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第44話 巨猿の弓

村では、狩猟班の編成が始まっていた。


水路が通り、森の浅い層に獣が戻り、そして境界の杭も打たれた。

なら次は、狩る番だ。


「希望するやつ、前へ出ろ」


広場でそう言った時、レオが思っていたより多くの男たちが進み出た。

バルドのところの若い衆だけではない。

ミハル、ユル、それに伐採や見張りをやっていた連中までいる。


「多いな」


「肉は欲しいからな」


バルドが笑う。


「そりゃそうだ」


だが、頭数が揃えばそれでいいわけではない。

ガレスが希望者の前に立ち、全員の顔を見る。


「森に入る以上、勝手なやつはいらん」

「獲物を追って、線を越えるやつもいらん」

「獲物より命が先だ。それが分からんやつは降りろ」


その声に、前へ出た男たちは誰も動かなかった。

皆、ちゃんと分かっている顔だった。


「なら次は、道具だ」



弓を作るのは、ガレスだった。


傭兵時代から、必要になればその場で道具をでっち上げてきた男だ。

まともな工房も、きちんとした職人もいない辺境では、それがそのまま生存力になる。


「弓は買うもんじゃねえ」


材料はもう揃っていた。


弓柄には、森の入口近くに生えている木を使う。

しなりがよく、粘りもある木だ。

太すぎず、細すぎず、削れば短弓にちょうどいい。


「この木はいい、真っ直ぐすぎないのが逆にいい」


「どういうことだ」


レオが作業を見ながら疑問を投げた。


「少し癖がある方が、短く作ってもしなる」


「なるほど」


「森の中で使うなら大弓はいらん」


「取り回しが悪いからな」


「そうだ」


そして弦だ。

ここで活きたのが、巨猿の毛だった。


ただの毛ではない。

硬く、強く、それでいてしなやかだ。

丁寧により合わせ、手を入れて整えれば、弦として異様なほど優秀だった。


「本当にこれ、使えるのか」


とミハルが言う。


「使えるどころか、最適だ」


とガレス。


「巨猿の毛は硬い。だが死んだ硬さじゃねえ、ちゃんと引いて戻る」

「傭兵はあるもので戦うんだよ」


その言葉に、皆が少しだけ感心したような顔になる。

さらに鏃。

これもまた、巨猿の骨を削って作った。


骨とは思えないほど硬い。

しかも重すぎない。

石鏃より均質で、鉄ほど加工しにくくもない。

狩猟用としては、今の村では十分すぎる素材だった。


「化け物猿、死んでも働くな」


バルドが感心した顔で鏃を手にした。


「だから開拓じゃ、大物は倒して終わりじゃねえ」


「全部使うって事だな」


「そういうことだ」


出来上がったのは、短弓だった。


だがよくしなる。

森の中でも枝に引っかからず、取り回しがいい。

それでいて飛ぶ。


実際に、ガレスが一本持って試し射ちをした時、村人たちは小さくどよめいた。


低く空気を裂いた矢は、かなり遠くの立木へ突き刺さった。

ざっと五十メートルほど。


狩猟希望の若手から、驚きの声があがる。


「飛ぶな」


「短弓にしちゃ、ずいぶん」


ガレスが説明する。


「弦がいい。骨鏃も軽くてまとまりがある」

「それに森の中で振り回しやすい」


ミハルが短弓を手に取る。


「これなら木々の間でも扱える」


若者たちは出来上がった弓を手に、しなりを見て、弦を弾いて、また感心する。


「ガレスさん、こんなのまで作れるのか」


「傭兵はあるもので戦うんだよ」


と老剣士はまた同じことを言った。


「立派な武器が来るまで待ってたら死ぬ」

「だから、自分で使える形にする」


それは、村の連中にとってひどく重い言葉だった。



弓の指導は、レオが受け持った。


戦場経験者である以上、弓も当然扱える。

剣だけの男ではない。

むしろ戦場では、飛び道具の意味を知っているからこそ、教える言葉が実地だった。


「肩で引くな」

「腕だけで引くな」

「腰で支えろ」

「狙うな。まず真っ直ぐ飛ばせ」

「当てようとする前に、同じ射ち方を作れ」


指導は細かい。

だが、余計な理屈は少ない。


実際に射たせ、立ち方を直し、弦の引き方を直し、矢の離れ方を見る。


