第131話 主だけが来たのではない
歓迎の席が終わり村が少しずつ静けさを取り戻していく。
そんな中、従者たちにもそれぞれ話すべき相手があった。
この土地へ来たのは、主だけではない。
その横に立つ者たちもまた、新しい持ち場へ足を踏み入れたのだ。
ならば彼らにも、最初の顔合わせが要る。
侍女のミラとエリーは、ガーネットと向かい合っていた。
場所は館の奥、使用人部屋に近い控えの間だ。
華やかさはないが、灯りは落ち着いていて外の気配も届きすぎない。
侍女同士が話すには、ちょうどいい部屋だった。
黒髪のミラは、やはり隙が少ない。
背筋はまっすぐで、腰の落とし方にも無駄がない。
若い侍女というより、すでに実務を任される官僚の顔をしていた。
一方のエリーは、見た目の印象どおり柔らかい。
おっとりとした空気がある。
だが、昼間の荷の扱い方を見れば分かる。
その柔らかさの下に、きっちり締まった芯が通っていた。
ガーネットは二人を見て、静かに口を開いた。
「改めて、館を預かるガーネットです。お二人がセラフィーナ様付きの侍女ですね」
ミラが先に頭を下げる。
「ミラです」
「エリーです。本日はお迎えの段階から、いろいろ助けていただきました」
「こちらこそ」
ガーネットは頷いた。
「もうご覧になった通り、ここは帝都の屋敷ほど整ってはいません」
「そこは承知しています」
「ですが、思っていたよりずっと手が入っていました」
まず、ミラが口を開いた。
「それはありがとうございます」
「最初の印象としては、十分です」
「取り繕っているだけの館なら、一歩入れば分かりますから」
エリーもやわらかく続けた。
「落ち着いていました。無理に飾っていないのが、かえってよかったです」
「お嬢様も、入った時の呼吸の置き方が変わりました」
ガーネットが少しだけ目を細める。
「そこまで見ていたのですね」
「侍女ですから」
エリーは笑うでもなく言った。
「主の呼吸が浅いか深いかくらいは、見ます」
「なら、話は早そうですね」
少しの沈黙のあと、先に線を引いたのはガーネットだった。
「お二人が公爵家の方であることは承知しています」
「ただ、私もこの館を預かる者として動きます。必要なことは遠慮なく言いますし、譲れないところは譲りません」
ミラは、その言葉をまっすぐに受け止めた。
「当然です。こちらも、帝都のやり方をそのまま押しつけるつもりはありません」
エリーが続ける。
「ですが、お嬢様の身の回りについては、こちらも譲れないところがあります」
「それも当然ですね。主のそばを守るのが侍女ですから」
ミラが小さく頷く。
「なら、早いうちに形を決めておきましょう。曖昧なまま動くのが一番まずい」
「同意します。衝突が起きる前に潰した方がいい」
そのあとエリーが、少しだけ声をやわらげた。
「実は、少し安心しているんです」
「何にです?」
「お嬢様が、客間でちゃんと落ち着いた顔をなさっていたことです」
「帝都では、ああいう顔をされることが本当に少なかったので」
ミラも静かに言葉を継いだ。
「お嬢様は強い方です。でも、気を抜ける場所があるかどうかは別の話です」
「今日の顔を見る限り、少なくともこの館は最初の一歩を外していない」
ガーネットはすぐには答えなかった。
だが、その言葉は確かに受け取ったらしい。
「その評価は、ありがたく受け取ります」
エリーがほっとしたように小さく笑う。
「ただし、お嬢様の評価はこれから先で決まります」
「その通りです」
「だからこそ、こちらもきちんと働きます」
そう言って、ガーネットが話を締めた。
一方、護衛の二人はガレスと向かい合っていた。
場所は館の外、小さな詰め部屋だ。
壁際には武具が立てかけてある。
話すためというより、動くための部屋だった。
護衛の一人、リヒトは女性にしては背が高く、剣士らしい体つきだった。
だが、威圧を前へ出す手合いではない。
もう一人のクラーラは逆だ。
