↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/5

2.為すべきこと、為せること

 デカイ街道を突っ切って俺の家とは反対にある南東に向かう。デカイ仕事だ。それなりの準備がいる。

 森の中でクレイを使うにはあまりにも植物が多い。逆に今回使うのはその植物だ。その媒体として打ってつけなのは、紙だ。然も出来るだけ荒い、パルプの繊維が丸見えなくらいが丁度良い。木との親和性が持てる。ただ弱点と言うかデメリットとして、紙が保有出来る魔力量は土やその他魔力媒体とくらべて圧倒的に少ない。だから、紙を媒体とする場合には同時に土を使う必要がある。

 その土も、ただの土では怪しくて敵わん。

 だから買いに行く。目的は土を使った絵の具だ。

 それと予め魔力を通した水を用意する。それでやっと、紙は魔術媒体として泥だんごに並び立つことが出来る。

 枝とか無加工のやつその物を使うのが一番手っ取り早いし長持ちするんだが、持って行くにしてはかさばりすぎる。かといって、葉っぱも葉っぱで媒体としては弱いんだよな…。

 ぐるっと回り込んで南東のボロ屋に辿り着く。

「おーいじいさん!いるか!」

 あいよー、と声が聞こえる。枯れも枯れた年季の入った声だ。ガタつくドアを開き、爺さんは俺の顔を見てあぁ、と声を漏らした。

「あんたか…。絵の具かい?」

「あぁ、在庫は?」

「うん千とあるよ。買う奴なんていやしねえ。あんたくらいだよホントに。真面目に絵書いてんのか?」

「描いてるさ、才能がねえんだよ」

「ハッ、お前も不憫だねぇ、絵に取り憑かれたか」

「かもな」

 じいさんについてボロ屋に入る。玄関から見えるのは、両側にそびえる巨大な棚とその間の通路の奥に見えるじいさんのアトリエだけ。他に何かあるかと言われると、そうだな、形容し難い何かが描かれた絵が飾られている。

 爺さんは俺に好きに選べと言ってハシゴを渡した。俺は虹色にグラデーションされた棚から、緑とオレンジ、イエローの箇所を探す。

 赤の隣のオレンジの箇所にしゃがみ込み、明度のだいぶ落ちた色を選ぶ。棚を開けると、幅が2センチ、長さが5センチほどの塊が姿を現す。

  土の絵の具は固形だ。水にとかして使うことになる。だから同時に水を使う上手い材料になる。

 それから少し上の明度を選び、オレンジから離れる。それからイエローの彩度が落ちた色を取り、緑に移動する。

 緑は上から下まで一通り選び取る。

「あんた、今回は木でも描くのかい?」

「そうだよじいさん、でっけえ木を描くんだ。だから大量にいる」

「へえ、そうかい。えぇっと…ひぃふぅみぃ…………、あれ?いくつだったかな…えぇっと……………………、あれ?またわかんなくなっちまった。えぇっと…」

「いい、じいさん、俺が数える。それじゃあいつまで経っても終わらねえぞ」

「そうじゃなぁ…年だのう…」

 数えて丁度30本、俺は金を取り出す。

「50Sだ、釣りは好きに使ってくれ」

「おおん?何本だったんじゃ?多過ぎるだろう」

「あんたにゃ生きててもらわにゃ困るからな」

 主に魔力媒体確保のためだが。

 それでもじいさんは嬉しそうにそうかい、と言って50枚の硬貨を仕舞う。俺はボロ屋を出て次の目的地に向かう。じいさんに手を振って足を動かす。次は紙、表の街道沿いに歩いてすぐの所に製紙場の親方がいる。上質紙からわら半紙まで幅広く扱っている。

 俺は店の前で椅子に座ってぼけーっとしていその親方の娘に声をかけた。

「よう、親方は中か?」

「あー、エドだー。お父さんなら中だよー」

「そうか」

「ねーねー、今日は何買うのー?上質ー?和紙ー?」

「和紙も悪かねえが、今日買うのは粗紙だ。どのくらいある?」

「粗紙ー?珍しいの買うねー。あれ値段つくのかなー」

 ゆったりとした口調で綺麗に切りそろえられたおかっぱ頭が左右に揺れる。ただでもらえるんならただでもらいたいもんだが、あの親方のことだ、枚数によっちゃふっかけてくるだろうな。

 話し声を聞きつけて奥からハゲが出てくる。だが彼は親方では無い。2mを余裕で越えるその巨体からは想像もつかない繊細さを持っている…らしい。とにかく、娘の兄弟子だ。

「エウリーカ、誰と話してるんだ?」

「エドがきてるのー」

「よう、デク、親方は?」

「今仕上げをやっている。入り用か?」

「あぁ、粗紙を分けて欲しくてな」

「粗紙?それならそこに積んであるぞ。何枚いるんだ?」

「10Bで貰えるだけ貰う。どれくらいになる?」

「ザッと10cmくらいだな。足りるか?」

「むしろ多いくらいだ。その半分で良い。残りはチップだ。小遣いにでもしろ」

「わーい」

 デクが指差した先に積まれていた紙束から適当に掴んで持って行く。余ったパルプで作られた雑紙《ざつがみ》のようなものだ。デクとエウリーカに手を振って、家に戻る。太陽は真上に上り、今がもう昼だと言うのを教えてくれる。

 そういや…朝飯食ってなかったな…。あいつらの分はあるが…俺の分があるかどうか。まぁいいや、買って帰ろう。

 適当な出店に寄ってホットドッグを一つ貰う。使った分は稼げばいい。稼いだ分は使えばいい。だから稼がにゃならん。

 ホットドッグを頬張りながら、通りがかった掲示板の求人広告のビラを一枚掠め取る。

 新装カフェのウェイトレスか。顔も良いし、すぐ採用されるだろ。

 エルモっつったか、あいつの分を稼いでやる義理もねえからな、寧ろ稼いで来てもらわにゃ俺が困るんだ。じゃないと俺の労力に見合わねえ。

 あいつからの依頼は『奪取』ただ一つだった。だから俺は一人も殺さなかったし、通報することもしなかった。まぁ通報したらエルモも一緒に連れて行かれるってだけの話だからな。それは俺が損をする。

 えーっと、時給は…100Bか、まぁ平均的だな。賄いも出る、昇給もある。だが運営がちょっと信用出来ねえな。新装開店を繰り返して絶賛業績下方修正中だったはずだ。だったら…面倒くせえけど酒場に顔出しに行くかぁ…。

 信用出来るが、酔っ払いに対応出来るかどうかはあいつの能力次第だな。オーナーも悪いやつじゃないし、素性もちょっと渡せば聞かないでくれるし、とりあえず話通しに行くか。

 家に向かう足を少し変えて、酒場に向かう。『スラーレンの酒場』、名前の通り、スラーレンってやつが経営してる、ギルド公認の酒場だ。賞金稼ぎも多く集まるし、依頼もここが一番安心して受けられる。

 依頼を出す、受けるの手順として重要なのが、ギルドの存在だ。ギルドは各国、各街に一つずつ設置されている絶対中立の立場に立つ民間人救済組織だ。勿論ギルドを介さずとも依頼は出せるが、依頼者の依頼料踏み倒しの可能性があるため、受ける人も少なければ、逆にぼったくられる可能性もあるので出す人も少ない。

 そう、今回のエルモのようにな。

 特別な理由がなけりゃ、そんなことするやつなんざ数える程しかいねえ。そして受ける奴もな。エルモ達を売りさばきゃ一番手っ取り早く稼げるだろうが、そんな胸糞悪い事するよりも、恩を売りつけて一生絞りっとっていった方が最終的な稼ぎに差が出る。

 焦って返さなきゃならねえような借金でもねえしな。

 酒場の扉を開く。スラーレンが一番奥のカウンターでグラスを磨いていた。俺と目が合うと、手を止めて片手を上げてくる。ウェイトレス達は忙しそうに料理や酒を運んでいた。今日も大賑わいだ。

 俺が誰も座らないカウンターに座ると、スラーレンは俺に言った。

「珍しいな、お前がここに来るなんて。国のお抱えじゃなかったか?」

「そんなもんになった覚えはねえし、なるつもりもねえよ。今日はあんたに頼みがあって来た」

 金貨一枚を親指で弾く。それを空中でキャッチしてスラーレンは頷いた。

「羽振りが良いな。なかなかに重い話か?」

「まぁ、ちょっとな。あんたに人を一人、雇っていただきたい」

「あぁ、良いよ。丁度こっちも人が足りてなかった所だ。顔は良いんだろうな」

「面食いめ。あぁ、悪くない。娼館の出だ、一つ懸念がある」

「昔の客がここに来る?」

「無きにしも非ず」

「護衛かな」

「その必要はねえ、手は打ってある。あんたにはその素性を守ってもらう」

「魔性の女か」

「ビンゴ」

 スラーレンはへぇ、と首を見回し、一人のウェイトレスを指差した。金髪で、ボブカットの女だ。綺麗な顔立ちをしている。

「あれエルフ。あんな感じ?」

「黒い方だ」

「マジかよ、生き残りか。そいつは期待出来そうだ」

「俺の金蔓だ、下手に手ぇ出すと二度と勃たねえようにしてやるからな」

「わかってるよ、ここにいる子だけで身体が保たないよ」

「全員と持つからだ阿呆」

「仕方ないだろう?そういうタチなんだ、僕は」

 素朴な顔して対した外道だぜ、全く。

 まぁ、渡したチップがでけえから手を出すことはないだろう。酒場は信用を売りにしているからな。後は、エルモにここにこさせるだけか。

「ところで、いくら出せば良い?100?200?」

「平均で良い、いくらだっけか」

「120だね。その子の能力次第じゃ、早々に引き上げても良いよ」

「一から仕込みだろうから、その期待はしないでおくぜ」

「そうかい。そんじゃまぁ、一杯おごってやるとするかね」

 滑らかな手つきで瓶を二三掴み、片手でそれぞれの量を調節する。シェイカーに継がれたカクテル達はやがてその身を合わせるべく、一度身を隠す。激しい奔流に呑まれながらも、清められ、新しい己の姿をグラスに現した。

 透明感を持った青が、その奥のスラーレンの顔を透かした。クリアブルー。俺が以前ここに通っていた時によく飲んでいたカクテルだ。

「よく覚えてたな」

「お前の目の色と同じだからな。透き通るような青、相応しいカクテルだよ」

「ついにバイに転身か?」

「ちなみにネコだよ」

「………、飲んだら帰る」

 悪寒が走った。こいつ、どんだけ手を出せば気が済むんだ。

「そんな顔をするなよ。でも、そうだな、帰るなら今のうちだろう。やな客が来た」

 スラーレンが視線を上げる。その先には金ピカの鎧を纏い、顎の肉を胸元に乗せた男が悠々と入って来た。それに続いて、柄の悪い男達が数人入ってくる。恐らく体つきからして傭兵だろう。しかも程度の低い奴らだ。

 グラスを片手に、椅子を回して金ピカの動向を見届ける。他の客もこいつらを見て怪訝な顔をした後、ひそひそと声を潜める。相当な嫌われ者だな。まぁ、どう見ても良いとこの坊ちゃんが金にもの言わせて依頼をこなしてるんだろう。真面目にやってる奴らからすれば、たんこぶでしかない。

 本来なら金をもらうために遂行する依頼を金を使って解決する。こいつにとって依頼は娯楽なんだろうな。そしてクリアしたことをひけらかしに、こうやって酒場でふんぞりかえるんだ。

 しっかし、高ような鎧だ。売ったらいくらになるんだろ。

 金ピカは空いていた席にふんぞりかえると、スラーレンを大声で呼びつけた。汚いダミ声が酒場に響く。

「おぉい!スラーレン!達成報告だ、さっさとこっちこい」

 横目でスラーレンを見ると、肩をすくめてカウンターから出た。

「お呼びですか、トット伯爵」

 トット…トット……、あぁ、あの小貴族か。

「達成報告だと言っただろ、さっさと金を出せ」

「少々お待ちください」

 そういってスラーレンが奥に引っ込む。その途中で、肩に手を置かれた。

「へっ」

 好きにやって良いってさ。

 取り巻き達が周囲に睨みを効かせ、時折ウェイトレスにちょっかいをかける最中、俺はグラスを片手に、金ピカのテーブルに腰掛けた。

「ん?なんだ貴様、私たちの机に何座ってるんだ。とっとと失せろ賎民が」

「トットのとこもだーいぶ大きくなったもんだなぁ。今だとあれかトロイが当主か」

「私の名前を知っているようだな、何者だ貴様」

「さぁねぇ?とろいとろいのトロイ様、だよな。いやぁ、よくいじめられてたよな、そのお肉のせいでさ」

「っ!何故それを…!」

 俺はくつくつと笑いながらテーブルから下りる。それから、先ほどのトランスしてるエルフと肩を組む。

「これコースターにしてあいつのとこにクリアブルー人数分、俺のおごりで」

「え?は、はい!」

 指についた結露でトレーに乗っていたコースターにルーンを書く。それを裏っかえしてまたトレーに乗せた。戻ってきたスラーレンにエルフが俺の事を話すと、スラーレンは笑顔でクリアブルーを作り始めた。それらをきっちりとコースターに乗せ、ウェイトレスがそれを運ぶ。

 その後ろにくっついて俺もそのテーブルに戻る、近くのテーブルから借りるよ、と椅子を一つ引っ張り出し、腰掛けてテーブルに寄りかかりながら足を組んだ。

「俺の奢りだ。割といけるぜ?」

 自分のグラスを傾ける。スッと抜ける爽やかな甘みが喉を通り過ぎて行く。

「………、」

 取り巻き数人が顔を見合わせた後、一人がまずグラスを傾けた。

「ずあっちゃあああああああ!!あっちぃい!!どうなってんだこれ!」

「熱い?何言ってんだお前、ちゃんと氷も入ってるだろ」

 別の一人がグラスを傾けようとした瞬間。

 ボフ!

