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3.出来ること

 狼藉者達を引っ捕らえたニアは、歩くのもおぼつかなくなってきたユリウスに肩を貸しながらポツリと言葉をこぼした。

「アレク…どうするのかな…」

 頭上から声がする。途切れ途切れではあるが、ハッキリと言い切った。

「当然、あいつも動くさ。アレクサンダー・エドガーだぞ、動かないわけがない。明日は一発大きなものが見れそうだ」

 楽しそうな口ぶりに、ニアはユリウスの顔を見上げる。玉の汗は落ち着いていない。なおも浮かんでは宙へと滴り落ちている。それでも、その口は笑っていた。楽しみでしょうがない、そんな顔だ。ニアにはその理由がわからない。

「なんでそんな顔してるの?アレクいなくなっちゃうんだよ?」

「確かにそれは寂しいかもしれないな。でも、ニアと私ではあいつの見方に雲泥の差があるんだよ」

「そうなの?」

「そうだ」

「どんな違いがあるの?」

「あいつはな、私の憧れだった。魔術という未知の世界に可能性を示してくれた。まぁ、私に可能性はなかったが、それでも、あいつの見せてくれたものは、今でも俺の目に浮かぶんだ」

 いつの間にか汗も引き、ニアの肩にかかる力も微微たるものになっていた。ユリウスの目は、少年のように輝いている。彼にとってアレクはそういう存在だった。

「ユリウス…」

「あいつは、歴代最高の術者だ。あいつにできないことなんてない。俺はあいつの可能性を信じてる」

「ユリウスは…アレクがこれからどうするのかしってるの?」

「知らないな。だが関係ない。あいつはあいつのしたい事をするべきだ。あいつの家がなんて呼ばれてたか知ってるだろう」

「禁術師?」

「それもある。だが彼等には魔術師達からこう呼ばれる事もある。『革命師』、聞いた事あるだろう、魔術師達の間で代が変わるごとに革新的な魔術を生み出し、世界に革命をもたらしてきた。そのほとんどが今でも使われている技術の先駆けとなったものだ。禁術が生まれたのはそのついでだ。彼等にとって、禁術というのはその程度なんだよ。人の為になる魔術を、彼等は少し先に進めただけなんだ。それだけで、その術は禁止とされてしまう。恐ろしい家だよ」

 ユリウスはなおも楽しそうに続ける。

「だからこそ俺はアレクの才能をこの目で見たい。一切の魔力を目にできないこの俺の目でも見る事ができる膨大な力を、あいつのホンモノを見たい。あいつがひた隠しにしてきた才能を、誰も見てないところで重ね続けていた努力の結晶を、この目に焼き付けたいんだ」

「………、明日の警備はどうすればいい?」

「当然ガン固めだ。ニアを囲んでいるのも同然の警備を入れる。第一、第二騎士団は全員配置、魔術部隊も注ぎ込む。おそらくそれでも全滅は免れないが、全滅で済むなら安いぞ」

「そんなに?!それはちょっと買い過ぎじゃないの?」

「買い過ぎじゃない。魔道書保管庫のど真ん中にデカイ塔があったのは覚えてるな。あの中にある魔術書を知ってるか?」

「う、ううん」

「初代エドガー、つまり勇者のお供をしていたアレクの先祖が記述した、最も危険で、最も強力な魔術が封印されている。その名は『無限魔術』。名前だけしか知らないが、その片鱗を、俺は見た事がある」

「どこで?」

「アレクだよ。初代以外発動する事はおろか封印を解く事も出来なかった魔術を、あいつは発動させた。その力を、俺は見たんだ。この俺が、見えたんだぞ。魔力のまの字も見る事もできないこの目が、ハッキリと、魔力の塊を目にしたんだ。興奮したさ、同時に、俺はあいつが恐くなった。あいつはその気になればいつでもこの国ごと吹き飛ばせるんだと思うと、俺は恐ろしくてたまらない。もちろん、そんな事はしないと信じているさ。だが、あいつが動くとなれば、それなりの被害は想定しないとならん」

 ユリウスはまたよろよろとニアに寄りかかった。支えるニアも少しよろけながらも、明日の事を考えると少し頭が痛い。何せ、普段は冷静沈着なユリウスが、口調が戻るほど興奮している。それはつまり、彼の言っている事の一切に嘘偽りがないという事だ。

 怪我人は相当出る。街の一画も避難させなければなるまい。医務室は足りるだろうか…、いっその事街医者の協力を仰ぐか。今から手配して間に合うのか?

(どうして明日にしちゃったのよぉ…)

 これでは色々と間に合わない。おそらくユリウスは明日の昼に彼女達を連れて行くつもりだろう。残り丁度24時間、手配できるものは今のうちに手配しなければ…。

 加えて、それだけの人数を動かすにはそれなりの理由と、神官や臣下の許可がいる。騎士団長が必要と言ったからで押し通せるほど彼らはバカではないし、ましてやエルフが務めている神官たちは不祥事を嫌う。何かが起こる前に始末をつけろと言われるのが目に見えている。

 言われるのは全て彼女だというのに、隣の幼馴染は明日が楽しみで仕方がないようだ。

 まぁ、楽しみならそれでも良い。今まで支えてもらっていた事を鑑みれば、多少の迷惑は被られてやろう。…アレクがやりすぎなければいいのだが。

(っていうか騎士団二つ使って止められないってどれだけ化け物なのよ)

 ユリウスが言っていた、初代にしか使えなかった魔術を彼が使えるとしたら、彼は初代勇者と肩を並べる事ができるほどの魔術師だという事。それはつまり、彼に敵う力を持ったものが、今の世にはいないという事だ。

 ニアも、勇者本人の血の一部を引いてはいるが、それも大分薄くなってしまった。バレンバーグとビアホフ、エドガーは代々勇者達の血を引いてきた。血統を大事にしてきたエドガー家とは違い、バレンバーグとビアホフは比較的自由な血統を作り上げてきた。そのせいで、エドガーは二人とは疎遠になっていた。

 純粋な血統を維持しないということは後の世の平和を放棄する事に他ならない。

 その為、エドガー家は質の高い魔術師を自分の手で育成、養成、素質があるとみれば捨て子でも拾った。その子供達と自分の子供達を結婚させ、次世代を作ってきた。その結果が、今の三人に現れているとするなら、初代エドガーが考えていた事は間違いなどでは決してなく、その姿勢は見事なものであろう。

 もっとも、初代もまさか自分の子孫がぶち壊しにするとは思わないだろうが。

 勇者達の世代を第一世代として、今の彼らは第四世代。三つ隔てただけでこの差がある。だが、その三つで血は大きく薄まる。第一世代を一とするなら、第二はその半分、第三はさらに半分、第四はそのさらに半分、八分の一しか勇者の血は残っていない。それに比べ純粋な魔術の血統を作り上げてきたエドガーは寧ろ二倍三倍になっているのかもしれない。

 とそこへ、怒号が飛び込んでくる。背後からだ。観衆の目もあると言うのに、無遠慮なやつだ。

 ユリウスはため息とともに後ろを振り返る。

「アスマン、私は今明日のことを考えるのに忙しいんだ。少し静かにしていてくれないか」

「ユリウス騎士団長!これは誤解です!私が捕らえられるような謂れはありません!それよりも!ダークエルフです!魔族が国内に…!」

「あー、そんなことはもうとっくに知っている。お前が連れてきたことも分かっている。そしてお前が私を刺したことも知っている。私の部屋を奴隷部屋にしたこともな。私の部屋の前に置いていた二人が快く話してくれたよ。それで?お前にかけられる罪はいくつあると思う?」

