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第72話 討つか、見るか

村へ戻った時点で、空気はもうざわついていた。

見張り台の連中だけではない。

広場にいた女たちも、畑帰りの男たちも、空で二匹の飛竜が争っていたのを見ている。


「本当に飛竜だったのか」


「落ちたんだろ?」


「森の浅い層あたりに落ちたのを見た」


「おい、子供ら外に出すな!」


そんな声が、あちこちで飛び交っていた。


特に目立ったのは、アカネたちだった。

三匹とも、普段の番鶏らしい余裕がない。

羽を膨らませ、尾を低くし、落ち着きなく首を振っている。


アカネですら、いつもの「どうだ」という顔ではなかった。

本能なのだろう。

空の上位種に対する、はっきりした怯えが見える。

レオを見るなり、アカネたちがすり寄って来た。


アカネとスミを撫でながら、レオが話しかける。


「珍しいな、いつもの顔はどうしたアカネ?」


「かなりびびってるな」


エルマーもヒイロをあやしながら、ぼやくように言った。


「飛ぶやつ相手じゃ、こいつらでも格が違うんだろうな」


「そうだろうな」


それから、村人たちの不安をこれ以上広げないためにも、すぐに緊急の顔合わせが開かれた。


場所は領主館の会議部屋だった。

まだ真新しい木の匂いが残る部屋へ、主要な顔ぶれが次々に入ってくる。


レオ、ガレス、エルマー、バルド、アリス。

そこへ、急ぎで呼ばれたテオドールとイルゼも加わった。

テオドールは部屋籠もりの最中だったらしく、紙を何枚か抱えたままだ。

イルゼはアトリエから飛んできたのか、袖にまだ薬草の匂いが残っている。


「何があったんです」


テオドールが開口一番に切り出す。


「飛竜だ、しかも二匹」


「冗談がきついですね…」


「冗談ならよかったんだがな」


ガレスが鼻を鳴らす。


そこから、見たことが一気に共有された。


二匹の飛竜による空中戦。

赤い飛竜が炎を吐いたこと。

焦げ茶の飛竜が浅い層へ墜落したこと。

瀕死だが生きていること。

土の魔法を使用した形跡があること。

母親であり、卵を抱いていたこと。


部屋は完全に静まり返ったところで、ガレスは腕を組み直した。


「で、俺の意見は決まってる」

「即討伐だ」


その声に、部屋の空気がまた少し張る。


「飛竜は瀕死だ」

「確かに瀕死とはいえ、爪や牙をまともにもらえばこっちが致命傷だ」


「そうだな」


そこはレオも頷く。


「あの状態じゃ、まともに飛べん」

「立ち上がるのも怪しい」

「なら、遠巻きに弓を叩き込めばやれる」


老剣士の目は、もう完全に討伐側だった。


「卵のことは知らん」

「食うなり売るなり、後で考えりゃいい」

「とにかく、村の近くに飛竜なんざ置いておけん」


「俺もガレスの気持ちは分かる」


バルドが賛成の意を示す。


「村の近くってのがな」

「子供も入るし狩猟班も入る、水路も近い」

「放っとける相手じゃない」


「そうだ、今のうちに討つしかねぇ」


そこでテオドールが流れを変えるように口を挟んだ。


「危険です」

「瀕死でも、飛竜は飛竜です」

「もし夜のうちに少し回復して動き出したら、村側が対応できません」


ガレスはそこで、テオドールに目を合わせる。


「今なら、向こうは動けん」

「こっちは距離を取れる」

「狩るなら今だ」


会議部屋の空気は、そこで確かに討つかどうかへ寄った。

だが、全員がすぐ頷いたわけではない。


テオドールが指先で机を軽く叩いた。


「ガレス殿の意見は理解します」

「ですが、確認したいことがあります」


「何だ」


「弓を叩き込む、と仰いましたが」

「何人で?」


「今すぐ出せるのは、俺とレオ、それに狩猟班から何人かだ」

「数は揃う」


「問題はそこだけではありません」


テオドールは静かに続ける。


「瀕死でも、飛竜です」

「一矢二矢で死ぬ保証は?」


「そんなものはない」


「死に際に大規模な土魔法を使用される可能性は?」


そこはエルマーが答えた。


「可能性はある」

「瀕死でも俺より魔力は遥かに高い、最悪地震を起こすかも知れん」

「どんな生き物でも、子を守る母は何をするかわからん」


テオドールが軽く頷く。


「弓を叩き込んだ結果、最後の力で暴れたらどうなるかが読めない」

「しかも場所は森の浅い層、大規模な土魔法を行使されたら村を巻き込むこともある」


少しだけ会議室が空白になった。

ガレスも言葉を止める。


討つのはいい。

だが、死に際の母飛竜が何をするかが全く読めない。


イルゼが、そこで口を挟んだ。


「私は戦いの話は詳しくない」

「でも、瀕死の大型が暴れるってのは、錬金術師目線でも嫌な絵しか見えないね」

