第六六六執行猶予大隊・2
連続更新更新の二回目です。お間違えの無いようお願いします。
ノイエベルク近郊のとある農場。母屋と二つの離れ、二つの納屋と厩舎を有するそこには高々とプルーセン旗が春の空に舞っていた。
本来であれば賑やかな家畜の嘶きが響くのどかなそこには今や軍馬が並び、広大な耕作地には兵士達が塹壕を作ったり、格闘訓練等に興じるなど軍事施設化が急ピッチに進んでいた。
と、言うのも忍び寄る戦火の足音から疎開を選んだ農場主より接収したそこを特務大隊改め第六六六執行猶予大隊は駐屯地として使用しているのだ。
その母屋の寝室として使われていたであろう部屋にはベッド等の代わりに大机が搬入され、壁にはノルテ自治区の戦況図が張られていた。その部屋の名は大隊長執務室。もちろんその部屋の主はその名の通り大隊の最高権威者である大隊長である。
「で、また貴様等か」
体に比べ大きすぎる机の上に小さな腕を組む少佐――ホビット族のヘルムート・フォン・モルトケは忌々しそうにつぶやいた。
そうと言うのも目の前に居るのが一週間ほど前に士官学校を巣立って行ったはずのワラキアとクロダなのだから仕方ないと言うもの。もっとも彼らの着任自体はモルトケが教官職から大隊長就任の辞令を受けた時に聞いていたので翻訳すなら『久しぶり』に当たる。
「はい、教官殿――いえ、大隊長殿。お世話になります」
だがそんな挨拶に丁寧に形式ばった挨拶を返すワラキア。そんな見てくれだけの敬意にモルトケは若干の苛立ちを覚えながら咳払いをして本題を切り出す事にした。
「貴様等を呼んだのは他も出ない。この部隊の中心的人物だからだ。それは心得ているな?」
第六六六執行猶予大隊はハッキリと言えば戦闘部隊としての意味合いよりも宣伝目的に重きを置かれている。
「不名誉な事だが、我が部隊の目的は自治区における魔族への統制を図るためだ。その金字塔がワラキア少尉……。貴様だ」
「はい。微力ながら共和国のために力を尽くす所存であります」
本当に分かって居るのかとモルトケとクロダは不安になるも、本人は能面のような顔で立つばかりだ。
「まぁ良い。我が部隊に国が求めるのは魔族の離散を防ぐ事にる」
プルーセン=エリュシオン戦争の帰趨はハッキリと言って劣勢にある。その原因はエリュシオンの優れた兵器による所も大きいが、この戦争を機にプルーセンからの独立を図ろうとする魔族パルチザンによる破壊工作が足を引っ張っていると言う点もあった。
元来、魔王戦争の戦後処理にて旧魔王領は各国の分割統治を受けていたのだが、その内実はただの植民地支配であり、安価な労働力として魔族を酷使して大規模な農場や鉱山の開発を行って富を得ると言う点に尽きた。
もちろんその支配を良しとしない魔族も居り、そうした者達にエリュシオンが武器を密輸して独立心を煽っているのだ。そのようなゲリラ――パルチザンが元気に頑張るせいで鉄道の破壊や電信線の切断などの嫌がらせをプルーセンに仕掛けてくる。もっともプルーセン軍としてはわざわざ後方地域の安全を図るために軍を割かねばならないため頭痛の種となっていた。
そんな魔族に彼らの王たる魔王がプルーセンに協力する姿勢を見せればその抵抗も鳴りを潜めると言う考えだ。
「もっとも政府や参謀本部はパルチザン対策だけではなく魔族に戦争協力を強制する旗頭として貴様を欲したのだろうがな」
そもそもプルーセン軍において魔族部隊の歴史は古い。銃の普及と共に騎士と言う特定の身分の者のみが戦う非効率な時代から国民軍と呼ばれる民衆主体の軍が編制されるようになり、その中に魔族達も含まれていたのだ。
とは言え、魔族達の徴兵部隊と言うのはことごとく士気が低く、敵前逃亡もざらという有様で使い物にならない事が多かった。
だがどうしても数を補完したい時や人が踏み込むには危険な戦場には心置きなく使えると言う事で今日まで魔族部隊というのは編制され続けていた。
しかし人の代わりに激戦地に投入されるという不条理と差別意識を持つ人間族の配下に魔族が置かれる事に反発する者も少なくなく、士気はいつも低迷状態であった。
だからこそ魔族達を統治していた魔王を頂きに据える事でその統制を図ろうと言うのが第六六六執行猶予大隊なのだ。
「つまり貴様は動く広報看板である事を忘れる事無く任務に励むように」
「はい。了解しました」
モルトケはこれは時間の無駄であったと内心で舌打ちをする。本来この大隊の長に就任するのは彼女ではなく同僚のはずだった。だが士官学校の実地研修中の戦闘で戦死してしまったせいで同じ教官職にてワラキア――魔王を良く知る人物をと言う事でこの席に座る羽目になってしまった。
だが彼女は前線に戻れた事を好機とも思っていた。元々野戦将校として軍に籍を置いて長くなる彼女にとって後方の教官職はどうも肩が凝るばかりで性に合っていなかった。そう言う意味では良い人事であったと言って良い。もっとも部下に問題がある点を除いて。
「あとお前等、くれぐれも部下の扱いには注意するように」
「――? はい、大隊長殿」
「クロダも黙っていないでワラキアの補佐――もとい監視を怠るな」
「は、はい!」
「では下がれ」
二人が頭を下げて大隊長室を後にするとクロダが大きなため息を漏らした。
「はぁ……。卒業してまでモルトケ少佐の下で働くなんて……」
「そこまで気にする事か?」
「上官の事を気にかけない部下は居ないと思うけど? そもそもブラドはモルトケ少佐の事をどう思っているの?」
「我としてはアレも嫌いでは無い」
「出た! ブラドの『嫌いでは無い』発言!」
クロダがあからさまに整った顔をしかめ、彼から離れるように歩み出す。自然とワラキアもそれを追うように前進するが、彼の方が歩幅が大きくあっという間に彼女を追い越してしまった。
もっとも士官学校でも同じようなやり取りをしていたクロダは彼の背中を追いながら独り言ちる。
「前から思っていたけど嫌いでは無いって事は好きでも無いって事でしょ」
「それがどうした?」
「つまり何の答えにも成っていないじゃん。もしかしてブラドって何も感じていないんでしょ」
「そうだな。そんな矮小な事に悩む事は無いな」
適当に言っているのか、それとも魔王故なのか……。彼女はそんな思案をするが、ワラキアとしてはモルトケの言っていた『部下の扱いには注意するように』との言葉さ早速蘇った。確かにクロダは士官学校同期卒業であるがこの度彼の小隊に副官として配属される事に成っており部下と言えば彼女も部下なのだ。
確かにこれは扱いに困る。
「よりによって貴様のような者が勇者の血族とはな」
こんな何も考えていないような奴と仕事をする羽目になるとはと彼は何度も恨んだ神にさらなる恨みを重ねるのであった。
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