その一
――――終わりのない放課後などない。
尾張高校もまた、例外ではない。始まりを告げるST終了のチャイムから、終わりを告げる下校時間のチャイムまでが、在籍する大多数の生徒にとっての放課後である。
が、終わるのが早い放課後ならある。
なぜならそれが、それこそが、尾張高校帰宅部の、活動内容なのだから。
*
「――――ST終了のチャイムから午後五時まで。それが俺達の放課後だ。聞いてるのか?」
夕焼けに染まった人気のない教室で、旭智之は同学年の女子生徒に睨みをきかせる。
「は、何? あたしに言ってたの? 独り言かと思った」
だというのに、女子生徒の方はまるで相手にする気がないようで、ふてぶてしい態度で面倒そうにイヤホンを外す。しかし方耳では未だに薄い桜色のイヤホンから音楽が流れ続けている。
「あたりまえだろ、他に誰がいる。さっきから何度も言っているように、帰宅部部員は午後五時までに帰宅する決まりなんだ。それ以降学校に残ることは認めない。分かったか、元水泳部」
「で、結局何が言いたいわけ?」
女子生徒は残されたもう片方のイヤホンも外し、ようやく音楽プレイヤーを片づけ始める。その日焼けした鎖骨には、まだくっきりと水着の跡が残されていた。カバンを片手で後ろ手に背負う癖も、プールバックを背負っていた頃の名残だろう。
「あと二十分で帰宅しろ」
「は? なんであんたに命令されなくちゃ――――」
「おっ、智之ぃー。新入部員か?」
教室の扉から顔を出したのは、サッカー部の藤崎透だった。いつものごとく、茶髪が寝癖で逆立っている。
「ちょっと、……触んないでよ」
険悪な空気を察したのか、透は二人の間に文字通り割って入り、手短な机に腰掛ける。
「あぁ透。とうとう辞めたのか?」
「いや俺じゃねぇよ、そいつ!」
指をさされ顰しかめ面をする女子生徒に智之が尋ねる。
「君はこのまま帰宅部に入るんだよな」
「何言ってんのよ。一時的によ一時的に! 他の部が見つかるまで!」
「まぁ何にしても、水泳部を辞めた以上、他の部に入部するまでは帰宅部部長のゆうこと聞くのが筋ってもんだぜ。田中利香ちゃん」
「は? ――――って、なんであたしの名前知ってんのよ!」
「知らないのか? お前結構有名だぜ。いろんな意味で」
「どういう意味よっ!」
「そういうことだ元水泳部。現状他の部に入る意志が認められない以上、今日から君も帰宅部として活動してもらう」
言って、三人の中心に位置する机に、一枚の紙を叩きつける。
「何よこれ」
「注意事項だ」
田中利香は手に取って一通り目を通すと、同じ言葉を声を荒げて反芻はんすうした。
「何よこれ!」
「だから、注意事項だ」
「どうして帰宅するだけの部活に部費が必要なのよ!」
「帰宅するためだ」
「意味分かんない! しかも月五千円って、あたしのお小遣いより高いじゃない」
「それは知らない」
田中利香の家庭は控えめに言ってあまり裕福ではなかった。お小遣いも月千円である。
「ていうか聞いてないわよこんなの! これって詐欺よ。ねぇ詐欺よねぇ?」
机上に身を乗り出し、田中利香は透に詰め寄る。
「いや俺に聞かれても」
「何とか言ってやんなさいよ!」
形のいい指で智之をビシリと指さす。
「いや俺に言われても」
「何よもう。使えないわねぇ――――」
――――その先を遮るように、火災報知機が鳴り渡る。