明
「いってきまーす」
自転車に乗った一夜は、明るい笑顔で学校に向かった。
ゴミ袋を持った紗枝は、一夜を見送ると、家の傍にある集積場へ向かう。
紗枝と同じようにゴミを運び、そのまま立ち話をしていたご近所の主婦二人が、紗枝を見るとヒソヒソ話を止め、紗枝の方へ視線を向けた。
「おはようございます」
紗枝がそう言うと、二人も同じように挨拶を返して来る。
「一夜くん、元気になったのね。なに? 学校へ行ったの?」
「ええ、そうなんです。やっと学校に行けるようになって。今日は補習授業があるんです」
ゴミを置いた紗枝は、立ち話に加わっていた。
「そう、良かった。昨日、救急車が止まったでしょう? てっきり一夜くんかと思って心配してたのよ」
二人の主婦は、心配そうに紗枝を見ると、話しにくそうにする紗枝を固唾をのむようにして待っている。
「ええ、お騒がせしてすみません。実は、主人が戻って来て、倒れてしまったんです」
紗枝が心苦しそうに言うと、二人の主婦は、一瞬驚いた顔をして、すぐに体裁を取り繕った。
「そうなんです? それは心配ですね」
「ご主人って確か、何年も戻って来ないって……」
ひとりの主婦が、隣の主婦の腕を引き、その後の言葉を遮った。
「いえ、良いんです、本当のことですから……。実は、昨日、5年ぶりに主人が戻って来たんです。私も、一夜も心配していましたから、とにかく無事だってわかって安心したんです。……すみません、病院に行かなくてはならないので、これで失礼しますね」
紗枝は会釈をすると、二人の主婦から離れ、家の中へ入って行った。
「ご主人、5年も戻っていなかったんですって」
「もしかして、浮気かしら?」
「……5年も戻らなかった旦那さんの面倒なんて、良く見る気になるわよね」
「私なら追い出して家にも入れないわ」
二人の主婦は、紗枝の家をちらちら見ながら、小声で話を続けていた。
「……でも、病気になったのなら、それはそれで楽しいかもしれないわね」
「なに? 面倒を見るフリをして、仕返しでもするの?」
二人の主婦は、顔を見合わせ、吹き出して笑った。
紗枝は玄関のドアの内側で、少しだけ開けたドアの隙間から、噂話を聞いている。
紗枝の顔には、陰鬱な笑みが浮かんでいた。
<了>




