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悪魔のデッキブラシ  作者: ノリミツ
3/4

悪魔のデッキブラシ③

ページを開いていただき、ありがとうございます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。


20000字完結済。約週1ペースで投稿します。

 それからアンナと僕は、たまに話をするようになった。当然、僕から話しかけるなんてことはできなくて、話しかけてくれるのはいつもアンナのほうからだった。アンナが窓際の席で、左隣がいないというのもラッキーだった。もちろん、アンナは前後の友達ともすぐに親友みたいになって仲良く話をしていたし、特にアンナの前に座る中沢君はアンナと喋れることが嬉しくて、しょっちゅう後ろをみて、冗談を言ってアンナを笑わせていた。よく先生に怒られていたけど、その冗談は隣で聞いている僕も笑ってしまいそうになるくらい面白かった。もちろん僕はそんな様子を表に出さないように必死に隠したし、中沢君も僕なんかいないような振る舞いをした。別にそれは中沢君が特別僕をいじめようと意図していたことではなく、クラスの皆がそうするし、アンナが特別だったのだ。そんな特別なアンナは、前後の友達と十回話すうちの一回くらいは僕に話しかけてくれた。

 僕は中沢君のように、うまい冗談を言えないし、アンナの後ろの花房さんみたいににっこり笑って相槌も打てない。アンナに話しかけられると、「うん」とか「そうだね」とかしか言葉が出てこなくて、手も震えていた。自分はなんてつまらない人間なんだと思いつつ、話しかけられたのが嬉しくて、話しかけてもらえたその日は、一日アンナとの会話を思い出していたりした。

 そんな僕は悩んでいた。僕はアンナに自分から話しかけたいと思ったのだ。中沢君みたいに、アンナが興味を持ちそうな話をふって、僕の話で笑ってほしかった。そのためにアンナが好きだと言っていたアニメも見たりした。女の子向けのアニメで、お父さんとお母さんの前で見るのはとても恥ずかしかったけれど、僕の知ることのできるアンナは、中沢君や花房さんとアンナの会話から知るアンナであって、限られた情報からしかアンナと接点を作ることが出来なかった。恥を忍んでアニメを見たはいいけれど(最近はお父さんも夢中になって観ている)、アンナに話しかけるのはもっと難しい問題だった。いきなり僕が気さくに「昨日のあのアニメ見た?サクラちゃんかわいかったよね!」なんて言っても、びっくりされるだけだ。今まで相槌しかうたなかった男の子が、女の子のアニメの話をいきなりしたら、アンナだけならともかく、クラスの皆もいよいよ僕を仲間外れにするだろう。それでも僕はアンナと話がしたかった。

 二人きりになるチャンスを待っていたが、人気者のアンナと二人きりになれる機会なんてそうそう来なかった。二人きりになるのは諦めて休み時間にチャンスをうかがっても、中沢君がすぐに後ろを向いて話し始めてしまう。この時だけは中沢君をうらんだ。昼休みは中沢君はチャイムと同時に外へ駆け出す。僕の学校では昼休みだけはグランドが解放され、サッカーコートは学校中の男子によって毎日取り合いがなされていた。中沢君もこの時だけはアンナよりもグランドを優先する。けれど、そんな隙を狙っているのは僕だけではなくて、だいたいは後ろの席の花房さんとアンナを中心に女の子たちが集まり始める。最近はノートを机に広げて大笑いをしている。何をしているのかは僕にはわからなかった。

 そうこうしているうちに、アンナに話しかけたいという思いは日に日に強くなり、ついに僕は明日アンナに話しかけようと決めた。勇気をくれたのは、奇しくもアンナが好きだと言っていたあのアニメだった。

その女の子は、世界を救うために敵となってしまった親友を倒さなければならなかった。その女の子は世界を救うのか、親友を打ち負かすのか、選択を迫られる。僕はてっきり女の子は親友を打ち負かすのだと思っていた。女の子は確かに親友のことを大好きだったけど、世界だって女の子の大好きが溢れていたのだ。世界を救わなければお父さんだってお母さんだっていなくなってしまう。それに実のところ僕は、その親友があまり好きではなかった。

