ギルマス・マルコは頭が痛い(4)
激しい斬撃によって生じた風切り音と金属が打ち合わさる高い音が響き渡っている。
「どうして私のご飯。いっつも!食べてくれないのよっ。」
素早い動きで双剣を左右から打ち込みながらレジーナが尋ねる。
「それ、今言うことか?」
妻の剣さばきをそれでもわずかな余裕をもってバックステップで捌きながらマルコが嘆息する。
「やっぱりあなたの剣さばき、最高っ。この腕に響く感じがたまらないのよっ。これ、これが欲しかった!」
マルコの斬撃の衝撃を後ろに飛ぶことで軽減したレジーナがうっとりとそう告げた。
「そうか?まだまだいけるぞ!スピード上げるか?」
まんざらでもないようにマルコがそう言うと剣をまっすぐに構えなおす。
それを見たレジーナが軽く唇を舌先で舐めると双剣を上下に構える。
「いいわぁ!!もっと!まだ激しくしてくれたって構わないわよ。」
「満足させてやるよ。もう十分ってくらいにな!」
「ギルマス、レジーナさん・・・俺たちのこと完全に忘れてる・・・よな?」
今日のサブ講師に呼ばれている冒険者たちが誰にともなく呟いた。
「あの、言葉だけ聞いたら凄いんですけどこの状況・・・ねぇ。誰かこの状況説明してくれる?」
訓練場がヤバいとの報告に呼び出されたティナの目の前には激しく手合わせする姉と義兄がいた。
「見たまんま。ギルマスと狂風が手合わせ始めて二人きりの世界に行っちまったわけだ。」
「なんで私を呼ぶのよ?」
ティナが恨みがましい表情で呼び出してきた講師役の冒険者を問いただす。
「あの2人に水魔法とかぶっぱなして。とりあえず頭冷やしてもらおうと思って。」
最初に呼び出されたらしいビアンカがにっこり笑いながら言う。
「いやよ!できるわけないでしょ。死ぬ!私が殺される!」
「魔法ですよ!!普通は避けられないじゃないですか。最悪足止めでも!!」
ティナがあっさりと断ると講師役は情けない声を上げた。
「無理よ。ギルマスレベルになると魔力の流れを察知して避けるし、対防御だってできるんだからね。実践済なの!!姉さんはスピード特化だから初撃さえ凌げば逆襲してくる。」
実践訓練だ、と実施してえらい目にあった、とティナが一瞬遠い目に、冒険者たちは改めてマルコの規格外に息をのむ。
「え~。やっぱ無理なんだ。」
「・・・えぐいすね。やっぱり狂風と迅雷・・・」
講師とビアンカが怖い怖いと言いながら顔を見合わせる。
「無理無理。相手がヤバすぎる。リナルドは?」
「なんか交渉があるって。」
「逃げた??逃げたのね?」
「そうみたい。ま、ああまでなった二人にはリナルドは昼間のランタンくらい役に立たないけどね。それよりアレじゃだめなの?居合ってやつ。」
「無理だってば!そもそもあれは相手の間合いに入らないといけないんだから。」
ビアンカとティナが顔を見合わせてため息をつく間も二人の剣戟は音をやむことがない。
『ねぇねぇ、僕が止めよっか?ぶぉぉぉ、ってして。』
控室から着いてきたペルラがピョンとティナの肩に乗る。
ちなみに重量は自己調整しているのか重さは感じない。
『ぶぉぉぉって何?ペルラ、あの二人止められるの?』
『たぶん大丈夫だと思うよ。ぶぉぉぉって雷のブレスだすから。』
・・・想像の斜め上の止め方だった。
『雷・・・・雷撃・・・かな?大丈夫かな?』
『どうかなぁ、この二人の勢いだとあの木が倒れるくらいのにしないとダメかもしれないけど。』
ペルラが思念で送った木は樹齢30年は経っているギルドの庭の大木だ。
・・・想定威力も斜め上だった。
『ダメ!!そこまで強いとダメ!!いくらなんでも死ぬから!!スピードとか力はスゴいけど肉体の耐久度はやっぱり人間だからダメ!!』
『そうなのぉ?見た感じだとあの二人なら僕のが直撃しても大丈夫だと思うよ。』
『いやいやいや。人間だから!!ドラゴンブレスはさすがに無理だから。』
『わかったよぉ。じゃ、どうやって止める?ブレスじゃないと怖いかも。』
