その六
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南館屋上にて。放置されていた椅子に置いたラジオ、そこから流れ出す乙女チックなラブソングに、田中利香は苛立たしげに貧乏揺すりする。
「ホントにこれ今度の大会で踊る曲? なんか、イライラするんだけど……!」
「えぇっ!? き、キュンキュンきませんか? 叶わぬ恋だとはわかっていても、気付くと彼の背中を目で追いかけちゃうってところとか――――」
「それってただのストーカーじゃないっ!!」
剛田久美は相変わらずのハスキーボイスと巨体で精一杯曲の魅力を伝えようとするが、田中利香に届いたのは今のところ飛び散った汗と振り乱した髪だけだ。
「すす、すとっ、すとっ……ストーカー? 違います! 彼女は彼にうまく気持ちを伝えられないだけですよぉ! 歌詞でもそう言ってるじゃないですか!!」
「だからそういうのをストーカーって言うのよ!」
「なっ……」
顔を突き合わせあっての言い合いの末、言葉を失い硬直する剛田久美。田中利香も歯を喰いしばり睨みつけたまま動こうとしない。そんな消化不良な緊迫状態に終止符を打ったのは、取り残された透だった。
「まぁまぁ二人とも…… 曲なんて、痩せられればなんでもいいじゃん」
「「良くないっ!!」」
二人の剣幕にたじろぐ透。後退ると、足元になぜか落ちていたバナナを踏んで派手に素っ転んでしまう。
「うわっ!」
透が立ち上がろうとする最中、いつぞやのアホウドリが頭上すれすれを通過し、再び転倒。そして転んだ先には奇跡的な配置で並べられた三本の空き缶。それらを背中に受けて透はタイルの上を滑走し、落下防止用フェンスに頭をぶつけて止まった。
「……んだよまったく」
立ち上がろうとフェンスの縁に手を掛けて寄りかかる。
「あ、確かその辺りは……」
「え?」
フェンスがふにゃりと折れ曲がり、ふわっと、嫌な感覚が生まれた。
「え?」
体を包む緩やかな風は、透の脳裏に走馬灯を巡らせる。
「へぇ……?」
取っ組み合っていたはずの二人が、こちらの方をきょとんとした顔で見つめてきた。そしてそれはすぐに視界の端へ消え、真っ赤な空に移り変わる。
「あ、――――落ちた」
「あああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁっ!! ――――ごぉっふ!!」
やがて二人の足元で、ネットランチャーの破裂音と短い悲鳴が上がった。
「――――あ、落ちた。……じゃねぇよっ!! 助けろよっ!」
数分後、屋上の扉が勢い良く開き、息も絶え絶え透が現れた。
「いや、コントかなにかかと思って」
「なわけあるかっ!」
こうして、数週間にわたる剛田久美改造計画……もといダイエット計画が始まった。