しかし、最後のシーンで女の子は世界をなげうって、親友を守るという選択をする。僕は叫んだ。夢中になって「だめだ!」って叫んでいた。一緒に見ていたお父さんに同意を求めたけれど、お父さんはじっとテレビを見つめて僕のほうを見てはくれなかった。子供向けのアニメなので、やっぱり最後はハッピーエンドで、女の子が親友を思う心が親友に届いて、親友は悪者の洗脳から解き放たれて、女の子と共に戦う仲間になる。僕はそれを見て、大泣きした。そして、その女の子の勇気と、大泣きする僕を慰めるようになでるお父さんの手が、僕にアンナに話しかける勇気をくれた。

 翌日、僕はアンナに話しかけるために三つの休み時間を費やした。話しかけることは決めていたのに、どうしても声が出なかったのだ。中沢君はやっぱりアンナに話しかけていたけれど、その時の僕にはそれはもう関係なかった。問題は僕に勇気が出なかったことだった。

 昼休みに入るとき、ついに僕は声を出した。アンナのほうをちゃんと見て、声は小さかったけれど、こう、話しかけたのだ。

「昨日、アニメ見た?」

 僕は言い終わった瞬間、アンナから目をそらし、机を凝視していた。まるでそこに宝探しの重大なヒントが隠されているかのように。目をそらす瞬間にはアンナが目を見開いてこっちを見て口を開こうとするのが目に映った。けれど、アンナの声が僕の耳に届くことはなかった、と思う。タイミングが悪く、僕の声の後半にかぶさって、クラスの女子がアンナに話しかけたのだ。クラスの女子たちは気が付かなかっただろうけど、僕は顔を真っ赤にして、席を離れた。

 トイレにこもって、僕は震えていた。こんなに強い感覚に襲われたのは、魔法の倉庫で悪魔の声を聴いて以来だった。そのときと違うのは、この震えが恐怖からではなく達成感や嬉しさと、悔しさがごちゃ混ぜになった、そんな感覚だったことだ。しばらく経って感情の波と震えが収まってきたころ、僕の中に残ったのは悔しさだった。せっかく勇気を振り絞って話しかけたのに目をそらしてしまった。もう少し頑張っていれば、もしかしたらアンナと話ができたかもしれない。それが悔しかった。

 昼休みが明けてからアンナに話しかける勇気は僕にはなかった。中沢君と話しながらも、アンナがたまに何かを言いたげにこちらを見た気配を感じたけれど、僕がそうあって欲しいと思っているだけだと思った。

 それが勘違い出なかったことを知ったのは放課後だった。授業が終わって、下駄箱で靴を履き替えているとき、声が聞こえた。

「加治君!」

 下駄箱は静かだった。一緒に帰る友達を待つ必要のない僕は、たいてい誰よりも早く下駄箱から学校を出る。アンナと僕しかいな静かな下駄箱にアンナの声がやけに響いて聞こえた。僕は驚きを通り越して、「先生以外に久々に加治君って呼ばれたな」とか、「アンナが一人になるのを待つのは大変だけど、僕はいつも一人だもんな」とか変なことを考えていた。

「加治君」

 僕が呆けているとアンナは近づいてきて、もう一度僕の名前を呼んだ。僕はまだ事態をうまく飲み込めず、でも何か言わないとと思って、思わず「アンナ」とつぶやいていた。よく考えれば、僕だってアンナの名前を呼んだことなんてなかった。

「一緒に帰らない?」

 アンナの問いかけに、僕にはうなずく以外の選択肢はなかった。二人だけの下駄箱の静けさは、教室から降りてきた生徒たちによって少しずつやぶられていた。

 帰り道、流石のアンナも少し気まずそうに黙っていた。アンナの家の方向を知らなかったので、僕は自分の家のほうに、いつもより少しだけゆっくりと歩いた。アンナは黙ってついてきていた。少し歩いて、赤信号に引っかかって、僕はやっと口を開いた。今度はちゃんと届くはずだ。


