その五
結局、まさか透たちについていく気にもなれず、智之は三階に剛玄が待機しているのを確認してから当てもなく校内を歩き回った。
時折覗ける教室には、楽しそうに談笑したり、ふざけあってはしゃいだり、一人読書にふけったり、皆各々の方法で自分の時間を過ごしていた。智之は、そんな同級生や上級生、或いは下級生たちを見て、中学時代を思った。
あの頃の自分は、普段何をしていたのだろう。一体何をしてきたのだろう。
自分には何か、我を忘れて打ち込めるようなものはあっただろうか。……いや、無い。思えば読書も勉強も、暇つぶしや将来のため、特に大それた理由もなく淡々とこなして来た。楽しくもなければ、達成感や、それに伴う感動もない。智之にとってそれらは、自分の時間をやり過ごすための手段に過ぎなかったのだから。
それでは、自分には何か、苦楽を共にできるような、悩みを全て打ち明けられるような、そんな、信頼できる仲間たちは、居ただろうか。……いや、居ない。そしてそれは、今も変わらない。元来智之は、人を信用したことがない。別段裏切られて何か辛い思いをしたわけでもないし、常に他人を疑いの眼差しで見て来たわけでもなかったが、とにかく智之はいつも自分が正しいと思うものしか信用してこなかった。例え自分以外の全員が、口をそろえて正しいと言おうとも。
そんな彼に出来た初めての話相手は、クラスメイトでも同級生でも無く、部活の後輩だった。信用してなどいなかったし、彼らの想いなど考えたことさえなかったが、それでも、同じ部活動をしている以上、楽しみはある程度共有できたし、話題も部活の話で噛み合った。
「そうか、部活だ」
智之は何も、万年帰宅部だったわけではない。中学時代は囲碁部だった。何らかの部へ入部し、放課後の教室から次々に姿を消して行く周囲に寂しさを覚え、智之は自分の居る階の突き当たりにあった、囲碁・将棋部に入部したのだった。そしてそこで、囲碁の専門書を読んだり、時には部活の仲間たちと囲碁や将棋をしたりして時間を潰していた。
あの時間は、楽しかったんじゃないのか? 本当は、毎日毎日、放課後が、待ち遠しくて恋しくて、十分や二十分しかない授業の隙間に、まだ誰もいない部室に顔を出したりして。時折居合わせる部活仲間と話し込んで、授業に遅れて叱られたりして。
楽しかった、そうに違いない。でなければ、こんなにもはっきりと焼き付いているものか。
「――――智之先輩、……ですよね?」
聞き覚えのある声に足を止め、智之は、そちらにゆっくりと振り返った。




