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巣喰い  作者: サクラギ
9/10

イチ

「おかえりなさい」

 頬の肉が持ち上がり、唇の端が上がる。

「……イチ、……な、なんだよ、どういう……」

 イチの顔に愛らしい笑顔が浮かんだ。屈託のない純粋な笑顔が、恐ろしいものに見えた。

 恭一郎の反応などまるで無視をしたイチは、恭一郎に駆け寄り、倒れている体の上に抱きついて来る。

 避けることなどできなかった。受け止めたイチの体は、確かに温かく、生身の人間であることがわかる。

「わかった、わかったから、離れてくれないか? いったいどういう事なのか説明してくれ」

 観念した恭一郎は、とにかくイチを遠ざけようと、必死で肩を押していた。

「説明ってなに? ずっと待っていたんだよ? 早く会いたくて、ずっと、ずっと待ってたんだ。喜んでくれるよね? お父さん」

 恭一郎の腹に両手を置き、太ももの上に乗っているイチは、嬉しそうな顔で笑っている。

 笑っている方が恐ろしい。どう受け止めて良いのかもわからず、なぜここにイチがいるのかと、そればかりが頭を巡る。

 そうして気づいた。ひとつのワード。

「……お父さん?」

「うん、そうだよ、お父さん。ぼくは、一夜いちや。西崎一夜。お母さんが付けてくれた名前だよ。忘れたの?」

 その時、キッチンの方から、何かをまな板の上で切る音が聞こえて来る。

 それに続き、何かを煮る匂いが流れて来た。

 恭一郎は、太ももの上に乗っているイチをどけ、半身を起して額を押さえた。

 呼吸が荒く耳に届く。

 逃げる場所などどこにもない。

 これ以上ないほど体を曲げ、小さく、小さく縮こまった。

 このまま消えてしまいたい。

 キッチンから足音が聞こえて来た。

 近づいて来る。

 ……足音。

 聞き慣れたリズムを刻み、近づいて来る。




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