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一緒に仕事をする機会


それは数か月前、榊が兵役一年目を終えようとしていた頃のことだった。


軍による市内調査は、毘世拝都の首都ではすっかり日常的な任務となっていた。商業施設や飲食店、公共交通機関など、人が集まる場所を中心に市民の動向を監視し、反国家的な言動や危険思想が確認された場合には、必要に応じて検挙を行う。


監視技術の発達により、今では市民の会話を自動的に記録し、その内容を分類することさえ可能だった。調査対象となる発言を抽出し、周囲の監視映像と照合する。軍人たちは送られてきた情報を確認し、対象者を特定して対応する。


便利なものだった。少なくとも、調査を行う側にとっては。


この日、榊の所属する小隊は、別部隊との合同で市内調査に当たることになっていた。二つの小隊は担当区域を分担しながら、一方が監視情報の収集と確認を、もう一方が現地での調査や検挙を担当する。状況に応じて互いの人員を補い、情報を共有するというものだった。


榊は商業地区に設けられた臨時の調査拠点で、監視記録の確認を任されていた。目の前の端末には、周辺の飲食店や商業施設から収集された情報が、次々と表示されている。


『国家方針への不信』


『諸外国の文化の賛美』


『軍に対する侮辱的発言』


分類された記録を一つずつ確認し、必要なものを現地の隊員へ送信する。単純な作業に見えて、意外と気を使う仕事だった。


監視システムは優秀だったが、会話の前後関係まで常に正しく理解できるわけではない。榊はある記録を確認し、指を止めた。


『政府のやり方はどうも信用できない』


画面には反国家的発言の可能性を示す判定が表示されていた。しかし、音声記録を少し前まで遡ると、どうやらその人物は古い映画の台詞について話していたらしい。


榊は該当部分を再生し直した。


間違いない。映画の登場人物が口にした言葉を引用していただけだった。


「…これ、判定が違うな」


榊が呟くと、隣で作業していた同期の隊員が顔を上げた。


「何かあった?」

「この記録、発言だけ見ると問題ありそうだけど、映画の話をしてるだけだと思うんだよな」

「ああ、ほんとだ」

「対象から外していいか、確認してくる」


榊は記録を整理し、上官へ報告した。指示を受けて処理を終えると、再び端末に向き直る。


別の画面には、現地の隊員が検挙を行う様子が映っていた。飲食店の一角で、数人の軍人が立ち上がる客を取り囲んでいる。


対象となった男は、何やら大きな声で訴えていた。記録上は、軍による取り締まりの方針を繰り返し批判していたらしい。


画面の向こうで男が連行されていく。周囲の客たちは、誰もその様子を見ようとしなかった。


榊はしばらく画面を眺めていたが、やがて次の記録を開いた。仕事はまだ残っている。




午後になると、合同調査に参加した隊員たちが拠点へ戻ってきた。


「いや、今日も結構捕まえましたね」


若い隊員が満足そうに言った。恐らくだが、榊より数年ほど先輩だろう。


「昔なら、ここまで調べるのに何日もかかったのではないですか?」

「だろうな。今はほとんど機械がやってくれる」

「相変わらず、この国の技術力って素晴らしいです。これだけ発展してる国も、そうそうないでしょうね」


若い隊員たちが笑い合う。榊は報告書を整理しながら、その会話を聞いていた。


確かに、毘世拝都の技術力は優れている。


監視システムに限らず、交通、医療、生産設備に至るまで、機械化の恩恵を受けていない分野を探す方が難しい。軍の仕事だって随分楽になった。それ自体は、間違いではないだろう。


「鼎(かなえ)ってどこ?」


突然、部屋の入口の方で声がした。振り返ると、中尉の階級章をつけた男が、その場にいた者たちに向けて声を投げている。笑いあっていた隊員達も男に向き直り、敬礼をする。榊もすぐに手を止め立ち上がり、男の元へ駆け寄った。


「私です」

「英(はなぶさ)だ。今回一緒になった小隊の中尉ね。よろしく」

「鼎榊です。よろしくお願いいたします」


榊が敬礼すると、英は軽く応じた。すぐに腕を下ろし話し始める。他の者たちも、各々の作業に戻っていった。


「さっきの記録、確認したの君?」

「映画の件でしょうか」

「そう。あれよく気づいたね」

「前後の会話を確認いたしました」

「ふぅん。ああいうのって案外見落とすんだよ。判定だけ見て処理する奴もいるしね」


英は笑った。


「他の記録も結構丁寧に確認してたみたいじゃん」

「…は」

返答に詰まる榊を見て、英は楽しそうに笑った。かえって不安になった榊は、思い切って尋ねた。


「何か不備がありましたでしょうか」

「いや、ないよ」


英はそれだけ言うと、つかつかと歩き出し椅子に腰を下ろした。そこは先程まで、榊が作業していた席である。


「けど、今の調査システムって便利だよねぇ」

「…そうですね」


一体何の時間なんだと思いつつ、榊は返した。ニコニコとはしているが、ただ気さくなだけなのか、裏があるのか分からない。


「昔は人が調べてたわけだし。そう考えると、随分効率がよくなったよねぇ」


「…ええ。調査自体は」

「調査自体は?」


英が聞き返した。一瞬、人を品定めするような目になったような気がして、榊は少しだけ間を置いた。


「…いえ」

「何だよ、気になるじゃん」


英が笑う。榊は一度、周囲へ目を向けた。他の隊員たちは既に別の部屋へ移動しており、近くには二人しかいない。それでも言葉を濁そうとする榊に、英が変わらぬ口調で問いかけた。