「……………、」

 グラスからクリアブルーが噴出、氷を顔面レシーブ。俺は堪えきれなくなって腹を抱えた。

「っくはははは!!おぉおおおあたりぃい!どうだよ、俺のオススメ、楽しいだろ?」

「こいつ…!バカにしてんのか!あぁ?!」

「おいおい、今の今までずっとコケにしてたんだぞ?そのセリフはちぃとばかし遅いんじゃないか?」

「こんの…!」

「待て!その顔…思い出したぞ。魔道書保管庫の司書の息子だったな貴様。アレクサンダー=エドガー、若くして保管庫の全てを把握した頭の切れる者だったと聞いていたが、まさかこんな所にいるとはな」

 金ピカはマジマジと俺の顔を見た後、取り巻きを制してそう言った。

 どよめきもなにもない。俺は親父がまだ司書だったときからここに入り浸っていろんなものを見て来た。だから、みんな俺のことを知っている。

 俺はグラスを空ける。

「それはこっちのセリフだトロイ=トット。お前がここにいてどうする。権力誇示か?」

「我が家のしきたりだ。ギルドで一定のランクに上がらなければ当主にはなれん」

「へえ、で、他力本願で依頼を手っ取り早く終わらせてるわけだ。トットの家も終わりだなぁ、こんな奴が当主になるとかよ」

「能ある鷹は爪を隠す。私が動くほどの依頼ではない」

「豚に爪があったとは驚きだね。まぁ、爪があると思うんならその頭の悪そうな連中をどうにかするんだな」

「てめえ!さっきから黙ってきいてりゃああああ!!」

「お前とは話してない」

 男が掴みかかってくる。おー、すげえ、持ち上がった。

 俺は結露のついた指で胸ぐらを掴んで来た男の手にルーンを書く。その後手首を掴む。

「な!あつ!あっっっ!離せ!離せよ!熱いあついあついあついあついあついあぁぁあっぁぁぁぁあああっぁああああああああ!!!!」

 男が崩れ落ちた所で手を離してやる。火のルーンは一番の基本。線を一本と点を一つ刻むだけでルーン文字として機能を果たしてくれる。

「ルーンの魔術師にでもなったのか?」

「いいや、一番手頃だから使ってるだけさ。魔術は便利だぜー?お前にも教えてやろうか」

「私は私の魔術の師がいる。貴様に教わるまでもない」

「そーかい。あぁ、そうそう。一つ忠告だ」

 俺はトロイの机に手をつき、目を見て言った。

「ここには上も下もねえ、ここにいるのは皆同じ、賞金稼ぎだ。貴族だからってあんまりでかい態度してると…」

 机が半分に割れる。

「もっと楽しい事になるぜ」

 トロイは俺を睨みつけるように見た後、鼻を鳴らして顔を逸らした。

 俺はスラーレンにグラスを返し、銀貨二枚をカウンターに置いて酒場を出た。

 スラーレンは、悪いね、とだけ俺に言うと、いつも通り、酒場の営業に戻った。

 さて、ここからだ。頭の悪い連中のことだ、仕返しだのなんだので後をつけて来たりするんだが、今日は少し間が悪かったようだ。人だかりの中に体を滑り込ませる。

 目の前を神官達が通り過ぎて行く。俺はハットで顔を隠しながら、回り道をして家に向かった。所々にルーン文字を刻む。監視用のオリジナルルーンだ。

 少し遠回りをして様子を見る。反応は無い、うまく巻けたみたいだな。

「ふぅ…」

 大きく息を吐いて、家の前に立つ。そう言えばあいつらは大丈夫だろうか。扉を開けて見る。

「あ…」

「………、」

 恐らく水浴びを終えたばかりのエルモが裸で髪を拭いていた。しかもトランスも解いているので本来の浅黒い肌と長い耳が見えている。

 そしてどんどん赤くなる顔、俺もどう反応すれば良いのかさっぱりわかんねえ。

「お姉ちゃんまだー?あれ?ああああああ!覗きだ!えっちー!変態!」

「誰も覗いてねえよ!自宅に覗きってなんだよ!それに俺は変態でもねえ!エルモもさっさと服着ろ」

「あ、ご、ごめん!」

「うっそだー!興奮してたくせにー!」

「しねえっつってんだろ!」

「え、じゃあホモなの?」

「ホモじゃねえし!」

「でもおっぱい見て興奮しないならホモじゃん!」

「おっぱいだけが女じゃねえだろ!」

「じゃあお尻?お尻フェチなの?ねえねえそうなの?」

「違う!そういう意味じゃ無い!」

「まさかロリコン?うあーひくわー」

「いや、それは無いです。ホントに、幼児体型とかありえないです」

「わたしのこといってんのかー!!」

「そうだよ、いいから黙って上にすっこんでろ!俺は仕事するんだ」

 頬を膨らませたマリーが屋根裏から覗きこむのをやめて、引っ込んでいった。服を着終えたエルモはまだ恥ずかしそうにしながらもテーブルの上に並んだ料理を指した。

 …俺の分だった。きっちり一人分、ミネストローネにサラダ、野菜と肉のグリル、冷めてしまってはいるものの、見た目はとても旨そうだ。

「えっと、良かったら食べて?」

「あ、あぁ、あり…助かる」

 何故か俺まで恥ずかしくなってしまった。椅子に座って食器を手に取る。隣に立つエルモは少し緊張した面持ちで、俺が食べるのを見守っていた。

 非常に食べづらいが、感想も聞きたいんだろう。俺は肉を切って口に運ぶ。

「………、美味い」

「……っ!」

 やった!と小さく聞こえる。そこまで喜ぶようなことかね。

 ただ、飯が美味いのは有難い。何時もなら買って来た野菜を適当にカットしてパンに挟んで食うだけだったからな。人が変わるだけでこうも変化するとは、やはりできる奴はできるんだな。

 俺は一気に飯を平らげると、エルモが弾み調子で皿を片していく。まぁ、喜んでるんならそれで良いけどさ。

 皿を洗い始めるエルモの横で俺はタンスをずらして魔法陣を露わにさせる。その上に、先ほど買って来た諸々を纏めて置いた。魔法陣に手を置いて魔力を通し、魔術を起こす。

 この魔法陣には別々の魔術を発動させる陣を重ねている。俺の意思で発動させる術式を選べる訳だ。今回は、魔力媒体として利用するために、魔力そのものを物体に付与する魔術を起こす。

 床に描かれた黒い陣が白い光を放つ。その上に置いていたものに付与するための魔力を、先に魔法陣に纏めてつぎ込む。身体が重くなっていく感覚がジリジリと蝕んでいく。

 流石に量が多いな…!

 爺さんが作った絵の具はどこから取ってきて作っているのか分からないが、とんでもなく質が良い。土の質が良ければ魔力保有量も多くなる。それを三十本、やはり削られる。

 魔力は人の精神力に左右され、体力によって補われる。魔力を練るということは、同時に体力の磨耗をし、術者を追い込む。更に精神の安定度によって魔術の完成度に差が出る。

 つまりこの自分の中で何かが削れていく感覚の中で如何に精神を安定させられるかが鍵になっている。

 だが一言に体力と言っても、持久走かなんかで鍛えられるような体力とは訳が違う。体の中に流れる不可能を可能にさせる力、血力とも言うこの力は、魔術を使うことで鍛えることができる。魔術を使い、魔力を消費し、この血力を削る事で、血力は初めて己の存在に気付き、力を発揮するようになる。

 それもピンキリだ。すっからかんの奴もいれば、鍛えずとも血力を無尽蔵に秘めているやつもいる。そしてそれに気づくことができるかも、またそいつ次第だ。

 魔力を魔法陣に溜めきる。それから手を離して、後ろに尻餅をついた。

「ふぅ…」

「お疲れ様、大丈夫?」

 皿を洗い終えたエルモがコップを俺に差し出した。中には水が入っている。

「あぁ、何時ものことだ」

 水を受け取って水にも魔力を通す必要があったことを思い出す。

 とはいえ、今はやる気にならない。水を飲み切って机に置いた。顔をあげるとエルモはまるで前からずっといたかのように、皿を拭いていた。いつの間にか、ここにいることに馴染んでるし、何故か俺も、こいつがいることに不思議と違和感を感じなかった。

「お姉ちゃんまだー!?」

「はーい、今いくからもう少し待ってて」

 だがあのガキだけは慣れる気がしねえ。

 ったく、俺が助けてやったってのに感謝の言葉一つもねえ。しかも人のことホモ呼ばわりしやがって、俺はノンケだっての。別に、女の裸を見て興奮しないわけじゃない、理性が人より強いってだけだ。自制ができるから、表に出ない。

 俺は皿を拭き終えて梯子を登ろうとするエルモに言った。

「後で酒場に行け。お前を雇ってくれるそうだ」

「うん、わかった。ありがとう」

「何がだ?」

 俺が聞き返すと、エルモは笑って、なんでもなーい、と梯子を登っていった。

「んだよ」

 毟り取ろうってのに、楽しそうにしやがって。俺は慈善事業やってるわけじゃねえんだぞ。25万Gなんて何年も働いたって貯まるような額じゃないんだからな。

 それにそれが終わったら…。

「………、」

 …元に戻るだけだろ、何寂しそうにしてやがんだ。散々人を遠ざけてきたんだぞ、少し一緒にいたくらいで愛着なんて湧かしてんじゃねえ。

 自分を叱責した後で、二人に黙って家を出た。当てはない。もうすぐ暮れそうな空の下で、顔も上げずに歩く。

 石畳が消え入りそうな陽の最後の足掻きをその身に受ける。それを更に踏みにじるようにして俺は街道を歩いた。

 この方向は、城に向かう方向だ。俺はそれに気付いて踵を返した。急に方向転換したからか後ろを歩いていたやつとぶつかる。

「あ、悪……、ニア?」

「一発で見破るなら最初から気付いてほしんだけど」

 町娘に変装したニアが腰に手を当てて俺に言った。後ろにいたことに全く気付かなかった。それだけ注意力が散漫になっていたと言うことだ。

 ニアはたまにこうして街の状況を見に来ている。活気があるか、無いか。足りていないものは無いか、どこの治安が悪くて、どのように変えれば良いのか、街の住人になりきって、その肌で確かめている。

 そのため、普段は男装のために後ろで纏めている髪を下ろして、カチューシャをつけている。腰までありそうな長い髪は風になびいて綺麗な光を散らせていた。

 というか、城にいると息が詰まるからこうして街に出て来てるんだろうな。理由なんて建前で、彼女の息抜きがこれなんだろう。

「まあいいわ。そんな辛気臭い顔してるんなら、ちょっと付き合ってよ」

「あぁ?なんで俺が…」

「いーの、ちょっと聞きたいこともあるし」

 俺の腕を組んで引っ張っていく。俺は帽子を押さえて大人しく引っ張られることにした。どうせ聞きたいことったって一つしか無いだろ。ユリウスの野郎、なんて言いやがったんだ?

