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第70話 空から落ちた災厄

浅い層の中ほどまで来た、その時だった。


空が鳴いた。

いや、正確には違う。

空から、獣の咆哮が叩きつけられた。


鼓膜が震える。

森の木々がざわめき、枝先に残っていた葉がまとめて散った。


レオが反射的に顔を上げる。

ガレスも、エルマーも、バルドも、アリスも、ほとんど同時だった。


見上げた先にいた。

空の高みに、影が二つ。


「飛竜か」


レオが影を睨みながら声を落とした。


間違いない。

翼の形、尾の長さ、空での間の取り方。


旧大陸でも、ごく稀に確認される難敵だ。

騎士団の討伐記録にも名が載る、大型魔物。

まともに相手をするには荷が重く、地方の村なら一頭で壊滅しかねない。

それが…


「二匹!?」


アリスが思わず声を上げる。


「静かにしろ」


ガレスが低くアリスを制する。


飛竜は二匹いた。

しかも、ただ飛んでいるのではない。

空中で争っている。


絡み合うように旋回し、爪を振るい、尾で打ち合い、翼の端が冬の光を斬り裂いている。

上を取ろうとする一匹。

それを振り払おうとする一匹。


空での喧嘩だ。

だが、それが人の手に負える規模ではないことは、一目で分かった。


旧大陸の飛竜など、比較にすらならない。

飛竜は危険な獣だ。

速く、硬く、爪も牙も鋭い。

それでも、どこかまだ生き物の枠に収まっていた。


だが上空の二匹は違う。


旋回一つで空気が歪み、翼を打つたびに風圧が森を揺らし、爪が交錯するたびに金属でも噛み砕くような音が響く。


化け物だ。

空に棲む災害と言った方が近い。


「まずいな…」


バルドの声に若干の怯えが見える。


飛竜たちは、色も違った。

一匹は赤っぽい。

鱗が赤銅色に光り、翼膜の縁が黒い。

もう一匹は焦げ茶に近い色で、体格は大きいが、赤いのと比較して動きが鈍い。


だが鈍いといっても、旧大陸の飛竜より遅いわけではない。

むしろ、あの巨体で空を裂く速度が異常なのだ。


赤い方が上を取る。

焦げ茶の方が巨体で押し返す。

二匹が交差するたび、空そのものが悲鳴を上げているようだった。


「縄張り争いか」


レオが空を見上げた。


「かもしれんが、だが今は理由はどうでもいい」


ガレスが、心底嫌そうな顔で吐き捨てる。


その時だった。

赤い飛竜が、空中で大きく喉を反らした。

レオの背筋に、ぞっとするものが走る。


「あれ、まずいぞ…魔力反応がある」


エルマーが空を指さす。


そのまま、飛竜の口から炎が吐き出された。

空気ごと焦がすような、濃い赤橙の奔流。


ただの火ではない。

圧がある。

熱の塊そのものを叩きつけるような炎だった。

一直線に、焦げ茶色の飛竜へ襲いかかる。


「は!?」


レオの声が、珍しく素で漏れた。


「飛竜が火を吹いたぞ!」


バルドも驚きを隠せない。


「旧大陸の飛竜は炎なんざ吐かねえ!」


ガレスも信じられない表情だ。


そうだ、旧大陸の飛竜は厄介だ。

速い、硬い、爪も牙も危険だ。

だが、火を吐くなんて話はない。


「新大陸仕様かよ!」


エルマーが少しだけ興奮した声をあげた。


炎をまともに浴びた焦げ茶の飛竜が、空で大きく姿勢を崩す。

翼が乱れ、尾がぶれ、咆哮が短く途切れた。


しかも、それで終わりではなかった。

赤い飛竜は勝ちを確信したのか、一気に距離を詰めた。

爪が閃き、焦げ茶の飛竜の片翼を切り裂く。

続けて尾が横殴りに叩きつけられ、巨体が空中で半回転した。


そこへもう一度、短い炎。

今度は焼き払うためではない。

とどめを刺すための一撃だ。


赤い飛竜は、まるで空戦に慣れ切った古兵のようだった。

ただ荒れ狂っているのではない。

高みを取り、崩し、火で焼き、落とす。

獣の本能だけでここまでやれるなら、それはもはや災厄の類だ。


「落ちます!」


アリスが叫ぶ。


だが、落ちる方向まではどうにもならない。

焦げ茶色の飛竜は、半回転しながら森の方へ突っ込んだ。


「浅い層だ!」

「割と近い!」


レオとガレスが同時に叫ぶ。


境界杭の手前。

まだ村側の狩猟圏に近い、浅い層へ。


そして、地面が揺れた。

落下の衝撃が、足の裏から伝わってくる。

木々がまとめて軋み、鳥が一斉に飛び立つ。

落ち葉と土埃が、森の一角からぶわっと舞い上がった。

太い幹が二本、嫌な音を立ててへし折れる。


赤っぽい飛竜は、その様子を上空で一度だけ旋回しながら見た。

追撃するかと思ったが、違った。


十分だと判断したのか、

あるいは縄張り争いに勝ったからそれで終わりなのか。


赤い飛竜は、満足したように大きく翼を打つと、そのまま飛び去っていく。


赤銅色の鱗が、薄い冬空の下で不気味に光った。

その巨体が遠ざかるたびに、空が少しずつ静けさを取り戻していく。


だが、安心できる静けさではない。


あれほどの化け物が、新大陸には巣食っている。

その事実だけで十分に悪夢だった。

残ったのは、揺れた森と落ちた方の飛竜だけだ。



五人は、しばらく動かなかった。


空は静かだ。

だが、森の一角だけがまだざわついている。


「生きてるな、あの飛竜」


ガレスが落ちた先を睨む。


「ああ、死んではいない」


レオも同意した。


焦げ茶の飛竜は、墜落で終わらなかったらしい。

化け物じみた頑丈さだった。

旧大陸の飛竜なら、あの高さから焼かれて落ちれば無事では済まない。

だが、こいつはまだ生きている。


それだけで、格が違うと分かる。


「どうするよ…放っておくか?」


バルドがレオを見る。


「それが一番安全とは思います。」


とアリスが即答した。

だが、その目は森の方をじっと見ている。


「けど、浅い層に飛竜がいるのはまずいと思います」


その通りだった。

放っておけば死ぬかもしれない。

だが、生きたまま浅い層を這いずり回れば、もっと厄介だ。

子供がいる、狩猟班もいる。

水路も近い。


ガレスは目を細め、森の揺れを見ていた。


「見に行くしかねえ」


「そうだな」


レオも頷く。


「だが近づきすぎるな」

「生きてて暴れたら、俺たちじゃ止まらん」


「止める気もねえし、止まらないだろ」


アリスが祝福剣の柄へ手をかけたところで、レオが肩に手を置いた。


「前に出すぎるな」

「今回はお前の剣でどうこうする相手じゃない」


「はい…」


その返事は、いつもより少し重かった。

分かっているのだろう。

相手の格が、今までの狼や森の獣とはまるで違うことを。


「エルマー」


「なんだ」


「あれは魔法か?」


「わからん、ただ魔力反応はあった」


「面倒だな…」


レオは最後に、赤い飛竜が飛び去った方を一度だけ見た。


赤い飛竜。

火を吐く新大陸の飛竜。

つまり、飛んだ方向に巣か縄張りがあるかもしれない。


嫌な情報が、また一つ増えた。


五人は、揺れの残る森の浅い層へ足を向けた。

冬前の森の様子見は、いつの間にか飛竜の墜落現場確認へ変わっていた。

新大陸は、やはり最後まで気を抜かせてくれない。

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