第六六六執行猶予大隊・1
(あーあ……。新しい指揮官は無駄に尊大な貴族の息子とか、熱血的な愛国者じゃないと良いな……)
そう思ったハフナー上級軍曹が思ってから一か月。
特務大隊は先の作戦により戦力消耗が六十パーセントを越えてしまい、ようやく後方での再編が行われる事に成り、前線から五十キロ後方のメディアム地方最大の都市であるノイエベルクに駐屯地を移していた。
本来のノイエベルクは地方の一都市でしかなく、賑わっていると言ってもたかが知れている地方都市であった。そもそもノイエベルクはそれよりも以北――ウニオー国家連合群へ赴く者以外利用する者が居らず、鉄道の大規模操車場がある以外に特出した産業を持たない寂しい都市であった。
だがその一地方にしては大規模な操車場に着目した軍部はこの地を一大物資集積所としてノルテ戦線を支える拠点とした事で状況は一変する。
一日数本であった鉄道は昼夜問わず運行され、プルーセン本国から弾薬や兵糧と言った物資から軍人、軍属を運び続けた。
もっともノイエベルクが栄えているのは軍人だけのおかげではない。この地に赴いた軍人や軍属に日用品や食事を売ろうと商人や付近の農家も集まり、戦時とは思えない賑わい――特需を生んでいたのだ。
しかし今日の賑わいは何時もの倍以上のそれであり、特に駅前にはカメラを持ち込んだ記者達とそれを制止する魔族兵士とで溢れていた。
その中心に居るのはもちろん軍人であるのだが、記者の前で喋るのは調度の良い服を着た糸目の男ことカール・フォン・ジーベンビュルゲンであった。その両隣には緊張を孕んだ黒い瞳のクロダと退屈そうなワラキアが居た。
「素晴らしい春の日和にこうして文屋の諸兄に新たな部隊発足を発表出来る事を共和国宰相として嬉しく思います。
さて、折しも本日はプルーセン=エリュシオン戦争が開戦して一年と六か月という節目の日付となりました。長引く戦争に辟易する国民諸君も居りましょう。それも大いに結構であります。我が国はエリュシオンのような皇帝権威に牛耳られた独裁国家ではなく、血の犠牲の上に建った崇高なる民主国家であり、議会への批判は歓迎されて然るべきです。
だが忘れないでほしい。我が良き隣人――ドワーフの住まう北プルーセン・ドゥリン特別自治国を襲った悲劇を!
国民諸君の記憶にも新しいと思うが二年と半年前、ドゥリン王トール氏が外遊先であるノール・エリュシオンにて単一種族主義者のエルフ族青年によって暗殺された。
そしてエリュシオンの横暴は暗殺を許した事に限らず、犯人追及を求めたドゥリン特別自治国に対し、ノール・エリュシオンの宗主国たるエリュシオン帝国は犯人の身柄引き渡し及び捜査協力を断り、あまつさえ犯人を第三国に亡命させてしまった。
これは法治国家としての正気を疑う暴挙であり、法と理性に従う近代国家として恥ずべき暴状であると言えよう!!
この悪行に北プルーセン・ドゥリン特別自治国はついにノール・エリュシオンに宣戦布告をした!
しかしこの戦争はドワーフだけの戦争ではない。
我が国も悪戯に国家間の緊張を増すエリュシオンに対し、正義の鉄槌を持って国際秩序の復活を成し遂げるため、共に戦わねばならないのである!」
淡々と、だが熱情の籠った声にジーンの頬に一筋の汗が流れ落ちる。だが糸を思わせる細めからは彼の内心を伺う事が出来ず、ピエロのように大仰な身振りだけが彼の心情を伝えてくれていた。
彼が力無く俯けば悲しみが、拳を握れば憤りが伝わって来る。もっともそれが全て演技だとしても。
「しかし国民諸君は長期化の様相を示す戦争に疑念を抱いているものと考えます。確かに我が国は開戦以来大きな勝利を成しえておりません。
ですが今、こうしている最中にも前線では小さな勝利が積み重ねられており、エリュシオンに膨大な出血を強いているのもまた事実であります。
そうした勝利を鑑み、陸軍は夏までに大規模作戦の発令するための作戦行動を開始しております。なお、詳細につきましては軍機につき答弁を差し控えさせて頂きます事をお許しください。
なお、この作戦によって政府は国民の皆様に決定的な報告をもたらせる事だけは確約させて頂きます。
しかし、しかし私はこの大規模作戦に先立ち、恐れる敵が居ります。
それは我が国に潜り込む潜在的な厄介者の存在です。それはエリュシオンに通じた間諜であり、ウオニー獣人国家群の内戦を引き起こした赤色主義者の影響を受けた思想的敗者であり、そして無暗に平和を叫ぶ臆病者である!!