 狭い路地裏を抜けて別の街道へ、西側から北を通って東に抜ける。この道は…。

「おい、この道は危険だぞ。ゴロツキの溜まり場じゃねえか」

「だから来たのよ」

「おいおい、そりゃユリウスの仕事だろ?」

「アレク今日わたしのこと無視したから今日はアレクなの」

「は?いつだよ」

「お昼くらい、今日はちょっとしたパレードがあったのよ。私ですら何のためのパレードかわからないんだけどね」

 恐らく彼女が言っているのは王の顔見せ行進だろうな。健在であることと、王が民の顔を見ると言う意味で、月に一度行われている。

 あー、ってかあれか、煙に巻くために紛れ込んだあれがそうだったのか。

「あの時私みてたんだよ?アレクが通り過ぎてくの。手振ってたのに全然気付いてくれないんだから」

「それは…すまん、ちょっと一悶着あったんだ」

「それって、依頼のこと?」

「…どこまで知ってるんだお前」

 ユリウスが直接ニアに言うとは思えない。無理矢理聞き出したか?

「なんでそんな怖い顔するのよ。登城に遅れたときの依頼のことじゃないの?」

 ニアは俺の顔を見て不思議そうに言った。

 ………、これはむしろおかしい、ユリウスの依頼のことじゃないのか?片方はオフレコだったとして、もう一つ、魔術解析の方は?これは彼女にも筒抜けになっているはずだ。もしかすると、あれでさえもオフレコになっているのか?

 なぜ?何のために?

 だがあいつは俺の秘密を知っていた、人形を作れること。加えて俺の生き方についても。

 いや、待てよ、あいつは魔術に関してはからきしだ。なのにあいつはトランスしていたエルモを見破った。しかも、ピンポイントにダークエルフだと。

 …もしかすると、もしかするかもな。

 城の内部に奴隷商人と繋がっている奴がいる。しかもユリウスの近くのエルフだ。これだけでも大分絞れるが、まだ迂闊に動く訳にはいかない。少なくとも、今はニアには黙っておく必要がある。

 いや、むしろ早々に知っておくべきかもしれない。

 俺は肩を竦めた。

「それは秘密だ。それで?どこまで行くんだ?」

「もうついてるわよ。あとはここでイチャイチャしてれば良いの」

「イチャイチャって…おわっ!」

 なぜか設置されていたベンチに無理矢理座らせられる。周りに人は居らず、不気味に静まり返った黒ずんだ家屋だけが俺たちを囲んでいる。

 いや、誰かがいる。不特定多数の、それでいて俺たちに明確な悪意を向けている奴らが。

 ニアは俺と向き合ってベンチに俺を挟むように膝を立てた。女性的な、心地良い香りが鼻腔をくすぐる。

 近い。

 近すぎる。

 更にニアは俺のハットを取り、俺に抱きついた。耳元で囁く。

「私に強化魔術をお願い。肩と、太もも、できるだけ見えない所に」

 俺は思わずニアの横顔を見る。表情だけでは彼女の真意はつかめない。目を閉じ、微笑を浮かべた横顔はゆっくりと俺から離れると、胸元のリボンを解く。

「いいよ、エドガー」

 頬を蒸気させた彼女がボタンを外し、その真白な肌を俺に晒す。薄暗い路地にその白は際立って見えた。一瞬目を奪われるが、言われたとおり、指先に魔力を集め、彼女の肩に触れる。そのままなぞるように身体強化の文言を書く。

 その指の動きに、彼女は小さく声を漏らし、恥ずかしそうに俺を注視した。

 …その顔は、俺がやばい。

 否が応にも己の愚息が反応してしまう。彼女が膝立ちだからこそ気付かれてはいないものの、腰を下ろしたら一発アウトだ。深呼吸して落ち着かせろ。自分で理性が強いとか宣ったばっかだろうが。

 だが彼女は俺を落ち着かせてはくれない。もう一度前のめりに俺に倒れかかると、もう片方の手を取り、言った。

「こっちでも…して…」

 ダメだこれ、我慢どうこうじゃなくて、俺の理性がやばい。

 もう片方の手にも魔力を集中させ、肩に手を伸ばす。その手を彼女はスカートの中へ導いた。俺は導かれるままに、彼女の太腿の裏に触れる。

「ぁ…ん…!」

 更に頬を紅潮させ、熱っぽい呼吸を繰り返す彼女が、俺の視線を釘付けにさせる。

 ほどよい弾力と、少し滲んだ汗が指を通して俺に伝わってくる。

 肩に書き終えた手が、無意識に彼女の太腿をなぞる。

「はぁ…っ、んっ!」

「………、」

 俺は今すぐにでも手放したい理性を身体に縛り付け、文言を書き上げる。最初にスカートの中に入れた手をひきづり出して、もう一方の肩に伸ばす。

「アレク…」

 だが、タイムオーバーだったようだ。下卑た笑いが聞こえてくる。俺は手早く太腿の文言を書き終えて、ニアのその後方に目を向けた。

「ちぇ、良いとこだったのに」

「あーあー聞こえなーい。『起これ』。左肩だけついてないから気を付けろ」

「はーい」

 ニアは俺から離れて立ち上がり、俺たちを囲む輪を縮めていたそいつらを睨む。俺も立ち上がってニアと並んだ。

「なんでそんな前のめりなんだよ」

「うるせー」

 お前のせいだバーカ!

 ニアは手早く服を直し、俺の一部分をチラ見して向き直った。お前それわかってる目の動きだよな。

 ジリジリとにじり寄って来たそいつらは徐々にその姿を晒した。

 全員が一様に黒いバンダナを何処かしらにつけている。ある種のトレードマークなのだろう。しかも、俺はそれを見たことがある。

 なるほど、商品はここから調達してたわけか。

 恐らくニアはこいつらがなんなのかを知らない。そしてやつらも、こいつが何者なのかを知らない。これももしかすると、ニセユリウスの差し金だとしたら…。

「ニア、最近ユリウスに会ったか?」

「なんだこんな時に…、会ってないぞ。なんか忙しいらしくて声もかけに来ねえ」

「そうか」

 最悪の事態を思い浮かべ、俺はニアの背中に手を添えた。

「…?アレク?」

「今すぐユリウスの部屋を確認しろ。護衛をちゃんとつけろよ」

 一瞬でニアの姿が消える。転送魔術で部屋に送った。俺はこいつらに用がある。

 ニアがいなくなったことで、やつらは怪訝そうな顔をしたが、俺に顔を見られたからには放置しておくわけにもいかないのだろう。それぞれが獲物を取り出す。

 正面に三人、背後に四人。肉弾戦はあまり得意じゃないんだがな。

 腰のポーチからレザーのグローブを手につけた。


「来いよ、お前らに聞きたいことがある」




「アレク!」

 目の前には先ほどの薄暗い路地はなく、自分の手で作った不細工な人形達がこちらを見ている。

 彼の言葉を思い出す。ユリウスの部屋を確認しろ、ユリウスがなぜ今ここで出てくるのかがわからない。彼はあの男達についても何か知っているようだった。自分の知らない間に、なにが起きているのだろうか。

(わからないならわかるまで動くしかない)

 ニアは仕事着に着替え、腰に剣を下げた。そのまま神官達が立ち会議を行っている横を突っ切って、門兵に声を掛ける。

「着いて来い、文句は言うな。臨戦体制を取れ」

 門兵二人はお互いに顔を見合わせながらも、ニアの後ろについてきた。というか、この人さっき出ていったよな?と片方が言うと、もう片方は肩をすくめた。

 ニアの足は迷わず兵舎に向かい、その最奥にあるユリウスの部屋に辿り着いた。その部屋の前には見慣れない二人の男が立っている。兵士の格好をしてはいるものの、その立ち方やニアを見た時の礼儀作法のなってなさに、彼女は一目でこの二人は正規の兵ではないことを見抜く。

 口には出さずに、別のことを尋ねた。

「ユリウスはいるか」

「ただいま外出中にございます。何かご用件があれば承りますが」

「逆に好都合だ、そこをどけ、その部屋に用がある」

 男達の眉が反応する。見られたくないものでもあるようだ。二人は少し頭を下げて口を開いた。

「申し訳ありません。この部屋には誰もいれるなと仰せつかっております」

「それは国王でも、か?」

 鋭い眼光が二人を射抜く。二人は少し気圧されながらもできません、と答えた。

 ニアはため息をついてなら仕方ない、と腰に手を着くと、逆の手を軽くあげる。

「この二人を捕らえろ、下手人だ」

「なっ!ぐぉ!」

 門兵二人が巨大な盾で二人を壁に叩きつける。盾に刻まれた魔術が発動し、淡い光を放つ魔力の縄が二人を縛り付ける。

 縛られた二人から鎧と兜は引き剥がすと、黒いバンダナを頭に巻いていた。

(このバンダナ…さっきの…!)

 あのゴロツキ共と同じバンダナをした奴らが、ユリウスの部屋の前に立っている。そしてアレクのあの言葉…。

(まさかユリウスが…!)

 決めつけるにはまだ早い、この扉の先に何があるのか、それを先に確かめる必要がある。

「………、」

 息を飲む、剣を抜き、構えながら扉をゆっくり、小さく開ける。

 中は暗く、何も見える様子はない。その代わり、異臭が漂っている。まるで何日も風呂に入っていないような、人間のむせ返るような臭いだ。

 それに混じって、微かに鉄の臭いが混じる。血の臭い。

 門兵達も異変に気付いたのか、大盾に身を隠す。ニアは壁に隠れながら、ドアを開いた。

「なっ…!」

 廊下から入った光が部屋の中を照らし出す。そこに見えたのは、鎖に繋がれ、服を剥かれた痣だらけの女達の姿だった。その中にはまだ幼い子供の姿も見えた。

 その部屋の一番奥、壁にもたれ掛かって倒れている男がいた。その男の座っている床には赤い血だまりが黒く変色していた。

「ユリウス!」

 剣を構えたままユリウスに駆け寄る。周りの女達は虚ろな目でニアを目で追うだけで、何も反応がない。ユリウスも、いくら揺さぶっても反応しない。

 急いで手首を取り、脈を測る。

「………、ユリウス…」

 ない。

 冷たい手が、重たく彼女の手にのしかかる。

「やっぱりか」

 振り返ると、無傷のアレクが扉のところに立っていた。それを見て、ニアはその場にへたり込んでしまった。剣を取り落とし、堪えきれぬ嗚咽を吐き出す。

「ユリ…ウスぅ…!」

「あー、多分死んでねえからそいつ」

「ほぁ?」

 アレクはズカズカと部屋に踏み込み、ユリウスの身体を壁から剥がした。

「やっぱりな。渡しといて良かったぜ」

「え?え?」

 壁と体の隙間に隠されていた空の小瓶をとって、アレクはニアに言った。

「これ、仮死薬。俺が結構前にこいつにやったんだよ。魔術使えないなら延命できる術は一つくらいもっとけってな。だが、結構傷深いな。おい!衛兵を呼んでくれ!これを飲ませれば息を吹き返すはずだ」

 ユリウスのポーチから別の小瓶を取り出してニアに渡した。状況に頭が追いつかないニアを放置して、アレクは足早に立ち去ってしまった。

 ぽかん、としているニアの下へ、衛兵達が駆けつけ、ユリウスと鎖で繋がれていた女達を次々と回収していった。

 取り敢えずユリウスが運ばれた部屋に向かい、アレクに言われた小瓶を衛兵に渡した。

「なんか、これで生き返るらしい」

「は?」

 やっぱそういう反応するよなぁ、と思いつつ、衛兵にその小瓶の中身を飲ませるように言うと、すでに葬式の準備をしようとしていた衛兵は、怪訝な顔をしつつも、その薬をユリウスに飲ませる。

