第12話 打って出る
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『次は食事に誘いましょう』
と、ゲルトは言っていた。
(大丈夫かしら)
ゲルト曰く、デートをいきなり誘うのは壁が大きいので、ひとまず明るい時間にランチに誘ってはどうかとのこと。
しかし騎士というのは暇ではない。特にロジェに関しては、常にリリアーナに仕える立場にある。果たしてクロエの誘いに乗ってくれるかは微妙なところだ。
ゲルトにそれはどうなんだと尋ねると、チッチと指を振られた。
『段階を踏むというのは大事なことなんです。食事にも行けないようなら結婚はありませんよ』
言われたクロエは、この前聞きそびれた好きなものを聞くのも兼ねて、食事に誘うことにした。
クロエはいつものようにロジェの前に立って深呼吸をした。そして真剣な顔で口火を切った。
「ロジェ、私はリンゴが好きです」
「最近その導入多いですねクロエ様」
クロエは内心呻いた。
(すみませんね!ワンパターンで!)
しかしこれ以外に思いつかないのだから仕方ない。気を取り直す。
「で、あなたは何が好き?」
「ライトベリーです」
クロエは軽く目を瞬かせた。
「あら、意外ね。ライトベリーは北の方の特産じゃない」
ライトベリーは淡い紫のベリーだ。酸味より甘みが強いのが特徴で、王都ではあまり出回っていない。
「この前偶然ライトベリーの美味さを知ったので」
クロエの目がキランと光った。
「じゃあ私とライトベリー狩りに行かない?」
「北の産地までは半日かかりますよ。無理です」
「それならランチはどう?ライトベリーのケーキ付きで」
「・・・・・・・・・・・・」
ロジェは黙ってしまった。クロエは彼がどう出るか観察する。どうしようか考えているように見える(気がする)。
(もうひと押し?)
「だったら、お茶だけならどう?もういっそケーキだけでいいから!」
それからまた考えて、口を開いた。
「・・・・・・いいですよ」
「やったわ!!!」
クロエは思わずガッツポーズした。作戦成功だ。
「じゃあ、店は俺が決めてもいいですか」
「勿論!」
そして二日後に約束を取り付けて、待機させていたゲルトの所に走って駆け寄った。
***
「上手くいったわ〜!」
もう何度となく口にした言葉を何度も繰り返すクロエだが、ゲルトもクロエと同じくらい喜んだ。
「やりましたねクロエ様!」
実は作戦というのは、少し無理なことを言ってから本当の要求をぶつけることで『まあそのくらいなら・・・・・・』と譲歩させるものだった。
なのでクロエは本当にライトベリー狩りに行こうとは思っていなかった。ランチが無理だったのは正直残念だったが、ケーキだけでも全然嬉しかった。
「はぁ〜どうしよう、食事しながらロジェの顔を拝めるなんて!きっとなんの味も感じないに違いないわ!」
「いや風邪じゃないんですから。ここで『恋の病』だなんてもっと言わなくていいですからね」
「どうして分かったのよ」
「本当に言うつもりだったんですね。で、どこに行くんですか?」
クロエは王都の大通りから少し外れた通りにある店を言った。屋敷も王都なのでそれほど遠くではない。
「そこにライトベリーケーキの美味しいお店があるんですって」
「へぇー」
「・・・・・・あなたがそういう乾いた返事をする時って、何かある時よね」
クロエの鋭い指摘に、ゲルトは言葉を詰まらせる。
「いやその・・・・・・」
「命令よ、言いなさい」
そう言われて渋々というように白状する。
「ロジェにしては、洒落た店を知ってるんだなーと思いまして」
ゲルトが言わんとしていることを一瞬にして察してしまった。サッと青ざめる。
「他の女と行った店ってこと?」
「いやそこまでは言ってませんけど」
クロエははたと気付いた。
「そういえばそうよ、どうしてロジェがオシャレで美味しいカフェなんて知ってるのかしら!?・・・・・・は!まさかリリアーナと一緒に行ったの!?」
つまり元カノ(彼女ではなかったが)と行って知った店に連れて行かれるということか。
(いやでも、カフェなんてどこにでもある訳だし)
かと言ってその店が元々リリアーナによって教えられたとか、リリアーナの為に調べた店だったりしたらそれはそれで複雑だ。
「・・・・・・、・・・・・・いやこの際どうでもいいわ」
クロエは息を吐いた。不意に冷静になった顔に、ゲルトは首を傾げる。
「クロエ様?」
「私はロジェの顔を眺めて同じ空気を吸って同じ物を食べられるだけで幸せなの。過去なんて関係無いわ」
「よく考えると当たり前のことなのに、なんかすごそう」
「いいえ、その当たり前のことが叶わなかったのが私なのよ!ものすごい進歩だわ!」
「とうとう自虐を覚えてきましたね。でも俺は応援してます、ライトベリーケーキ楽しんできて下さいね!」
「ええ。美味しかったらあなたともまた今度行きましょう」
ゲルトの好きなものは『晴れ渡った青空』と『ライトベリー』だと、クロエはちゃんと覚えていた。だからこそゲルトはまた深く笑むのだった。
「良き一日になるといいですね」




