6.冥途の土産
佑二の葬儀には、私も参列した。志乃の母親の気落ちした顔が、目に焼き付いていた。葬儀の後、私と美来は自宅に戻って楽な服装になると、先日入ったあのバーに赴いた。妻と二人でバーで飲むなんて、いつ以来だろうか。
「美来。聞いていいか?」
「なあに?」
「この間、大槻さんに昔の話を聞いたんだ。」
「やだ!何を聞かされたのかしら。」
「彼に、未練があった?」
「……あった。別れたくて、別れたわけじゃないの。でも、あなたには知られたくなかった。昔の話だもん。早く忘れたかったわ。」
「別にそれを知ったからって、俺の気持ちが変わることはなかったんだがな。そんな話の五つや六つ、誰にだってあるだろ。」
「そんなにないよ。あなたと一緒にしないで。」
「ははは。俺もそんなにはない。大槻さんが、ふざけてそう言ってたなと思って。いずれにしても、忘れる必要なんてない。」
「彼、なんだか最期まで楽しそうだったね。あなたのおかげかな。」
「俺はただ見舞いに行って、駄弁ってただけだ。」
「でも、最期の言葉が、西川さん、だったよ。」
「あいつもバカだな。そこは志乃か美来にしときゃ、冥途の土産に箔がついたろうに。」
茶化してはみたが、私は泣きそうだった。自分の中の佑二の存在が、思ったよりも大きくなっていたことに、今更気づいた。ため息をつき、話題を変えることにした。
「もう一つ。志乃さんのこと。美来は彼女の……」
そこまで聞いて、口をへの字に曲げた美来が言った。
「気づいてたよ。あれだけ一緒にいて気づかないと思う?でも、気づいたところで、どうしようもないじゃない。私、女なんだから。」
「やっぱり、気づいてたか。」
「小学校からよ。感情的で何をするか分からない、危うい子だった。目が離せなくて、つきっきりで気にかけてきたのが良くなかったのか。気づいたら私にべったりでね。まさか、大学まで追いかけて来るなんて。彼女、悪いけどうちの大学に入れるような成績じゃなかったのよ?大した大学じゃないけど、どんだけ努力したのか。」
美来は「ふっ」と笑って、グラスを傾けた。
「正直、困ったこともあったよ。私がほかの子と仲良くしてると、必ず割って入ってくる。佑二のときだって『あたしを除け者にして!』って、よく言ってたもん。だから、裏でこそこそ何かやってたんじゃないかな。確証はないけどね。」
「よく友達のままで、続けてきたもんだ。」
「ほんとだよね。私のほうも、彼女の面倒を見てやってるんだって、いい気になってたのかも。いや、それだけじゃないな。それでも、彼女が可愛いって思ってた。まさか、あんな死に方するなんて。」
美来は、涙を滲ませていた。
「安心して見ていられるようになったのは、私たちが結婚してからかなぁ。お互いに結婚して、ようやく落ち着いたんだろうね。うちの子も、随分可愛がってくれたし。」
私の認識は、美来のそれとは少し違っていた。志乃は、お互いが結婚した後も、私に対してあのような行為に及んでいた。だが、その後志乃が落ち着いたのは間違いない。私が「遠慮せずうちに来ていい」と宣言したことが、志乃の安定に一役買った気がしていたのだ。
「あなたには何もしなかった?志乃は。」
「しないよ。俺と志乃さんがちゃんと知り合ったのは、結婚した後だよ?」
「ふーん。キスもしてない?」
我が妻の勘は昔から侮れない。まさか今になって問い詰められようとは。
「してない。何でそう思うの?」
「あなたが言った『キスくらいは浮気じゃない』って言葉、らしくないのよね。」
その言葉の出どころは志乃だ。美来の指摘は否定できない。
「一般論だよ。いい歳して、キスくらいで騒ぐなって話。」
「ますますらしくない。何を隠してるの?」
「さあ。」
「亮ちゃん。正直に言いなさい。」
「ほんとうに何もないって。昔から美来以外に興味ないよ、俺は。愛してるって。」
無意識に声量が上がり、周囲の客がざわついた。
「バカ!声が大きいよ。もう。分かった。信じてあげるよ。」
真実は、このまま墓場まで持っていくつもりだ。ある種の事故とはいえ気まずさもあるが、なにより長年志乃を心配してきた美来が、今更知る必要もないことなのだから。
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佑二の見舞いという週に一度のイベントがなくなり、私たちは以前と変わらない日常を過ごしていた。ただ、棚の上には、彼に渡すことが叶わなかった、名物のシュガーラスクが置かれている。それを見た美来は「これは冥途の土産にはならんね。勿体ないから、期限内に二人で食べちゃおう。」と、あっけらかんと言っていた。
美来が佑二に最期のキスをしたのかどうか?やはり気にはなる。だが、それがどちらであったとしても、大した問題ではない。妻に昔の恋人への未練があるのかも気になっていたが、答えが分かったところで、やはり大した問題ではなかった。こんなモヤモヤを抱えたままでも、人は前に歩みを進められるらしい。
いずれ、先立った友に逢えたなら、真実を問い詰めてやろう。
(おわり)




