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第四章 第四話「児童」


10月6日、朝。

パトカーに15分ほど乗せられ着いた先は、児童相談所だった。

カフェオレのような色の建物に黒い三角屋根が乗っており、建物の前には子供達をかたどったブロンズ像が建っている。

安堂に促されパトカーを降りるネヲを、30代くらいの女性が穏やかな笑顔で出迎えた。

「君がネヲ君?」

「おん。あんたは誰?」

「私はここで働いている小幡です。今から君のことを少しだけ確認させてね」

「また事情聴取かァ」

ネヲは怠そうに首を回す。

安堂は小幡に引き継ぎ事項を伝え、ネヲに手を振った。

「じゃあな、ネヲ君。私はここまでだ」

「お、安堂っち。カツ丼ありがとなー!」

「なんだ、その呼び方は」

安堂は苦笑いを浮かべて制服警官が待つパトカーに戻り、そのまま去っていった。


建物に入ると、面談室という札のある部屋に行き、薄緑色のソファに座り机を挟んで向かい合い、小幡の質問が始まった。

質問内容は警察と概ね同じであった。

名前は、

「ネヲ」

苗字は、

「ねえ」

年齢は、

「分かんねえ」

両親は、

「いねえ」

住所は、

「アミダ・ラボ。知ってる?多摩川の方にあるでかい研究所」

小幡の額に汗が滲み、笑顔が強張っていく。

ーーこの子、相当な事情があるな。

身元情報に関して、分からないことが多すぎる。しかしこの子、飄々としているがふざけて答えてるようには見えない。これだけ自分に関することが分からないことばかりで、きっと今一番不安なのはこの子自身だ。小幡は自分にそう言い聞かせ、ネヲを安心させようと努めて笑顔を作る。

「……ネヲ君には、今日はここで過ごしてもらうよ」

「昨日は警察で今日は児相かァ。輪廻に話したら『不良だ』って言われるかなァ」

「と、とりあえず、ネヲ君には施設の案内をしなきゃね。ついてきて」

児童居室、学習室、食堂、トイレ、浴室、医務室、そして遊戯室へと案内される。

遊戯室へ行くと、ネヲと同い年くらいから幼児といえる小さな子まで、様々な年齢の子供たちが各自自由に過ごしていた。

「小幡ちゃーん!」

小学校低学年くらいの男女が小幡を見つけて駆け寄り、男児の方が大きな黒目でネヲをじっと見る。

「誰こいつ、新入り?」

「そう。仲良くしてね」

「お前、名前は?」

男児がきらきらした目でネヲに尋ねる。

「ネヲ」

「ねお?変な名前だな!」

「うっせえ」

なんかこういうの久々だな、とネヲは思う。

これまでは研究所でも、警察でも、いつも大人に囲まれていた。輪廻も、同い年の幼馴染とはいえ、立場上はだいぶ大人側の人間だ。

「ネヲは何歳?」

女児が尋ねる。目だけこちらを向き、体は明後日の方に向いたままだ。人見知りなのだろうか。

「それ、分かんねえんだ」

「えー?なんで?」

「なんでってもなァ……」

ネヲは頭を掻く。マジで俺、何歳なんだ?今度輪廻に訊いてみよう、と頭の中で呟く。

「じゃあじゃあ、小幡ちゃんは何歳?」

「えっ!私?私は……」

小幡が口ごもる。

「おいおい、大人の女に年齢聞いちゃダメなんだぞ」

ネヲが女児をたしなめる。

「そうなの?ごめんね、小幡ちゃん」

「小幡ちゃん?」

小幡から返事がなく、女児が不思議そうに見上げる。

ネヲの発言で、小幡の脳裏に何かが引っかかった。児童福祉に携わる者としての直感がざわめく。

「……ネヲ君、君はご両親が分からないんだよね?」

「?うん」

「じゃあ、女性に年齢を聞いたらいけないって、誰から教わったの?」

「母ちゃん」

「どういうこと……?だってネヲ君は」

小幡がそう言いかけた時だった。ネヲが小幡の背後に何かを見つける。

「あ!船橋じゃん!」

「おーい!船橋!」

ネヲが同い年くらいの少年の元へ駆け寄る。

少年は周りの子供たちよりひと回り大人びており、一人でキューブ型のパズルをカシャカシャといじっていた。

ネヲの声に気付いて顔を上げる。

「え……?」

「……喜代永?お前喜代永じゃん!!」

両目を見開き、少年は驚いて叫ぶ。

「いや、俺はネヲ」

「嘘つけよ!じゃあなんで俺の名前知ってんだよ」

船橋はネヲに駆け寄る。

「お前、……行方不明だったろ?なんでこんなとこに居んだよ!?」

「だから俺は……」

ネヲの反論を遮り、船橋は次々と質問を繰り出す。

「中1の時同じクラスだったよな。担任の名前覚えてる?」

「植島」

「俺の牛乳早飲み最速記録は?」

「9秒」

「入学した時、隣の席誰だった?」

「確か、俺の隣は高梨だったかなァ」

「やっぱ喜代永じゃん!!」

船橋が両手を叩いて感嘆する。

「小幡ちゃん!こいつ喜代永寧生だよ!行方不明の!」

船橋は小幡の方を振り返る。その表情は、再会の喜びと行方不明少年を発見した戸惑いが半々くらいに混じり合っていた。

「何が……何が起こってるの……?」

混乱極まる脳を無理矢理落ち着かせ、小幡はすぐに上司に確認を取り、警察署に確認の電話を入れた。

「行方不明の喜代永寧生と同級生だった児童が、今日入所した身元不明少年……ネヲ君を喜代永寧生だと証言しています」


受話器の向こうで多摩南警察署の安堂は絶句した。

昨日、警察側で『ネヲ』は喜代永寧生ではないと結論を出したばかりだというのに、寧生を知る元同級生から次々に証言が出てくるというのだ。

「……どうなってやがる……」

受話器を置き、安堂は机の上で頭を抱えた。

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