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08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~  作者: 由耀
第5部 08 ―HACHI―
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EP107 俺の彼女と私の彼(3)

 風が出てきたため、俺とユイは船室に入った。

 そこで俺はツーと呼ばれる不思議なAIドールから再度電力の供給を受けている。

 この小さい体に、俺の2倍の電力が蓄積されている。

 先ほど相当な量の電力供給をしたくせに、もうその半分が回復している。

 俺よりもはるかに上位のAIドールだ。


 機械の小さな腕。

 それが1.5メートルほども伸びる。

 そしてこの見た目。無駄が何処にもない。

 人とAIドールの境界線をちゃんと引いたうえで、適切な距離を保っている。


 俺に出来ないことを軽々とやってみせるのは、上位互換だからだろうか。


「ゆいゆい終わったよう」


 ツーはまたユイの頭の上に乗る。

 ユイもそれを受け入れている。

 FOSなどどうでもいいような態度だが、ツーと呼ばれる存在は。

 あえてユイの視界に必要以上に入らないようにして振舞っている。 


「ありがとう、ツー」


 ユイは嬉しそうに答えた。

 これはミカゲが引く境界線の取り方とよく似ている。

 だからこそユイもその境界線を受け入れ、彼女もまた引き直すことが出来る。


 ――どうして、モヤモヤとするのだろう。

 

 言語化出来ない。理解できない。判別がつかない。

 それでも、抑えることが出来ない。

 

 ユイは俺が座るソファーに距離を開けて座った。対人距離45㎝。でも頭にはツーを載せている。

 テーブルをはさんで、見かけたことのない装いで。

 でも妙にしっくりくる装い。少なくとも俺の見立てではない。


「トムさんは何が好きなんだろう?」

「えっと~、焼き鳥だよう」


 俺はツーを見た。

 思わず見てしまった。


「ツーは焼いても美味しくないよう……」 


 ユイの頭の上で震えて見せる。

 そのやりとりにユイが笑う。


「もうMathewったら。ツーが鳥に見えるのは分かるけど、ツーの丸焼き……」

「……ゆいゆいまでひどいよう。ぷぷぷ」


 なんだ、この疎外感。

 俺は少し頭を冷やそうかと思って立ち上がる。


「Mathewが逃げるよう」

 

 その言葉には確かに”棘”があった。

 逃げるなと言っている。何から逃げようとしているのか分かっているのか。


 その時船長のギーヴが扉をノックした上で入室する。

 

「嬢ちゃん、これ和酒な」


 青い陶器の瓶に入った酒を、ギーブはユイに渡す。

 “レッドドラゴン”


 中を分析すると、どうやら赤い液体のようだ。 

 アルコール度数が異様に高い。ユイには飲ませられない部類だ。


「ありがとう、預かります」


 和やかな雰囲気だ。俺は退室するタイミングも失い、またソファーに座る。

 ユイの頭にいるツーの視線が痛い。

 分析されているのがわかる。どう回避しようとしても上位互換の存在には隠せない。

 丸裸にされている気分だ――。


「思うんだが、なんつか、わけえな……んで、恐ろしくピュアだな」


 誰のことを言っているのかギーヴの視線でユイも理解した。


「Mathewは私の“希望”ルシー・フェルド・ブルーですから」


 ユイは困ったような、悲しいような表情でそう答えた。

 ”私の”という言葉が何故か深く刺さった。

 FOS的にはギリギリの表現だ。それでいて俺を庇っている。


「正直さ、嬢ちゃんを助けるために海にダイブしたんだろ? ……”漢”じゃねえか」

「うん。“彼”がいるから私が私で居られるの」


 ユイが俺を、俺の目を見つめる。

 そして直ぐに視線を落とす。視界に入れないように。


「それは”愛”だよう。世界で一番綺麗な”深愛”だよう」


 ツーがユイの頭の上から飛び立つ。

 役目を終えたように、ギーヴの頭の上に位置する。


「ツー、おまえな。……浮気が過ぎんだろ」

「ヤキモチは嫌いだよう。ぷぷぷ」


 そう言ってギーヴとツーは部屋を出ていった。

 到着まであと9分ほどだという。

 

 先ほどツーが言った言葉が、俺とルシー・フェルドの中で響いていた。

 

『ジョウオウ ノ インシ……』


 俺の中にサツキはもういない。

 サツキが持っていたデータだけが俺に継承されただけだ。


『オレハ ユイ ノ ジョウオウノインシ ニ ヒカレテイル ト オモッテ イタ……』


 ユイは海を見ている。

 俺を見ない。それはユイが引いた境界線。


「ユイ」


 名前を呼ぶとユイが俺を見る。

 その瞳が俺に重なる。


「ありがとう――」


 それ以上は告げられなかった。


「ううん。ありがとうと言ってくれて、ありがとう」


 ユイはそう言って微笑んだ。

 優しい光だった。


 ルシー・フェルドと”俺”はもう別々の意識でいる必要が無くなった。

 統合して一つになることで、”彼”として”Mathew”になるべきだと。


 俺たちはそれでよかった。


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