 顎を少し上げ、口から薬を流し込むと、口の中に入った途端、ユリウスは嚥下を始め、勢い良くのみほしてしまった。

 衛兵は唖然とし、ニアも二度目のぽかんを決め、ゲップとともにユリウスが起き上がった。

「げふ!死ぬかと思ったー!いつつ…傷塞がってないのか。衛兵、縫って包帯を。あと食事、精のつくもの」

「え、あ、はい!」

 バタバタと包帯を取りに戻った衛兵を見送り、ユリウスは長くため息をついた。

「ユリウス…だよな?」

「国王!来ていたのですか!いや、またニセモノか?!」

「いや、お前が起きる前からいたし、ニセモノでも何でもないんだが…。取り敢えずユリウス、説明しろ。お前に何があった?」

 衛兵がいないことを確認し、ユリウスは足の鎧から一枚の紙を取り出した。ユリウスはあったことにホッとした後、その紙を広げてニアに渡した。

「ダークエルフの…密猟…?」

「えぇ、奴隷商人と結託して高値で取引しているようです。裏が取れるまで王には報告できそうもなかったので調査を進めていたのですが、こちらの動きがばれたようで先手を打たれました」

「そう…か…。でも良かった…ユリウスが無事で…ホントによかった…」

「国王…、…ニア、心配させて済まなかった」

「私やだよ…一人でも欠けちゃだめだよ…。ずっと一緒って…約束したんだから…!」

 王としてではなく、幼馴染としてのニアが、涙をこぼしていた。その幼馴染をユリウスは優しく抱きしめた。昔は二人で泣き虫だった彼女を挟んだものだ。

 そのもう一人を思い出し、彼はニアに尋ねた。

「そうだ、アレクは?あいつにしか薬のことはわからなかったはず」

「なんか、薬渡してどっかいっちゃった。ねえ、アレクは何を知ってるの?」

「私にもわからん。だが、何か情報をつかんでいるのは確かだ。傷が塞がりし…だい……アレクに………」

「ユリウス!無茶しちゃダメ。まだ縫合もしてないんだから、あんまり動いちゃダメ」

 ぐらりと倒れかけるユリウスをゆっくりとベッドに寝かせる。駆けつけて来た衛兵が彼の鎧を脱がせて消毒から始める。

 ニアは痛みにうめき声を上げるユリウスの手を握る。いつ出来たかもわからない傷は菌の格好の餌になっており、彼の体に巣を作ってしまっていた。それを取り除かないことには彼の傷も治ることはない。

 その巣を除去して行く。グロテスクなその手術に目をつむりながらも、彼女は決してユリウスから手を離さなかった。

 やがて処置が終了し、縫合、包帯が巻かれ、ベッドに安置された。耐え切ったユリウスはそのまま疲れて寝てしまい、ニアもその顔を見てホッと一息をついた。衛兵はニアにこの後のことを説明する。

「とりあえず危険な状態からは脱しました。これから二三日は動けないと思いますが、それ以降なら多少は自分でできるようになるでしょう。国王は如何なさいますか?」

「大丈夫ならそれでいい。彼も男だ、後は自分でなんとかするだろう。私もそろそろやすむことにするよ」

「わかりました。では彼の看病は私どもの方でやらせていただきます」

「あぁ、頼む。それから、守衛の者に巡回を増やすように言って欲しい。もしかすると内通者がいるかもしれない」

「御意にございます。責任を持って、警備の強化を致します」

 ニアは頷くと、彼女もまた足早にその場を去っていった。表には彼女が連れて来た門兵が彼女を待っていた。

「ありがとう、助かったよ」

「いえ、我々は王の命に従ったまでです。お部屋までお送りいたします」

 ニアはもう一度礼を言うと、少し歩くスピードを緩めた。

(アレクの中で何が繋がっているんだ?奴隷商人とそれを手引きしている連中はどこにいる?あの黒いバンダナの集団は何だ?)

 疑問だけが頭の中を駆け巡る。全貌を知っているのはアレクだけだとしたなら、本人に聞くのが一番手っ取り早い。

 とはいえ、日は完全に暮れ、夜もだいぶ更けている。今表に出てあの家に向かうのは少し危険だ。アレクの住処は敢えて人がいないところを選んでいる。ユリウスの件が発覚した今、彼らがいつどのように動くかわからないため、夜に迂闊な行動は取れない。

(…明日か。間に合えばいいんだけど。それにユリウスのこともあるし、今はあまりここから離れないほいがいいのかも)

 ユリウスがつかんだ情報のことも気になる。奴隷商人のことについてどこまで知っているのかもそうだが、先程の口ぶりからすれば、商人のことと、その商品のことまでは掴んでいるのだろう。

 謁見の間まで辿り着いたところで、彼女は門兵達に言った。

「ここまででいいぞ、今日は本当に助かった。特別手当を出しておくから、受け取ってくれ」

「いえ!そんな恐れ多い!」

「いいから、私の気持ちだ。じゃあ、お前達も早めに休めよ」

「有り難きお言葉にございます」

 門兵達はその場に跪いて深々と頭を下げた。それに苦笑いしながら、彼女は謁見の間を戸を開く。空っぽの部屋の奥に、玉座がぽつりと座っていた。

 毎朝、彼処に座って報告を聞いている彼女は、王として、その責務を果たしている。だがやはり、不安になるのだ。自分が本当に王でいいのかと。今回の事件も、アレクからの一言がなければ、ユリウスは目を覚ますこともなく、奴隷商人達は悠々と逃げ去っていただろう。

 こんな時、勇者ならどうするだろう。先頭に立って事件を解決するのだろうか。だとしたら、今の自分の立ち位置はどうだ?蚊帳の外、とまでは言わなくとも、何かの役に立てているのだろうか。

 勇者の血を引いていたとして、その血は活かせているのだろうか。かの大英雄はその才能を存分に活かし、魔王を打ち倒して世に平穏をもたらした。その平穏を出来るだけ長く維持することが、子孫である彼女の役目だと、そう言い聞かせられて来た。

 そうやって生きていく選択肢しか与えられてこなかった。

 そしてその選択肢しかなかった彼女を支えてくれた人がいた。

 幼馴染の、ユリウス・ディートヘルム・ビアホフ。彼は父の古くからの友人の家の出だった。彼女よりも三つ年上で、彼女に出来ないことはほとんど出来た。魔術だけ才能がなく、それだけが彼に勝てる唯一の彼女の自慢でもあった。

 その彼がまだ魔術について努力を重ねていた頃、魔道書保管庫に忍び込んだことがある。魔道書はそれ一冊で一つの魔術を極めた魔術師の努力の結晶である。だがそれ故に、魔道書というのは毒を孕んでいる。

 魔道書は言ってしまえば魔の塊だ。それに記載されている魔術は常に発動しており、それを封印処理を施すことで保管することが出来る。その魔道書を開くということは、封印を解くということであり、発動し続ける魔術の制御をすることが出来なければ魔道書に食われるとまで言われていた。

 今思えば無謀な挑戦だったのだろう。だがそれでもユリウスは魔術を習得したかった。それが、彼が近衛兵として彼女と共にいるための一番の近道だったからだ。

 その時にであったのが、アレクサンダー=エドガーだった。彼は逆に、魔術の才能があった。どんな魔術でも容易く制御し、その頭の中に吸収していた。その吸収中にユリウスとニアはばったりと出くわしたのであった。アレクは二人の格好を見て、自分より位が高いというのはわかったらしく、恭しく一礼し、こう言った。

『勝手に入ったことを突き出されたくねえならとっとと出てけ』

 これが彼女達のファーストコンタクトだった。

 玉座に腰掛け、彼女は高い天井を見上げた。

 楽しかった。特にアレクが二人と遊ぶようになってからは、とても。

 その後、すごすごと保管庫から出て行った二人を追うようにして、彼は一冊の魔道書をユリウスに手渡した。

『あんたビアホフんところのだろ、噂は聞いてる。多分こいつが一番簡単、暴走しないし』

 ユリウスは満面の笑顔で彼に抱きつき、ぶん殴られた後、その本を受け取って部屋に戻っていった。その背中を見送ったニアは、アレクに尋ねた。

『いいの?』

『いいわけねえだろ。でも誰かのために何かをやり遂げたいってのは、最高にカッコイイと思うから、俺は応援する』

 どうせ怒られるの俺だし、とそのまま踵を返した彼に、彼女はむしろ興味を持ったのだった。

 それからはあっという間だった。

 ユリウスが発動しなかった、と泣く泣く魔道書を返しに行き、そのついでにニアは彼を外に連れ出した。彼が応援するといったユリウスの事を、最後まで応援して欲しかったからだった。

 彼らはお互いのことを庭園で陽が暮れるまで話し込んだものだった。ニアは、後の世を治めるその重圧を、ユリウスは妹のように共に育ってきたその彼女を支えたいという強い想いを、アレクは、あまり自分のことを話すのは好きではないようだったが、ニアの話を聞くと、彼は思いついたようにこう尋ねた。

『何か好きなものに囲まれてれば辛くないんじゃないか?』

『好きなもの?』

『そう、何が好きなんだ?』

『お人形さん!可愛いお人形さんが好き!』

『わかった、じゃあ俺が作ってお前の部屋に飾ってやるよ』

『ホント?!やった!』

 その後、彼は本当にクマの人形を作ってくれた。彼女はそれを今でも持っている。少し黒ずんでしまってはいるが、今でもそれは彼女の思い出の品として部屋に飾られている。

 それからユリウスとアレクが喧嘩したこともあった。何が何でも魔術を習得したいユリウスは、何度も何度もアレクに教えを請うた。だがアレクはことごとく断った。一つの事に執着しすぎだというアレクの言葉に、ユリウスは激昂した。

『俺はニアを守ることに命を捧ぐ覚悟をして来た!それを執着のしすぎだと!?お前は俺をバカにしているのか!!』

 ユリウスは追い詰められていた事もあってか、アレクの言葉を理解することが出来なかった。その二人を和解させるのは本当に大変だった。

(懐かしいなぁ…。それがあんなに渋くなっちゃってさ)

  幼少の頃と今の二人を思い浮かべる。ユリウスは小さい頃から端正な顔立ちをしていたが、それに輪をかけて美青年になった気がする。女性からの人気も高いし、その割りに、男性から卑下にされることもない。それは彼が自分の容姿を盾にすることなく、出来ることも出来ないことも部下とともに分かち合うその気質から来るものだろう。いい幼馴染を持ったものだ。鼻が高い。

 玉座から降りて自室に入り、寝巻きに着替える。その途中で、右肩に残ったままの強化魔術の文言が目についた。

 思い出して、恥ずかしくなる。我ながらなんと大胆なことをしたものか。

(でも…アレクになら…って思っちゃったんだよね…)

 この感情は、つまりそういうことでいいのだろうか。ベッドに腰掛け、そのまま横に倒れる。枕元に置いてあったクマの人形に触れた。

 同じような感情を彼が抱いてくれているとしたら…。

 ハッとして首を振る。今はそんな事考えてる場合じゃない。ユリウスも大怪我をしているというのに、何を浮ついたことを考えているのだ、と自分を叱責する。

 だが、あの時の感触が頭から離れない。肩をなぞり、太腿に触れたあの手先が、身体に鮮明に蘇る。びく、と体が勝手に反応する。

(バカバカバカ!良いからもう寝なさい!)

