第36話 信仰の陰り
失敗は、小さく始まった。
王都南区、巡回祈祷。
大聖堂ほどの増幅装置はない。
簡易祭壇のみ。
だがこれまで、問題はなかった。
聖女セラフィナが、祈りを捧げる。
「光よ、癒やしを」
柔らかな光が広がる。
だが。
光は、途中で揺らぎ――
消えた。
倒れていた老女の咳は止まらない。
ざわめき。
「……え?」
「今のは」
セラフィナの胸が、凍る。
もう一度。
祈る。
光は灯る。
だが弱い。
効果は、限定的。
完治には至らない。
「本日は……」
彼女は、微笑みを保とうとする。
「神の御心が、静かなのでしょう」
だが。
民衆は、見ていた。
完全な奇跡ではなかった。
夜。
噂が広がる。
――奇跡が弱っている。
――聖女様はお疲れなのでは。
――神の加護が薄れた?
噂は、形を持たない。
だが、広がる。
大聖堂。
大司教アルフォンスは、重い表情で報告を受けていた。
「増幅装置の安定率、さらに低下」
「触媒の供給は?」
「代替は確保しましたが、純度が劣ります」
魔導技師長バルトロメオが、静かに続ける。
「奇跡は、信仰だけでは持ちません」
沈黙。
アルフォンスは、低く言う。
「ヴァルデンに接触する」
王都。
王太子アルベルトの執務室。
「奇跡が弱い?」
彼の声は、冷たい。
「噂の段階です」
側近が答える。
「だが、拡大しています」
王権の正当性は、聖女の奇跡と結びついている。
奇跡が揺らげば。
権威も揺らぐ。
「公の場で大規模儀式を行う」
アルベルトは決断する。
「完全な奇跡を見せろ」
圧力。
セラフィナは、控室で震えていた。
「また……失敗したら」
エリスが、静かに手を握る。
「聖女様は選ばれた方です」
「本当に?」
その問いは、かすれていた。
ヴァルデン。
「王都南区で奇跡不発」
グラントが報告する。
「民衆の動揺は?」
「軽度ですが、拡大傾向」
クラリッサが、小さく言う。
「信仰は、不安に弱い」
「ええ」
私は、窓の外を見る。
「奇跡は、独占されています」
「独占?」
「供給も、技術も」
奇跡は、聖堂の中でしか起きない。
それが構造。
「公開実験を行います」
クラリッサが目を見開く。
「奇跡に対抗するのですか?」
「いいえ」
私は、静かに微笑む。
「代替を示すだけです」
信仰を壊すのではない。
依存を減らす。
王都。
夜の大聖堂。
セラフィナは、一人で祭壇に立つ。
「どうか……」
祈り。
光は灯る。
だが。
以前ほど、満ちない。
彼女は初めて、自分の胸に芽生えた疑問を認める。
「私は……奇跡そのものでは、ない」
奇跡は、仕組みかもしれない。
その瞬間。
信仰は、静かに陰る。
王都はまだ気づいていない。
だが。
振り子は、確実に動いている。
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