・・・上位幻獣ですら全力で止める気になる戦い、人間の手には余るかもしれない。
『ペルラ、気持ちはありがたく受け取るけど人目が多すぎるよ。』
『でもねぇ、いよいよ佳境よ、これ。本当にどうやって止めるの?』
『僕もブレスじゃないなら、ちょっと怖い・・・かも。ごめんねぇ。』
隅っこでこそこそと、竜魔石の力を通してティナ、ビアンカ、ペルラが相談を続ける。
このまま体力が尽きるまで放置するしかないだろうか、それまで施設が持つだろうか?とティナが考えていると
「呼ばれてきてみれば・・・なんじゃこれは。」
いつの間にか出かけたのか、ノーチェを肩に載せたロッソが現れた。
「こっちはとりあえず終わってな、ノーチェが呼んできた。なんだってギルマスがここで暴れてるんだよ?」
すさまじい金属音が響く方向に目をやってロッソは深いため息を一つついて、肩からノーチェを下ろしそろそろクルと思ってたんだよな、と呟いた。
「身体強化かけてくれ。あと鋼鉄化。腕だけでかまわん。スピードが死ぬから。」
ティナにそう言いながらロッソが槍の穂先の覆いをしっかりと確認する。どうやらあの中に割って入る気らしい。
「止めるの?ロッソ、正気?」
気遣いながらもビアンカの口調は完全に面白がっている。
「ほっといたら訓練場壊れるが、いいか?」
ロッソに尋ね返されてティナは慌てて短杖を出すと詠唱を始めた。
「気合い入れてかけてくれよ。でないと腕だけじゃすまないからな。まぁ傷ならギルドのポーションありったけ出してもらうさ。バカ夫婦の自腹でな。」
熱くなった腕がぐっと重くなり、その重さを慣らすように黒槍を手で滑らしながら低い声で聞いてきた。
「異存ありません!よろしく!あ、迷惑料をもらったら今度こそご飯に行こう。ギルマスたちから資金提供してもらおう!」
「千鳥亭の高級料理から順番に頼むってのはどうだ?チビども牛肉のパイ食べ放題だな。」
「いいわねぇ!!この間残業になった分の上乗せもしてもらえるね。」
「あらやだ。デート?デートするの?」
ビアンカが突っついてくるのは軽く無視する。
ロッソはそのままつかつかと歩き、二人の様子を伺っている。結構近づいたが目の前の相手に集中しているのかまだ気づかず打ち合いを続けている。
双剣を構えたレジーナの口角が上がり凄まじいまでに愛らしい微笑が浮かぶ。対するマルコも中段に剣を構えた。
ガツン!と凄まじい音がしてティナとビアンカが恐る恐る目を開くと、槍の柄で腹を横なぎに払われて目を白くしたマルコと剣を腕で受け止められたレジーナがいた。
「オッサン、いい加減にしろ。レジーナ、お前もだ。」
いつも穏やかなロッソの感情を一切窺わせない声にレジーナの顔から笑が消えた。
「あははは。ついついアツくなっちゃった。・・・ねぇ。」
そそくさと双剣を鞘に仕舞うレジーナがじりじりと後ろに下がる。
「お・・・ぉおう。ロッソ、いつ来た。」
少し咳き込みつつも背筋を伸ばしてマルコも問うがロッソの顔からはまだ表情が消えたままだ。
「今だ。あんたはギルマスになってまともに講習もできなくなったんですか?これが劣化ですかね?」
氷よりも冷たいロッソの声音にティナは思わず防音の魔障壁を展開した。
(ギルマスの権威が危ない。)
察したらしいビアンカが講習の終わりを告げると冒険者たちを退場させる。
音を遮った向こうでは『穏やかに』何かを語っているらしいロッソと、時間がたつにつれて大きな体をどんどん小さくしていくギルマス、しまいには正座してしまったその妻がいる。
(こりゃ当分終わらないわぁ。)
ティナは諦めて魔法展開するとそっと残りの業務を終えるために訓練場を後にした。
その日、ロッソの『残業』は昼の鐘から閉門の鐘まで続き、ギルマス夫妻は真っ白な灰になったという。
ギルマスもなんだかんだ脳筋・・
これでこの章は終了です。だいたいメインの登場人物は出たはず。
次回からは別のお仕事が始まる予定です。