 脳内オカンに叱ってもらい、クマの人形を抱き締めて布団を被った。




 街道を突っ切って、酒場の扉を開く。まだ賑わいを見せる店内に、その姿を見つけると、俺は一先ず安堵した。そのまま中に入らず家に向かう。これから対策を取る必要がある。一時的にだが、家についてるゴーレムを起動させておく必要がある。

 護衛用に何体かガーディアンをこしらえるか?いや、魔力はあらかたつぎ込んじまった。ここら辺の石畳じゃ泥だんごの核は弱過ぎる。でも対策は早めにとらにゃならん。俺は家の周りに監視用ルーンをばら撒き、一先ずは休息を取ることにする。

 家に入ると、リビングには誰もおらず、屋根裏に上がるとマリーが穏やかな寝息を立てていた。

 考えられる敵は二つ、ただ単に変装を得意としている人間か、トランスが出来るエルフしいかいない。ダークエルフが同族を売るとは考えにくいしな。

 とすれば、ダークエルフを邪魔に思っているやつら…か。

 魔王討伐の時に、誰が声をあげてダークエルフの掃討を始めたのかだよなぁ。エルフとダークエルフ、対になって存在している二種族には、どんな確執があるのか、本当にダークエルフは魔族なのか、エルモやマリーを見る限りでは、とてもじゃないが魔族とは思えない。あいつらも人間と同じように、痛みを感じて、喜んだり悲しんだり出来る。

 魔族の定義って何だ?

 調べてみたいが、あいにくと今は余裕がない。俺は光を失った魔法陣から紙と絵の具を取り出し、机の上に置いた。後は、水か。小さめの桶に水を汲んでおく。これに魔力を持たせるのは明日だ。

 俺は上着を布団にして椅子に座る。コンコンと二回ほどノックすると、椅子が一人でに動き出す。後ろ脚で立ち、ゆっくりと前後に揺れる。

 今度ベッド買うかなぁ…。まぁ休息ができればそれで良いか。

 俺は目を閉じて深く呼吸する。だがまぶたの裏に浮かんできたのはニアの顔だった。

 あれはエロかった。普段なら絶対に見られない顔だし、あんなことされるとは思っても見なかった。

 思い出しただけでも漢が反応する。胸とかケツとか、そんなもの見なくても反応しちまうんだから、漢ってのは単純なんだ。

 …柔らかかったな。

 もしあのままあいつらが来なかったら、どうなっていたんだろうか。俺は、ニアと一線を超えてしまっていたかもしれない。そう思うと、頭の中に罪悪感が重くのしかかる。

 それは、ダメだ。もしニアが俺にそういう感情を抱いていたとしても、俺はそれに応えることは出来ない。それでは今まで応援してきたあいつを裏切ることになる。

 俺はあいつが羨ましいと思った。一つの事に命を捧げるとまで言えたあいつのことが。一目見ればすぐわかる。あいつがどんな想いでニアのことを見ているのか、守ろうと心に誓ったのか。それを踏みにじることは俺には出来ない。それに、俺はあいつのことが好きなのかと言われれば、首を傾げてしまう。

 だからなおのこと、あの先をしなくて良かったと思うのだ。

 まぁあのまま流されてたらしちゃってたと思うんだけどね。いやぁ、あいつらきてくれて良かったぁ…。

「…はぁ」

 ギンギンだぜ。

 なーんで今思い出しちまうかなぁ…。確かに女なんて抱いたことなかったけどさぁ…。

 そう思うと、今日見てしまったエルモの裸まで浮かんできてしまう。…うん、いい体つきだった。

 あいつの体も、柔らかいんだろうか。

 ニアの身体をなぞった自分の手を見ていると、ガチャ、とドアが開く。

「あれ、帰ってきてたんだ」

「お、おう!」

 勢いで手を隠してしまう。それを見たエルモは不思議そうに首を傾げる。俺の顔を覗き込みながら正面に回り込むと、身体を左右に傾けながら俺の手を見ようとする。

「なんだよ」

「何か隠さなかった?」

「なんでも良いだろ。それよりどうだったんだ?」

「あ、うん。割と簡単だったかな、お客さんも気のいい人たちばっかりだったし」

 人の姿のエルモがしゃがみこんで俺の足の上で腕を組む。椅子は動きを止めて四脚に戻る。

「でもやっぱり疲れたかな」

「そうか」

 その位置は不味いんだが。

「どうかした?」

 しかも顔に出てたみたいなんだが。

 俺は首を振って、机に肘をついて頬杖をする。エルモは腕の上に顎を乗せて、俺を見上げて言った。

「じゃあ、なにかご褒美…ほしいなぁって…」

「ご褒美?」

「うん」

 少し恥ずかしそうに顔を埋め、こくりと頷く。

 まさか…。

 昼間の彼女がまた浮かんでくる。今は不味い、反応するな、反応するなよ!

 俺の念が功を奏したのか、この愚息が起き上がることはなかった。だがその先にいるエルモの様子が少しおかしい。顔を赤くして完全に顔を腕に埋めている。

 俺は少し顔を覗き込むと、エルモは少し潤んだ目で小さく言った。

「思い出さないでよもー…」

 …ん?

「おい、まさか…、みえ…た?」

 エルモが小さく頷く。おい俺の努力は何の意味があったんだ。トランス状態の時は色んな物を感じやすくなるというのは聞いたことあるが、まさか見えるまでとは思わなかった。

 それだけこいつのトランスの質が高いということでもあるんだが、困った。気まずいぞ。

「でも、私でも…その…興奮…するんだね」

「そういうこと言うんじゃねえよはしたない。それに、俺だって男だぞ、抑えきれないことだってある」

 エルモはトランスを解くと、また顔を埋めた。また見えたのか、それともまた見えないようになのか。まぁ他人が自分の裸を思い浮かべていたらいい気はしないだろう。男の俺がされることはあり得ないことだが、例えば知り合いがそういうことをしていたら、その女には同情する。

 エルモもきっとそうだ、偶然とはいえ見られた裸をそう何度も思い出して欲しくもないだろう。

 顔を別のところに向けて俺はエルモに言った。

「ほら、さっさと寝ろ。褒美のことなら明日聞いてやるから」

「ううん、今で良い。簡単なことだから」

 少し顔の赤みが引いたエルモが顔を上げる。

「頭、撫でて欲しいなって」

 先程までの俺を誰かぶん殴ってくれー、頼むー。

 こんな純粋なご褒美が他にあるだろうか。それを、なんという男の下心で汚してくれてんだ俺。

 もうダメだ、汚れすぎてる。俺の心は汚れ切っている。頬杖をついていた手で顔を覆う。エルモは少し寂しそうに目を伏せた。

「だめ…かな」

「いや、そういうわけじゃねえよ。さっきまでの自分を殴りたかっただけだ」

 俺はエルモの頭の上に手を乗せて、優しく撫でてやる。エルモは視線を上にあげた後、目を細めて気持ち良さそうに微笑んだ。

 その笑顔のせいか、やめどきがわからない。いつまで撫でていればいいんだろうか。少し手を止めると、エルモはあ、と目を開く。

「えと、ありがと」

「まぁ、このくらいなら…」

「日当で貰ったから、明日の食材は私が買うね。おやすみ」

 やはり恥ずかしかったのか、彼女は逃げるように俺の下から屋根裏に逃げていった。

 足の上に残る温もりに、逆に寂しさを覚えて、俺はため息をついた。

 ったく、一人で居すぎて、むしろ弱くなったかなぁ…。

 親父達が死んで、もう10年か。借金は一生払い続けても終わりそうもない額だし、ガキは拾うし、前途は多難、いつ難破してもおかしくないようなオンボロ船に乗り続けている。

 そんなオンボロ船でも、まだまだ助けてくれるやつはいっぱいいた。そして助けて貰った。スラーレンの酒場のマスターが今のスラーレンに代替わりする前、マスターは俺に生きる術を教えてくれた。稼いで、稼いで、稼いで、全部ひっくり返して、胸を張って歩けって、言ってくれた。

 生きることは稼ぐこと。マスターの口癖だった言葉だ。どうせ生きるには金がいる。金が居るなら稼がにゃならん。だったら結局、生きるってことは稼ぐってことだ。だから、生きている間は、稼ぎ続けろ。所詮この世は稼いでなんぼ、稼いだもん勝ち。

 だったら、損した分は、キッチリ返してもらわねえとな。

 路地裏のチンピラ共は確かに奴隷商人の仲間ではあった。だがこの街で斡旋しているやつの顔までは知らなかったようだ。それでもある程度の目処はつけることが出来た。

 そいつはローブを深く被っていたらしいんだが、そのフードの横が嫌に盛り上がっていたという。エルフの長い耳の特徴がありありと出ている訳だ。犯人はエルフで間違いない。さらに言えば、ユリウスに近い部下であるということだ。

 そうでなければ、ユリウスがそんな簡単に刺されるとも思えない。あいつは腐っても騎士団長だ、簡単に知らない人間を近づけるとは思えない。その実力だって折り紙付きだ。魔術以外の腕は俺が保障する。

 そのユリウスの部下で、エルフと言えば。

「………、あいつか」

 登城した時俺の事をジロジロと見てがったやつがいた。エルフ部隊は兜をしないから、その耳はよく目立つ。確かに一人だけ、あの集団の中にいた。

 だとしたら、辻褄が合う。

 だが同時に、不可解なことがある。

 どうして奴は奴隷商人のアジトを潰すように俺に指示したんだ?しかも金を出すとまで言っていた。

 偵察、させるか。

 俺は紙を一枚机に広げ、紙飛行機を折る。羽のところに風のルーンを刻み、指で二度紙飛行機を叩くと、飛行機は一人でに浮き上がり、俺の前で宙返りした。

「西の森に言って奴らのアジトを見てこい。その後は好きにしろ」

 今この紙飛行機は一つの魔法生物だ。しかも俺の言うことを忠実に聞く。ま、人形師が危険視された理由の一つだな。こいつらはあまりにも従順過ぎる。そして感情が無いからためらいがない。殺せと言ったら殺す。盗めと言ったら盗む。だが自主性もないから、好きにしろと言われても必ず帰ってくる。

 今回は、その保障は無いけどな。多分そのエルフにとって重要なのは拠点ではなくその商品だ。ユリウスの部屋を見る限り、あらかたの商品と新しい商品は纏めて移動させられている。だがそれだけでは商品価値としては低い。とびきりの高値は、今俺のところにいるからだ。

 奴らは何としてでも取り返しに来るはずだ。エルモには既に手は打ってあるが、マリーにはまだだ。っつーかあいつ未だに俺のワイシャツ着てるみたいだしな。気に入ってるのはわかるが、そろそろまともな服も着せてやらねばなるまい。

「作っとくかー…」

 重い腰を上げてタンスを動かす。魔法陣に布、糸、針を放り込む。人形を作成する術式を発動する。魔力核の無い人形は、魔法陣にある魔力の中でしか動くことが出来ない。だがその術式で作った人形、もとい服は、人間という核を使ってその代替とする。だから着ている人間が生きている限りはその人形は死なない。そして俺の人形はただの人形とは性能が違う。誠に勝手だが、術者の魔力を使って魔法障壁を展開する。そして俺の持ちうる限りの体術を人間に反映させ、その補助をする。

 これが、俺がスラーレンに護衛を頼まなかった理由だ。正直、エルモがあの服を脱ぎさえしなければ勝手に発動する。そして酒場に制服は無い、水色のエプロンだけだ。

 だから下手に制服があるところよりも信用出来るし服を脱ぐことも無い。

 俺はまた腰を落ち着けて、大きく息をついた。エルモが来てからというもの、本当に退屈しないな。金も順調に…。

「…ん?」

 待てよ?あのユリウスが偽物ならあの依頼も無効?

 じゃあ、これって俺が一方的に損するだけなんじゃないか?

  おいおいおいおいおい、待ってくれよ。って事は準備したあれやこれやは無駄で、俺の骨折り損ってことか?

