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第14話 優しさに苛まれる

「あら、いい匂いね」


 クロエが厨房を通りかかるって足を止めた。振り向いたのはベルタだった。


「お嬢様!」


「それは何?」


 ほんのり甘酸っぱいフルーツと、バターの香ばしい香り。


「ライトベリーのパウンドケーキです。シェフに厨房を借りたんですけど、よろしかったら味見されますか?」


「あなた個人で作ったものなんでしょ?取ったら悪いわ」


 クロエは本当に、珍しい匂いがしたので少し立ち寄っただけだった。


「息子に焼いたものなので大丈夫ですよ。是非感想を聞かせて下さい」


 その時のベルタの笑顔はいつもと違った。息子のことだからだろうか、心からの笑顔だった。だからクロエも少し気が向いた。


「そう、なら少しだけ頂くわ」


 切り分けられたパウンドケーキを口に放り込むと、ライトベリーの香りが鼻を通った。外側はサクッとしていて、中はしっとりと柔らかかった。


「美味しい!」


 練り込まれたライトベリーは、ベリー特有の酸味が強過ぎず、ちょうどいいアクセントになっていた。そして次第にベリーの甘みが広がっていき、素朴ながらもとても美味しかった。


「よかった、お嬢様の折り紙付きなら安心ですね。私の故郷の味なんです」


「息子も北方の出身なの?」


「いえ、息子は王都生まれです。でも私の故郷の味を忘れないで欲しくて。息子は近くに親戚が居ないから、母親の私だけで育てたんです。でも父親が居ないせいで偏見的な目で見られることも多くて苦労をかけました」


「そう」


「私が今息子にしてやれることは、料理くらいなので」


「優しいのね」


「そりゃあ母親ですから」


 初めてベルタの人間らしい顔を見た。それからクロエはベルタを鬱陶しく感じることはなくなった。


 使用人達は相変わらずそのヒステリックに悩まされてるようだが、時々焼いてくれるようになったライトベリーのケーキは美味しかった。


 何度目かにケーキを焼いた頃、突然ベルタは死んだ。雨の日の事故だった。視界が悪く、馬車が彼女に気付かなかったという。


 彼女が死んでから、息子は研究院を辞めたと噂で聞いた。クロエは人手が足りないので息子を呼んだ。そして初めてゲルトと出会うこととなる。



 ***



 クロエはゲルトを特別扱いはしなかった。優しくしたわけでもない。単なる同情。突然学校を辞めて仕事も無いだろうと思っただけだ。


 でもゲルトはワガママだったクロエにもよく尽くしてくれ、いつの間にか最も信頼する相談相手となった。


 最近はふと思う。優しさではなく同情で呼んだと、今も少し哀れみが無いと言ったら嘘になると、ゲルトが知ってしまったら、彼は自分を嫌いになるだろうか。それだけは嫌だった。彼には嫌われたくない。だから口が裂けても言えない。


「どうかしましたか?クロエ様」


 ぼうっとしていたクロエはハッとして、首を横に振った。考え事にふけっていて、つい自分の世界に入り込んでしまっていた。


「なんでもないわ。さあ、明日の服とアクセサリーを考えましょう」


「あ!とうとう特注のドレスに身を包んでくれる気になりましたか!?」


「カフェにドレスで行くバカがどこに居るのよ。派手過ぎずシンプルで可愛いワンピースを見繕いに行くわよ」


「喜んでお供します!その後アクセサリーも新調しましょう。で、その後は化粧品ですね」


 ウキウキと話すゲルトにクロエは苦笑した。


「あなたはどうしてそう女の子みたいなのよ」


「昔はクロエ様の方が女の子らしかったんですけどね・・・・・・。あんなに華やかだったのが遠い昔のようで懐かしいです」


「あなたは派手な私の方がいいの?」


「俺はどんなクロエ様でも大好きですよ。だからめいっぱい尽くしたいだけです。無理して好きなものを捨てないで下さいね」


 クロエは言葉に詰まって、無理矢理明るい声を作った。


「あなた本当に私のこと好きね〜!仕方ないから一日荷物持ちの旅にお供させてあげるわ!」


「ゲッ、そう言った時のクロエ様の買い物は本当にハンパない量ですよね!?」


「あなたが尽くしたいって今言ったんじゃないの。ほら、さっさと支度するのよ」


「はいはい、かしこまりました」


 苦笑したゲルトはその日一日中クロエの買い物に付き合ってくれた。

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