第129話 まずは村の飯を
その日の夕食は、セラフィーナの歓迎を兼ねて村の広場で開かれた。
大広間で向かい合うような堅い晩餐ではない。
だからといって雑でもない。
この村で迎えるなら、この形がいちばんふさわしい。
レオはそう考えたし、ガーネットも最後には同意した。
広場には長机が並べられ、その上には清潔な布が掛けられている。
館の食卓ほど整然とはしていない。
それでも、汚さや場当たり感はなかった。
風が抜ける夕暮れの中、灯りがともり空はゆっくり沈んでいく。
村人たちも、今日はいつもより少しだけ身なりを整えていた。
ラナが見立てた布をまとった女たち。
髪を撫でつけ、襟元を正した男たち。
顔を洗い、服の埃を払ってきた子供たち。
無理に帝都を真似てはいないが、迎える日だという意志は誰の姿にもちゃんと見えていた。
その様子を見渡して、セラフィーナが小さく言った。
「いいわね」
横にいたアリスが、わずかに目を輝かせる。
嬉しそうだったが、前のようにそれをそのまま顔へ出しきりはしない。
少しは学んだらしい。
レオがその反応に気づきつつ、セラフィーナへ向き直る。
「今日は、村で出せるものをそのまま出す」
「飾り立てる気はない」
「その方がいいわ、見たいのは豪華さじゃないもの」
「この村がいま何を生み出せるのか。それが分かる方がいい」
並んだ料理は、まさにそういう食卓だった。
村で取れた小麦で焼いたパン。
焼き色は少しずつ違うが、香りがよく粉そのものに力がある。
畑の野菜は、豆に根菜や葉物。
春から初夏へ移る、この時期ならではの恵みだ。
それに、狩猟班が今日仕留めてきたばかりの鹿と猪の肉。
鹿は香草と塩で焼かれ、猪は少し濃い目の煮込みになっている。
帝都の食卓のような繊細な盛りつけではないが、素朴な良さがあった。
席についたセラフィーナは、まずその匂いを静かに受けた。
変に飾っていないぶん、かえって食欲を正面から刺激してくる。
それは料理として、健全な強さだった。
その時、待っていましたと言わんばかりに、イルゼが壺を抱えてやってくる。
顔が分かりやすく誇らしげだった。
「歓迎なんだから、これを出さないわけないよね」
レオが苦笑する。
「来ると思った」
イルゼが胸を張る。
「当然でしょ」
彼女が運ばせたのは、小さな陶器の壺だった。
中身はもちろん、例のシロップだ。
琥珀色の液が灯りを受けて、柔らかい金色に見える。
セラフィーナが壺へ視線を落とした。
「これが噂の甘味?」
「噂になってるやつですね」
「自分で言うのね」
「本当なんだから仕方ないよ」
イルゼは、セラフィーナにも平然と返した。
歓迎の言葉は、レオが簡潔に済ませた。
長机の端で立ち上がり、広場全体を見回す。
「今日はセラフィーナを迎える席だ」
「堅苦しいことは言わない、この村に来た以上まずは村の飯を食ってくれ」
村人たちの間に、小さな笑いが起きた。
緊張をほぐす笑いだった。
セラフィーナも、その空気を受けて少しだけ口元を和らげた。
「そういう迎え方は嫌いではないわ」
「ならよかった」
食事が始まり、セラフィーナが最初に手を伸ばしたのは、焼きたてのパンだった。
まだ温かく、割ると中から小麦の香りが立ちのぼる。
セラフィーナは小さくちぎって口に運んだ。
アリスが気になって仕方ない顔で尋ねる。
「どうですか?」
セラフィーナはもう一口食べてから答えた。
「粉がいいし、焼きも悪くない」
「毎日食べても飽きない方のパンね」
アリスが素直に感心する。
「その褒め方、なんだかすごいですね」
「かなり高い評価だと思うぞ」
レオの声も少し弾んでいる。
「食べ物に関しても基準が高そうだからな」
少し離れたところで聞いていたマルタが鼻を鳴らした。
「パンは毎日のもんだからね」
「一回だけ派手にうまいより、毎日ちゃんとうまい方がいい」
セラフィーナがマルタを見る。
「食卓を支えるものとしては、その方がずっと大事だわ」
「村だからね」
マルタは肩をすくめた。
野菜もセラフィーナに好評だった。
豆はほくほくしてるし、根菜は土の甘みが残る。
葉物は苦みを消しすぎていない。
「レオ、畑の力が強いわね」
