その三
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「――――ごうちゃんはね、元々ダンス部のツートップだったの」
剛田久美のことらしい。
「あぁちなみに一位はサヤちゃんね」
「……あの人か」
透の脳裏に黒ぶち眼鏡の不機嫌そうな堅物が浮かぶ。
「でも、この前屋上で告白したら――――」
綾はすっと立ち上がり長い前髪を掻き上げて決め顔になると、
「〝タイプじゃない〟」
告白された男のものまねをした。それはどこかで聞いたような冷淡な声色だった。
「――――って言われちゃったらしくて、ショックでやけ食いしちゃったらしいの! 許すまじっ!」
両の瞳に闘志の炎を宿す綾。透はなぜか笑いを堪えるのに必死だった。
「それであんな体型に?」
「うぅん、その人にラブレター送った二週間後くらい前からだよ。緊張を紛らすために食べまくったらああなっちゃったんだって」
「二週間で?」
「力士かよ」
「……それでしばらく休部して、痩せようって頑張ってたらしいんだけど、告白の日までに間に合わなくて。それで振られた上にショックでもたれかかった柵が壊れて落っこちて、傷ついたごうちゃんは屋上へダイエットしに行くこともできずにもっと食べるように――――」
「えっ、ちょっと待って。柵から落ちた後、どうなったの?」
田中利香は強烈に嫌な予感がしていた。
「ん? 剛玄って人にバズーカで捕まえられたとか何とか……何て奴だ!」
綾は机をバンッと叩いて激昂する。しかし田中利香はそれどころではなかった。
「あぁーのーとーきーかぁーーーーーーーーーっ!!」
「よせ田中利香――――ぐうっ!」
怒りにまかせて智之の胸倉を手繰り寄せると、田中利香は見事な一本投げを決めた。と言っても素人であることに変わりは無い。打ち所が悪かった智之はそのまま気絶した。それでも怒りは収まらず、田中利香は馬乗りになって殴りかかる。
「なんかいきなり大した説明もなく新キャラ出て来たなと思ったらそう言うこと!? 一章でもう出てたわけ? わかるかぁっ!!」
「あわわわっ、ちょっとちょっと、その人に罪は無いよ。放したげてっ!」
どころか全ての元凶である。しかし決死の思いで止めに入って来た綾に、さすがの田中利香も手を止めた。
「そう? あたしにはこいつが事件を呼ぶはた迷惑な探偵にしか見えないんだけど。あんたもそう思わない?」
「肯定でありますっ!!」
上目遣いに睨まれて、剛玄は思わず賛成の意を示す。
一応言っておくと、剛田久美は一章終盤にて業務用ネットランチャーに包まれていたあいつである。そう、自称早生まれのあいつだ。
「綾っ!!」
「ひいぃ、さ、サヤちゃん……」
勢い良く開いた扉から現れたのは、ダンス部部長、道祖優花だった。本日も不機嫌そうに目を細め腰に手を当てている。
「部長と呼びなさいっ! いつも言ってるでしょ!!」
「はぁーーれぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
古都葉乃綾は抵抗むなしく首根っこを鷲掴みにされると、例によって引き摺られていった。
「――――で、これからどうするの?」
「とりあえず剛田久美を探す」
「当てはあんのかよ」
「任せろ」
智之は自信満々に豪語し、珍しく、微かに笑みを浮かべた。