その一
――――危険の伴わない黒魔術などない。
尾張高校黒魔術同好会とてそれは、例外ではない。鬼の黒田(通称:オニクロ)がバスケ部を見に体育館へ行く足音から終わりを告げる部活終了のチャイム。それが黒魔術同好会に在籍する部員ほぼ全員にとっての〝危険を伴う時間〟であった。
が、黒魔術は、爆発だ。
鬼の黒田(通称:オニクロ)がバスケ部を見に体育館へ行く足音から火災報知機の音が響き渡るまでの間。それが竜ヶ崎雅人にとっての〝危険を伴う時間〟であり、また同時に至福の時でもあった。
……先程から何故一貫して過去形かと言うと、竜ヶ崎雅人は現在帰宅部に在籍しているからである。❘彼は諸事情により少し前に退部になったのだ。つまりそういうことである。
*
――――数日後の放課後。陸粂酒剛玄を含む三人は智之の居る教室に集っていた。無論部長会議の結果をいち早く聞くためである。特に剛玄は先日の問題行動により自身のサバイバル同好会創設に影響が出ないか気が気でなかったらしく、体格に見合わないつぶらな瞳はすっかり輝きを失い、目元には寝不足による隈が色濃く刻まれていた。
「それで、――――どうだった?」
真っ先に口を開いたのは、田中利香だ。うずうずして居ても立っても居られないのか、唇の端がひくひくと落ち着かない。日焼けや水着の跡はもうほとんど目立たなくなり、髪も肩まで伸び艶がかっている。
「……まず先日のネットランチャー騒動だが、人命を最優先した結果だと押したら罷り通った」
「罷り通ったんだ」
「ネットランチャー二発は部費から出るが、その他窓枠等については学校側が全額負担してくれるそうだ。よって今回、我々に非はない」
「ふぅ……」
「剛玄っ!! 大丈夫か!? しっかりしろぉーーーーーーーーーーー!!」
気が抜けて、というより気を失って白目を剥き卒倒した剛玄を抱きかかえ、必死に声を掛ける透だったが、剛玄はやがて生気のない紫色の唇で泡を吐きながらよろよろと立ち上がった。
「……あぁ、すまないな透。グフォッ!! ――――どうやら、ここまでのようだ」
「そんな、まだ始まったばっかじゃんか……」
「サバイバル同好会は、お前の手で、創、設……」
「――――それは嫌だ」
剛玄はがくりと首を横たえると、安らかな眠りについた。
「で、他は?」
田中利香が骨折した話の腰を荒療治で繋ぐ。
「そうだな、……君が興味のありそうな話は、やはりサッカー部の暴力沙汰か」
「なんでそうなるのよ」
「まぁ聞いてくれ。一年生部員が今月の頭に起こした暴力沙汰の影響で、サッカー部は三ヶ月間の試合出場停止処分となり、しばらく我高の名で表彰されることが事実上不可能となっただけでなく、尾張高校サッカー部の名に泥を塗ったということで生徒会から見放され、部活動費をほぼ全額負担することになったんだ」
「要するに、何が言いたいわけ?」
田中利香が地団太を踏みながら苛立たしげに問う。
「水泳部を含む複数の部活動及び同好会の部費が大幅に安くなった」
「本当に!?」
途端に田中利香は両の瞳を蘭々と輝かせ、身を乗り出して智之の顔を覗き込む。
「……あぁ、特に水泳部は月七千五百円から七千円へと大幅に値下げしたそうだぞ」
さすがにたじろぎ後退る智之に、田中利香はさらに顔を近づける。
「それじゃ帰宅部は!?」
「月五千円だ」
「何でよっ!!」
「止めろ暴力は良くな――――あべしっ!!」
田中利香の痛烈な平手打ちを食らった智之は、背後の机にぶつかる形でもたれかかる。
「恐らくは、竜ヶ崎雅人による火災騒動のせいだろう。彼は結局下校時間を厳守することが出来なかった上に現在も停学中だからな。来週には解けるそうだが」
「そうなの?」
「あぁ、実は――――」
――――あの後、鬼の黒田(以後オニクロと呼ぶ)は約束通り竜ヶ崎雅人が午後五時までに下校できるよう説教の時間を短縮したのだが、その後彼が停学処分となった旨を呼び出した両親に伝えるとなぜか二人は激昂し、母は黒魔術の何たるかを小一時間熱弁、父は竜ヶ崎雅人が行った儀式を実演すると言い出してオニクロに羽交い絞めにされ、結局竜ヶ崎雅人の下校時間は午後五時をゆうに超えてしまったのである。
「……此の親にして、この子あり?」
そんな一昔前のギャグ漫画でも存在しないレベルの珍事を聞かされた田中利香は、呆れを通り越して笑いたかったが、唇の端が引きつってしまった。
「悪い意味でな」
智之の表情からも返答に困っている様がありありと伝わってくる。
「まぁ何にせよ、これ以上高くならなくてよかったじゃん」
最後の最後で透に話をまとめられ、田中利香は苛立ちを露わにしつつ言う。
「……でも、竜ヶ崎雅人のせいでうちだけ部費が五千円のままなんでしょ?」
「そうだね」
なぜか透が首肯する。
「今回はたまたまサッカー部の暴力沙汰と被ったから目立たなかっただけで、次そいつがまたなんかやらかしたら帰宅部の部費が上がるかもしれないんでしょ?」
「それもそうだね」
またしてもなぜか透が返事をする。
「だからってそいつの奇行を止めようにも、親もそんなだから逆に問題が酷くなりかねない」
「なんだ、何が言いたいんだ田中利香?」
「だったらさ、そいつを元居た黒魔術同好会に押しつけちゃえば、そこの部費が上がった分、うちの部費は下がるんじゃない?」
「「あーぁあ」」
二人揃って腑に落ちたとばかりに手のひらを拳で叩く。そして、
「最低だな」
「さすがは田中利香――――ぐふっ!!」
会心の一撃をもろに喰らった透は膝から崩れ落ち、壊れた掃除機のような鼾をかく剛玄の上に折り重なった。
「と、も、か、くっ! 部費が安くなるかもしれない以上、徹底的にやるわよ」
田中利香がここまで積極的なのには勿論それなりの理由がある。
重複するのでざっくり言うと、ネコババはできずとも安くなったその差額分はひょっとすると毎月のお小遣いに回ってくるのでは? とかそういう算段である。
お金にうるさい母親が、安くなった部費の差額分を貯金と生活費に当てるとも知らずに。そして前回からまるで進歩していないのと、その貪欲さが親譲りであるという点で彼女は龍ヶ崎雅人と同族である。……ことに本人は気付いていない。




