引き抜き
愛する人の転生先を、もう少しどうにかできないものか。
私は、目の前に浮かぶ世界の構造を睨みながら、眼鏡の位置を直した。
幾度も愛する人を追って転生し続けてきた。
しかし、お互い使命に縛られていたり、敵同士であったり、そもそも出会えなかったりして……一度も、幸せな両思いの関係には至れなかった。
別に、何もかも自分の思いどおりにしたいわけではない。いや、できることならそうしたいが、現実的に考えて、そこまでの権限がないことくらいは理解している。
ただ、もう少し融通を利かせる余地はあるはずだ。
転生先の世界。生まれる時代。家庭環境。肉体的な条件。本人が持ち越す記憶の有無。
どれも、世界の構造を理解すれば、ある程度は操作できる。
愛する人と私の未来さえも、きっと。
「……ここを、こうして」
ありとあらゆる手段で掻き集めた呪物、儀式の材料の数々、世界の仕組みをハックするための機構。
それらを用いて、世界の条件をずらしていく。
愛する人の転生先に、ほんの少しだけ手を加える。自分の転生先も、それに合わせて調整する。
偶然の範囲だと言い張れる程度に。誰かに気づかれても、意図的な介入だと断定されない程度に。
なにしろ、これは世界の根幹を揺るがすような改変ではない。ほんの些細な調整だ。
そもそも、これほど複雑な世界において、誰かが生まれる場所や条件を少々変えたところで、何が問題だというのか。
――うまくいく。
そう思った瞬間だった。
「へえ」
背後から、声がした。
知らない声だった。
いや、そこに人間がいること自体がおかしい。
振り返ると、そこには、白衣で眼鏡の男が立っていた。
いつからいたのか分からない。どこから入ってきたのかも分からない。そもそも、ここは誰かがふらりと立ち寄れるような場所ではない。
男は、私の操作していた機械を眺めていた。
「なかなか器用なことをするな」
「……どなたですか」
「ん?ああ、初めまして。俺の名前はマドエ。」
男は少し考え、それから、まるで世間話でもするように言った。
「君のやっていることに興味があってね。
君、世界の条件をいじろうとしているだろう?」
「……」
否定する意味はない。だが、肯定する義理もない。
男――マドエは、私の沈黙など気にした様子もなく続けた。
「いやあ、面白いな。箱庭の中で、そこまで仕組みに踏み込もうとする人間はそう多くない。普通は与えられた条件の中で生きるか、せいぜい目の前の不都合をどうにかしようとする程度だから。それも、何度も好きな相手を転生しては追いかけた後にそれをするなんてな。理解に苦しむよ。尊敬さえする。馬鹿と天才は紙一重と言う奴か」
「……あなたは、何をしに来たんです?」
箱庭って何だ。
そもそも、こいつは何だ。
訳が分からないまま問うと、男はまた嗤った。
「君を迎えに来た」
「は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
マドエはにこりともせず、私の操作していた呪具や機械を指さした。
「このまま箱庭に置いておくと、いずれ面倒なことになるからな」
「……つまり、私が何か問題を起こす前に、排除しに来たと?」
「いいや、消すのは惜しい。君には能力がある。世界の仕組みを見つけ、そこに手を加えようとする程度にはね」
「では、何です。私の行為を評価して、何らかの地位を与えに来たとでも?」
「地位?」
マドエは不思議そうに首を傾げた。
「地位……まあ、そう言えなくはないか」
どういうことだ?
分からない。相手が読み切れない。私の持っている常識では、測れない。
自分の行為が危険視されているのか、評価されているのか、それとも単に面白がられているのか。男の言葉からは、そのどれもが読み取れた。
「……あなたは、何者なんですか」
「君のいる箱庭より、少し外側にいる者だよ」
「……!神、ですか……?」
背筋が冷えた。
私が手を加えようとしていた世界。その世界を構成する条件。そこに存在する法則。
それらの外側に、まだ何かがある。
そして、この男は、そこから来たと言っている。
神か、その使いか?
「似非教祖の君が神など信じているとはね」
「違うんですか?」
「……まあ、その使いのようなものかな」
目の前の男はひどく性格が悪く酷薄そうで、とても天使など務まる器には見えなかったけれど、人ならぬ者としての空気は確かにまとっていた。
「私は……あの人と一緒に生きたいんです。独りで連れていかれるのは困ります」
「いや、困ると言われてもな。このままだと君の存在を消すか、捻じ曲げないといけなくなる。けれどここまで育った存在にそんなことするのは少し勿体ないからな」
「……つまり、私はあなたにとって、観察対象ということですか」
「そういう言い方もできる」
「ふざけないでいただきたい」
「ふざけてないぞ」
マドエは本気で不思議そうだった。
「大丈夫だ、安心しろ。お前を外側に連れ出した後、お前のコピーは作ってやれる。
そいつにお前の隣に立たせてやればいい」
「……何ですって?」
「お前がここからいなくなったら、その後のことはお前の手を離れるだろう?中途半端にいじったままにすると、面倒なことになる。だから、その技術は全て何故か失敗することにしてやる。お前のコピーはそれを見て、輪廻や運命調整を諦める。
そうすれば皆幸せだ」
「……」
言い返すことが、出来なかった。
腹立たしいが、私は確かにいくつもの規範を犯した。
ここで逆らえば、どうなるか――――――
「……分かりました」
ゆっくりと手を下ろした。
ここで無理をするのは得策ではない。相手の力量も、目的も、権限も分からない。自分が優位に立てる材料がない以上、いったん引くべきだ。
それくらいの判断はできる。
できるのだが。
「では、ひとつ伺います」
「何?」
「外に出たら、私のコピーとあの人の転生体には、幸せな世界を用意してやりやすくなりますか」
「……それはお前の努力次第だな」
マドエは満足そうに笑った。
内心で舌打ちした。
私は、世界の仕組みを見抜いたつもりでいた。
自分なら、いずれこの世界の主導権を握れると思っていた。
だが、目の前の男は、私が理解していた世界など、最初から箱庭の内側にしかなかったのだと、あっさり教えてきた。
――ふざけるな。
くそ、外だろうがなんだろうが、利用し尽くしてやる。
「……では、参りましょうか」
「やっと素直になったな。じゃあ、こっちに来い」
マドエはふぅっと掻き消えて、同時に大きな指先が天からずぬぅと現れた。
「……っ!」
摘まみ出される。
部屋の外が一瞬見えた。
隣の部屋。
そこには、まだ何も知らない愛する人が、すやすやと眠っている。
ああ、くそ。
今は、何もできない。
ならば、まずは相手を知ることだ。
この男が何者なのか。どこまでの権限を持っているのか。何を目的としているのか。
そして、ここから先の世界で、自分に何ができるのか。
――まだ、終わったわけではない。
「……あの」
「何?」
「あの人に、また触れることは出来ますか」
そう言うと、マドエの声は笑った。
「そうだな。たまになら憑依出来るかもしれないな。
……あまり長時間と言うわけにもいかないが」
「……」
「嬉しそうだな。まあ、これで気兼ねなく管理局に行けるな」
ぐんぐんと視界は愛する人から遠ざかる。家の屋根が見える。町が見える。島が見える。地平線が見える。星が見える。
「……管理局?」
「そう。あらゆる多重並行異世界の転生や転移を管理するところ」
ぽんっ、と音がして、ごろんと投げ出されたのは――――――
「お前、そういうの好きなんじゃないか?」
無数の箱庭が上下左右に点在する、終わりのない空間だった。