 団員に担がれていたアスマンに首を回して指を折る。

「誘拐教唆、人身売買、私を刺すという反逆罪、今までのことも洗えばいくらでも出てきそうだな。牢の中でゆっくり待っているといい」

 それを聞くと、アスマンは肩を震わせながら声を上げる。

「こんな…こんな事が…私は…俺は…俺は……おぉれぇはああああ!!」

「ぐっ、暴れるな!ぐぁ!」

 担いでいた団員を蹴り飛ばし、その腰の剣を口で抜く。

 その矛先は、真っ直ぐユリウスに向けられていた。背後からの一撃、肩を借りている状態のユリウスになら勝てると思っていたのだろう。

 だが、それでも八分の一は持っているのだ。

 それが、他の人間とどれだけの差があるか、彼は知っているはずだろうに。

 アスマンはいつの間にか地面に伏していた。目の前には自分が先ほど咥えた剣がある。石畳の地面が暖かい。少し目を動かせば、自分に事を哀れむように見る観衆の目があった。

(何があった…?)

「やれやれ、君にはある程度目をかけていたつもりだったんだがなぁ。こんな風に裏切られると、少々私の指導方針を変える必要があるように感じるな」

 キン、と剣が収まる音が頭上から聞こえる。

(何をした…?)

 徐々に体が冷えて行くのを感じる。代わりに、石畳の上にぬるりとしたものが広がっていく。真紅の色をしたそれが何かを理解するのは一瞬だった。そこから、うまく頭が回らない。

「確かに、私は魔術は使えない。魔力の欠片すら見る事はできない。それを君に補ってもらっていた。その代わりとはいえ、君を少し自由にさせすぎたようだ。衛生兵、応急処置を、止血だけしておけ。人間様より長生きするエルフ様の事だ、そうやすやすと死にはしないだろう」

 普段のユリウスらしくない振る舞いに、ニアは彼が本気で憤っている事を肌で感じていた。少なくとも、街中で抜剣するような人ではなかったし、理由があったとはいえ、人前で切るようなことは戦場以外ですることはなかったように思える。他の団員もそれは感じていたのか、何も言わずに彼に従った。

 だが、彼がした行為は怒りにのみ左右されたものだろうか、何か、見せしめのような意図を感じる。

「なんでエルフ様がやられちゃったの?」

「そ、それは…悪いことをしたからだよ」

「エルフ様なのに?神様の使いなんでしょ?悪いことするの?」

 子供の無邪気な質問に窮した母親は、足早にその場を去っていく。あれは見ちゃだめよ、と子供に念を押しながら、こちらを振り返る子供と目があった。

「………、」

 不思議そうな目がこちらを注視する。ニアはただそれを返すことしかできなかった。神族であるエルフは神の使いであると言う教育が広まった今では、このように子供たちはエルフが悪いことをしないものだと思い込んでいる。

 ユリウスのこの行動で、それが少しでもひっくり返ったとしたら、どうなるだろうか。子供は純粋だ。それ故に、見聞きしたものに素直に左右される。かの子供が今見たものを友人へ、親族へ広めたとすれば、エルフの地位は徐々に徐々に蝕まれていく。それがユリウスの狙いだとしたなら…。

「ユリウス、肩、貸すよ」

「かたじけない、国王」

 例え八分の一でも力になろう。ユリウスが見たがっているもの、アレクがこれから作り上げていくものに、俄然興味が湧いてくる。

 エルフがダークエルフを魔族だという根拠はザックリと分けて二つ。

 一つ、その額にある刻印が呪われたものだから。

 一つ、神の声を聞くことができないから。

 なんとまぁ正当性のないものか。これを信じて百年近くもダークエルフを排除し続けてきたのだから、もしかすると案外祖先も能無しかもしれない。呪いの検証を行ったものはいないし、仮にもしいたとしてもエルフたちがそれを認めるわけもなく、神の声に関してはそもそもエルフたちですら聞けているのか怪しいものだ。何せ検証できるものが誰もいない。彼らが寄越す神の声が聞けるものには当然彼らの手が回されたものだろう。信用できるかといえば、首をかしげるしかない。

 それでもエルフを信じた人々がいるのだから、魔王がいた時代の人々の心がどれだけ貧しかったかが伺える。魔王が討たれて豊かになっても、信じ続けた彼らの心を、今の人々は知ることもないだろう。そして信じた結果がどういう事態を招いたのかも、彼らは知ることはないだろう。

「これが、アレクの助けになればいいがな…」

「なるよ、きっと。小さな変化でもアレクなら気付いてくれる」

「そうだな」

 城に戻ると、ユリウスは別の衛生兵に怒られながら医務室に連行されて行った。無理矢理ついて行ったものだから、体への負担は相当なものだろう。ニアはそれを見届けた後、神官と臣下の待つ謁見の間へと足を向けた。この事件のあらましとこれからの指針について、彼らに話さねばならない。

 反感を買うのは確実だろうが、それでも話さねばならないのは億劫だ。それも仕方ない、それだけする必要がある。

 見慣れた顔の門兵に気さくに声をかけつつ、扉を開く。井戸端会議よろしく固まってこそこそと話しているエルフ達神官と、それとは対照的に堂々と整列する臣下達。わかりやすいエルフ達の動揺っぷりに少し笑いをこらえながら玉座に腰掛ける。すると、そのすぐ傍で控えていた一番若い臣下が早速進言してくる。

「国王陛下、御身は一つしかありません故、あまり外出なさるのはいただけませんな。業務が滞りまくりですぞ」

「慣れない敬語を使うなバカ者、崩れていてはみっともないだろ」

「む、これでも頑張ってるんすよ。ともかく、やること溜まってるんだからあんまり外さないでくださいよ」

「部下のケジメをつけるのも立派な仕事だと思うが?」

「それはユリウス騎士団長に任せてくださいよ。一国のトップが出るような事…でしたね。まぁ、それなら許します」

「なんか偉そうだなお前」

「ホントホントー、マジ偉そうなんですけどー」

「いらん若作りはするなボケ老人が。良いから本題に入れ本題に」

「あぁ…!もっと…もっと罵って…、はいすみません、本題に入らせていただきます」

  二番目に並んでいたボケ老人が大人しく手に持っていた冊子を開く。

「さて、本日の議題は、神官の身辺調査についてでございます」

「よろしい、ではニズ大臣、続けてくれ」

「はっ」

 こうべを垂れ、一度顔を上げて神官達の顔を伺ってから続けた。

「先日、というより今日ですな。エルフ魔術師団の団長アスマン・ベルズベールがダークエルフの密売及び、全面的に禁止されているはずの奴隷商売を行い、本日連行されました。余罪については、今のところ、拉致・誘拐、及び殺傷罪が確認されている次第であります。恐らく、洗えばもっと出てくるでしょうが、それはおいおい調べましょう。つきまして、今、この場にいる神官達の身辺調査を一斉に行いたく思います。これほどの大掛かりな商売を城に仕える騎士が行ったのですから、誰かしらの手引きがあったと考えてよいかと。先に申し上げておきますが、我々の身辺調査はユリウス団長自ら行われておりますので悪しからず」

