな」


「でも、言いたいことは分かります」


「まず、レオから来い」


レオが踏み込み、正面から打ち込む。

悪くない。

実戦なら十分通る。

だが、やはりどこか省略が多い。


「そこで止めるな、剣先を最後まで通せ」

「お前、途中で当たればいいになってる」

「戦場じゃそれでいい、一対一の戦いじゃ駄目だ」


「くそ」


「アリス、お前も打て」


「はい!」


アリスの剣は、やはり綺麗だった。

すっと真っ直ぐ来る。

見栄えまでいい。


「お前のは綺麗に決まりすぎる」

「相手がそのまま受けてくれる前提だ」

「戦場じゃそうはいかねえ」


「はい!」


そう言うと、ガレスは唐突にアリスの足元へ木剣を振った。

アリスが咄嗟に足を引く。

ぎりぎり避けはしたが、体制が目に見えて崩れた。


「それだ」


「なんですか急に!」


「急に崩された時、どう戻るかだ」


「型が綺麗でも、汚くても、戻れなきゃ終わる」


その言葉と同時に、ガレスの剣が今度はレオの肩口へ飛ぶ。


レオはある程度予想していたのか、木剣の腹で受ける。


「受け方が硬い」

「実戦で骨がもつならいい」

「でも、鍛錬でそればっかやると選択肢が増えねえ」

「流せ、ずらせ」


「厳しいな」


そのまま無言でアリスへ剣を放つ。

上から、横から、足元から。

騎士の型を、わざと崩すように打ち込む。


アリスは尽く反応する。

だが、やはり最初の一瞬は型で受けようとして遅れる。


「考えるな!」


「はい!」


「返事はいらねぇ!」


「はい!」


「そういうとこだ!」


そこから、広場はほとんど戦場みたいになった。

ガレスが二人へ同時に打ち込む。


レオへ上段を見せて、途中でアリスの足元を払う。

アリスへ真っ直ぐ突くと見せて、

次の瞬間、レオの木剣を絡め取る。


速い。

老いてなお、速い。


「二人がかりで来い!」


「言われなくても!」


二人で挟ように位置取りを変える。

だが、最初は噛み合わなかった。


レオが低く入れば、アリスが半歩待つ。

アリスが上から圧をかければ、レオがその線を嫌ってずれる。


互いに互いを邪魔している。

遠慮ではない。

一緒にやる前提の剣になっていない。


ガレスは、そんな二人の線を木剣一本で切っていく。


「互いに遠慮するな!」


「してねえ!」


「してません!」


「嘘つけ!今のは坊っちゃんが引いた!」

「今のはアリスが止めた!」

「味方に当てるのを怖がるなとは言わねえ」

「でも、味方がいる前提の剣を早く覚えろ」

「一人で綺麗に勝つな、二人で汚く生き残れ!」


その言葉が、妙に刺さった。

レオはそこで、自分の踏み込みが半拍遅れた理由を自覚する。

アリスも、横へ払った剣を途中で止めたのが、相手ではなくレオを気にしたせいだと分かる。


「来い!」


ガレスがもう一度吠える。


次の瞬間、レオが低い姿勢から突っ込む。

正面ではない、横だ。


アリスはその動きを見て、今度は半拍待たずに上を取るように踏み込んだ。

綺麗すぎない、少し無理を通す。


木剣が交差する。

ガレスが初めて半歩下がった。


「ほう」


老剣士の目が細くなる。


その隙に、今度はレオが木剣を流す。

受けるのではなく、ずらす。

隙間へアリスの剣が滑り込む。


浅い。

まだ、本当に届くには遠い。

だが、明らかにさっきとは違った。


「今のだ、今のを体に入れろ」


「おう」


「はい!」


そこから先は、少しずつだった。


最初はぐだぐだ。

次に、何となく被らなくなる。

その次に、相手の動きの先が見え始める。


レオが低く入れば、アリスが上を塞ぐ。

アリスが正面を切れば、レオが横を抜く。

ガレスがどちらかへ意識を向ければ、もう片方が入る。


まだ未熟だ、まだ甘い。

だが、二人の線が少しずつ一つの流れになっていく。


「今のは悪くねえ!」


今度はアリスが踏み込んで、あえて綺麗な正面を見せる。

ガレスがそれを外へ流した瞬間、レオが低い角度から木剣を差し込む。


回避が間に合わないと判断したガレスが、木剣で弾く。


「ちっ」


舌打ちと共に木剣で叩き落としはしたが、完全には余裕の顔ではない。


広場にもどよめきが走る。


「押してねえか?」


「押してますね」


テオドールも素直に頷いた。


ガレスの隙を見たレオが先に前へ出る。

そこへガレスが噛みつこうとした瞬間、アリスが半歩外から木剣を滑らせる。


レオが囮になり、アリスが噛む。

さっきまでの逆だ。


ガレスが今度は一歩、きっちり下がった。


「なるほどな、ようやく一緒に来る気になったか」


だが、そこで終わるガレスではない。

次の瞬間、剣の速さが一段変わった。


レオの剣を受けると見せて、肘でずらす。

返しでアリスの足元を払う。

倒れかけたアリスをレオが庇おうと動いたところへ、今度はその肩口へ木剣が飛ぶ。


「ほら見ろ」

「合わせ始めたら、今度は互いを守ろうとしすぎる」


「くそっ!」


「だが、悪くない」


「どっちだよ」


その後も二人は食らいついた。

一度、明らかに二人が優勢に見える場面もあった。


レオが正面を切り、アリスがその上を通して、二方向から同時に迫る。


広場の若い連中が息を呑む。

だがガレスは、冷静なまま、二人ではなく空間を斬った。


踏み込みの線そのものを壊す。

レオの足を止め、

アリスの角度を狂わせ、

最後は最短で首元へ木剣を添える。


「はい、終わりだ」


「今のは無理です!」


「無理じゃねえ、経験の差だ」


「痛い言い方ですね」


「真実は大体痛い」


訓練が終わった頃には、二人とも汗だくだった。

冬の広場だというのに、肩で息をしている。

手も足も震えていた。


だが、表情は悪くなかった。

手応えがある顔だ。


周りで見ていた若い連中も、もう完全に黙っていた。

笑えない。

途中から、すごすぎて声も出なくなっていたのだ。


ガレスは最後に、二人を見て言った。


「明日もやる、雪が降ってもやる」


「本気だな」


「坊っちゃんは、基礎を拾い直せ」


「おう」


「アリスは、型を壊されても笑えるようになれ」


「笑うんですか?」


「気持ちの話だ」


レオは木剣を肩へ担ぎ、長く息を吐いた。

こうして鍛え直せる時間があるのは悪くない。


アリスも同じことを思ったのか、少しだけ笑っていた。


「前より、ちゃんと一緒に戦える気がします」


「気がするだけじゃ困る」


「そうですね」


「でも」


「でも?」


「悪くはない」


「はい!」


その返事は、いつもより少しだけ落ち着いていた。

冬の村は、今日も静かに強くなっていく。


飛竜の子がいて、雪の広場では傭兵上がりの老剣士が二人まとめて叩き直している。

春に向けて、レオ達も静かに牙を研ぎ始める。

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また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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