「そんなのまで分かるのか」
「作物は土が鈍れば味も鈍るもの、これはまだちゃんと生きている」
「手を入れている畑の味だわ」
「食卓は領地の縮図、か」
「その通りよ」
「だから、食べれば分かることは多いの」
肉もまた、この席にふさわしかった。
鹿は柔らかく、香草がよく合う。
猪は力強い味だが、嫌な重さはない。
どちらも捌きが丁寧で、鮮度が生きていた。
アリスが胸を張って説明する。
「それ、今日仕留めた分です」
「分かるわ」
「分かるんですか?」
セラフィーナは鹿肉を切り分けながら続ける。
「狩った側も捌いた側も、両方ちゃんと仕事をしているわ」
「雑なら、こういう味にはならない」
「そういうことだ」
レオが頷く。
「狩猟班が動いて、捌く手もある。それでやっと食卓に乗る」
「いい村ね」
レオが少しだけ笑う。
「それは褒めてるのか」
「かなりね」
セラフィーナはあっさり返した。
そして、問題の甘味だった。
イルゼが自信満々に、パンへシロップを垂らす。
琥珀色がゆっくりと広がり、香りが立つ。
「まずはこれ、いちばん分かりやすい食べ方だから」
「自信満々ね」
「当然です」
セラフィーナは、そのパンを口にした。
一口目で、ほんの少しだけ目が止まる。
レオがそれを見逃さない。
アリスは期待を隠しきれず、イルゼに至っては今にも身を乗り出しそうだった。
セラフィーナはもう一口食べ、それから静かに言った。
「なるほど…これは食いつくわね」
イルゼがその場で拳を握る。
「でしょう!」
セラフィーナはパンを見ながら言葉を重ねた。
「砂糖のように重くない、でも軽すぎない」
「上品に甘いのに、印象が弱くないわ」
「贈答にも使えるし、茶会にも菓子にも使える」
その評価は、イルゼにとっては最高に近かった。
「やった!」
セラフィーナは壺の方へ視線をやる。
「これが森の恵みとして継続するなら、この村の柱になれる」
「一時の流行ではなく、ちゃんと土地の力として積めるわ」
村人たちも、その様子を遠巻きに見ていた。
公爵家令嬢が、自分たちと同じ物を食べている。
ミハルがぼそりと呟いた。
「ちゃんと食ってるな」
「そりゃ食うだろ」
バルドが返す。
「でも、言いたいことは分かる」
マルタが頷いた。
「無理に褒めてる感じがないんだよ」
「うまいものはうまいって顔だし、違えばたぶん黙ってない」
「それが逆に安心するね」
「見た目はすごいけど、食べ方はちゃんと人だよ」
ラナも、シロップをパンに塗りながら薄く微笑む。
子供たちはもっと単純だった。
「パン食べた!」
「お肉も食べてる!」
「シロップも!」
「お姫様も同じだ!」
誰かの父親が笑う。
「そりゃ食うだろうよ」
「お姫様みたいなのに、ちゃんと食べるんだね」
その素直さに、周囲でも小さな笑いが広がった。
食卓の空気は、少しずつ変わっていった。
最初は皆、緊張があった。
だが、食が進むにつれて同じ場で食べる席へと変わっていく。
セラフィーナは、その変化をちゃんと感じていた。
帝都の宴なら、もっと言葉がいる。
もっと意味がいるし、席順も視線も全部が重い。
だがここは違う。
パンがあって、肉と甘味がありそれを皆で食べる。
その単純さが、いまはむしろ心地よかった。
セラフィーナは、もう一度広場全体を見渡した。
灯りの下の村人たちと、子供達の笑い声。
遠くで鳴くアカネたちと、屋根の上からこちらを見ているアズ。
この村はまだ未完成だ。
だが、食卓の形はもうちゃんとある。
「レオ」
「なんだ」
「歓迎は受け取ったわ」
レオが少しだけ目を細める。
「そいつはよかった」
セラフィーナは、手元のパンを見ながら続けた。
「悪くないどころじゃない、この席はちゃんとこの村の顔になっている」
「それは褒めてるのか」
「かなりね、そう何度も言わせないで」
その言葉に、広場の空気がまた少しやわらいだ。
初夏の手前の夜。
村の広場での歓迎の食卓。
帝都の公爵令嬢と辺境の村という距離だけではない、別の何かが生まれ始めていた。
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