 うーわぁ、やる気なくしたわー、もうめんどくせえわー、寝るわー。

 コートを羽織り、ハットを顔の上に乗せてため息とともに俺は眠りについた。


 次の日、俺はマリーの突撃によって目を覚ました。そのまま昇天しかけた。勢い良く飛んできたマリーの頭突きは俺の腹部を直撃し、そのまま椅子が倒れて二人仲良くぶっ倒れ、マリーの膝が俺の股間にクリーンヒットした。流れるような二連撃に俺は対応できるわけもなく、股間を押さえてもんどり打った。

 こんのクソガキャァ…!恩を仇で返すような真似しやがって…。

「おじさんありがとう!」

「おじさんじゃねえ!舐めてんのかテメェ!」

「今なら舐めても良いよ!」

「何で俺が舐めるんだよクソガキ!寝てる人間に頭突きする奴があるかヴォケェ!」

「良いの?幼女にぺろぺろするチャンスだよ?」

「貴様はもう幼女ではない、断じて無い」

「うわー…ペド…?まさかのペド?お姉ちゃんやばいよこいつ、絶対近づいちゃダメだよ」

「違うつってんだろマセガキ!どっからそんなワード覚えて来たんだよ。おらサッサとどけ、俺は飯の調達に…」

「ご飯なら今作ってるよ、パンでいい?」

「お、おう。早いなお前」

 エルモが鍋を片手にこちらを向く。帰って来たばかりなのか、トランスをしたままだ。人間の姿のエルモも、今見ると少し新鮮な感じもする。対してこのガキは早々に俺が昨日作った服を見つけて大はしゃぎしている。こいつも一緒に買い物にいったんだろうか。

「マリー、お皿用意してくれる?」

「はーい」

 そしていつの間にか食器の位置も全て把握されている。マリーを目で追いながら、家の所々が綺麗になっていることに気づいた。もしかして俺の居ない間に掃除とか全部やってんのか?

 とはいえ、この家には魔術用に刻んだルーンや魔法陣も数多く点在している。一つ崩されると色々と支障が出るのだが、そんな様子は一切無い。

「…エルモ、お前魔術使えるのか?」

「? 使えるよ?数える程だけどね。里にあった魔術書とかは、皆持っていかれちゃったらしくて、口伝で少しだけ教わったんだ」

「ダークエルフの里か。今でもあるんだな」

「………、今は…無いよ」

 エルモの顔が曇る。今は…か。大方見つかって一掃されてしまったのだろう。今の世では良くある話だ。昔はダークエルフの掃討に手こずっていたようだが、日に日にダークエルフの力も衰えていったのだろう。それもそうだ、そもそもの数が違う。人間に対して、ダークエルフという種族はあまりにも少ない。数の暴力には敵わないのだろう。

 そう考えると、こいつらも不思議なやつだ。それだけ人間にひどい目に遭わされて来たくせに、俺にここまでやるなんてな。マリーを助けたぐらいじゃ、そう簡単に払拭できるようなものでもなさそうなのに。

 エルモはパッと切り替えて、鍋で焼いていた目玉焼きを皿に乗せ、シンクに鍋を置いた。いつの間にかテーブルの上にはカットされた野菜が乗せられたパンがあり、マリーが椅子に座って行儀良く待っていた。どうやらマリーが用意したらしい。

「お待ちどうさま、食べよっか」

「はーい!」

 マリーの大きな返事で俺たちは一斉に食事に手をつけた。目玉焼きを野菜の皿に上に乗せて半分に折り、大きく頬張る。うん、美味い。目玉焼きの焼き加減も丁度いい。味気の無い野菜に合うように塩気を多少多くしているようで、しっかりと味を感じる。向かいに座るマリーも何も言わずにむっしゃむっしゃと食事を貪っている。

 ふと、視線を感じてエルモを見ると、こちらを見ていたエルモと目が合う。フッと微笑んだその顔に、がっついていた自分が少し恥ずかしくなる。

「なんだよ」

「ううん、なんか、いいなって思って。奥さんになったらこんな感じなのかな」

「はぁ?」

「え、お姉ちゃんこの人の奥さんになるの?やめた方がいいよー?ペドだよ?ペド」

「だからペドじゃねえっての」

 ふふふ、と笑うエルモはマリーに向かって言った。

「そうだよマリー、この人お姉ちゃんの裸見て興奮したんだって」

「おま…!」

「やっぱり変態だ!覗き!痴漢!すけべ!」

「いやちがっ…!くっ!エルモ、言うなよ!」

「えー?責任とってくれたらいいよ?」

「せ、責任…?」

「そ、裸を見た責任」

「なんだよそれ、何させる気だ」

「じゃあ嫁に貰って?」

「はぁ?」

「逆プロポーズ?!お姉ちゃん大胆!」

「ま、まて、早まるな、お前にはもっといい奴が…」

「ダークエルフを匿ってくれる人なんて他にいると思う?身体売るなって言って、仕事まで取って来てくれる人なんて、私は知らない」

 エルモは食器をテーブルに置いて姿勢を正した。

「だから、私は貴方に恩返しがしたいの。勿論、お金も返すけど、それ以上に、貴方に恩返しがしたい。だから、迷惑じゃなければ、私達をここに置いて欲しい」

 お願いしますと頭を下げる。マリーも慌てて頭を下げた。

 ………、恩返し…ねぇ。

 俺は一旦手を止めて、エルモに尋ねた。

「お前らはさ、人間を恨んだりしてないのか?こんな状況に、隠れて暮らさなきゃいけないような状況になったのは、元はと言えば人間のせいだろ?普通に考えて、妹を助けたくらいでひっくり返るようなもんじゃ無い」

 エルモは顔を上げて、少し言葉を選んだ。

「私達の里はね、元々人間と交流があったの」

 人間と、交流…?魔族認定されてたんじゃ無いのか?それなのに、交流?

「それはいつの話だ?」

「この子が生まれる前からだから、十年以上前からは絶対だね」

 魔王討伐後、ダークエルフが魔族認定されたのはその僅か一年後。そして魔王が討伐されたのは、ザッと百年ちょい前。それからその十年前まで人間と交流をしていただと?

 だったら、魔族認定される前から交流があった事になる。そいつらはダークエルフが悪い奴らじゃ無いことを知っていたとして、じゃあ十年前に駆逐された理由は?

「何で追い出されることになったんだ?」

 エルモは口をきゅっ、と結び、何かを噛み潰した後で、口を開いた。

「エルフのせい、何もかもエルフのせい…!あいつらさえこなければ…!」

 溢れる涙を拭って、エルモは続ける。

「ちょっと前から、人間たちが疎遠になって行くのが何と無くわかったの。それがある日突然パッタリとなくなって、代わりに、兵隊が攻めて来たの。皆突然のこと過ぎて…、お父さんもお母さんも私達を逃がすために……、でも…結局捕まっちゃって…。その時もエルフがいた。私達をバカにしたような目で、笑いながら奴隷商に売り飛ばされた。だから、私達は知ってる、人間が悪い人たちじゃ無いって」

 いよいよきな臭くなってきたな。

 やっぱエルフか…、本格的に調べる必要がありそうだ。

 何故エルフがダークエルフの事を排除したがるのか、そうすることで得られる奴らにとってのメリットとは何か。人間は仕方ねえ、俺たちはバカだからな、神だのなんだのを信じて、エルフが化けた姿を本物と信じ込む。奴らからしたら傀儡同然だろう。扱いやすいったらない。

 俺は残りの飯を詰め込む。

「お前らがここにいることは構わねえよ。ただ、見つかっても自己責任だ、何てったってここはお前らが魔族認定された原点だからな、極刑は免れないと思え。俺は調べ物をする」

「それじゃあ…!」

「あぁ、好きにしろ。なんせ、金もまだ払いきれてねえんだからな。っと、いいところに来た」

 窓から紙飛行機が入ってくる。昨日飛ばした偵察機だ。情報自体は魔法陣に送られてくるはずだから、別に直接見る必要は無いんだが、せっかく帰ってきたので直接見ることにする。紙飛行機を開き、白紙の面を開くと、文字が浮かび上がった。

 男が三人と、魔物が仰山、か。モンスターハウスかよ、どう見てもトラップじゃねえか。まぁ、それなら話は早い。クレイをしこたまブチ込んで殲滅させればいい。丁度ここに三十本の土絵の具がある。つまり三十体の高品質クレイゴーレムの出来上がりー。その程度なら赤子の手をひねるようなもんだろ。

 まぁ、何かあった時用に半分くらいは残しておこう。魔力は持たせたんだし、また買うのも面倒だしな。

 俺は皿をシンクに置いて二人に言った。

「じゃあ俺は調べ物をしてく……。来客だ、トランスしておけ」

「わ、わかった」

 二人が人間を模す。来たのは国王様だった。取り敢えず、ユリウスじゃない事に安堵する。王が扉を叩く前に扉を開くと、ノックをスカしたニアが俺の顔を見て驚いた。後手にまとめた髪が踊る。

「よう」

「お、おう、よくわかったな」

「警戒体制を敷いてるんでな。何の用だ」

「あぁ、そうだ、お前に聞きたいことが…って誰だそこの二人」

「依頼人だ、訳ありのな。話はもう聞いたからそっちに行くぞ。昨日のことだろ」

「そうか、わかった、ちょっと借りて行くぞ」

「あー、ちょっと待ってくれ」

「? あぁ」

 俺はエルモに耳打ちする。

「誰かにここを開けるように言われても絶対に開けるな。それから、ユリウスは絶対に信用するな」

「…、わかった」

 お互いに頷いて、俺はマリーにも伝えるように合図する。それからニアの方へ向かった。

「もういいのか?」

「依頼の確認だ。大したことじゃない」

「ならいいんだが…」

 ニアは引き連れていた護衛二人に合図を出し、俺たちを前後に挟むように配置した。恐らく彼女も彼女で気が立っているに違いない。事が起こったばかりだ、警戒するのもわかる。俺はニアに尋ねた。

「ユリウスはどうだ?」

「もう目は覚ましたぞ。騎士団長なだけあって、体は丈夫なようだ。今日はそのことについてでもある」

  だろうな。俺たちは大きな街道を通って城に入る。通されたのは謁見の間ではなく、医療室だった。ユリウスも交えて話をしたいのだろう。

 中に入ると、ユリウスは丁度食事を終えて、紅茶を飲んでいた。包帯を巻いているというのに、絵になるやつだ。ユリウスが俺たちに気づくと、カップを小テーブルの上にあったソーサーに乗せる。何をしに来たか、すぐにわかったらしい。

 護衛達は部屋の前に待機し、俺たちは置いてあった椅子に腰掛けた。

「よく来たな、アレク」

「お前こそ、良くくたばらなかったな」

「お前のおかげだ。恩に着る」

「構わねえよ。俺としちゃ、お前に死なれたほうが損するからな」

 主に依頼的な意味でな。

「相変わらず現金なやつだ。さて、国王、お話があるのでしょう?」

「あぁ、お前が昨日私によこしたあの紙についての詳細を聞かせてもらう。アレクサンダー、お前には知っていることは全て話してもらうぞ」

「へいへい」

 ユリウスは頷いて口を開いた。

「ことの始まりは婦女誘拐事件でした。ある通りに入った婦女子が消息を絶ったという事が幾つも報告されており、我々騎士団は調査に向かったわけです。そこで見つけたのは、黒いバンダナをつけたチンピラ共の誘拐現場でした。潜入調査をさせた結果、我々は誘拐された婦女子達が西の森で売買されていることを掴みました。しかしそこで売買されていたのは人間だけでは無かった」

「それがお前が言ってたダークエルフの密猟か」

「そうです」

 ダークエルフの密猟…、そんな事までしてたとはな。

「今、魔族認定されている彼らはその数を絶滅寸前まで追い詰められています。主導しているエルフ達は絶滅させるつもりでいるようですが、私は反対です。どうも…彼らの主張には正当性が感じられない」

「それはわかるが…今エルフは神族としてその地位を確立している。それをないがしろにすることはできん」

「わかっています…」

 ユリウスは目を伏せる。

「俺も反対するぜ、あいつらが何を考えているのか、俺にはわからねえ。それに、今回の件も黒幕はエルフだろ」

「お前もそう思うか」

「お前が簡単にやられるとは思えねえしな。大方トランスされて騙されでもしたんだろ」

「ご名答。ただ、顔まではわからなかったがな」

「そう簡単に顔までは晒さねえだろ。だがこれで目的は出来たな」

「というと?」

「トランスができるのは今となっちゃエルフの専売特許だ。まともなエルフがいるのも確かだろうが、ユリウスを刺したとあっちゃ、罪にかけるのは容易い。加えて、ニアもユリウスの部屋は見たろ」

「あぁ、見た。アレは結局なんだったんだ?」

「奴隷だ。商品だよ、アレは全部、この街から調達された商品だ。恐らくアレらを連れてこの国から抜け出すつもりだったんだろうよ」

「そんな…どうやって…」

「さぁな。とにかく、ユリウス、お前の部下のエルフ部隊、謹慎にするかなんとかしておけ。なんなら拘束してもいい。一番怪しいのはその部隊長だがな。最近部隊長に会ってるか?」

