3.深紅の街② 互助よ互助。
「いえね、あたしちょっと用事があって、メリアラソーンに行かなきゃいけないのよ。で、そこで聞き込みとかもしたいんだけど。これがちょっとねー」
キッカは自分の目――澄んだ空色の目を指しながら舌を出した。
「名だたる深紅の街よ? さすがにリンチはされないと思うけど、積極的な情報提供も期待できなさそうじゃない? で、あなた」
と、身体ごとミスティを向いて微笑む。
「焰族のあなたになら、素直に話もしてくれそうだと思って」
「つまりは俺らを利用したいってことか?」
「互助よ互助。互いに弱い立場なんだし、街の中では心強い味方が欲しいじゃない? あたしなら偽物のツノを用意できるわよ。魔法だって使えるし。自分で言うのもなんだけど、結構な使い手よ?」
「いらねえ。邪魔だ。とっとと失せろ」
否定の言葉を連投し、俺はキッカに背を向けた。
くるりと回り込んできたのはミスティだ。
「待ってくださいよウィルさん。偽物のツノをくれるなら、ありがたいじゃないですか」
「うっせえな。そんなんなくても殺されたりしねえよ」
「――ってことは寄ってくれるんですか、メリアラソーンに⁉」
「ああ」
目をきらめかせるミスティに、口をとがらせつつ応じる。
本当は寄らない予定だったが、謎の対抗心でつい言ってしまった。
……ああ、俺はなんてアホなんだ。
即座に悔やんでいると、
「あたしに協力してくれないんだったら、無法者の無角者がやって来たって噂を街に流しちゃおっかなー」
「ああん?」
あっけらかんとした言葉に、俺は再び反転する。見せつけるように腰の短剣に手をやって、
「てめえいいかげんにしろよ。突然現れて協力の押し売りなんて、うざいの一択だろ。早く消えねえと、身ぐるみ剝いで街道に転がすぞ。俺は気が短えんだ」
「でしょうね」
にやにやとキッカ。
奇妙な笑みだった。楽しそうにしつつも、片眉が引きつるように上がり、頰もひくひく痙攣して。笑いながら怒っているような顔だった。
なんだ? 急にあっさり挑発に乗ったぞ……?
一瞬いぶかったものの、俺はすぐに視線をずらした。キッカの手もまた、自身の剣帯へと伸びていた。
横の馬車道を、大きな荷馬車が通り過ぎていく。それを視界の端で見届ける程度の膠着時間が過ぎて――
キッカの手が動いた。
俺もまた短剣を抜き、
「やめてくださいよウィルさん!」
「ぅおっ⁉」
どしんと、ミスティが体当たりの勢いでしがみついてくる。かしいだ身体から、ザックの紐がずるりと落ちた。
「メリアラソーンに行くなら、なおさら協力が必要じゃないですか! 短絡的な行動はやめてください!」
「短絡的ぃ? お前にだけは言われたく――馬鹿やめろって!」
身体ごとゆさゆさ揺らされ視界がぶれる。俺は短剣を持っていない方の手でミスティを押しのけた。
その動きが、ずり落ちかけていたザックにとどめを刺した。
腕を伝って落ちたザックが、地面にぶつかり中身をぶちまける。
「がぁーくそっ! なんなんだよもう!」
刃物を向け合う気も失せ、俺は短剣を収めてかがみ込んだ。地面には見せ物市のように、大小さまざまなマジック・ジャンクが転がっている。
「す、すみませんっ」
慌ててしゃがんだミスティと一緒に、それら中身をかき集めていると。
「へえ、いろいろ持ってるのね」
ひょいとマジック・ジャンクのひとつを取り上げ、キッカが感心したようにつぶやいた。
「おい返せよ、殴んぞ」
「これだけ集めたのは素直にすごいと思うけど――使い方が分からなければ、宝の持ち腐れよね」
意味ありげに、キッカ。
「てめえは分かるって言うのかよ?」
俺は下からねめあげた。這いつくばるようにしてでは、すごみもなにもあったものではなかったが。
「んー、どうかしら」
キッカはうそぶくように言うと、手にしたマジック・ジャンク――俺がミスティから入手した、恐らくは計算機――にもう片方の手をかざし、
「……でも、例えばこれ」
かたたたた、と慣れた手つきで指を動かした。
「この結果から導くと、三年後の今日は『黄石の日』ね」
「⁉ 使えるのか⁉」
すげえ……
あれが計算機だと見当をつけてから、俺は時間を見つけては使い方を探っていた。
そのおかげで簡単な計算はできるようになったが、使いこなすまでには至っていない。
物欲しげな顔をしたら負けだ。
そう思いつつも欲求は肥大化していく。
キッカはそんな俺を見て、口の端を上げた。
「知りたいの? 使い方。だったら当然……分かるわよね?」
物欲しげな顔をしたら当然――
◇ ◇ ◇