「ミハル、お前は右肩が上がる」


「はい」


「ユル、離れが早い。怖がるな」


「難しいな…」


「バルド、お前は力で引きすぎだ」


「悪いか」


「弦が泣く」


「分かったよ」


そのやり取りの中で、少しずつ形ができていく。


最初は矢もばらばらに飛ぶ。

まともに木にも刺さらない。

だが、数を重ねるうちに、ようやく狩れるかもしれない軌道が出てくる。


「当たるようになってきたな」


「気持ちいいですね」


ミハルもまともに弓を教わるのは初めてなのだろう、少しテンションが高い。


「気持ちいいで終わるな。獲物を外したら次はねえと思え」


「はい」


「でも、その顔は悪くない」


狩猟班は、戦闘班とは違う。

だが、集中と線引きは同じだ。


「境界の杭より奥は入るな」


「鹿がいても?」


「いてもだ」


「逃げたら?」


「絶対追うな」


「もったいない気が」


「死ぬぞ」


ガレスが、その横で短く補う。


「森の向こうにも都合がある」


「都合?」


「縄張りだ」

「こっちは、ここまで狩るって杭を打った」

「向こうも、それを見てる」


「見てるんですか?」


「そうだ」


その言葉に、若い連中は半分分かっていない顔をした。

だが、レオにはもう分かっている。


森の奥の何か。

見えないが、こちらを見ていた気配を感じた。


あれは間違いなく線だった。


「だから、杭を越えるな」


とレオはもう一度言う。


「狩猟班は、村の肉を取る班であって、森へ喧嘩を売る班じゃない」


「はい」


今度の返事は、ちゃんと揃っていた。



夕方、広場の片隅には、出来上がった短弓が何本も並んでいた。


森の入口近くの木で作った弓柄。

巨猿の毛をより合わせた弦。

巨猿の骨を削った鏃。


ただの手作りではない。

この村で手に入るもので、この村の暮らしを支えるために作られた道具だ。


パン炉もそうだ。

水路もそうだ。

弓もまた、その一つだった。


「村らしくなってきたな」


とバルドが言う。


レオは、並んだ弓を見ながら頷いた。


「森から食い物を取れて、畑に水を引いて、パンも焼ける」

「ようやく、開拓村って顔になってきた」


「そうだな」


その時、遠くからエルマーたちの姿が見えた。

ウェルナー村から戻ってきたのだろう。


エルマーが何かを喋りながら、いつものように少し偉そうに歩いている。

だが、皆の顔は行く前より明るい。


土と水の話が、ちゃんと届いた顔だ。


「向こうも、回り始めるかもな」


とレオ。


「こっちが回れば、向こうも回る」


とガレスが返す。


「面倒だな」


「開拓ってのは、だいたい面倒だ」


「違いねえ」


広場には、弓の木の匂いと、パン炉の熱と、少しずつ人が生き返っていく気配が混じっていた。

狩猟班の初陣は、三日後の朝に決まった。


天気は晴れ、風は弱い。

森の浅い層へ入るには悪くない日だ。


とはいえ、初回だ。

いきなり若い連中だけを放り込むほど、レオもガレスも楽観してはいない。


「今回は俺と爺さんも行く」


とレオが言った時、狩猟班の面々は少しだけ顔を引き締めた。


ミハル。

ユル。

バルドの下で動いていた若い男が二人。

合わせて四人。


そこへ、レオとガレスが加わる。


「レオ様たちも射つんですか」


「持っては行く」

「だが、基本は勢子だ」


「勢子?」


「獲物を追い立てる側だ」

「お前らに射たせる」


「はい」


ガレスも、壁へ立てかけていた自分の短弓を手に取った。

森の入口近くの木で作った短めの弓。

巨猿の毛の弦、巨猿の骨の鏃。


レオはそこで全員を見渡した。


「もう一回だけ確認する」

「杭より奥は追うな」


「はい」


「鹿がいても、怪我してても、逃がせ」


「はい」


「今日の目的は、肉を取ることじゃない」


「え?」


「一番大事なのは、班として森に入って、班として戻ることだ」

「誰か一人が獲物に夢中になって消えたら、それで失敗だ」


「分かりました」


狩猟班が森へ入る。

いよいよ、本当の意味で森と向き合う日が来た。

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