第34話 支配では、勝てません
王都は、妙に静かだった。
最大商会が事実上の破綻を宣言してから三日。
市場は混乱するかと思われたが――
崩れなかった。
供給は、滞らない。
価格は、安定域へ戻る。
医療網も、正常に動いている。
その中心にあるのは。
ヴァルデン商圏。
「……見事だな」
王都商業会館の一室。
レオンハルト・ヴェルナーは、椅子に座っていた。
かつての自信はない。
だが、崩れきってもいない。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
私は、向かいに座る。
この対面は、私から申し出た。
「勝者の余裕か」
「いいえ」
私は、静かに首を振る。
「確認です」
「何を」
「あなたが、何に負けたのか」
沈黙。
レオンハルトは、わずかに笑った。
「資金力の差か」
「銀行の裏切りか」
「王国の不介入か」
「どれも違います」
私は、はっきりと言う。
「あなたは、市場を支配しようとしました」
「市場は、支配するものだ」
「いいえ」
一歩、踏み込む。
「市場は、信頼で動きます」
彼の視線が、揺れる。
「あなたは、価格を武器にしました」
「恐怖を広げました」
「それは戦略だ」
「ええ」
私は、微笑む。
「短期戦なら、勝てたかもしれません」
だが。
「契約は、長期です」
静かな空気が流れる。
「履行率」
「在庫公開」
「透明性」
「それらは地味です」
「ですが」
視線を合わせる。
「裏切りません」
レオンハルトは、黙っている。
敗北を、飲み込もうとしている。
「王太子は、あなたを切るでしょう」
私は、淡々と告げる。
「聖女への資金も止まる」
「……そこまで読んでいたのか」
「当然です」
私は立ち上がる。
「あなたは、優秀な商人でした」
彼の目が、わずかに動く。
「ですが」
一拍置く。
「支配に傾いた瞬間、信用を失った」
沈黙。
レオンハルトは、静かに笑った。
「……契約か」
「ええ」
「契約は、裏切りませんわ」
その言葉が、部屋に落ちる。
彼は、深く息を吐いた。
「負けだ」
はっきりと。
言葉にした。
王都を出る。
広場では、商人たちが取引を再開している。
恐慌は消えた。
市場は、生きている。
「終わりましたね」
クラリッサが、並ぶ。
「いいえ」
私は、遠くを見る。
「終わりではありません」
王国は、私を無視できない。
最大商会は崩れた。
だが、その空白は。
必ず誰かが埋める。
「次は?」
クラリッサが問う。
「王国です」
王太子。
聖女。
宗教と経済。
構造そのもの。
私は、静かに微笑む。
「支配では、勝てません」
「勝つのは――」
一歩、踏み出す。
「信用です」
悪役令嬢と呼ばれた私は。
今や、王国経済を支える一角となった。
第3章、完。