 ユリウス騎士団長が怪我さえしていなければ…と続けようとして、ニズ大臣はニアに向かって進言する。

「調査結果は後ほど提出させていただきます。此度は、神官達の身辺調査を行う許可を頂きたい」

「良いだろう、存分に行うが良い」

「陛下!それは横暴と言うものでございます!我々は神に仕える神官、神のみことのりに背くような事は一切ございません!」

「ならなおのことだろう。一切無いのであれば、調べたところで痛くもかゆくもあるまい。こちらはもう既にやったと言っている。なれば、同じ仕える身としてお前達だけ行わないというのは不公平だろう、違うか?」

「ですが…我々の神聖な場所を…」

「くどい。そんなに言うのであれば今すぐ身の潔白を証明してもらおうじゃないか。おい、兵50を適当に集めろ、できるだけ無作為に。今すぐ身辺調査を行う、ニズ大臣は監督だ。お前は一切ものに触れずに指示だけ下せ」

 神官達がどよめくのをため息とともに一蹴し、次、と言うと、ニズ大臣は一礼してニアに背を向けて準備を始めた。それ引き止めるように何人かの神官がニズ大臣まとわりついて文句を言っている。残った神官の中で一人、切れ長の目の若い男が手を挙げる。ニアは堂々したその目と態度に、頷いて話すように促す。

「先ほど話に上がったアスマン魔術師団長に関してもう一つ。先ほど私の部下が、ダークエルフを発見したとの情報を上げてきましたが、それはもうご存知ですか?」

 落ち着いた口振り、見た目と反して低く渋い声がニアの耳に届く。

「あぁ、知っている。今回見つかったダークエルフは二人だ。ともに少女だと聞いている」

  残った神官に加え、臣下達も少しどよめく。

「発見したのはアスマン魔術師団長と聞いておりますが、これは一つの功績では無いでしょうか」

「なんだ、そんなことか。確かにそういう考え方も出来るが、別の見方をしてみろ。アスマンが連れてきた可能性の方が高い。その情報に関してはユリウス騎士団長が後日掲示するだろうから、それを待つといい」

「御意。して、そのダークエルフは如何なさるので?」

「あぁ、その事で私も丁度話があったところだ。明日、二人を保護する。それに際して第一、第二騎士団を護送兵の護衛につけたいとユリウスから進言があった。それに関して、皆の意見を聞きたい」

「待ってください、ダークエルフは魔族として認められているはず、何故保護を?」

 一番前に立っていた若い大臣が当然の疑問を投げかけてくる。ニアはうむ、と頷いて答えた。

「実はその二人を先に保護したのは私の古い友人でな、もう既に何度か会っているのだ。そこで私が感じた事がある。ダークエルフが何故魔族なのか、という点に関してだ。ダークエルフを魔族とする理由はなんだ?」

 先ほど挙手をした神官に尋ねると、神官は毅然とした態度でハッキリとこういった。

「私は魔族だの神族だのという括りに興味はありませんので覚えがありません。陛下が保護するというのであればそれに従います」

 ニアを含めたその他全員が口をあんぐりと開けて彼を注視した。その後、ニアが一番に吹き出す。

「ぷっ、く、ふふふ…。あなた面白いのね。ねぇ、名前は?」

「フィストと申します。部下からは鉄拳アイアンフィストと呼ばれております。以後、お見知りおきください」

「フィストね、覚えておくわ」

「では、もう一つ、これは一つの意見なのですが、現在の国の条例ではダークエルフの保護は不可能でございます。故に、今回ばかりは保護は出来ないかと」

「不本意ながら、それには同意です国王陛下。今まで幾度となくダークエルフの討伐作戦は実行されてきました。その二人だけ例外とする訳にはいきません」

「…確かに。だがダークエルフの研究は未だに進んでいない。彼女たちの額の刻印は本当に呪いの刻印なのか、調べたものが一人もいない。神の声が聞こえないのは我々のも同じだ。だとすれば、彼女たちは私達と近い存在なのではないだろうか。私はそれが知りたい。無意味な弾圧はもう終わりにするべきだろう。それこそ、天罰が下る」

 進言してきた二人はお互いの顔を見合わせると、少し考えたのち、大臣はこう言った。

「わかりました。保護する事に関しては、これから検討しましょう。条例や法律を変える必要もありますから。ともかく、今は無理なんです。大多数の国民がそれを許容しないでしょうから。これからまたダークエルフと遭遇する機会もあるでしょうから、その時に特別区画を設置するなどの措置を取るというのは如何ですか?」

「…わかった、今回は諦めよう。それで、連行した二人をどうするんだ?」

「通常なら絞首刑ですけど、サクッと終わらせるなら斬首でしょう。どちらも女性に向けてする事ではありませんが…」

「うむ」

 どちらにせよ、明日にはその対象がいなくなるのだから、どちらにしようが好きにすればいい。そう思いながら、ニアは肘掛けに体を乗せた。

「それの関してはお前に一任しよう。騎士団を動かす事に関しては、何か意見はあるか?」

「ユリウス騎士団長が必要だと言うのなら、仕方ないっすね。アスマン魔術師団長の事もありましたし、しばらく警戒は解かない方がいいでしょう」

 そのユリウスが、全員が怪我をする予想まで立てているのだが、それは言わないでおこう。後が怖い。というか、もう既にいろんな意味で怖い。それほどの力をこの街で使ったなら、どれほどの被害が出るだろうか、考えただけでも寒気がする。

 死者だけは出さないでもらいたいものだが…それは騎士団や自分たちの仕事だろう。国民を守る。王として、当然の責務だ。しかし、相手の規模がわからないことには対処のしようもない。

 眉間を押さえる。本当に頭が痛くなってきた。

「国王?大丈夫っすか?なんか体調悪いならお部屋で休んでてもらっても大丈夫ですよ。重要な案件はもう終わったんで」

「そうか…、じゃあお言葉に甘えるとしよう」


 その頃、医務室の一画にある診察室に通されたユリウスは、目の前の眉間にしわを寄せに寄せた若い女医の前に座らされた。冷や汗が垂れてくる。そういえばこいつがいたんだった、そんな顔だ。

 黒髪をボブカットに纏めた女医は片眼鏡を調節しながらユリウスに向かって言った。

「あなた、今月で何回目かしら」

「えーっと…」

「私が覚えているだけでも十回以上、ここであなたの顔を見ているわ。何、私のファンにでもなったの?」

「じゃあ…それで」

「じゃあってなによじゃあって!本当に失礼ねあなた。えーっと…ゆ…ゆり…」

 アゴに手を当てて少し考えた後、ユリウスを指差して言った。

「クライス」

「ユリウスです」

「そうだったわねメビウス、鎧を脱ぎなさい」

「…はい」

 もはやどう変化していくのかが逆に気になってきたユリウスはそのまま大人しく鎧を脱いだ。発汗によりジットリと湿った鎧の緩衝材がどれだけ彼が無理をしたのかを物語っていた。事実、彼は二、三日栄養も取らず、傷口の手当てもできなかったのだから、体力の消耗どころでは済まない程、彼は弱っていた。弱っていたはずなのだ。一日で目覚めた事も含めてここまで動ける事が奇跡とまで言っても差し支えない。

