その六
――――帰宅部は、生徒によってではなく、学校側の意向で創設された。
それも当初は、入学する生徒の絶対数が増えたせいで帰宅部志望者が増え、人数によって練習内容が大きく左右される運動部の混乱を防ぐべく生徒たちに早い段階から意思表示をさせようと一時的に創設されたものだった。それを初代帰宅部部長長田桝彦が帰宅部なんだから他のどの部よりも早く帰らなくてはと言いだして、〝放課後の終わりまでに帰る〟という謎の活動内容が生まれ、今に至る。――――ちなみに彼には尾張高校で初めて〝勘違い野郎〟と呼ばれたという謎の伝説がある。……詳細は不明だ。
「……いいんだ。俺はただ単に、囲碁以外にやる気が湧かなかったから、帰宅部に入っただけなんだ。何か特別な理由があるわけじゃない」
智之は窓の外から視線を外し、自分に言い聞かせるように静かに言う。
「でも今は、ここがあんたの居場所なんじゃないの?」
「そうだな❘そうかもしれない。けど、直に皆いなくなる。龍ヶ崎は黒魔術同好会、剛玄はサバイバル同好会、剛田久美はダンス部。……そして君は、水泳部、だろ?」
「なんで知ってるのよ。まだ、誰にも言ってないのに……」
田中利香は、慌てて転部届を隠す。
「分るさ。もともと君は、出会ったときからよく顔に出るタイプだった」
「な、何よ、悪い? あんたなんかよりましでしょ?」
頬を赤らめ口を尖らせる。
「どういう意味だ?」
「……あんたいつも、何考えてるのか全然分かんない。今だって、急に廃部だとか言い出すし」
「――――しょうがないだろう? 帰宅部は、いつかなくなるべきだったんだ。この尾張高校に、いつまでもこんな部を残しておくわけにはいかない」
珍しくむきになる智之を、田中利香は横目で睨みつける。
「そうやって、誰かに言われたんでしょ。違う?」
目を見開き、はっとなる智之。田中利香にはそれだけで十分だった。
「やっぱり。……おかしいと思った。あんたが急にそんなこと言い出すなんて」
「悪いか? 俺だって、たまには人の意見ぐらい聞く」
「あんたは、あんた自身はどう思ってるのよ。部員が少なくなっちゃって、皆離れて行っちゃって――――」
「皆がそう望んだんだ、仕方がない。俺だけここに居座るわけにもいかない」
「引き留めればいいじゃない。今からでも、間に合うかもしれないわよ。勧誘も、もっと大々的にやれば、誰か一人くらいは絶対入ってくれるわよ」
「駄目だ。他人に迷惑はかけられない」
「いいじゃない、ちょっとくらい。ていうかあんた、結構好き放題やってる方だと思うけど」
「なんにしても、帰宅部は、もう――――」
その時だった。
一人の男子生徒が、スライディングで入口の戸をぶち破り凄まじい音を立てて教卓まで突っ込んで来たのは。