国民諸君。これは言論の自由を許された国と皇帝に踏みにじられる国との戦争なのである。これはエルフとの生存を賭けた種族間戦争なのである。これは貴方方の戦争なのである!! その事をどうか忘れないでほしい!!」
宣言と共にカメラのフラッシュが幾重にも瞬く。
ジーンはその余韻を感じるように朗らかな笑みを張り付け、それが一段落するのを待ってから二人の少尉の肩を抱いた。
「私はここに陸軍大臣として新たな戦争指導を提案します。それはここに居る若い二人の少尉が鍵を握っております。
この黒髪の可憐な少女について国民諸君はご存じでしょう。魔王戦争の英雄、勇者シンヤ・クロダの末裔にして先の宰相――ヒンデンブルク・フォン・クロダ氏の御息女であるエーリカ・フォン・クロダ少尉です。 その隣に居る白髪の彼こそ三百年前、我らの先祖を震え上がらせた魔王――ブラド・ワラキアその人である。
国民諸君。三百年。三百年である。あの魔王戦争からすでに三百年の年月が流れた。だがあの戦争を契機とした悲劇が終わったとは共和国宰相として思う事は無い。
魔王により周辺国は取り返しのつかない損害を被り、それ故に新たな悲劇と言う名の戦争が続いて来た。
だが三百年前の困難な時代を終息出来たのは何故か? 秘儀となっている勇者の召喚か? 違う。新兵器である銃の登場故か? 違う。
我らが団結を成し得たからである。
そして時は流れ、蜜月を過ごして来た盟友は敵へと成り果てた。
今の国難に立ち向かうにはどうすべきか? 新たな団結が必要なのである。いかな強大な相手でも我らは隣人を信じる事を力に変え、脅威に打ち勝って来た。それは今、直面している戦争においても同じ事が言える」
「私は陸軍大臣として新たな戦争指導を提案する。それは魔族との共闘だ」と彼はフレーズを繰り返す様に宣言した。
「だが多くの国民は魔族と手を取り合う事に抵抗を覚えるだろう。
それほどまでに人と魔族の溝は深く、険しい。よって私は提案する!
今こそ真の魔王戦争を終結させるため、人と魔族の共存を目指すため、魔族が行った蛮行の清算を提案する!
先祖が犯した罪を若き魔族が償うのである。そうする事により我らは過去の各種族への悲しみを乗り越え、共に歩める未来を紡ぐのだ!!
即ち、ここに魔族基幹の戦闘部隊である第六六六執行猶予大隊の創設を共和国宰相兼陸軍大臣として宣言するものである。
これは魔族への、そして人への試練である。強大な敵を前にして我らは昨日の敵と明日の友へと出来るかの試練である。
我らはその試練を乗り切り、新たな一歩を踏み出せるか、今、天上の星々が我らを見ておられる。『神は我らと共に』!!」
その声に観衆の一部が拍手を行い、それが次々と広がって行く。もちろんこの瞬間の取材に来ていた文屋もである。
汽笛と共に手が打ち鳴らされる駅舎。その一角――魔族兵士と共に警備にあたっていたシャルロット・ハフナーは「どうしてこうなった」と何度目かの我が身の不幸を呪うのであった。
本日も連続更新を予定しておりますのでご注意ください。
予定では二一時くらいに最新話を投稿します。
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