 包帯の上からでも視認できるほどの出血に眉間のシワをさらに深くして言った。

「傷口がまた開いてきてるじゃない。包帯外すから後ろ向いて」

 ユリウスが黙って背中を向けると、手慣れた手つきで包帯を外していく。凡そ騎士とは思えない綺麗な背中に、逞しい筋肉が浮き上がっている。前を向かせると、その途中、脇腹や脇、腹部などに多く傷が見受けられた。どれも鎧の隙間からでなければ傷が付かない場所だ。それ以外に傷はない。

 それが逆に、違和感を覚えてしまう。城に使える医師として抗争や魔物の討伐から帰還した騎士達を五万と見てきた。その中でも彼は別格だ。傷がないわけではない。だが、多くの騎士が負うような場所に傷がないのは、見慣れていないせいか、違和感が拭えない。

 彼がそのような所にしか傷を負わないのは、決して鎧が頑丈だからではない。彼の身のこなしでは、鎧にさえ傷をつける事が難しいのだ。それだけ、彼の技能は熟練していると言える。では何故其処に傷がつくのか。

 それは、彼が魔術を見る事ができないからだ。それ程までに、彼には魔術の才能がない。魔術どころか魔力を見ることも叶わない。だから、彼が傷を負う時は、決まって、炎に焼かれるか、風に切り裂かれるか、水に押し流されるかだ。しかしそれでも、その驚異的な反射能力により、何かしら外部からの力を受ければ、彼は身を翻してそれをかわしてしまう。それでも間に合わない時は間に合わないのだが、騎士団の中で彼が団長を張るには素晴らしい能力だ。

「縫合は解けてないわね、そしたらもう一度消毒するわ。それが終わったらもう一度包帯を巻くから、絶対に安静にしてなさい、いいわね?」

「う…わかった」

 消毒液に顔を顰めながら、頷いた。返事だけはいいのだが、本当に言うことを聞いてくれるかは定かではない。テキパキと消毒を終わらせ、包帯を巻く。

「重ねて言うけど、一週間は動かないでね。遠征から帰ってきてまだ疲れも取れきってないっていうのに、無茶しないの」

「それは出来ない。明日は、明日だけでも動かさせてもらう」

「…何があるっていうのよ」

 叱るよりも彼がそこまでして動かねばならない事態に興味が湧いた。女医は少し目を細めながら尋ねると、ユリウスはやはり嬉々として答えた。

「魔術を、見ることができるんだ」

 女医は開いた口が塞がらなかった。魔術を見ることができる?魔力の残滓も感じることのできない彼が?信じられない、そんな事、出来るはずもない。

「疑いたくなる気持ちもわかる。だが、本当なんだ。私が唯一目にする事ができた魔術が、明日、見る事ができる。だから、明日だけは勘弁してくれ」

「…本当に信じられないけど、そこまで言うなら仕方ないわね」

 ユリウスは下げた頭を上げて、ありがとう、と口にした。

「良いわよ。そのかわり、今日はもう寝なさい。食事とった後でも良いけど、それなら極力動かない事。良いわね」

「わかった。では、失礼する」

 来た時と同じように衛生兵の肩を借りながら診察室を後にする。それを見送って女医は持っていたペンの羽根を少し撫でた。

(魔術を見れない人間にも見る事ができる魔術…ねぇ…。とんでもない魔力濃度が無いと難しいけれど、彼はその魔術のアテがあるのかしら、しかもその魔術を使える術師のアテも。あるとしたら…むしろ城に引き込んだほうがお国の為になるんじゃ無いかしら)

 愛国心など人より希薄な彼女だが、それでも自分の国や、世界の情勢などは多少わかっているつもりだ。

 魔術師不足と、それに伴う技術の発展。この二つは最早反比例しているといっても良い。それは問題無い。むしろ問題なのはそれが良い事なのか悪い事なのか誰にもわから無い事だ。魔術によって封印された書物や扉は機械工学では突破できないことの方が多い。だが機械の使い方さえ知っていれば、だれでも平等に使うことができる。

 この誰にでも平等に使える点が評価されてはいるものの、個々の才能は見向きもされない傾向が徐々に広がりつつある。

 どちらにせよ、魔術が絶滅することは避ける必要があるが、技術も発展することが望ましい。

「はぁ…、エドガー養成所がまだ有れば…」

 今は亡きエドガー家が開講していた魔術師養成所だ。良い結果を残せれば玉の輿も狙えるという、女性にとっては素晴らしい養成所だったが、単純な魔術師養成所としても、その効果は絶大だった。才能を見出しては素晴らしい魔術師を多く輩出してきたお陰で、この国には未だに一個師団を作れるほどの魔術師がいる。

 しかしその魔術師達でもユリウスに魔術を見せることはできないだろう。

(調べてみようかな…。図書館になら、多少は記述があるでしょ)

 立ち上がって、診察室を出ると、外で受付を担当していた看護婦が不思議そうに女医に尋ねた。

「どうしました?」

「ちょっと調べ物にね、しばらく空けるわ」

「わかりました、急患があったら呼びますね」

「ん、お願い」

 そういって図書館に足を向ける。ここから図書館まではそう遠く無い。診察室や治療所がまとめられている棟から出て、隣の棟に足を踏み入れた。図書館は通路をまっすぐ行った正面だ。この通路を囲むようにして図書館が広がっている。

 扉を開くと、数人の利用者と司書が見えた。この広大な図書館を自分の手で探せるとは思えないので、真っ直ぐに司書のところへ向かう。その途中、見慣れた顎肉を発見する。たまに何の用事もなく診察室に訪れる金ピカ鎧のお坊っちゃまだ。

 見なかったことにして足を進めようとすると、あっちが気付いてしまったらしく、声がかかる。

「やぁ、ラナ女史、今日も美しいね」

 ダミ声が図書館に響く。数人全員が嫌そうな顔でこちらをチラ見した。まぁ、そうなるだろうなとは思っていたが、視線は痛い。出来ることならさっさと振り切ってしまいたいが、ここで無視すると余計にややこしくなる。

「どーも、トット公爵御子息様」

「トロイと呼んでくれていいんだぞ?君も調べ物かい?」

「えぇ、では私は司書の方に用がありますので」

「まぁ待ちたまえ、どれ、私も探すのを手伝おう」

(うっわマジかよ、勘弁してよホントに)

 トロイは自分の呼んでいた本を閉じて脇に抱えると、女医、ラナの隣に立った。本の題名を横目に見ると、『魔術百科』と書かれている。彼も魔術に興味があるらしい。トットの家では師を雇って教わっているらしいが、彼はそれでは足りないらしい。

 というか、自分の探している本は正しくそれなのではないだろうか。この男とは極力関わりたくないというのに、自分の不運を呪うばかりである。

  素直にその本を貸してくれるとも思えない。ここはやはり、司書を通すべきだろう。何も言わずに司書の元に向かう。カウンターを挟んで貸し出しカードの整理をしていた司書は、ラナの姿を見ると少し顔をそらしてから尋ねた。

