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尾張帰宅部部長旭智之  作者: 全州明
第二章 「尾張高校黒魔術同好会」
10/30

その二


           *


 十数分後。田中利香たちは手分けして校舎中の教室を駆け回り、帰宅部部員を掻き集めた。それでもここは尾張高校。教室に集合させても席は軽く半分以上余った。

「……えー皆知っていると思うが、昨日部長会議があった。主な内容はサッカー部の三ヶ月間試合出場停止処分とその影響についての説明だ。端的に言うと多数の部や同好会で徴収費が安くなり、今月我部で起きたいくつかの騒ぎもその流れに相殺されたため、今回徴収費の値上げは無しということだ。皆の協力に感謝する」

 智之が軽く頭を下げてみせると、その場の部員全員が歓喜した。今まで帰宅部は部費の用途が不透明だったこともあり、今まで値上がりする一方だったのだ。

「おい智之、竜ヶ崎の話はいいのかよ」

 透が小声で急かしてくる。

「あんた馬鹿? いきなり話し出したらあからさますぎるでしょ」

「そういうことだ。……というかなぜお前がここにいる? サッカー部だろ」

「いやぁ、あれからいろいろあって――――」

「またサボったわけ? ……はぁ、呆れた」

 智之達が軽い雑談をしている間も教室の騒ぎは一向に収まる気配が無く、中には泣きながら手を叩いて喜ぶ部員までいた。そんな混沌とした部員達を見ても、部長は誇らしげだ。

「――――さて、本題はこれで終わりだ」

 智之が口を開くと、教室は緩やかにだが静けさを取り戻す。並の教師の叱責ではこうもいかないはずだ。オニクロなら話は別だが。

「この中に、竜ヶ崎雅人及び黒魔術同好会部員と関わりのある人が居たら残ってくれ。解散」

 大多数の部員が席を立ち教室を後にしていく中、流れに逆らって居座る者は、果たして居なかった。

「はぁ……だめか」

「いや、居る」

 透がやけに低い声で言う。

「え? どこよ」

 田中利香が改めて教室内を見回しても、三人以外誰もいないのは明白だった。

「俺だぁっ!!」

「早く言えよっ! ていうかさっき必死になって部員集めたあれはなんだったわけ?」

「いやぁーたった今思い出した」

「……それで、どう関わりがあるんだ? 顧問によく叱られるとかそんなんじゃないだろうな」「まさか。黒魔術同好会には俺のガールフレンドがいるのさ」

 指先でサッと前髪を撫でる透に、田中利香は呆れるよりもまず引いた。

「じゃあ今すぐ連絡取れる?」

「待て。校内での携帯の使用は禁止されている」

「真面目か」

「悪いか」

 突っ込みを入れる透に鋭く切り返す智之。こういう場面での二人の温度差を、田中利香は敏感に感じ取っていた。

「しょうがないわね――――その子、まだ教室にいる?」

「あぁーどこにいようと心配ないさ。そんなもの、所詮は言葉の綾に過ぎないんだし」

「は?」

 透がやけに芝居がかった台詞を言うと、廊下の向こうから何やらドタドタと漫画のような駆け足が聞こえて来た。やがて足音の主が長い髪を振り乱しながら突き当りであるこの教室に全速力で駆けてくるのが見える。

「誰?」

 すらりと伸びた細い両足は、艶がかったみずみずしい黒髪と相まって上品な美しさを携えていたが、手を手刀にし両腕をくの字に曲げたそのターミネーターのような走り方が全てを台無しにしていた。それでも本人は、整った顔立ちで歯を見せて笑っている。

 その笑顔もやっぱり女子である田中利香から見ても相当に可愛いのだが、何せ走りながらのその形相なので、いかんせん変質者にしか見えない。

 少女は二つ隣の教室を横切った辺りから何故か速度をさらに上げ、智之達の居る教室の扉に飛び蹴りで突っ込んできた。

 透が素早く開けた扉をすれすれで潜り抜け、少女は空中で横向きになったまま田中利香の眼前を横切る。

 薄茶色の短パンに、緩んだ裾を右腰で結んだ真っ赤なノースリーブシャツ。どうやら制服でもスカートでもないようなので男子二人の目を封じておく必要はなさそうだったが、それでも服が捲れて無防備な腰やお腹が見え、終いには胸元まで見えそうになって田中利香は肝を冷やした。

「ぎゃああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁっ!!」

 念のため透の目だけは潰しておいた。

 悶絶し目元を押さえてのたうちまわる透を丁度跨ぐようにして少女が着地する。田中利香はすかさず透の足を持って引きずり出した。

「どうもどうもどうもぉっ‼ 呼ばれて飛び出て、綾ちゃんでぇーすっ!」

「……ん?」

 足を目一杯開いて満面の笑みで目元ピースする少女の奇行に、田中利香は早くも対応に困った。が、ほどなくして少女はまた勝手に喋り出す。

「もぉうつれないなぁ。呼んだであろう? 呼んだであろう諸君! わ、た、し、の、名、をっ!」

 丸みを帯びた細く愛らしい指を伸ばし、少女は智之と田中利香を交互に指さす。そして自身の口元に親指を突き立ててのガッツポーズ。その一挙手一投足に迷いはなく、どうやら素でやってのけているようだ。