「昨日のアニメ見た?」

 

そこからは夢中になって話をした。

「最後、すごく意外だったよね」

「そう?私はサクラちゃんは絶対に楓ちゃんを助けると思ってたの!」

 サクラちゃんが主人公の女の子で楓ちゃんが親友の子だ。

「サクラちゃんは楓ちゃんのことをずっと好きだったの。」

「でも、サクラちゃんはお父さんもお母さんも学校の友達も大好きだったじゃん。楓ちゃんだけ助けるのは変だよ。」

「そういう問題じゃないのよ、サクラちゃんの好きは。」

 アンナは全部わかってるみたいな顔をして、よくクラスの女子がするような、男子を子ども扱いするような眼を僕に向けていた。僕は何となく馬鹿にされている気がして、いい気分ではなかったけれど、そんなアンナも魅力的だったし、少しだけだけど、僕なんかいないみたいに真剣にテレビを見つめるお父さんの顔がなぜかアンナの表情と重なって、それ以上反論をすることが出来なかった。

 その後も僕は夢中でアンナと話をした。友達と一緒に帰るなんて入学して僕が有名になってしまって以来初めてだったし、ましてや相手はあのアンナだ。嬉しくないわけがなかった。普段無口な僕がいきなり饒舌になって、アンナがびっくりしてしまうかもしれないという不安もあったが、好きなアニメの話をするアンナは僕以上に興奮していたと思う。そんなアンナは中沢君の冗談に笑う時よりも、花房さんの話に優しく微笑む時よりも、魅力的に見えた。僕しか知らないアンナだった。

 アンナと僕の帰り道は途中まで一緒だった。話題が来週のアニメの展開予想に差し掛かったころ、分かれ道が来た。そのころには、僕のアンナへの遠慮もほとんどなくなって、「来週も一緒に帰ろう。来週のアニメの話もできるし。」と、自然に誘っていた。アンナも嬉しそうにうなずいてくれた。

 次の週も、その次の週も僕はアンナと一緒に帰った。もちろんアニメ以外の話もした。僕は一人っ子だが、アンナにはお姉さんがいるらしい。年に一度はアメリカに帰ると言っていたアンナを、少し遠くに感じたりもした。色々な話をして、すごく楽しかったけれど、僕は結局デッキブラシで空を飛べることは言わなかったし、アンナも僕がブラシを握ると血相を変えることについて触れることはなかった。

 アンナの様子が変わってきたのは四度目に下校した時からだった。いつものように楽しそうに笑いながら話しているのだけれど何となく元気がない。昨日のアニメでアンナが落ち込むような展開はなかったし、給食だってアンナの嫌いな春雨サラダは出ていない。アンナは誰とでも仲良くなるし、なんでもおいしそうに食べる子だったが、なぜか春雨サラダのことは憎んでいた。味が嫌いというよりも、苦い思い出があるらしく、目の敵にしている感じだった。アンナの元気のなさの理由がわからなくて、僕はアンナが元気になるような話題を頑張って話してみた。嬉しそうに返事はしてくれるが、あまり話が続かない。いよいよ、僕たちは無言で帰り道を歩いていた。アンナと話をせずに歩くのは最初の頃以来だった。そんなアンナのことはもちろん心配だったが、それと同時にあのアンナと一緒に歩いていることを今さら妙に意識してしまって、ドキドキした。

 そんな中、ふと、そういえば最近中沢君とアンナの、あのコントのような会話を聞いていないことを思い出した。もしかしたら、中沢君とケンカしてしまって落ち込んでいるのかもしれない。そう思うと、そんなに落ち込んでしまうほど中沢君がアンナにとって大切な存在だったのだということに少し落ち込み、今なら中沢君よりもアンナと仲良くなれるかもしれないというドロドロとした喜びが同時に押し寄せてきた。けれどやっぱり一番はアンナに笑顔になってほしくて、僕はいつも以上に元気にアンナに話しかけた。


今週の一言

冬は寒いですが、南国に行きたいと思ったことはありません。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

次回も読んでいただければ幸いです。


寒いのでお体にお気をつけて

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