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第93話 春を迎え撃つ新しい手

その日の午後には、もう見せるための甘味づくりが始まっていた。

ただ煮詰めて、美味いで終わらせない。


見た目も、香りも、食べた時の印象も。

全部まとめて、この村の特産品にしなければならない。


まずは、小瓶。


ガーネットが館の食器棚や収納を洗い直すように見て回り、比較的見映えの良い小ぶりな硝子瓶と陶器瓶を選び出した。

完全な揃いではない。

だが、今の村で出せる範囲としては十分に見せられる。


「これに詰めるましょう」

「ただし、満たしすぎるないように」


小瓶を手に取ったテオドールが、イルゼに指示を出す。


「見た目重視かい?」


「ええ、上流や女性をターゲットにするならそうなりますね」


イルゼが慎重に、琥珀色の液体を細い口から注いでいく。

とろりと落ち、小瓶の中で光る。

それだけで、妙な高級感があった。


「綺麗ですね、確かに高級感があります」


リーナが目を輝かせる。


「見ただけで、ちょっと欲しくなる」


サラも同意するように頷く。


「そうだろう!」

「味だけじゃないんだよ、これ!」


次は、生地へ練り込んだ焼き菓子の試作だった。

これは、マルタがすぐ手をつける。


「最初は少なめだ」

「欲張ると、焼いた時に香りが飛ぶかもしれない」

「でも少なすぎても意味がない」

「だから二種類焼くよ、軽いのと、しっかりめ」


リーナとサラが、マルタの指示で作業にかかる。


生地を捏ねる匂いに、ほんのり甘さが混じる。

焼き上がると、普通の焼き菓子より少しだけ色が深い。

香りも違う。


「これ、いいですね」


「塗ってないのに、もう少し甘い匂いがする」


炉から出した様子を見て、リーナとサラが少し驚いたように声を出す。


「悪くないね…これなら帝都でもいけるんじゃないかい」


マルタも予想以上の仕上がりに、すこし声が上ずる。


「帝都の茶会向けなら、こっちも強いかもしれません」


テオドールが頷く。


そうして、簡単な試食が始まった。

ハルト相手に本番さながらの見せ方を試す。


ガーネットが、わざと少し格式をつけた形で運ばせた。

小瓶と練り込んだ焼き菓子。


皿の並べ方まで気を使う。

今後、公爵家や帝都筋へ見せることを考えれば、ここも雑にできない。


ハルトは、まず小瓶を光へ透かして見た。

それから、焼き菓子へ手を伸ばす。


食べ終えたあと、しばらく黙る。

目の前で見ていたレオが、少し身を乗り出す。


「黙ると逆に怖いな」


「待て」


ハルトが手を上げる。


「今、商人の頭で並べてる」


「嫌な言い方だな」


「褒め言葉だと思え」


そして、ハルトはゆっくりと言った。


「小瓶は、贈答の入口だ」

「新大陸の珍しい甘味、まずはここで興味を引く」

「で、焼き菓子、これが一番厄介だ」


「厄介?」


「いい意味でだ」

「加工できるって分かる」

「単なる珍味じゃなく、今後の広がりを感じる」

「帝都の商人も貴族も、そこに弱い」

「これは今後もっと面白くなるって匂いがすると、食いつく」

「お前ら、かなりやばい物を作ったぞ」


「そうか」


「そうだよ!」


イルゼが得意げに胸を張る。


「だろう!?」


「お前は毎回そこだな」


「そこが大事だからね!」


空気が少し緩んだところで、マルタがぽんと手を叩いた。


「イルゼ、これって名前はあるのかい?」

「ただの琥珀色の甘味じゃ味気ないだろ」


イルゼは少し考えてから言った。


「私が読んだ本には、メイプルシロップってあったよ」


「語感も悪くないね」

「レオ様、どうだい?」


レオは一度テオドールを見る。

軍師は、メモを取りながら静かに頷いた。


「ああ、それでいこう」

「ハルト、これはメイプルシロップで売りに出す」


「了解だ」


ハルトは親指を立てた。

だが、その手はまだ焼き菓子を離していない。


その様子に、周囲から小さな笑いが起きる。

そして、その場の空気が少し柔らかくなったところで、ハルトがレオの方を見た。


「レオ」


「なんだ」


「ここに俺の店を置きたい、どうだ?