「あぁ、駄目だ。あたしじゃ太刀打ちできない。……ほら透、出番よ」

「目がぁ、目がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁ!!」

「何言ってんのよ。時代はギガでしょ」

「いやそういう意味で言ったんじゃないだろ。とにかく透はまだ復活していない。この場は君が何とかしてくれ」

「なんでこう言う時だけ復活遅いのよ」

「はぁーーーーーっ!! 透ちゃん、大丈夫かい!? 前、見える? 何があったの?」

 少女は智之が透を介抱しているのに気付いて慌てて駆け寄ると、少し離れた場所でばつが悪そうにしている田中利香を見つけ、状況を一瞬で把握した。

「くそぉーーーーーーぅっ!! 透ちゃんの(かたき)ぃ! ――――はうっ!!」

 そして、繰り出した渾身の一撃を利香に喰らわすことなく勝手に何も無い所でこけ、透同様蹲(うずくま)る。それを見た田中利香はこの旧世代のおてんばドジっ子キャラにヒロインの座を奪われるのではないかと危惧し、一人警戒心を強めた。

 幸い本作は人が死ぬ類の話ではないので、いきなりヒロイン交代ということはないだろうが、それでも制作側の意向でじわじわと立場が移り変わっていく可能性は十分考えられる。そもそも田中利香自身、冒頭での呼称は〝女子生徒〟。下手したらそのままもう二度と出番は無かったかもしれないのである。……何の話だ。

「いたたたたぁ。……不意打ちとは卑怯なっ!」

 少女は衣服に付いた埃を一生懸命払いながらよろよろと立ちあがる。

「あんたが勝手に転んだんでしょ。て言うかなんで私服?」

「よぉくぞ聞いてくれたぁ!! それは私がダンス部兼文芸部副部長、古都葉乃(ことばの)(あや)ちゃんだからさぁ!! スティーブンと呼んでくれたまえ!」

 綾はニッと歯を見せて笑うと、胸に手を当て、オペラ歌手の如き身振り手振りで煌々(こうこう)と自己紹介してみせた。まるで自分専用のスポットライトを当てられているかのようだ。

「そこは部長じゃないんだ…… そして黒魔術同好会全然関係ないし」

 さすがの田中利香もボケを処理し切れず難色の色を示す。

「あん、黒魔術同好会? ……何の話や」

 突然の関西弁。田中利香は話が長くなるのでもうこれ以上突っ込まないことにした。

「実は馬々鹿々(うまうましかしか)……」

 何の冗談かついには智之までふざけ出したが、ここはぐっと(こら)える。

「はぁっはっはぁーっ!! なぁーんだそういうことなら私はいとお役に立たず!」

威張(いば)るな」

 田中利香は自分よりもいろんな意味で強調された胸を睨みつける。

「なにせ私は黒魔術同好会とは廊下ですれ違ったことさえないからね! 文芸部の部室は北館だし、ダンス部はバックネット裏だし。知ってることって言ったら顧問の先生が変わった関係で部室が科学準備室になったってことくらいかな」

「科学準備室――――なるほど。だから竜ヶ崎雅人はあそこで儀式とやらを(おこな)ったのか。居合わせた部員たちの気を引くために……」

「なんかものすごく嫌な予感するんだけど。科学準備室って、この前オニクロいたわよね? バスケ部の顧問もやってるあいつがわざわざ三階にいたってことは――――」

 噂をすれば、影が差す。

 しかしいつの間にか半開きになっていた教室の戸をバァン! と開き切って現れたのは、オニクロではなかった。

「ぶ、ぶ、ぶぶっ……部長」

 先程まであれほど快活に笑っていた綾は頭上に差した人影に凍りつき、顔面蒼白のままゆっくりと見上げ、怯えきった声でなんとか言葉にする。

「……お前、また部室抜け出したんだってぇ?」

 スローモォーション版恐怖の声の主は、文芸部部長、星野彼方(ほしのかなた)である。男勝りな黒髪短髪を耳元につけた黄色の髪留めで緩くまとめている。こちらは普通に制服だ。

「そ、その、あの……誰かの呼ぶ声がしまして」

「正義のヒーローかお前は」

 全くである。

「あ、あぁ、ちょ、部長痛いです! いったい! いっ、……あぁあとはがんばってねぇー!」

 星野彼方は最初髪を掴んだが、弱いパーマのかかった腰まであろうかという綾の美しい黒髪に同じ女として思うところがあったのか、するりと手を離すと耳をつねってから後ろ手に服の襟首を掴み直す。一方の綾は首根っこを掴まれると途端におとなしくなり、智之たちの方に引きつった笑みを浮かべて精一杯手を振りながら廊下の先へ消えていった。

「はぁ……なんか今日は、ものすごく疲れたわ」

「あれ、綾ちゃんは?」

 透が今更のようにひょこりと起き上がる。

「今さっき帰ったわよ。部室に」

「げっ、ということは彼方先輩か。やめとこ」

 どうやらよくあることらしい。透は凶暴な毛虫でも思い浮かべるような顔になった。

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