「いいや、この調子だからな、二三日は死んだふりだ」

「だろうな。他の部隊長からなんか無かったのか?」

「大体のやつは見舞いに来たぞ、お前の言ってたやつ、アスマンは来なかったがな。私に用があった部隊長もいたようだが、所属不明の連中に追い返されたらしい」

 おかげで書類が山積みだ。

 ユリウスは肩を竦めてため息をついた。

「それなら私が捕らえておいたぞ。今牢獄にいるはずだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「そうさせていただきますよ」

「だがアレクサンダー、お前あの時なんで私をユリウスの部屋に行くように言ったんだ?何を知っている」

「依頼だよ」

「依頼?」

「そう、偽のユリウスからな。西の森にいる奴隷商人を捕まえてこいってな。偵察したら、モンスターハウスだったが」

「何故そんな事を…」

「痕跡を消すためだろ」

「それではおかしい。なら拠点に魔物を引き込む必要はないだろう。アレク、お前何か隠しているな。薬指の付け根をこするのは昔からのくせだぞ」

「チッ!」

 余計なことを言ったか。全く意識していなかった。無くて七癖、洞察力も大したもんだ。

「別件で何か抱えているな、ここでは言えない話か?」

「守秘義務っつーのがあるからな」

 むしろ黙っておかなければ俺はこの場どころかこの国から追放される可能性もあるんだがな。俺はハットを深くして目を隠す。ユリウスのため息が聞こえてくる。

「まぁいい、とにかく、お前には協力してもらわなきゃならん。まずはアスマンを探しに行かなければならない。自分の部下を疑いたくはないがな…」

 俺は口元を歪めながら言った。

「任せろ、餌ならもうある」

 監視ルーンに引っ掛かった阿呆に笑いがこみ上げてくる。こんなに早いとは思わなかったが、このタイミングなら最高だ。

 俺は立ち上がって部屋の扉に手を掛ける。

「ユリウス、動けるんなら後で俺の家に来い、お前の目当てならここに来るはずだ」

 反応を見ずに立ち去る。さて、ここからは急がにゃならん。いくらゴーレムをつけているとはいえ、万能ではない。別のアクションを起こされる前に俺が手を打たねば。

 早足で自分の家に向かう。やつは幾つも監視ルーンに引っかかりながらも、真っ直ぐ俺の家に向かっている。やはり目的はあの二人か、一番の金の木だもんな。

「…っと」

 所々に黒バンダナが配置されている。早々に俺が戻って来ることを想定しての配置だろうが、誤算だったな。

 俺がお前らよりこの路地を把握してないとでも思ってんのかよ。見える道だけが道じゃないんだぜ。

 俺はすぐそばの古井戸に飛び込む。井戸というだけで深いと勝手に想像しがちだが、ここはくっそ浅いんだなこれが。俺の身長より少し深い程度しかない。そしてその中には俺が勝手に掘り繋いだ、家のあの小屋の排水口に繋がっている通路がある。

 監視ルーンが最後に反応したのは俺の家の二つ前の路地だ。そこまで行って、やっと周囲の警戒を始めたらしい。だがルーンに気づいた様子はない。こいつ馬鹿か。

 屈んで通れるくらいの道を進む。直線で進める分、俺の方が圧倒的にあいつよりも早い。突き当たりで上を見上げる。すぐそこに排水口の蓋が見える。それを音が立たぬようにそっとズラし、小屋の中に入り込む。一つ扉の先には、エルモとマリーが仲良く洗い物をしている様子が聞き取れる。

 俺は扉に耳を立てながら、奴が来るのを待った。



 ガチャ、と扉が開く。エルモとマリーが同時に振り返る。そこには彼の姿ではなく、一人の騎士が立っていた。

「やぁお嬢さん、二回目だね。そちらの子は?」

 名前は確か、ユリウス。

 信用してはいけないといわれた、あの男が、今ここにいる。

 エルモはマリーを背後に、ユリウスに言った。

「あなたには関係ありません。あいにくとアレクは城にいます」

「あぁ、知ってるよ。俺は君たちに用があるんだ」

 ユリウスの雰囲気がガラリと変わる。先ほどまでの柔らかな笑みが一瞬で憤怒の表情に変化する。その心の歪みを、二人は感じ取っていた。

「大人しく来てもらうぞ、畜生どもが。要らねえ手間かけさせんじゃねえぞ。ったく、これからいい値段がつくって時に逃げやがって…」

「お断りします。着いて行く理由がありません」

「あぁ?!」

 怒鳴るように声を上げた後、ユリウスは目元を押さえて笑い始めた。

「理由がないだぁ?無いわけねえだろうが!てめえらが存在してるってだけで罪なんだよ邪魔なんだよわかってんのか、えぇ?!」

 ズカズカとエルモの前に踏み込む。エルモはその場から動くことなく、ユリウスを睨んだ。

「その目は何だその目はよぉ!てめえらダークエルフが、生きていること自体が、目障りなんだよ!わかってんだろうが!」

「あなた、エルフでしょう。あの人の知り合いが、こんな薄汚れた心を持ってるはずがない。失せてください、私にとって、あなたの方が目障りです」

 正面からぶつかっていくエルモに、ユリウスは更に表情を歪めた。その顔はもはや別人だった。被っていた化けの皮が、剥げていく。

「目障り…?この俺が…?天下のエルフ様に向かって、目障りだと?舐めたこと抜かしてんじゃねえぞこの畜生がぁぁああああ!!!」

「……っ!!」

 ガッ!ドゴォ!

「ゴハッ! なん…なに…?!」

 掴みかかったユリウスの手を容易く手刀で切り捨て、カウンターのボディブロウがユリウスの体をくの字に折る。

 ユリウスは痛みと驚きで頭が回らなかった。何故?こんな細い腕の女が、騎士甲冑を身につけている彼の鎧を突き破る程の拳が繰り出せる?しかも彼女の手に負傷した様子は見られない。

 そして何よりその拳は、重い。格闘家の拳を直に食らったような衝撃に、堪らず後退する。だが、エルモの顔を見たユリウスは、更に困惑した。何故なら、拳を放ったはずの彼女が、一番困惑した表情を浮かべていたからだ。更にユリウスの頭が混乱する。だがここまできて引き下がる訳にはいかない。

「炎術:ファイアボルト!」

 彼の手に魔法陣が浮かび、そこから火炎の球が吐き出される。エルモは咄嗟にマリーを抱きしめ、その身を盾にする。

 ボォフ!!

「?!! どうなってんだてめぇえええええ!!ファイアァァボルトォォオオオオ!!」

 ヴォァア!!

 エルモが何かを唱えたわけでも無いのに、魔法障壁が炎を完全に遮る。それどころか、その炎を吸収してしまう。エルモも状況を理解するのに少し戸惑いながらも、先ほど体が勝手に動いた原因を、見つけた。

(もしかして、この服…)

 確信がもてたわけではない。だが、障壁が展開される度に自分の中で何かが削れる感覚がある。魔法障壁の呪文など知らない彼女がこんなものを展開できるわけが無い。しかし家の掃除をした時には、障壁の呪文の書かれた魔法陣など無かったのだ。しかも使われたのは自分の魔力だ、今自分から直接魔力を吸い上げられるものといえば、このきている服しか無い。

 エルモはユリウスに向き直る。なら、今のうちに聞きたいことを全て聞いてしまおう。彼が守ってくれている、今のうちに。

「何故あなた達エルフは、私達を責めるの!私達がなにをしたっていうの!?」

 その問いかけに、ユリウスは少し落ち着いたようで、ジリジリと距離を詰めながら言った。

「神が、俺たちを二つに分けたからだ。何故俺たちはこんなにも似た姿をしている?何故俺たちはトランスができる?何故俺たちは同じ顔を持っている?なんの気まぐれか知らねえけどな、神は俺たちを生み出した時に、一つの呪いをかけた。必ず同じ顔が互いの種族の何処かにいる。そんなの気持ち悪くて仕方ねえ。だから消す。俺は一人でいい」

「そんな…そんな理由で私達を…!まるで子供じゃない!」

「なら大人の理由を教えてやるよ。その能力を独り占めするためだ」

「独り占め…?」

「人間てのはちょろいもんでな、回復させてそれっぽいおっさんにでもなれば、コロリと神様だって信じちまう。単純で、愚鈍すぎてバカバカしく思えるくらいだ。だがそのおかげで、エルフは数が少なくても人間に対して権力を持つことが出来ている。だがな、同じ能力を使える奴が別の種族にいたら?もっと上手く化けれる奴がいたとしたら?俺たちはインチキ野郎として権力もクソもない、ただの少数民族になっちまう。一度しめた味はもう引き返せねえのさ。だからお前らには消えてもらわなきゃならねえ、人間の社会に加わる前に、抹殺する必要があるのさ。俺たちが楽して生きるためにな」

「へぇ、随分と勝手な言い分だなぁおい。やっぱエルフってのはろくなのがいねえな」

 小屋の扉を開いて出てきたのは、城に行っているはずのアレクだった。ユリウスの顔が驚愕に変わる。そしてその顔を変える。

「俺は人間だぞ?なにを言ってるんだアレク」

「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねえよスカポンタン。ユリウスならさっき会ってきたところだ。他に言い訳はあるか?アスマンくんよぉ」

 アレクは悠々とした足取りでユリウスだった男に近付いた。男の顔が一瞬ぼやけたかと思えば、ユリウスの顔はそこに無かった。エルフの長い耳と白い肌、そしてほぼ白に近い銀髪が現れる。

 アレクは口許を歪めた。

「だがまぁ、お前の言うこともわかるぜ、一度味を占めると手放すのが辛いもんなぁ?」

「ふん、人間風情に何がわかる。大人しく森に行って死んでいればよかったものを、余計な手間かけさせやがって」

「おーおー、言ってくれるじゃねえの。斥候の一つも出さねえで俺が出向くとでも思ってたのかよ。とんだ間抜けだな」

 男の眉が徐々に傾斜を上げていく。それに構うことなくアレクはその口を止めようとしない。

「それで?大事な商品を奪い返しに来たら返り討ち?さっすがエルフ様はやることが違うぜぇ、大層な鎧つけてるくせにボッコボコ、オマケに安定しない魔術連発して無駄な魔力を消費するときたもんだ。いやぁ尊敬するぜぇ、ホントホント、嘘じゃねえぜ?んで?今のお気持ちは?ねえねえどんな気持ち?」

「にぃぃいいいいんんんんんんげえええええええええんんんんん!!!!」

 とうとう我慢できなくなった男が剣を抜く。だが、剣が何かに突っかかり振れない。見ると、棚に剣が食い込んでいた。力づくで抜こうとするが、剣は一向に動かない。その間にアレクはまた悠々と男の前に歩み寄る。

「人間もなぁ、馬鹿っちゃ馬鹿なんだけどよぉ、何でもかんでも上手く行くと思うなよ」

「くっ!おい!誰か!入って来い!こいつらをぶっ殺せ!」

 家の外に向かって放った言葉に反応して、家のドアがけたたましい音を立てる。だが開かない。まるで誰かが意図的に締め出しているような…。

「! 貴様まさか!」

「やっと思い出したか。俺は人形師だ、その家が、ただの家だとでも思ってたのかよ」

 ゆら…、とアレクの背後で何かが立ち上がる。四角いテーブルが二本脚で立ち上がり、腕に見立てられた脚を振りかぶる。

「おい…!やめろ…!俺はエルフだぞ!騎士なんだぞ!神族なんだぞ!こんなことしていいと思って…」

「あー胸糞わりい。逆に教えてやるけどよ、エルフなら何をしても許されると思うな」

「あ…ま、まて…!話せば…!そうだ!金!金をやる!賞金稼ぎだろ?金が出るなら何でもするんだろ?!」

「あぁ、そうだな。それが賞金稼ぎってもんだ。でもな、それでもてめえの信条を曲げるわけにゃいかねえんだよ…!」

「ヒィッ!」

 ゴガッ!

