第9話 理解だじゅ
そもそも、この緊急調査は本来第二小隊の案件だった。
それが急遽、第四小隊へと回ってきたのだ。
グラントは休みだったにもかかわらず。
それはつまり、グラントなら休みを返上しても仕事をしてくれるという信頼があったからではないだろうか。
(……ということは、私もそういう〝信頼ある人間〟になればいいってことだじゅ)
〝人から任された〟という大義名分は、グラントが半年ぶりにようやく得たささやかだが貴重な休みを吹っ飛ばすほどのものだった。
(つまり私が隊長みたいになれば、勝手に〝大義名分〟が手元に舞い込んでくるわけだじゅ!)
目指すべき理想像は、今まさに目の前にいる。
レインが急に手を打ち鳴らしたことにびっくりした顔をするグラントが。
有能で、信頼されていて、常に仕事に追われているグラント・ウェストコット小隊長が。
(真似するじゅ。隊長の一挙手一投足を観察して、完璧にトレースするじゅ!)
レインは決意に満ちた目でグラントを見つめ直した。
グラントはいついかなる時も、ピンと背筋が伸びている 。
自信なさげに背を丸め、肩を落としたりうつむいたりしているところを見たことがない。
振り返って、自分はどうだ。
「……じゅっ!」
レインは小さく拳を振り上げ、丸まりきってみぞおちとくっつきそうな猫背を伸ばす。
背骨のひとつひとつから氷が砕けるような小さな音が響く。
肩甲骨を寄せて胸を張り、レインはいつもより高くなった視線でグラントを見上げた。
「どうした?」
不思議そうに首を傾げるグラントは、常に穏やかな表情をしている。
険しい顔をするのは敵対する魔物に対してだけだ。そして魔物だとしても脅威にならないのなら、スライムが這っていくのを眺める視線だって優しげだ。
なるほど。この穏やかさが、もしや秘訣か。
レインはなるべく優しげに見えるよう、頬の筋肉から緩やかに力を抜き、目尻を和らげて微笑んだ。
「自分は、やっぱり隊長を尊敬し、目標とするべき人物なのだと思ったので、す」
「なっ……き、急にどうしたんだ……」
寒さに青くなった頬を少しだけ赤くした上司の姿を、レインは食い入るように見つつ敬礼する。
(なるほどこの照れ笑いも人間味があってすごくいいじゅ。いつもはキリッとした隊長がかわいく見えるじゅ。ギャップが親近感をアップして信頼感もアップアップだじゅ。理解だじゅ!)
「とにかく……」
コホンと咳払いしたグラントが、近くにいた隊員を呼んで続けた。
「隊員たちには一足早く地上に戻ってもらい、今回の件を報告させる。君もその班に同行して、もう休みなさい」
「……! い、いえ! 私、まだいけるじゅ! 倒した魔物の処理とか、倒し損ねたブラッド・アリゲーターがいないかとかの調査もできるじゅ! 他の魔物がいるかもしれないじゅ! その調査も任せてほしいじゅ!」
せっかく命令違反で作戦に参加したことをなんとなーく良い感じになあなあにできそうなのに、帰されてたまるものかと首を横に振るレイン。
その肩をグラントは優しく叩き、微笑んで告げた。
「その意気は買うが、君はブラッド・アリゲーターを一掃するほどの魔力を使ったんだ。今は気を張っていて平気かもしれないが、あとで健康を損なう恐れがある。君のような優秀な隊員を、疲労や魔力切れなんてつまらない理由で失いたくないんだよ」
「た、隊長……」
優しい。
この場にしがみつきたいレインには全くいらない気遣いだが、おそらく常人であればその優しさに感動するだろう。
(なるほど。これも理解だじゅ。いっつも隊長が現場にいるわけがわかったじゅ。そうやって人を気遣って帰して、結局隊長が残って仕事をしているじゅ!)
そういえばレインが無人の家で尻と会話するほど孤独に追い詰められたのも、この気遣いのせいだった。
「で、ではせめて、この場で隊長の仕事を見ていたいじゅ。大人しくしているじゅ、ぜったい邪魔しないからどうか憧れの隊長の側にいさせてほしいじゅ……」
「……⁉ そ、そうか……? いや、駄目だ」
一瞬照れてほだされかけたグラントが、キリッと眉尻を上げて人差し指を天井へと向けた。
「これは命令だ。帰って休みなさい」
「……じゅ」
レインは泣く泣く命令に従ったが、次からは……なんなら明日から、グラントのおはようからお休みまで余すことなく全ての行動を目で見て盗んでやるから覚悟するじゅ! と心の中で吠えた。