「村の領主として、レオはどう思うんだい?」


「討つにはリスクがあるが、放置ってわけにもいかない」

「すまん、俺の中でも上手くまとまらない」


「村の近くに置いとけないってのも、その通りだよ」

「だから問題は、討つか放置かじゃない」

「どう処理するか、だろうね」


その時だった。

それまで黙っていたエルマーが、妙に静かな声で言った。


「観察は?」


「は?」


バルドが何言ってんだこいつとばかりに、エルマーを凝視した。


「だから観察だよ、できれば捕獲したい」


部屋の空気が一瞬で固まった。

レオが少し身を乗り出して、エルマーに向き直る。


「待て、今なんて言った」


「観察または捕獲したい」


「飛竜を?」


「土飛竜を、だ」


「言い直しても狂ってるな」


「いや、待てって」


エルマーも身を乗り出した。


「普通の飛竜じゃないんだぞ」


「それは全員知ってる」


「だからこそだ」

「あの落下の瞬間に、土を起こして衝撃を殺した」

「しかも、半分は無意識だ」

「どんな魔術理論があるのか確かめたい」


「研究対象としては一級品ですね」


テオドールが半分呆れた声で言う。


「そうだろう?あれはもう飛竜じゃない、伝説の古龍に近いかもしれん」


エルマーの目がぎらつく。


「だから危険なんだ」


ガレスがエルマーを睨むように言った。


「危険なのは承知だ」


「承知してて捕まえる気か」


「理想はな」


「理想で村を吹き飛ばすな」


「そこまで言ってない」


「言ってるのと同じだ」


だが、エルマーは引かない。


「少なくとも一晩で終わらせる話じゃない」

「卵を守る母親個体だ、行動にも規則性が出るかもしれん」

「土への干渉も、どの程度まで無意識でやるか見たい」


「最後だけ本音だな」


とレオ。


「全部本音だ」


「捕獲が無理でも、観察だけは価値がある」


「魔法狂いめ」


ガレスも諦め半分の言葉だ。


「誉め言葉だな」


レオはそこで、ようやく口を開いた。


「俺も、放置はないと思ってる」

「だが、今ここで五人や十人で森へ入って、勢いで始めるのも違う」


「確かに…村が掛かってるんだ慎重に越したことはねぇ」


バルドが力強く頷く。


「討伐するにしても、段取りがいる」

「子供と狩猟班の立ち入り禁止」

「水路側の見張りを増やす」


テオドールがすぐに補う。


「あと、最悪の想定を先に置くべきです」

「飛竜が回復して、自力で動く」

「あるいは、赤い飛竜が戻ってくる」


その一言で、部屋の温度がまた少し落ちた。


赤い飛竜、あの火を吐いた方。

あれが戻ってくる可能性は、ゼロではない。


「くそが」


ガレスは拳を握りしめたまま、軽く机を叩いた。


「そこまで考えると、なおさら今のうちに片づけたい」


「気持ちは分かります」

「ですが、気持ちでは竜は狩れません」

「必要なのは段取りです」


「そこまで言うなら案はあるんだろうな」


「あります」


「言え」


「まず、今夜の時点で森の浅い層を封鎖します」

「その上で、明朝しかけます」

「明るいうちに、討伐か、観察継続か、あるいは別の処理を判断する」


「別の処理?」


とイルゼ。


テオドールは少しだけ目を伏せた。


「卵が絡む以上、母親飛竜の行動をもう少し見るべきです」

「護るだけなら、その場で死ぬまで動かない可能性もある」

「逆に、少しでも近づけば最後の力で暴れるかもしれない」

「そこを見極める必要があります」


ガレスが鼻を鳴らした。


「慎重すぎる気もするが」


「飛竜相手です。慎重でちょうどいい」

「それに、村も少し落ち着かせる必要があるでしょう」


村はざわついている。

見えていたのだ、空での争いは。

しかもアカネたちまで怯えている。


ここで勢いだけで森へ入り、大騒ぎになれば、それこそ冬前の村が崩れる。


「よし」


レオが手を叩いた、全員がそちらを見る。


「今夜は封鎖だ、浅い層への立ち入り禁止」

「明朝、もう一度様子を見る」

「その上で、討つなら討つ」

「観察の余地も残す」


ガレスはしばらく黙っていたが、やがて短く頷いた。


「分かった」


「不満か」


「いや、今夜だけだぞ」


「分かってる」


「飛竜相手に、また明日があると思うな」


会議は、そこで一度区切られた。

結論はまだ出ていない。

だが、方針は決まった。


今夜は封鎖。

明朝、再判断。


村の近くに飛竜が落ちたという事実は、もう隠せない。

冬の入口で、村はまた一つ、大きな試練を迎えていた。

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