間を置いて、レオは小さく笑った。


「勝手に決めやがる」


「商人ってのは、そういうもんだ」


「知ってる」


「じゃあ話は早い」


「いい場所は、そう簡単に出ねえぞ」


「そこを何とかするのが領主の腕だろ」


「お前、ほんと図々しいな」


「商人だからな」


「それで済ますな」


テオドールがそこで口元を少しだけ緩めた。


「レオ様、商会の常設拠点はむしろ必要です」

「今後、公爵家筋まで絡むならなおさら」

「対外窓口としても使える」

「ただし、立地は選びます」

「村の中心を渡しすぎず」

「かといって冷遇にも見せない位置」

「その設計が必要ですね」


「そうだな」


ハルトは、そこで満足げに頷いた。


「いい顔になってきたな」


「何がだ」


「辺境領主の顔」


「そんなもんか」


「でも、本気だろ」


「本気だ」


ひと段落したところで、サラが今回の移住者について報告を持ってきた。

名前と手持ちの技術を一人ずつ確認していたところ、少し気になる人物がいたという。


「レオ様、この方少し面白いです」


「誰だ」


「ラナさんです」


呼ばれて前へ出てきたのは、もう五十を過ぎた女だった。

背はそこまで高くない。

だが、腰は曲がっていない。

目が生きている。

何より、立ち姿に妙な張りがあった。


年寄りくさい弱さがない。

その場の空気ごと締まりそうな婆さんだ。


「ラナだよ」


本人は少しも物怖じせずに言った。


「年は食ってるが、目も指もまだ死んじゃいない」


「熟練の針子さんです」


サラが補足する。

ラナは鼻を鳴らした。


「熟練なんてもんじゃないよ」

「帝都じゃ名の通った店だった」


「だった?」


「店は、もう息子どもに任せた」

「どうせあたしがいたら、いつまでも二代目面できないからね」


「追い出されたわけじゃないのか」


「まさか」


ラナは笑う。


「ちゃんと黒字で回ってる店を渡してきたさ」


「じゃあ、なんでまた新大陸なんだ」


その問いに、ラナの目が少しだけ輝いた。


「新大陸ならではの素材があるって聞いたからさ」

「巨猿の毛、火尾鶏の羽や尾、妙な魔物の皮」

「そういうもので、もう一旗あげたい」


「なるほどな」


空気が少しだけ変わる。

それは、ただの職人の目ではなかった。

商売っ気もある。

好奇心もある。

そして、自分の腕への自信もある。


レオは少しだけ目を細めた。


「元気な婆さんだな」


「でも、ただの婆さんで終わる気はないよ」


「いいねえ」


イルゼが楽しそうに言う。


「私は好きだよ、そういうの」


「薬師かい?」


「錬金術師だよ」


「そりゃまた、面白い村だね」


「それはお互い様だと思う」


「違いない」


テオドールが、そこで静かに確認する。


「具体的には、どのあたりが得手ですか」


「衣装」


ラナは即答した。


「仕立ても、補修も、刺繍もできる」

「普段着から、少し良い服までね」

「それに」


と、少しだけ口元を上げる。


「珍しい素材を見れば、何に向くかくらいは分かる」


「新大陸の魔物素材で、服飾を?」


「帝都じゃ、みんな似たような布と革しか触れない」

「でも、こっちには見たこともない素材があるんだろ?」


「ありますね」


「なら、やることは決まってる」

「使って、試して、形にする」

「ただの服じゃない、新大陸の品を作るんだよ」


ガーネットも、そこで少しだけ目を変えた。


「それは館にも必要ですね」

「ただの縫い子ではなく、形を見られる人」


「おや、侍女長さんかい?」


「ええ、館の中の布仕事も回せますか?」


「回せるよ」

「ただし、雑な指示は嫌いだ」


「そこは安心してください、私もです」


「そりゃ結構」


レオは、改めてラナを見た。


五十過ぎ。

だが、くたびれてはいない。

むしろ、次の仕事を探しに来た顔だ。


こういう人間は強い。

流されて来たわけではない。

自分で来ている。


「ラナ」


「なんだい、領主さん」


「この村じゃ、まだ店ってほどのものは整ってねえ」


「見りゃ分かる」


「だが、布と針の腕は欲しい」

「館にも、村にも、これから絶対要る」

「新大陸の素材で一旗あげたいなら、うちはいい所だぞ」


ラナは、その言葉を聞いて少しだけ黙った。

それから、にやりと笑う。


「そういう誘いは嫌いじゃない」


「ただし、最初から大したものは出せねえぞ」


「構わないよ」

「素材と場所がありゃ、勝手に働くよ」


「頼もしいな」


「元気な婆さんだからね」


「自分で言うな」


ラナは、最後にこう言った。


「ひとつ先に言っとくよ」

「あたしは、言われたものを縫うだけの針子じゃない」

「見たことのない素材があるなら、見たことのない服を作る」

「だから、変な顔はするんじゃないよ」

「面白けりゃ、売れる」

「売れりゃ村が潤う、そうだろう」


レオは、それを聞いて少しだけ笑った。


「分かった、最初から暴走はするなよ」


「半分くらいは守るよ」


その返しに、笑いが広がった。


春は近い。

そして、また一人、この村で使えそうな人材が増えた。


熟練の針子、ラナ。

元気な婆さん。

息子たちへ店を任せ、新大陸の素材でもう一旗あげに来た女。


こういう人間が流れてくるあたり、本当にこの村は、もう普通の開拓村ではなくなり始めているのだろう。


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