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夜になり、ディララは作業部屋の窓辺に座り込んでぼんやりと外を眺めていた。
季節は春とはいえ、まだまだ日没後は気温が低い。
毛織物の肩掛けを羽織って硝子越しに夜空を見つめていると、ひんやりとした夜の空気が肌を撫でる。
夜空に輝く無数の星屑はいくら眺めても見飽きることがない。
(夜空は暗くてもきれいなのに、わたしの絵はなんであんなきれいな暗い色が出ないのかしら。そもそも、黒く塗っているはずなのになんで溝色になるのかしら。魔法もなにも使っていないのに思った通りの色にならないってのはどういうことかしらねぇ)
目に映る世界の色はどれもきれいなのに、ディララの筆を通して画紙に塗られた色はまたたく間にまったく違った色になる。
瞼の裏の異世界の色でさえ、再現できない。
(わたしが見たままの絵を描けていたら、あの神絵を模写してみんなに見てもらうことができたのだけど。そうすれば、どんなに具象画が異端でも、あの絵の素晴らしさを理解してくれる人がこの国のどこかにひとりやふたりはいたかもしれないのに)
静かにため息をつくと、口から吐き出した息が窓硝子を曇らせた。
(カフラマーンの外では、具象美術は異端ではないと聞いたわ)
島国であるカフラマーン王国は、独自の宗教や文化が長年育まれてきた。
交易によって外国の文化がたくさん持ち込まれているが、それらは『外国のもの』として楽しむ者はいても、カフラマーンの文化に取り込まれることはほとんどない。
具象美術がその最たるものだ。
(わたしが拾った神絵の絵師は、ワミードで暮らしているんでしょうね。この国で神絵のような具象画を描いていることが明らかになれば、すぐに異端者として糾弾されるわ。絵師は、できるだけ早く外国に行って具象画の技術を伸ばすべきじゃないかしら。もちろん、外国で暮らしながら絵の勉強をするのはお金がかかるだろうから、誰にでもできることではないけれど)
閉鎖的なカフラマーンで暮らしていくことに息苦しさを覚えたことはないディララだが、芸術家の中にはカフラマーンを出て外国で活躍する者もいると聞いている。
フィクレトの知り合いの画家のひとりも、一年前に外国に渡った。フィクレトは餞別としてまとまった金額を渡したそうだが、文化がまったく異なる外国での暮らしはなかなか大変だと書かれた手紙が届いたことがあるそうだ。
(外国に行ってみたいとは思わないけれど、もし外国に神絵のような具象画や、魔法できらきら輝く世界があるのなら、見てみたいわ)
ディララの現在の貯蓄であれば、外国を旅することは造作ないはずだ。
世間知らずなので旅費がどれくらいかかるのかはわからないが、避暑地に別荘の一軒や二軒は買えると聞いている。
(外国に旅行……家から出て、旅行………………うぅ)
自分は外を出歩くことが苦手な性分であることを思い出し、ディララは唸った。
子供の頃から旅行はしたことがない。
国内を旅するだけでもかなりの費用がかかるため、父の収入ではサフラ家一同が旅行をすることなど到底無理だった。
いまは国内旅行くらいであればいくらでもできるだけの収入がディララにはあるし、フィクレトも旅をすると創作の刺激になるだろうと言ってはくれている。
だが、ディララは許されるならいつまででも家に籠もっていたいと思っていた。
(お家が一番安全で快適なんだもの)
フィクレトが用意してくれたこの家は、とにかくディララが創作作業に集中することができるようになっている。家事など一切はしなくて良いし、世間の時間を気にすることもほとんどない。
好きな時間に好きなだけ作業をして、気分が乗らないときはだらだらと過ごす。
これ以上ないくらい快適な暮らしだ。
もちろんこの生活は『天才画家ディララ・シファーア』のために用意されたものであることは理解している。ディララが絵を描いていなければ、手に入れることはできなかった生活だ。
(わたし、絵を描いていなかったらいまごろなにをしていたのかしら? フィクレトと出会っていなかったら……)
もし、と仮定したところでいまとは違う薔薇色の未来が想像できるわけではない。
多分両親が勧める男性と結婚しているだろうくらいしか思い浮かばない。
(平々凡々に過ごしていたんでしょうね。家事に忙殺されて、絵を描くことはなくて、たまに瞼の裏に見える神絵や魔法の世界を楽しんで、あれはただの幻だからって自分に言い聞かせているんでしょうね)
これまではずっと、ディララの中で神絵は幻だった。
実在することを考えたことはなかった。
カフラマーン王国の外の具象画は見たことがあるが、どれも神絵とは異なるものだった。外国の具象画の中には人物を描いたものもあるが、椅子に座ったり、庭に立ったりしている絵で、外国ではこういった絵が肖像画と呼ばれていた。
(神絵らしき物が実在していることはわかったわ。ということは、もしかしたら魔法のような技術も外国にはあるのかしら?)
