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第112話 港道整備

ここに来て、レオは港までの道に本格的に手を入れることにした。


今までも、一応は荷馬車が問題なく通れる程度には整えていた。

森を切り開きぬかるみを避け、最低限の往来には困らないようにはしてある。


だが、それではもう足りない。


人も増え、物流も増える。

ハルトの商会も本気で根を下ろす。

公爵家令嬢の輿入れまで控えている。


この村が一段上へ行くなら、道もまた一段上げなければならなかった。


「だから、お前を引っ張り出した」


レオがエルマーの肩へ手を置きながら言った。


「嫌な言い方だな、俺にも畑と水路があるんだが?」


エルマーは露骨に顔をしかめた。


「知ってる」


「なら、なんで俺だ」


「土の魔法が使えるからだ」


「便利な理由だな」


「便利だろ」


「否定しにくいのが腹立つ」


そう言いながらも、エルマーは結局ついてきた。


道をどう通すか、どこを削るかどこを盛るか。

水が流れ込みやすい場所はどこで、雨の時にぬかるむのはどこか。


土を扱える魔法使いがいるのといないのとでは、話がまるで違う。



春の朝、港へ続く道を二人で歩く。


もう寒さはだいぶ抜けている。

だが朝の空気はまだ締まっていて、土の匂いも濃い。


今の道は、最低限ではある。

荷馬車も通れる。

だが、最低限でしかない。


「ここ、雨が来たら流れるな」


エルマーが足元を杖で示す。


「だろうな」


「車輪も取られる」


「土の魔法使いだからな、朝飯前だ」


「便利な言葉だ」


エルマーは文句を言いながらも、仕事は速い。


杖を突くき、古い言葉を落とす。

土がうねり、道の端が少しずつ削られ逆に脇が盛り上がる。

轍の入りやすいところは、表面だけではなく下から締め直す。


見た目は地味だ。

だが、荷を運ぶ道にとっては、それが一番効く。


「レオ、ここも広げる」


「どれくれいだ?」


「少しじゃ足りない」

「これから先荷車が増えるなら、すれ違いが必要になる」


レオは少しだけ黙って、前方の細い道を見た。


「たしかに」


「道ってのは、通れるだけじゃ駄目だ」

「詰まらないことも大事だ」


「お前、最近ほんとに村の土木担当だな」


「最初からそうだろ」



テオドールは、この話を聞いた時すぐに賛成した。


「やるべきです」


「早いな」


レオが言うと、テオドールは平然と答えた。


「道は血管です」


「嫌なくらい正論だな」


「村と港を繋ぐ一番太い血管です」

「ここが細ければ、全部が詰まる」

「人も、物も、情報も全部です」



そして、もう一つ。

レオは、途中に簡易の詰め所を作ることも決めた。


前からぼんやりとは考えていた。

だが今までは、まだそこまでしなくていいで済んでいた。


村は小さい。

出入りする人間も限られている。

顔を見れば、だいたい分かる。

そういう段階だった。


だが、もう違う。


移民が増えた。

今後は公爵家側の人間も来る。

村への人の出入りが増える以上、事前にチェックする場所は必要だ。


「関所ってほどじゃないが、詰め所はいる」


「いい案ですね」


テオドールも頷く。


「名前や人数に荷の内容、そこを一度通すだけでも違います」

「今の段階で、村の入口で全部やるのは遅い」

「途中で一度見られる場所がある方がいいですね」


「だろうな」


ガレスもそこは同意した。


「人が増えりゃ、変なのも混じる」

「悪意がなくても、病持ち、盗み癖、喧嘩っ早いの色々だ」

「それを村のど真ん中で初めて見つけるのは遅え」

「一回、途中で止める」

「それだけで全然違う」


場所は、港から村へ向かう道の中ほどより少し村寄りになった。


森が少し開け、荷車が止まりやすく、なおかつ村からの応援も出しやすい位置。


「レオ様、ここがいいですね」


テオドールが周辺を確認しながら、筆を取る。


「港側から来る荷も拾え、村側から出る荷も見られる」

「詰め所としてはちょうどいい位置です」


簡易の詰め所とはいえ、ただの小屋では済ませないことになった。


最低限の屋根。

火を使える炉。

人が二、三人詰められる広さ。

荷を雨から一時避けられる軒。

それと、馬や荷車を少し寄せられる余白。


見栄えより実用。

だが、実用だからこそ手を抜けない。


「テオドール、ここにも人を置くか>」


「常時でなくても構いません」

「港の便が来る日、大きな荷が入る日」

「そういう時だけで今のところは大丈夫です」



作業は、その日のうちに始まった。


道を削る者、土を固める者。

詰め所の基礎位置を測る者。


エルマーが土を起こし、若い男衆が鍬を入れレオも一緒に汗を流す。


領主だからといって、眺めているだけでは村は回らない。

そういう領主でないことが、いまのこの村ではもう当たり前になっていた。


「レオ様」

「そっちの杭、斜めになってますよ」


「嘘だろ」


「少しだけ」


「少しならいいか」


「よくないです」


「厳しいな」


「ガーネットさん仕込みです」


「嫌な説得力だな」


汗をかきながら、レオはふと思う。


道を作る。

詰め所を作る。


それは、単に便利になるというだけではない。

ここから先、この村が外と繋がる拠点になるという覚悟でもある。


人を受け入れ、人を選ぶ。

そういう判断を、これからはもっとしなければならない。


花嫁が来る前に、村の側も変わっていく。

いや、変わらざるを得ない。


「もう、開拓村のままじゃいられねえな」


レオが小さく呟く。


すぐ横で土を締めていたエルマーが、ちらりとこちらを見た。


「今さらだ」


「そうだな」


数日が経過すると、港へ向かう道は見違えていた。


まだ完成ではない。

だが、明らかに一段上がっている。


轍の入りやすいところは締められ、見通しの悪い枝は払われた。

すれ違いしやすい広がりもできた。


途中の詰め所予定地には、もう杭が打たれ枠が見えている。

形ができると、人は急に実感を持つ。


「レオ様、ここに詰所が立つのか」


バルドが感慨深げに言った。


「ああ、港と村の間にな」


「なんか、大きくなってきたな」

「前は、ただの道だった」

「でも、これからは村の入口になる」


その言葉に、レオは小さく頷いた。


入口。

まさにそうだ。


港から来る者にとっては、この詰め所が最初の村の顔になる。

村から出ていく者にとっても、ここを越えれば外だ。


夏が来る前に、この村は一つ変わる。

そう思っていたが、もう変わり始めているのかもしれない。


春の風が、整えられた道を抜けていく。

港へ、村へ。

そして、その途中に新しく生まれようとしている詰め所へ。


人も物も増える。

なら、道も入口も、それに見合うものへ変えなければならなかった。

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