「がっ!」

 正確に側頭部を捉えたその一撃は、男を容易く吹き飛ばし、その意識をも吹き飛ばした。壁に叩きつけられた男を鼻を鳴らして放置する。机は何事も無かったかのように四つ脚に戻り、元の位置に立った。

「誰がお前なんかに渡すかよ」

 顔を上げるとマリーを抱きかかえたままのエルモと目があった。そして自分が恥ずかしいセリフを吐いたことに気づいてハットを深くする。相変わらず外からけたたましい音が響いてはいるが、中に入ってくる様子はない。

 もし斧か何かを持っていたとしても、破ることはできないだろう。そう言う風に作ったのだから。

 それに安心したエルモが、マリーをだいていた力を緩める。マリーは気が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。そしてほうけたようにアレクを見上げた。

「アレク…あれくぅうう…!!」

 エルモも腰が抜けたのか、その場にへたり込んでアレクに手を伸ばした。アレクはため息をついてエルモの前でしゃがんだ。エルモはそのまま倒れかかるようにアレクに抱きつく。それを解きもせず、だが抱きしめることもせずに、アレクはただ受け止めていた。

 肩に顔を埋めて嗚咽を漏らす彼女に続いて、マリーもアレクに飛びついた。

「こわかったぁ…!」

 だろうな、とだけいって、マリーのことも受け止める。いつの間にかトランスも解けてしまっていた。あまりよろしくは無いのだが、今彼女達にトランスしろと言えるような状態では無かった。

(バレたな)

 扉の外からカエルの潰れたような声が聞こえる。アレクは家の人形化を解いて扉が開くようにした。

「アレク!大丈…ぶ…か?」

「見ての通りだ、ピンピンしてる」

「アレク」

 ユリウスとニアが揃って来ていた。ユリウスは無理を押して来たらしく、額には玉の汗が浮かんでいる。そのユリウスがアレクの元に歩み寄る。

 見つかった。エルモもマリーも理解したのか、アレクにしがみつく腕を緩める。

(あーあ…、せっかく、一緒に居られるのにな…)

 別の意味で涙がこぼれてくる。離れたくない、その思いが、また腕に力を入れてしまう。アレクは何も言わずに、背後に立ったユリウスに頭だけで振り返った。

 ユリウスはエルモとマリーを見下ろして、口をひらいた。

「お前彼女できたんなら教えろよ水臭いだろうが!」

「いってぇえ!はぁ?!そこなのかよ!」

「うん?」

「ユリウス、流石にそれは私もおかしいと思うぞ」

「へ?何がでしょうか?」

 ニアがアゴでエルモを指す。

「よく見ろ、長い耳に浅黒い肌。額に刻印も見えるだろ」

「……、まさか…ダークエルフ…?」

「そうだ」

「アレクお前…」

 ユリウスはもう一度アレクに向き直ると、口を開いた。

「禁断の恋なんてロマンチストだな!」

「だからいってぇええ!なんだよそれ!何いってんだよ!」

「魔族だろうがなんだろうが、人助けはいいことじゃないか。お前が助けたんだろう?」

 ユリウスが汗を拭ってアレクに笑いかけた。アレクは耳を疑いながらも、ユリウスを見上げていた。

「そうだな…、たしかに、人助けはいいことだ」

「ニア…お前まで…」

「ところで二人は付き合ってるの?!」

「どうしてそうなった」

「もしかしてちっちゃいこの方なの?え?マジ?うわぁ、流石に引くわぁ」

「オイコラ」

「アレク…流石にそれは私も擁護できん」

「ちげえっつってんだろ!誰とも付き合ってねえよ!」

「よっしゃワンチャン見つけた」

「国王、チャンスですぞ、今ならまだ手篭めに出来ますぞ」

「なんの話だよ!ってかいい加減にしろよ!いいのかよ!魔族放っておいて!勇者のお膝元だぞ!お前らがやらなくてどうするんだ!」

 アレクが上げた怒声に、ニアとユリウスはお互いに顔を見合わせると、少し言葉を詰まらせながら口を開いた。

「…そうだな。わかっている。だが、お前たちにも時間は必要だろう。また明日来る。俺もそろそろ辛いからな」

「…今なら、見なかった事にもできるんだよ?良いの?」

 アレクは誰とも顔を合わせずに頷いた。その約束はしたはずだ。二人もわかっている。だからこそ、その約束は守らなくてはならない。それが賞金稼ぎとして生きてきた彼の処世術だった。何も言わない目の前の二人の、口を開かないことこそ、それが正しいと教えてくれている。

 アレクは見えないように拳を握り、遠ざかっていく大勢の足音を聞き流す。

(胸糞悪い…)

 胸の奥で固まりだす違和感の塊を飲み込みきれず、吐き出す事もできずに、アレクは拳を握ったまま立ち上がった。

 確かに、見なかった事にする事もできるだろう。だがそれは根本的な解決ではない。もっと、今この世界に根強くいついている糞みたいな企みを壊さない限り、彼女達に平穏は訪れない。今も彼女達の束の間の平穏は壊れてしまった。

 何も出来ない訳じゃない、今の自分はしようとしていないだけだ。

 何故しようとしない?自分に問いかけてみる。

(…今のこの状態が壊れるのが怖いのか)

  一度は疎遠になったとはいえ、また共に笑い合える友と離れるのが怖いのか。

 いや違う。

(自分がしたい事と違うからか)

 金を稼ぎ、一人では稼ぎきれないような大金を叩きつけ、自由の身になりたいのか。

 違う。

(迷いが…断てないからか…)

 彼女達を助けたところで自分に何ができる。何も出来ないのではないか?自分一人の力でどうこう出来るようなものではない。そう…思っているのではないか?

 自分の中で矛盾している。何も出来ないはずはない。何かアクションを起こそうとすれば簡単に起こす事ができる。不可能を可能にする魔術を吹きこぼれるくらい頭に詰め込んできたじゃないか。

(迷うな、お前のしたい事は変わったはずだ。今のお前に出来ない事はない。そうだ、お前は『禁術師』だ。数多の不可能を可能にした禁術使い。この世界の糞みたいな理をぶち壊す事だって容易い、そうだろ)

 肩の力が抜ける。

 『禁術師』。エドガー家の古い呼び名。

 禁術を覚えなければなれぬ家に生まれたという事は、禁術を扱えるという莫大な才能に恵まれた、個々が凄まじい才を持った家のものだという事。

 彼とて、例外ではない。

 体が自然と動いた。

(石がいる。それから金、食糧、行き先は…)

 目を閉じる。額に眼球の刻印が浮かぶ。その視線は壁も塀も通り抜け、何千キロもの先を見通す。

「交易都市…クラウダ」

 千里眼。千里を見越すその目を習得するために、視力を失ったものは数知れない。

 まだ、まだ足りない。

「錬金術は…必要ない。魔術掌握、使える。無限魔術は…あってもいい、一番派手だ。それから、憑依術、悪魔を使うか」

 ブツブツと何かを呟きながら小屋の扉を開き、素手で塀を抉る。掌より少し余る大きさの石が取れ、それをタンスどかした魔法陣に投げ込み、魔力を流す。

「金、吐き出せ、ありったけ。憑依用の籠手、掌握用のグローブを作れ。何を使っても構わん」

 アレクの指示で、家財道具が一斉に動き出す。鉄でできていた鍋や皿が一人でに集まり真っ赤に燃える。それを何処からか飛んできた金槌が打ち付け、一体化させ、形を作っていく。ある程度整ったところで蛇口が開き、水に当てられて冷やされる。固まりきる前に、小屋から魔法石が飛来、手の甲に納まった。そこから更にデコボコだった表面が一人でにヤスられ、金属の光沢を帯びた。

 タンスの中では指の出たグローブが完成したらしく、扉を開けてグローブが飛び出る。籠手とグローブが机に並ぶと、石の魔力核も完成したようで、アレクが魔法陣から手を離した。

 一段落ついたと見えるアレクに、エルモが声をかけた。

「アレク…?」

「お前らの故郷は何て名前だ?周辺国の名前でもいいから教えろ」

「え?えと…村に名前はなくて…イングレスって街が近くに…」

「…知らねえな。クラウダで情報を集めよう。…もう昼か…、食いに行くぞ」

 出来上がった籠手とグローブをそれぞれ右腕、左手に身につけ扉に手を掛ける。

「待って…待ってよアレク!何しようとしてるのか全然わかんないよ!見つかったじゃん…、もう終わりだって…解ってるから…」

 エルモは顔を上げずに言った。マリーは二人を交互に見て、口を開いた。

「何とか…出来るの?」

 アレクは視線をエルモからマリーに移すと、力強く頷いた。

「出来る。俺なら出来る。俺にはその力がある」

「……お姉ちゃん」

 マリーがエルモを引き上げる。力が抜けたままのエルモはよろめきながら何とか自分の足で立ち上がった。顔を上げると、何かを堪えて口を開く。

「アレクまで何かを捨てる必要なんてないよ…。前の生活に戻るだけなんだよ…?こんなことする必要なんて…」

「意味のないことなんて無えよ。やること全てに意味がある。俺はこうすることに意味があると思ってるからやるんだ」

 アレクはそう言って、急いていた心が少し落ち着いたのか、肩の力を抜いて、一度扉を閉めてそこに寄りかかった。そして、昔のことなんだがな、と切り出した。

「いや、そう昔でもないか。今の国王に変わる前、一つ大きな事件があったんだ。エルフの勢力をここまで増大させ、つけあがらせた事件がな。エルフが神族として地位をコツコツと作り上げてきたのは知ってるな。それでも奴らには参政権が無かった。政治に口を出す権利は無かったんだよ。多くの人間も参政させるのには反対していたしな。だが、先の国王は違った。ああいつは宗教熱心というか…盲目というか…、何かにつけて神託が神託がってうるせえ奴だったんだよ。エルフの、神族の盲信者だった。そいつがやらかしやがってな、エルフに参政権を与えようって言い出したんだ。反対した臣下は多かったが、逆に国民からは賛成の意見が多かったんだ。そこで捻れた。エルフはもう国民の心を掴んでたわけだな。こじれにこじれたさ、結局、神託に唆された前国王の独断により、反対派の臣下を一族郎等全員排除し…」

 親指がアレクの首を横一閃。

「…これで俺の家族は全員死んだ。その時、残ったのは、当時参政する権利を持たなかったその子供達だ。その子供達にも重い足枷がつけられた。反逆罪、牢獄行きの代わりに課された借金、二億G。普通に働いたって総財産はその百分の一がやっとだ。だから、俺はこうして賞金稼ぎになった。それから前国王の政権は早々にぶっ倒れ、今の国王が就任、エルフの力も程よく抑えられることになった。その上、あいつらがやらかしてきたことに疑いを持つ者も増えてきた。これは、チャンスだ。お前たちが、ダークエルフが堂々と暮らすためのチャンスだと思う。その為には、やっぱり動かにゃならねえ。お前らにも手伝って欲しい。だめか?」

 アレクはそこまで言ってから、何か腑に落ちなかったのか、ガラッと言葉を変えて二人に言った。

「俺がしたいだけなんだよ、本当はさ。なんか、お前の為に俺が出来ることをしたいと思っただけなんだよ。迷惑ならそう言ってくれて構わねえからさ」

  エルモをまっすぐ見つめて言った。ようやく上がった顔は、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。そんな顔を見たいわけじゃないんだよなぁ、と思いながらエルモに近づくと、アレクよりも早くマリーがその顔を拭いた。

「ほら、アレクがプロポーズに応えてくれたんだから、そんな顔しないの」

「あぐあぐ…!」

「ちょっと待てそれ俺のワイシャツ…! まぁ…いいか…」

 顔を綺麗にされたエルモは、未だに目元を赤く腫らし、瞳に涙を溜めながらも、アレクに言葉を返した。

「ありがとう、うれしい…すごくうれしいよ」

「そりゃあ良かった。それじゃあ改めて、飯でも食いに行くか」

「うん」

「はーい!」

「お前は後でシャツ洗っとけよ」

「はーい…」

 一つの言葉で一喜一憂する二人を見て、アレクは心の中で一つ、決意した。


 全てをひっくり返す決意を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。