外国に魔法が存在するとは聞いたことはない。
この世界では魔法はおとぎ話の中にのみある。
(夜になっても外を明るく照らす魔法や、聞きたいときにいつもで好きな音楽が流れてくる魔法や、あとは絵がくるくると動く箱や……)
思い出すだけで羨ましくなるような魔法ばかりだ。
窓硝子に映る自分の顔とその向こう側に広がっている暗い庭しか見えない光景とは違う。
(神絵を描いた絵師は、魔法の世界のことを知っているのかしら。外国に神絵に描かれているような服があるのなら、神絵師は外国に行ったことがあってあんな服装をしている人を見たことがあるのでしょうけれど)
ディララが知る限り、外国には神絵のような裳裾が膝丈よりも短い服や、極端に身体の線を強調するような服は存在しない。
カフラマーン王国ほどではないにせよ、肌を露出することは良しとされない。
特に王侯貴族や富裕層は、布地をたくさん使った衣装を好む。
一枚の布で身体を包むような貫頭衣は貧しさの象徴とされている。特に袖がなく、裾丈も短いような布で必要最低限だけ身体を覆っているような貫頭衣は、いまは最下層の貧民でもしない格好だ。
それなのに、神絵で描かれる人物たちは、肌を露出させ、すくない量の布で身体を覆い、装飾品で全身を飾っている。艶のある髪はそれだけでも生きているように躍動感ある動きをしており、長い睫で彩られた瞳の中では星が瞬いている。
ディララも神絵の模写は試したことがあるのだ。
なにしろ神絵は大層創作意欲を刺激してくれる。
まだ誰も見たことがないに違いない格好をした人を描いているのだから、誰も描いていない絵を描くというのは画家としてこれほど面白い作業はないと思ったのだ。
結果として、ディララは確かに誰も描いていない絵を描くことはできた。
(神絵のような絵を描こうとして、なぜあんな汚泥のような色を塗りたくった絵ができあがってしまうのか、理解不能だわ!)
地獄の釜の底で怨嗟の声を上げる罪人の魂が集まったような絵になった。
完成した瞬間、ディララは自分で描いた絵ながら「呪われそうな絵」と思った。
ちなみにこの絵は完成の二十日後にはすぐに売れた。
フィクレトは「もうすこし画廊に飾っておきたかった」と残念がっていたが、ディララとしてはフィクレトが絵の中の怨念に捕らわれなくて良かったと思っている。
一方、ディララの「呪われそうな絵」を購入した人物は貿易商だったそうだが、購入して十日後にこれまで取り引きしたことがない相手から大きな商談が舞い込んで莫大な利益を上げ、その後も順調に儲かっているそうで、ディララの絵を買ったからだと喜んでいるそうだ。
絵の内容に満足していないのは、ディララただひとりということになる。
(未完成の神絵ほどでなくても、もうすこし具象画を描けたらっ!)
具象画の練習として、窓硝子に映る自分の顔の輪郭を指でなぞろうとディララが硝子に息を吹きかけたときだった。
「ララ、ちょっといいかな?」
落ち着いた声が背後から響いたのでディララが振り向くと、フィクレトが作業部屋の扉の前に立っていた。




