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バランさんの宿にお世話になってから、約2カ月が過ぎていた。アルトが借りてくれているのは3か月、それを過ぎると違う宿を探さなくちゃならない。
アルトにまた世話になるのもなんだし。
ドワーフのクエストの内容が不明のままだから、いつまでビンスタスにいなきゃならないかも分からない。
俺は昼食後、ダメ元のつもりでバランさんに聞いてみた。
「あの…無理なら良いんですけど、宿泊の延長をお願いできませんか?」
「宿泊の延長、ですか?」
「ええ、俺はいろいろやらなきゃいけないことがあって、まだここに居る必要があるんです。だから、もしできればこのまま部屋をお借りできればと思って……」
「エイトさん、それはいつまでですか?」
「それが…ちょっとまだいつまでか分からないのです。そうですね…できれば半年くらい延長とか……」
バランさんは、キッチンで洗い物をしていたクラリスさんと顔を見合わせた。クラリスさんが手を止めて、椅子に座ったところでバランさんは話しだした。
「エイトさん。実を言うとね、ワシらはそろそろこの宿を閉めて、息子のところに行こうかと話しているんですよ。」
「ええっ、そうなんですか?」
クラリスさんが微笑んで言った。
「そうなの。来年に孫が増えるから、その手伝いもしながらフィルマルト王国で暮らそうかって。」
「それは、おめでとうございます!お孫さん、楽しみですね。」
そう言いながら、俺はだんだんしょんぼりしてうつむいてしまった。
そうか…この宿が無くなってしまうのか。このふたりにも会えなくなってしまうんだな……
そんな俺を見て、バランさんが笑いだした。
「いやいや、エイトさん。今すぐって話じゃないよ。ワシらは1年後に移住するつもりなのさ。だからそれまでここに居てください。」
俺は顔を上げてふたりを見た。ふたりともにこにこして俺を見ている。
「エイトさんは、本当に良い方ですからね。美味しいって言ってたくさん食べてくれるから、私も食事の作り甲斐があるんですよ。エイトさん、これからもよろしくね。」
「そうさな、ワシの野草学の弟子でもあるしな。もう息子みたいなもんだ。ワシらが移住するまでに、食べられる野草の見分け方を完璧に伝授しますぞ。」
そう言って笑いあうおふたりに、俺は心から感謝した。そして宿代については、後日相談しようということになった。
俺はベッドルームに行って寝転んだ。安心したら気が抜けたのだ。
「ああ、良かった……」
自然と声が漏れた。まだこの宿にいられるんだ。ドワーフ国と行ったり来たりの生活になるとしても。
俺はガバっと起き上がった。
ダラダラしている暇はない。ドワーフ国に行く準備をしなきゃ。
前回行った時に、ドワーフたちに手持ちの食料を奢ったからかなり減ってるし、また補充が必要だな。彼ら用のお酒も買ってこなきゃ。
俺はリビングに移動して手帳を開き、購入する物を書き留め始めた。
買い物リストをまとめてから、俺は乗り合い馬車でビンスタスに向かった。
久しぶりに冒険者ギルドに行くと、俺を見たギルドスタッフたちがざわついた。
「エイトさん、お久しぶりですね。」
「あ、シルキトさん。お久しぶりです。」
ギルドの責任者のシルキトが出てきて、俺を奥の部屋へと案内した。
「エイトさん、まずですね。あなたに届いていた沢山の依頼は取り下げられました。あのアルマスさんが、公式に『フィルマルト王国限定の勇者』と認定されましたからね。」
限定の勇者か。事実を隠すために外には出さないことにしたということか。
「やっぱりあれからも依頼増えてましたか。無くなってて良かった……」
「ええ、エイトさんにきていた依頼のほとんどは、勇者に会いたいという冷やかしでしたよ。各地のギルドには勇者に会わせろと直接来る方もいましてね。貴方がギルドに来なくて本当に良かったですよ。」
うげ…そんなことまであったのか。ギルドスタッフにも大変なことになってたんだな。まったく、はた迷惑な吟遊詩人どもめ。
「アルマスさんはフィルマルトの王家に保護されましたから、あちらに無体な依頼がいくこともない。勇者騒動が落ち着いてこちらも助かりました。」
シルキトは苦笑というか、失笑していた。彼もアルマスがどういう人物か知っているに違いない。なんというか…キャラが濃いからな。
「エイトさんも落ち着いたら、またぼちぼち依頼を受けてくださいね。これからもよろしくお願いします。」
シルキトに言われて、ついでに届いているメッセージを確認することにした。こちらはあまりに多いから、自分で削除してくれとのことだ。
冷やかしやらラブレター的なメッセージを削除していくだけで大変だ。半分ほど削除して、続きは明日来てやることにした。これだけで半日潰れるのはごめんだ。
俺はギルドを後にして、軽く鼻歌まじりに商品街に向かってのんびり歩いて行った。