「何か?」

「魔術の種類を載せた本を探しているのだけど、何処にあるか知らないかしら」

「それなら、丁度彼が持っている本がいいんじゃないかな。種類だけなら他にもあるけど、どうする?」

「いや、ならばコレを一緒に読もうではないかラナ女史。ささ、談話室へ」

「………、わかったわ、有難う」

「なんか、すまないね。押し付けた気分だよ」

「良いわよ、慣れたわ。それより、あんたこそ良い加減慣れなさいよね」

「無茶言わんでくれ」

 ため息と共に手を振って、脂汗を滾らせるトロイのところへ向かう。腰に回そうとする手を払いのけ先行して談話室に入る。これまた数人の少ない利用者が議論を交わしている。しかも白熱しているようで、会話の内容はこちらにまで入ってきた。

「だからこそ、エドガー養成所の様な場所が必要なのだ!これでは国力が落ちるばかりだぞ!」

「そのための機械工学だろう!技術の進歩なくして今の生活は成り立たん」

「それも全て発展した魔術の後追いじゃないか!魔術がなくなったら機械工学は何を目指すつもりだ!」

「なら今更養成所を設立したところで何になる!誰が上に立つというのか!エドガー家はもう無いんだぞ!」

 自分と同じ考えをしている者が他にもいたとは思わなかったが、内容としては面白そうなので、その近くの席を引っ張る。意気揚々と魔術百科を開くトロイを放置して耳を傾け続ける。

「エドガー家が無くとも、魔術の発展はあり得る。エドガー家が残した遺産はまだまだあるんだ」

「まさか、魔道書保管庫のことを言っているのか?」

「そうだ」

「正気か?魔道書を扱える人間なんて、この国でも数えるほど…しかも失敗する確率の方が高いんだぞ?」

(魔道書保管庫…そんなところがあったのね)

「いきなり難しい魔道書からやる必要は無い。今なら誰でも知っている様な魔道書の解明から進めていけば良い。それなら魔術師の質も徐々にだが上げていくこともできる」

「失敗したらどうする気だ。誰が封印する…?」

「それは…」

「………、私に心当たりがある」

 不意に、トロイの声のトーンが落ちる。いつに無く落ち着いた声に、ラナはトロイに視線を向けた。どうやら、彼の耳にもしっかりの内容は入っていた様だ。トロイは百科に視線を落としたまま、ラナに尋ねた。

「あなたが城に仕え始めたのはいつでしたかな」

「大体三年ほど前ですね」

「そうですか。なら、知らないのも無理はない。魔道書保管庫は、先代エドガーが処刑されて以来、保管庫自体が封印されてしまっている。今は誰も入ることはできない。だが、入れる人物を、私は一人だけ知っている」

 彼が開いたままのページには、禁術一覧の文字があった。

「エドガー家は、古くから禁術使いとして恐れられ、尊敬されてきた。なんせ、彼らが生み出す魔術は悉く禁術とされてきた。ただの人間が使うにはあまりにも強大すぎた。初代エドガーが生み出した魔術のその殆どが魔道書として形を残し、彼の息子たちによって解明、応用され、今の技術、機械工学ができている。封印されてしまった理由はここにもある」

 トロイは苦笑いしながら言った。

「エドガー以外、誰も制御できないのだ、初代エドガーが残した魔道書は。子供達が他の魔術師たちにも読める様に、その一部を丁寧に解説し、記述したものでさえ、一冊の魔道書として封印される始末だ。手に負えたものではない」

「勿体ぶらないで、その人を教えて欲しいのだけど。その出入りできる人間って誰なの?」

「これは失敬」

 トロイは百科を閉じて、ラナにその名を言った。

「アレクサンダー=エドガー。エドガー家最後の生き残りで、歴代最高の魔術師だ」

 そう言い切ったトロイの顔は、何故だか寂しそうに見えた。

「その人も…亡くなったの?」

「いいや、ピンピンしてるよ。この間酒場で会ったところだ」

「もう城仕えする気はないのかしら…」

「無いだろうな。あぁ…、要らぬ見栄を張らずに魔術を教わっておくんだったな…」

「………、あなたにそこまで言わせるなんて、相当すごいのね」

「すごいなんてもんじゃない。奴は本物だ。本物の天才。やろうと思えば奴だけでエドガー家の復興も余裕でやってのけるだろう」

「…あなたは何故彼のことを?」

「誠に言いにくいんだが…、私は家系の体質上、この体型から離れることができなくてね、子供の頃は良く虐められていたよ。そこによくやってきたのが、奴だった。よくいじめっ子を実験台に、魔術を試していたよ、それでいつも怒られていたもんだが。いつも助けてくれた奴は私のヒーローでもあり、同時に羨望や嫉妬の対象でもあった訳だ。胸糞悪いの一言でいじめっ子が吹き飛んでいく様は子供ながらに圧巻だった」

「今からでも遅くないのでは?頼み込めば教えてくれるかも知れないじゃない」

「…無理だろうな」

「どうして?」

「折角教わっても、私の器が追いつかない。教わるだけ無駄になってしまう。自分の力量はわかっているつもりだ」

 いつものネチっこい会話からは想像できないほど、潔い認め方だった。むしろ、この事があるからこそ、他の事を諦めたくないのかもしれない。

 トロイは百科をラナに渡して、彼女に尋ねた。

「何か調べ物があったのではなかったかな?」

「あ、そうだった。でも聞いた方が早そうね。魔術が…魔力が見えない人間にも見えるような魔術ってないかしら?」

「…質問の意図はよくわからないが、誰の事を言っているのかは分かったよ。ユリウス騎士団長だろう?」

「そう、彼が唯一見る事ができる魔術があるらしいのよ」

「彼が…?うーむ、興味深いが、心当たりが無いな。幻術の一つという訳でもなさそうだ」

「これは推測だけど、極限まで魔力濃度が高まった魔術なんじゃ無いかって思うの。そんな魔術はやっぱり存在しないかしら」

「いや…待て、それなら一つだけ、あくまで可能性だ、可能性だが…」

 トロイは先ほどの禁術の欄にページを戻す。そこから更にページをめくり、最後の一項で手を止めた。最後のページは、解説というよりも日誌に近く、その魔術に関して少しだけ書かれていた。

『初代が書き記した最高峰の魔術。魔王を討ち取る際にも使われたとされている魔術だが、我々はこの実態を知る事はできなかった。その魔道書は不思議の一言に尽きる。何故かその書は、開いても何も起きなかったのだ。文字を読む事も、理解する事もできる。だが、何も起きない。いや、起こせなかった初代は…父は最後にこの書を我々に残して消えた。文字通り忽然と消えた。もしかすると、父はこの書が発動しないように何かしら手を加えたのかもしれない。ともかく、この書を発動させ、解明出来た頃には、国が豊かになっている事を祈るばかりだ』

「…エドガーでさえ、使えなかった魔術がある…のか」

「それを今のエドガーが使えたって事なの?」

「それはわからない。だが、ユリウス騎士団長が見えるかもしれないとしたら、これしかない」

 魔術の名を、口にする。

「無限魔術…。ユリウス騎士団長はいつ見れると言ってたんだ?」

「明日…明日って言ってたわ」

「明日…か。これは、いよいよ楽しみですな」

 ラナが訝しげな視線を送ると、トロイは失敬、と少し笑ってから、こう言った。

「明日、医療棟から出ないことをお勧めします。微力ですが私兵に警護させますので、明日は絶対に表に出ないようお願いします」

「…わかった。そこまで言うなら従うわ」

 トロイはありがとうと言って、先に談話室を出て行った。その背中を見送って、背もたれに思い切り寄りかかり、伸びをした。

(結局、よくわからなかったわね…。明日見れるといいんだけど)

 大きく息をついて、肩を落とした。

 トロイは本を返すと、こらえきれぬ笑みが顔に浮かぶ。

(最高のショウが見れる!私はなんて運が良いんだ!)

