第84話 飛竜の子、お披露目
生まれてから少し日が経ち、アズも保育室の中ではだいぶ動けるようになってきた。
まだ小さい、ほんとうに小さい。
だが、肉を食い、よく寝て、時々ぱたぱたと翼を動かす。
青い目で周囲を見回すその姿には、もう「ただ生まれたばかりの何か」ではない存在感があった。
レオは目の前でアズをあやしているアリスを眺めがら、村人達へのお披露目を考えていた。
「そろそろいいだろう、村の連中にも見せる」
「大丈夫ですか?」
「だから、見せるだけだ」
「はい」
「触らせたりはしない、特に子供達は注意させる」
「それは分かります!」
「どっちかと言えば、アリスもそっち側だ」
「違います!」
「半分くらいはな」
「その数字やめてください!」
そうして、その日の昼、アズはついに村人たちへお披露目されることになった。
場所は村の広場中央。
風は冷たい。
その日は雪もなく、日も少しだけ出ている。
冬の中ではかなり穏やかな日だった。
村人たちは、何が始まるのかと広場へ集まっていた。
レオが「今日は見せる」と言った時点で、皆うすうす察してはいた。
飛竜の子。
卵から生まれた、あれを。
「本当に出すのか」
「まだちっちゃいんだろ?」
「でも飛竜だぞ」
「どんな顔してるんだ」
「牙はあるのか?」
「火は吐くのか?」
「それはまだだろ」
「いや、新大陸だしなあ」
そんなざわめきの中、アリスが毛布にくるんだアズを抱えて現れた。
その瞬間、広場の空気が変わる。
「え、ちっちゃ」
最初に声を漏らしたのは子供だった。
その一言で、なぜか全体の緊張が少しだけ解けた。
アズは、毛布の中から青い目を覗かせていた。
焦げ茶色のふわふわした体毛。
まだ鱗も目立たない。
翼も小さい。
爪はあるが、身体が小さいので怖いよりちゃんと爪があるが先に来る。
「相変わらずかわいい」
リーナが思わず口に出す。
「分かる」
サラも腕組みしながら同意する。
それを皮切りに、村人達も感想を言い合いだした。
「これが飛竜?」
「ほんとに?」
「思ったより、全然ちっちゃい」
「ぴゅ」
アズが小さく鳴く。
それだけで、子供たちが一斉にざわめいた。
「いま鳴いた!」
「見たい!」
「触っていい?」
「駄目です!」
アリスが片手を前にだして、近くに来てはだめをアピールする。
「今日は見るだけです!」
「えー!」
「えー、じゃありません!」
「でも小さいよ!」
「小さくても飛竜です!」
「ほんとに?」
「ほんとにです!」
アズはそんな騒ぎにも、まだ少しきょとんとしていた。
だが、アリスの腕の中にいる限りは不安そうにはしない。
子供たちは、予想以上に大騒ぎだった。
「青い目!翼ある!」
「しっぽも!毛がふわふわ!」
「アリスずるい!」
「なんでですか?」
「抱っこしてるから!」
「それは卵番だったからです!」
「ずるい!」
もう完全に、火尾鶏たちが初めて村へ馴染んだ時と同じ空気だ。
違うのは、相手が飛竜だということだけ。
子供達の様子を見ながら、レオが隣にいるテオドールへ小声で話しかける。
「子供ら、順応早すぎないか」
「早いですね」
「ですが、悪いことではありません」
「そうか?」
「先に村の子として受け入れる」
「その感覚は、後々かなり大きいかと」
「なるほどな」
そこへ、アカネたちも現れた。
しかも三匹そろって、妙に堂々としている。
アカネが胸を張る。
スミも首を高くする。
ヒイロは少しだけ落ち着きがないが、それでもどこか誇らしげだ。
子供たちも、そこへすぐ食いついた。
「アカネたち、先輩!」
「すごい!」
アカネたちは、アズの周りをうろうろしながら、妙に「自分たちの後輩」みたいな顔をしている。
アズの方も、少し気になるらしく青い目で追っていた。
一方で大人たちの反応は、子供たちとは違った。
まず第一に、拍子抜け。
次に、納得。
そしてそのあとで、じわじわ来る。
「これが飛竜か…」
「大きくなったら、あれになるんだよな?」
「たぶんじゃなくて、そうなんだろ」
「誰も最後まで育てたことがないからな」
「それはそうなんだが」
女たちも、最初は「かわいい」が先に来た。
だが、そのあとで現実が追いつく。
「これが大きくなるのかい」
「飛ぶんでしょ?」
「新大陸、やばいね」
「今さら気づいたのかい」
「今さらだけど、改めてだよ」
大工のドーレンはバルドと並んで、腕を組んでじっと見ていた。
「バルドよ、あれ小せえな」
「まずそこだよな」
「でも翼がある」
「作りが、最初から飛ぶ側の骨組みだ」
「分かるのか」
「大工を舐めるな」
「骨は見えねえだろ」
「見えなくても分かることはある」
「ほんとかよ」
「半分くらいはな」
「うつったな、お前」
アズは、皆に見られているのが少し不思議らしかった。
怖がるでもない。
だが、あまり騒がれると少しだけ毛布の中へ潜ろうとする。
「びっくりしてるじゃないですか」
子供達に囲まれたままのアリスが、アズを庇うように抱えた。
「でも見たい!」
「見るのはいいです!」
「触っちゃだめ?」
アズは、そう言われている意味など分からない顔で、毛布の隙間から小さく鼻先を出した。
それを見て、また子供たちがざわつく。
「かわいい!」
「翼見たい!」
「おい、近づくな!」
今度はレオが直接止める。
その声で、子供たちが一歩引いた。
引くのは引く。
だが、目は全然離れない。
もう飛竜は怖いより先に、小さなアズになり始めている。
そんな様子を見ながら、レオがガレスに言った。
「そうか」
「何がだ」
「もう、村の子なんだな」
「だろうよ」
「早いな」
「子供と雛は、こういうもんだ」
「そうかもな」
お披露目が終わる頃には、村の空気は少し変わっていた。
飛竜の子がいる。
それはもう、噂でも想像でもない。
しかも思っていたより小さく、思っていたより可愛らしい。
だが同時に、爪もあり、翼もあり、これが育てば飛竜になるのだと、ちゃんと分かる姿でもある。
その両方を、村人たちは今日、自分の目で見た。
だから、大人たちは顔を見合わせてこう思う。
新大陸、やっぱりやばいな。
「火尾鶏がいて、飛竜まで生まれるのか」
「そういう土地だろ、新大陸は」
「今さらだけど、今さらだから余計にな」
「それもそうか」
冬の村、その真ん中。
飛竜の子の名前が呼ばれ、子供が騒ぎ、大人がやばいなと笑い混じりに言う。
少し前なら、想像もできなかった光景だ。
だが今は、それが当たり前みたいにそこにある。
アズは毛布の中で小さく丸まりながら、それでも青い目だけはしっかり開いていた。
その目に映るのは、雪と、火と、人の顔。
新大陸の冬の村が、少しずつ小さな飛竜の居場所になっていく。




