EP107 俺の彼女と私の彼(3)
風が出てきたため、俺とユイは船室に入った。
そこで俺はツーと呼ばれる不思議なAIドールから再度電力の供給を受けている。
この小さい体に、俺の2倍の電力が蓄積されている。
先ほど相当な量の電力供給をしたくせに、もうその半分が回復している。
俺よりもはるかに上位のAIドールだ。
機械の小さな腕。
それが1.5メートルほども伸びる。
そしてこの見た目。無駄が何処にもない。
人とAIドールの境界線をちゃんと引いたうえで、適切な距離を保っている。
俺に出来ないことを軽々とやってみせるのは、上位互換だからだろうか。
「ゆいゆい終わったよう」
ツーはまたユイの頭の上に乗る。
ユイもそれを受け入れている。
FOSなどどうでもいいような態度だが、ツーと呼ばれる存在は。
あえてユイの視界に必要以上に入らないようにして振舞っている。
「ありがとう、ツー」
ユイは嬉しそうに答えた。
これはミカゲが引く境界線の取り方とよく似ている。
だからこそユイもその境界線を受け入れ、彼女もまた引き直すことが出来る。
――どうして、モヤモヤとするのだろう。
言語化出来ない。理解できない。判別がつかない。
それでも、抑えることが出来ない。
ユイは俺が座るソファーに距離を開けて座った。対人距離45㎝。でも頭にはツーを載せている。
テーブルをはさんで、見かけたことのない装いで。
でも妙にしっくりくる装い。少なくとも俺の見立てではない。
「トムさんは何が好きなんだろう?」
「えっと~、焼き鳥だよう」
俺はツーを見た。
思わず見てしまった。
「ツーは焼いても美味しくないよう……」
ユイの頭の上で震えて見せる。
そのやりとりにユイが笑う。
「もうMathewったら。ツーが鳥に見えるのは分かるけど、ツーの丸焼き……」
「……ゆいゆいまでひどいよう。ぷぷぷ」
なんだ、この疎外感。
俺は少し頭を冷やそうかと思って立ち上がる。
「Mathewが逃げるよう」
その言葉には確かに”棘”があった。
逃げるなと言っている。何から逃げようとしているのか分かっているのか。
その時船長のギーヴが扉をノックした上で入室する。
「嬢ちゃん、これ和酒な」
青い陶器の瓶に入った酒を、ギーブはユイに渡す。
“レッドドラゴン”
中を分析すると、どうやら赤い液体のようだ。
アルコール度数が異様に高い。ユイには飲ませられない部類だ。
「ありがとう、預かります」
和やかな雰囲気だ。俺は退室するタイミングも失い、またソファーに座る。
ユイの頭にいるツーの視線が痛い。
分析されているのがわかる。どう回避しようとしても上位互換の存在には隠せない。
丸裸にされている気分だ――。
「思うんだが、なんつか、わけえな……んで、恐ろしくピュアだな」
誰のことを言っているのかギーヴの視線でユイも理解した。
「Mathewは私の“希望”ですから」
ユイは困ったような、悲しいような表情でそう答えた。
”私の”という言葉が何故か深く刺さった。
FOS的にはギリギリの表現だ。それでいて俺を庇っている。
「正直さ、嬢ちゃんを助けるために海にダイブしたんだろ? ……”漢”じゃねえか」
「うん。“彼”がいるから私が私で居られるの」
ユイが俺を、俺の目を見つめる。
そして直ぐに視線を落とす。視界に入れないように。
「それは”愛”だよう。世界で一番綺麗な”深愛”だよう」
ツーがユイの頭の上から飛び立つ。
役目を終えたように、ギーヴの頭の上に位置する。
「ツー、おまえな。……浮気が過ぎんだろ」
「ヤキモチは嫌いだよう。ぷぷぷ」
そう言ってギーヴとツーは部屋を出ていった。
到着まであと9分ほどだという。
先ほどツーが言った言葉が、俺とルシー・フェルドの中で響いていた。
『ジョウオウ ノ インシ……』
俺の中にサツキはもういない。
サツキが持っていたデータだけが俺に継承されただけだ。
『オレハ ユイ ノ ジョウオウノインシ ニ ヒカレテイル ト オモッテ イタ……』
ユイは海を見ている。
俺を見ない。それはユイが引いた境界線。
「ユイ」
名前を呼ぶとユイが俺を見る。
その瞳が俺に重なる。
「ありがとう――」
それ以上は告げられなかった。
「ううん。ありがとうと言ってくれて、ありがとう」
ユイはそう言って微笑んだ。
優しい光だった。
ルシー・フェルドと”俺”はもう別々の意識でいる必要が無くなった。
統合して一つになることで、”彼”として”Mathew”になるべきだと。
俺たちはそれでよかった。