 自分の邸に戻り、執事に言いつける。

「ありったけの兵を集めろ。明日動かす」

「え?トロイ様…それはどういう…」

「いいから集めろ、それから、明日は絶対に表に出るな巻き込まれるかもしれん」

「はぁ…、畏まりました。手配致します」

 トロイはそのまま自室に戻り、自分の鎧の点検を始めた。その顔は、今まで誰も見たことがないほどの満面の笑顔だった。



 流石に、三人で寝るには少し狭かったな。

 一人用のベッドで川の字になって寝ていた身体を起こす。エルモとマリーの二人はよく寝ている。俺が起きたのに気づく様子はない。俺はベッドとは対角の位置の壁に手を当て、魔力を少し流すと、魔法陣と共に、一冊の書が手に吸い付いた。

 さて、少し準備しないとな。

 下に降りて、魔力を通したままの紙を二回叩く。

「上の二人が起きたら伝言を頼む」

 内容を伝えると、紙の角が手を挙げるように浮き上がる。机に置きっぱなしだった石も持って、家から出た。ひっそりと静まり返った路地には、月明かりだけが冴える。見上げて、大きく息を吸い込み、中央の広場に行った。

 誰もいない広場の中央には、延々と噴水が上がっている。正面のベンチに腰掛けて書の表紙を見る。何も書かれていないハードカバー、何の魔術か最初は見当もつかなかったな。それもそのはずでこの書で意味があるのは、丁度ど真ん中の見開きのみ。後のページはこの本を封印するための文言だ。

 その封印を解いていく。書かれていた文字が凄まじい勢いで消えていく。書が一人でに浮き上がり、ページが両側から勝手に捲れていく。

「今度こそ使わせて貰うぞ、クソジジイ」

 真ん中のページが開く。俺はそこに手をかざした。フッ、と周囲が消える。

 何も…ない。

 光も無い。

 闇も無い。

 虚無。

 見えているものなど無い。そもそも視覚すら無い。

 五感とともに内側から何かがなくなっていく感覚も、段々と薄れてくる。

 だが、それで良い。


 無に、還る。


 スッと、抜け落ちた。

 頭に直接、響く。

「汝…何也」

 汝、何也。なに…とは…。

 なんじ…………………………って………………………………。

 とでもなると思ったかよクソジジイ。

 答えてやるぜ。

「俺は、俺だッ!」

 カッ!と光がさす。視界も良好。目の前の限り無く続く道の上に、ローブを纏った男が立っている。フードから見える顔は、整った髭をこさえ、眼は優しく閉じられていた。

 男がため息をついて、俺に言った。

「全く、こうも簡単に突破されると、私の努力も案外塵も同然だったのかもしれんな」

「ホントに努力したのかよ」

「勿論。お前、この術を完成させるのにどれだけかけたと思っているんだ。お前は簡単にやってのけちゃいるが、自分を無に還すとか普通は出来ないんだぞ。しかも二度もやりやがって、私の面子丸潰れじゃないか」

「んなこと言われてもな…」

 そもそもあんたが誰なのか知らね…。

 ん? 完成させる…?

「あんた…もしかしてエドガーか…?」

「いかにも」

 男は得意げに頷くと、そのまま俺に尋ねた。

「というと、お前は私を知っているのか。名は何と言う」

「あんたの子孫だよ、初代。アレクサンダー=エドガー、何代目とか知らねえけど間違いなくあんたの子孫だ」

 初代はほぉ、と感嘆の声を上げた後、道理で、と納得した。恐らくこの書が読み解けるのは自分の子孫だけだと思っていたのだろう。事実、この書は開かれた形跡はあっても発動した形跡はなかった。

 それだけ四苦八苦してたんだろうが、俺にはその苦労は伝わらなかった。一度開いたときには初代に弾き出されて失敗に終わったが…。

「今度こそ、使わせて貰うぞ」

 初代は少し考えるそぶりを見せた後、俺に言った。

「お前はなぜこの魔術を使おうとする」

 脳裏に二人の笑顔と泣き顔が映る。あいつらが泣かないように、これからも笑顔でいられるようにする為に…。

「俺はこの腐った世の中をぶち壊す」

 俺の言葉に、初代は驚いてその眼を開いた。

 そしてその瞳に俺は息を呑んだ。不思議だとか、奇妙だとか、そんな言葉じゃ通用しない、誰が見てもわかる異質なものが瞳に浮かんでいた。丸を一度捻ったような…そんな模様に沿って、絶え間なく魔力が流れ続けていた。

 唖然とした俺の様子を見てか、先ほどの言葉を聞いてか、初代は俺に向かって笑いかけた。

「そうか…そうか…。あの二人ではやはりダメだったか。世は腐ったのだな?助けるべきモノが現れたのだな?それでいい、それがいい。そうでなければ、この書を、ありとあらゆる魔道書を書き記した意味がない。良かろう、存分に役立てたまえ」

 初代は眼を開いたまま、笑顔で俺に握った掌を突き出した。

「この術を使役するには、二つ、条件がある。一つ、限りなく動き続ける事、二つ、己を見失わない事。この二つを守れなければ、お前はたちまちのうちに無に取り込まれるだろう」

 二本の指が立つ。俺はその二つを頭に焼き付けたあと、彼に尋ねた。

「自分を見失わない事ってのはわかるが、動き続けるのは難しくないか?」

「いいや、それは簡単だ。なんせ生きていれば絶え間なく心臓は動き続けている。それと、見失わないという事は、常に自己掌握をし続けるという事だ。理解できてはいるだろうが、その本質はお前が思っているよりも苦痛だぞ」

「というと?」

「寝れない」

「…は?」

「寝てはいけないんだ。睡眠をとっている間は思考が制限される。制限された思考では自己掌握は出来ない。ということは、寝たら最後、無の中へドボン、だ」

 俺はそれを聞いて、今立っている道に納得がいった。

 顔を上げても何もない。だが、無いなら作る。

 道の先から、太陽の光が差し込む、それにあわせて、彼方まで青空が広がっていく。

「こうすりゃ、寝れないな」

「理解が早いな。さすが私の子孫だ。血を濃くした甲斐があった。お前は魔術を扱う上で、最高の器だ」

「器だけじゃあ、足りねえだろ」

 俺は自分の胸を親指で指して、胸を張る。

「俺だから出来るんだよ。不可能を可能にするのが禁術師だ。その禁術師に、出来ないことはねえ」

 この言葉を聞くと、初代は大声で笑った。心底楽しそうな笑い声が、道に広がっていく。

「あぁ、何もかも合点が行く。そうか、それがお前なんだな。出来ないことはない。それがお前のお前たる所以なのだな。素晴らしい。その言葉、努努忘れるなよ、禁術師、アレクサンダーよ」

