第67話 揺れる剣
王都・旧貴族街、石造りの屋敷。
夜更け。
灯りは最小限。
窓は厚い布で覆われている。
部屋に集まる影は、七つ。
貴族が三。
商会主が二。
そして若い騎士が二。
中心に立つのは――近衛騎士団副長、カイル・ローディン。
剣の柄に手を置く癖がある。
それは、落ち着くための仕草だ。
「……陛下は、帝国と交渉した」
年嵩の貴族が低く言う。
「商業連合とも手を結んだ」
「だが、民は分かっていない」
別の男が続ける。
「強さが必要だ」
カイルは黙って聞いている。
怒ってはいない。
だが胸の奥に、熱がある。
国境の軍旗。
港の暗殺未遂。
地下倉庫襲撃。
あれを“交渉”で終わらせていいのか。
彼は思う。
守るなら、まず刃を見せるべきではないか。
「統制は撤回された」
商会主が苛立った声で言う。
「市場は自由だ、信仰も自由だ」
「自由は美しい」
「だが」
「自由は弱い」
言葉が、部屋の空気を重くする。
カイルは拳を握りかけ、ほどく。
彼はルーカスを嫌っていない。
むしろ尊敬すらある。
公開評議で逃げずに立った姿。
民の言葉を最後まで聞いた姿。
王の器だ、と。
けれど。
戦場の匂いを知る者ほど、不安になる。
“待つ”という選択は、時に命取りだ。
「アルベルト殿下なら」
誰かが言った。
「軍を動かした」
その名が出た瞬間、カイルの胸が痛む。
アルベルトは、彼の英雄だった。
剣の速さ。
判断の早さ。
迷いのなさ。
あの背中に、何度救われたか。
だが――
あの殿下は退いた。
自ら選んで。
だから余計に、焦る。
英雄が退いたのに、敵は退かない。
「帝国から“支援”がある」
年嵩の貴族が、机の上に小箱を置く。
封蝋は無地。
だが箱の作りは帝国式。
蓋を開けると、短剣が七本。
薄い刃。
刃元に刻印。
帝国の工房印。
カイルの目が硬くなる。
「……これは」
「備えだ」
貴族が言う。
「我らは反逆を望まない」
「ただ、非常体制を求める」
「陛下に“強さ”を示してもらう」
商会主が頷く。
「民は弱い王を見れば不安になる」
「不安は市場を壊す」
「ならば」
「強い姿を見せるしかない」
カイルは唇を噛む。
非常体制。
戒厳。
それは、アルベルトが止めた道だ。
だが、今は外圧がある。
正しいのか。
間違っているのか。
判断が揺れる。
若い騎士が、カイルに問う。
「副長。俺たちは、どうすれば」
視線が集まる。
カイルは、答えられない。
本当は。
アルベルトに相談したい。
だが。
殿下は退いた。
今さら引きずり出すのは、違う。
ルーカスに相談すべきか。
だがそれは、計画の終わりを意味する。
彼は、決断を迫られている。
「……俺たちは王を傷つけない」
カイルはやっと言う。
声は低い。
「ただ、王城を押さえ、非常宣言を求める」
貴族が頷く。
「王に選択させるのだ」
選択。
美しい言葉。
だが、刃の匂いがする。
港の暗殺未遂の後。
王城警備は緊張している。
そこへ武装蜂起。
火花が散れば、血が出る。
カイルは分かっている。
それでも。
恐怖が勝つ。
「帝国は、次の牙を隠している」
彼は呟く。
「その前に、王国が強いと示さなければ」
屋敷の外。
霧の中で、灰色の影が一瞬動いた。
帝国の密偵。
会合を、確認している。
リヒャルトの第三層は成功しつつある。
“王国が自分で自分を裂く”。
それが最も効率的だからだ。
カイルは、短剣を手に取った。
軽い。
だが、重い。
その刃が向かう先は敵か。
それとも――
味方か。
「明晩」
カイルは言った。
「王城の夜を押さえる」
部屋の影が、一斉に頷く。
決まった。
揺れる剣は、抜かれる。
まだ血は流れない。
だが。
次の夜、王城で何かが起きる。
それだけは、確実だった。
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