小柄だが、重心が低く視線もよく動く。
人の出入りも窓の外の暗さも、全部見ている。
ガレスは二人を見るなり、率直に言った。
「若いな」
「よく言われます」
リヒトが答える。
「でも、それで舐められるのには慣れています」
ガレスが鼻を鳴らす。
「面白え返しだ。で、実際はどうだ」
「弱くはありません」
リヒトは平然と言った。
「言うじゃねえか」
「事実です」
「嫌いじゃねえぞ、お前」
ガレスがそう言うと、今度はクラーラが静かに口を開いた。
「こちらも同じことを思いました」
「何をだ」
「若くない」
ガレスの眉がぴくりと動く。
「喧嘩売ってんのか」
「いいえ」
クラーラはまったく動じない。
「ただ、今も前線で生き延びる目をしている」
「若い強さより、そちらの方が厄介です」
ガレスは一拍置いてから、小さく笑った。
「おもしれえな、小娘」
「光栄です」
それで場の空気が少しだけほぐれた。
「聞きたいのは一つだ」
ガレスが椅子へ浅く腰かける。
「お前ら、どこまでやれる」
「質問の範囲が、広いですね」
クラーラが肩をすくめた。
「辺境では、広く聞くしかねえんだよ」
リヒトが先に答えた。
「街道護衛、館内警護、対人戦。そこは一通り」
「魔物相手は験が薄いですが、隊列の維持と退路確保は理解しています」
「死地に取り残される気はありません」
クラーラが続ける。
「それは正しい。勇ましいだけのやつより、ずっといい」
間をおいて、リヒトが逆に問いを返した。
「こちらからも一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「この領地、飛竜がいると聞きました」
ガレスは口元を歪めた。
「早いな」
「どこまで本当です?」
「見た方が早い」
ガレスはあっさり答えた。
「お前らが腰を抜かさねえなら、そのうちな」
クラーラが静かに返す。
「逃げるつもりはありません」
「そうか。いずれ嫌でも分かる」
それから話は、もっと具体的な実務へ落ちていった。
夜の見張り、広場から館までの導線。
何かあった時、誰がどこで対応するか。
リヒトは思っていたより柔軟だった。
帝都ならこうあるべきで固まらず、この土地の形へ合わせようとしている。
クラーラはさらによかった、質問が具体的だ。
「夜、広場側の灯りはどこまで落ちますか」
「半分だ」
「森側は」
「もっと暗い」
「なら、館の中から外を見る目と、外から中を見る目は分けた方がいいですね」
「お前、現場寄りだな」
「護衛ですから、立っているだけでは役に立ちません」
ガレスはそこで小さく笑う。
「帝都の飾りじゃなさそうで安心した」
「飾りなら、ここへは来ていません」
少しの間を置いて、ガレスは声を落とした。
「はっきり言っとく、ここは帝都じゃねえ」
「承知しています」
リヒトとクラーラは同時に答えた。
「そういう話じゃない」
ガレスは首を振る。
「もっと具体的な意味だ。ここじゃ、何が起きるか分からん」
「人も魔物も…空もだ」
「空?」
クラーラが窓の外を見上げる。
「そのうち分かる」
クラーラは、その曖昧な答えにわずかに口元を動かした。
「便利な言い方ですね」
「だろ」
ガレスは鼻を鳴らした。
夜は少しずつ深くなっていく。
侍女たちとガーネット、護衛たちとガレス。
表には出ないが、そのやり取りもまた主たちと同じくらい大事な最初の接続だった。
ミラとエリーは、ガーネットを相手にこの館でどう主を守るかの線を引き始める。
リヒトとクラーラは、ガレス相手にこの領地の危険の質を測り始める。
若いが、誰も軽くはない。
それぞれが、それぞれの主の背後で自分の持ち場を確かめていた。
セラフィーナだけがこの村へ来たのではない。
その事実が、夜の静かな場所で少しずつ形になっていった。
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