 初代の身体が徐々に薄くなっていく。役割を果たしたのだろう。その前に聞きたいことがある。

「なぁ、初代。あんた、ダークエルフをどう思う」

「ダークエルフ?素晴らしい種族だよ、彼らは。何せ、私の魔術の師だからな。といっても、誰も知らないだろうが…。この無限魔術も、彼らが辿り着いた境地、『悟』を参考にしたものだ。彼ら無くして、私は成り立たない」

「そうか」

 やっぱり、魔族なんかじゃなかったんだな。

 彼は昇ってくる太陽を指差して俺に言った。

「さあ、進むがいい。決して足を止めるな。決して迷うな。お前はお前の正しいと思う道を進め。結果を見る暇があるなら先を行け。辿り着く地などない。これから先、限り無い道を、お前の足で、お前自身で進め。最後に、お前に会えてよかった。我が子よ、その行く末に、幸のあらんことを」

 言い切った彼は、そのまま姿を消した。無に呑まれたかそれとも…。

 まぁ、そんな事は俺が気にする事じゃない。

 俺は平坦な道の一歩を踏み出す。

 できる事に限りは無い。そもそも俺にできない事など無いのだから、できる事の手数が増えただけだ。

 初代が今まで辿った時を、俺は先の見えない道の途中に、ぽつり、ぽつりと映していく。

 幼少期、よく女の子と間違えられて憤慨、でも顔は整ってたんだろうな。少しづつ進むにつれて、告白される様子が幾つか浮かんでくる。その景色の中で、浅黒い肌がよく映るようになった。ダークエルフの姿だ。初代の村はダークエルフ達と交流があったらしい。

 ここからもうダークエルフに弟子入りしてるな。魔術を習いながら、色んな事を試している風景が続く。試行錯誤を繰り返し、ここと少し似た風景を見た。

 それを喜ぶ、未だ若い初代と、その師匠と思しき老いたダークエルフ。それから二人は二人で魔術の開発に取り掛かったようだ。とある言葉が輝いて浮かぶ。

『悟とは無我の境地。己を捨てる事で、無を我がものとする』

 少し光景が変化する。これは、どこだろう。先ほどの老いたダークエルフはベッドに横たわり、その手を初代が握っている。

 …そうか、ダークエルフも人と変わらないな。

『エドガー、これは宿題だ』

 次々と浮かぶ文字、これは、彼の最高の思い出。

『悟の矛盾を…その答えを…探求しなさい。それが…お前の道となる』

 言葉が消え、暫く暗闇が続いた。彼なりの模索か、それとも、師を失った事への喪失感か…、暫く続いた暗闇が晴れると、目の前に二人の男が立っていた。

 勇者と、戦士…。この時に選ばれたのか。名のある魔術師の中から彼が選ばれた事が、初代にとっての大きな転機になったんだろう。勇者達と触れ合って、自分なりに答えを見つけた結果なのかもしれない。

 道の先へ、顔を上げる。

 答えを探求し続ける事。見つからなくてもいい、進む事に、意義がある。

 俺にくれた言葉が、強いて言うなら彼の答えだったのだろう。道の先の太陽が昇っていくのにあわせて、外から声が聞こえてくる。俺は眼を閉じたまま外の視界を確保する。だいぶ上がってきた陽に、眼を覚ました住人達が外を闊歩している。ベンチに腰掛けていた俺をチラリと見る奴もいれば、眼もくれずに、買い物や仕込みをする奴もいる。

 気づけばあの書はどこにもなかった。

 それでいい、それがいい。

 視界を家につなぐ。二人はまだ寝ているようだ。昨日は少しはしゃいだからな、その分疲れたんだろう。エルモとマリーを連れて、客としてスラーレンの酒場に連れて行き、気の良い酔っ払い共と話し込んで、二人がうとうとし始めたところで帰ったから…まだ三、四時間って所だな。

 ベンチに腰掛けたまま視界をシャットアウトし、あの道に戻る。今のうちに色々慣らしておかねえとな。

 今まで頭の中に詰め込んできた様々な魔術を試してみる。

 炎術、風術、水術、雷術、闇術、光術、ルーンは試す必要が無いとして、空間魔術、錬金術、人形生成術、複合魔術、召喚術などなど…。数え上げればキリがない程の魔術を試してみるが、驚いた。息切れしない。魔術を使う、限りが無い。

 こんなに強大な力が手に入るんなら、寝れないくらい安いもんだ。

 背後からけたたましい足音が聞こえてくる。俺は光術で光を屈折させ、姿を消してその背中を見送る。先頭を切るユリウスに背中が、長ーい行列によって見えなくなる。おうおう、二人連れてくだけだってのに随分と大掛かりじゃねえの。

 色々試しているうちにだいぶ陽が高くなったようだ。もう一度視界を家につなぐと、二人は和気藹々と遅めの朝食をとっていた。エルモの手には俺が残した紙が握られている。書き置きを残したと言っても、やっぱ不安なものは不安だよな。

 ユリウスの視界と俺の視界を重ねる。街の人々の細部にまで眼を配り、落とし物や違反を逐一見つけては、冗談を交えて注意する。心なしか、その声がはずんでいる。何かが楽しみでしょうがない、そういった風だ。

 俺の家の前の路地で足を止めると、後ろの部下に隊列の真ん中が路地の前に来るようにと指示を出した。それから薄暗い路地を突き進み、俺の家の戸を叩いた。エルモが警戒しながら戸を開く。ユリウスは軽く手を上げて挨拶をした後、幾つか言葉を交わして、まるで客を案内するような優雅な足取りで二人を誘導した。

 縄にもかけないとは、流石、紳士はやることが違うね。

 隊列の真ん中で二人を囲み、来た道を戻っていく、流石の騎士の数に、野次馬たちも興味本位で誰が捕縛されたのかを見にきたようだが、二人を見るなり、眉をひそめた。だが、嫌そうな顔ではない。ユリウスは野次馬の反応を見てから、二人に視線を戻した。二人も、緊張している様子はなく、仲良く手を繋いでユリウスに頷いた。ユリウスも頷いて、隊列の先頭に戻る。騎士達が城に向かって足並みをそろえる。俺は光術を解き、ベンチにふんぞり返った。

 徐々に大きくなってくる足音と、視界の先に捉えた俺の姿に、ユリウスの感情が膨れ上がったのを感じる。俺の口元にも、あいつの口元にも、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 憑依術の魔法陣が宙に浮かび上がり、黒い光を放つ。

「来い、今日からお前は、俺のしもべだ」

 小さな旋風を起こしながら、ガンドレッドが俺の手から離れる。そのガンドレッドを右腕につけ、白銀の髪の女が俺のそばに立つ。ゴシックな黒いドレスの裾を両手で摘んで、恭しく俺に一礼した。

「解りました、ご主人様。それで、この死神に何を仰せになるのでしょう」

 ガーネットの瞳が妖しく輝く。だが、その顔は無表情だった。

「そうだな、待機。強いて言えば、殺すな。殺さなければ構わん」

「…この数を前に、何もするなと?ご主人様は私を呼び出しておいて、見物をしろと仰るのですか?」

「そうだ。まぁ、強いて言うなら歩兵の相手くらいだな。殺さない程度に痛めつければそれでいい」

 ユリウスが俺の前で足を止めた。歪みきった口元に、普段の面影はない。歪んでいるが、無邪気だ。少年時代に戻ったような、ワクワクを抑えきれない顔だった。

「やはり、お前が居たか。待たせたみたいだな」

「そっちこそ、随分と楽しみにしてたみたいじゃねえかよ、ユリウス」

 ス…ギャッ!!

 死神がユリウスの剣を鎌で受け止める。僅かだが、死神の顔に焦りが見えた。死神でも焦る程の剣か、やっぱすげえなお前は。

「お前は最高だな。見える…見えるぞ!俺にも見える!!さああもっと見せてくれ!俺の掴めなかったものを!お前が持ち得るすべてを!」

 俺は目を開いた。押し切られそうな死神の焦る顔を無視して、足下の石を投げる。弧を描いて、その石はあの二人の足下に転がった。

 途端、地面が隆起する。人の体の何倍もある岩が、その形を整える。

 異変に気付いたユリウスが振り返るのと同時に、俺は体を宙に浮かべた。

「お前にも見せてやるぜ、限り無い世界を…!」

 巨大な円が浮かび上がり、ゆっくりと捻れていく。

「ユリウス騎士団長!!人形です!巨大な岩人形が現れました!」

「おぉ…あれが…!見える…核までハッキリと…!軽装騎士は付近住民を避難させろ!魔術部隊!人形の撃破を第一に行え!弓兵は各部隊長に続き術者を叩け!重装兵は彼女の相手をしろ!私は見学する!」

 良いのか、それ…。

 伝令が木霊する。その間にも、人形に、俺に、死神に人が群がる。俺は集まりきる前に死神に声を掛ける。

「あんまりガッカリさせてくれるなよ?」

「無論です。あれはきっと例外です。なので殺さない保障はありません」

「あいつは見物客だ、もう手は出して来ねえよ」

 俺の背後に現れた紋様は、その隙間から限り無い世界が続いている。俺が見れば、あの道が見えるだろうし、人によっちゃ、虚構が見えるかもな。

「それが…無限魔術…。何ができるんだ?!何を見せてくれるんだ?!」

「何でも出来る」

 ユリウスは、更に目を輝かせる。

「何でも…?何でも出来るのか?」

「あぁ、何が見たい?」

「全部!全部だ!炎も風も水も雷も光も闇も!全部みたい!」

「なら後ろを振り返ってみるといい。お前の部下が、その全てを見せてくれる」

 指差した方角には、ユリウスの見たがっていた全ての属性の魔術とエルモとマリーの服によって傷がつくどころか魔力が供給されていく人形の姿があった。

「すごい…、やはり魔術はすごいな、アレク」

「だろ?」

 雨のように降り注ぐ矢を風で纏めて噴水に投げ込む。矢筒の中身も全部ひっくるめて、風がさらっていく、そのせいで、弓兵達はお互いに顔を見合わせる事しかできずにいた。

「ユリウス騎士団長!どうするのです!これでは逃げ切られます!二個士団を使ってこれでは面目が…!」

「いいや、面目など、そんなもの最初から持ち合わせてなどいない。最初に言っただろう、勝てない戦をするな。私達は最初から勝てなかったのだ。勝ち目など、最初から無い。あれを見ればわかるだろう。お前はアレがなんなのか、わかるか」

 最早話が通じる状態では無いと判断したのか、その兵士も俺を見上げる。だが、わからないだろうな、この術を知っているのは極一部の人間のみだ。調べりゃ名前くらいは出てくるだろうが、詳細を知るものは最早俺一人。

 ユリウスは恍惚とした顔で、疑問符を浮かべるその騎士に意気揚々と説明する。

「あれは魔王討伐時代、初代大魔術師エドガーが使った究極の魔術、無限魔術だ。私達にそれを破る術など使える訳がない」

「もしやあなたは…こうなる事がわかっていてこれだけの兵を…?」

「後考の為だ。お前ならこんな時、どうする?圧倒的な力を目の前にして、何ができる」

「それは…少しでも被害を抑えるために…」

「避難誘導はもう済ませたぞ。全員の足止めも完了した。後はどうする」

「…それは…もう、追い出すしか…」

「そう、追い出すしかない、この禁術師を、この国から追い出さなければならない」

 俺に視線を投げたユリウスに頷いて応える。人形に命令を下す。

「そのまま街の外に出ろ、旅に出るぞー。長旅だからなー。死神、サッサとしねえと置いてくぞー」

「貴方の命令さえなければこんな…!手間取りません!」

「魔術部隊、撤退せよ!無駄な力を使う必要はない!」

 ハッキリ無駄って言っちゃったよ。じゃあやれって言わなきゃいいだろうに。

 空中をすぃー、と移動して、岩人形の肩に着地する。掌の上には、俺の目を見て目を丸くする二人の姿があった。

 俺は二人に尋ねてみる。

「怖いか?」

 少し惚けていた二人は俺の言葉で我に返ったのか、ハッとして俺に大きな声で言った。

「ううん、カッコイイ、すごくカッコイイよアレク!」

「おじさんホントに出来る人なんだね!」

「だからおじさんじゃねえっつーの」

 少し遅れて、逆の肩に死神が跳び乗った。大分疲れた顔をしている。

「お疲れ」

「おかげさまで、大変疲れました」

「ハハハ、でも出来るじゃねえか。上出来だ」

 振り返って、伸びている重装兵を見やる。鎌じゃあやりにくかったろうな。

 っと!

 ギィンッ!

 錬金術を応用し岩の中の鉄を抜き取って剣に変え、背後からの一撃を受け止めた。

「素晴らしかったぞ、アレク、こんな世界ならいつまでも見ていたいくらいだ」

 重い…!が、受けれない事などない。

「だが、もう行くんだろう?こんなに禁術を使ってしまったら、引き止められないじゃないか」

「あぁ、行かせてもらう。その為にこれだけ使ったんだ。俺の居場所は、俺が決める」

「そうしろ!じゃあなアレク!ニアに言い残す事はあるか?!」

 人形から飛び降りて、ユリウスは剣をしまった。俺は少し考えた後、ユリウスに向かって言った。

「またな!お前にも送るぜ、ユリウス!必ず戻ってくる、不条理でもなんでも、気に入らない事を全部ひっくり返して、またここに帰ってくる!その時まで、またな!」

 ユリウスは俺を見上げて、手を振った。

「あぁ、ああ!またな!アレク!禁術師アレクサンダー!お前の帰還を、変革を!心待ちにしているぞ!」

 ユリウスの遥か後ろ、城の窓から多くの人がこちらを見ている。その中の一つに、ニアの姿を見つけると、俺は軽く手を振った。たとえ見えていなくても、やる事に意味がある。

 人形が街の門を潜り抜ける。俺は目を閉じた。

 背後の紋様が消え、目の前にまた、限り無く続く道が見えた。

「行こうか、無限の旅路へ」

「なんか、アレク変わったね」

「胡散臭くなったね」

「気持ち悪いのでそういう事は心の奥底にしまっておく事をお勧めします」

「辛辣ぅ…」

 前途は多難、乗ってる船は今にも難破しそうなオンボロ船、それでも乗ってくれる奴はいる。俺は顔を上げて、また、一歩を踏み出した。

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