「お前、兵役に就いて何年目?」

「…一年目です」

「あ、そうなんだ。じゃあ、これ知ってる?」

英はそう言って、部屋の中をぐるりと見渡した。

「こういう臨時の調査拠点って、任務が終わったら取り壊すだろ?」

「はい」

「だから兵舎や本部みたいに、常設の音声記録設備(とうちょうき)は入ってないんだよ。少なくとも、この部屋にはね」

「…そうなのですか」

自分の言わんとすることを先に説明され、安堵と疑念が入り交じった。


「そう。比較的、短期間だからね。あちこちの拠点に監視システムつけまくってたらキリがないんだ」


英はそう言って笑った。榊は手元の端末へ目を落とす。市民の会話を監視するために設けられた拠点で、その監視を行う軍人たちの会話は記録されていない。随分と妙な話だった。


「…中尉は、今日のような調査についてどう思われますか」


「ん?僕?」

「はい」

「そうだなあ。必要な仕事だけどねぇ」


英は少し考えるように天井を見上げた。


「個人的には、こんなことやっても逆効果なのになとは思うよ。意味無いよねぇ」


榊は英を見た。際どい物言いとは裏腹に、先程までとまったく変わらない、余裕のある笑顔を浮かべていた。この施設に監視システムがないというのはどうやら本当らしい。


どこか他人事のようにも聞こえたが、少なくとも先ほどの隊員たちとは少し違う考えを持っているようだ。榊はなるべく言葉を選んで話し始める。



「…自分が兵役に就いて間もない頃ですが」

「うん?」

「市内調査中に、一般市民から言われたことがあります」

「何を?」

「国がこうなっていってるのは、お前たちのせいだと」


英は少し眉を上げた。軍人をしていれば市民からの恨みを買うことはある。言葉で直接言われなくても、自分達に向けられる目は恐怖と侮蔑に満ちていた。


「へえ、直接?」

「はい。軍人だと分かった途端に」

「災難だね」


榊は苦笑した。


「そのときは何も言い返しませんでしたけど」

「腹は立たなかった?」

「立ちました。自分が国の方針を決めているわけではないですから」

「確かに」


「ですが」

榊は一呼吸置いて、絞り出すように続けた。「言いたくなるのも理解できます」


英は榊の方を見る。


「なんで?」

「あれだけ取り締まりを厳しくすれば、反発する人間が出てきてもおかしくありません」


榊は机の上の資料へ視線を落とす。先程まで自分が整理していた報告書だ。


「…むしろ当然だと思います」


「なるほどね」


英はそれ以上、何も言わなかった。榊はここまで話してから、余計なことを言っただろうなと思った。上官を相手にする話としては、あまり適切ではなかったかもしれない。


しかし、英は特に気分を害した様子もなく、次の言葉を待っているようだった。


「…もちろん、なんと言われようと任務ですから」

うんうん、と英は相槌を打つ。頬杖をつき、直立不動のまま話す榊を見上げていた。


「ただ、軍人になってから思うこともありまして」

「何?」

「軍や幹部のご意向に沿わないものを排除していけば、それが正しいと評価されます」


英が意外なところを突かれたように少し笑った。


「それがある意味、楽だという事にも気がつきました」


榊はなるべく淡々と続けた。


「ただ、この楽さに慣れて、いつか自分では何も考えられなくなるかもしれないのが嫌です」


英はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑う。


「真面目だね」


英は頬杖をやめ、椅子の背に深くもたれた。


「自分で考えるのは大事だと思うよ。少なくとも、何も考えずに仕事してるよりはね」

「…そうですね」

「でも、上官相手にそこまで喋っちゃうのは、あんまりよろしくないね」


英がいたずらっぽく笑った。榊は一瞬、言葉に詰まった。ぐうの音も出ないほどの正論である。まして、兵役に就いて一年目の新米だ。中尉という階級の人間相手に、不躾もいいところだろう。今後どんな処分を受けても仕方がないと、榊は内心落胆していた。


「…大変失礼いたしました」


英は声を上げて笑った。


「まあ、僕は別にいいけどさ!相手は選んだ方がいいよ。言わせたのは僕だけど」


英は立ち上がり、机の上に置いていた資料を手に取った。


「じゃ、僕らもそろそろ戻ろう」

「はい」

「そうだ。鼎」

「はい」


英は最初に部屋に入ってきた時と同じような、飄々とした笑顔に戻っていた。

「今度また一緒に仕事することがあったら、よろしくね」


「…はい。よろしくお願いいたします」


英は笑顔で片手を上げ、そのまま先に部屋を出ていった。榊はその後ろ姿を見送る。随分と気さくな上官だったように見えるが、掴みどころがない。またよろしくと言われたが、出来ればあまり会いたくなかった。


もっとも、初対面の上官に余計なことを喋りすぎたのは事実だ。


こんな所である以上、相手側がなんと言っていようと、本心はむやみに晒すべきではない。次からはもっと気をつけなければ、いずれあらぬ疑いをかけられそうだ。そう思いながら、榊も自分の小隊へ戻ることにした。


帰還した隊員たちは、今日の調査結果についてまだ話している。検挙した人数。新しく導入された監視設備。これからさらに効率化されるであろう調査業務。


榊はその会話を横目に、提出する報告書を確認した。今日、自分が処理した記録は何十件にも及んでいる。


そのうち、実際に検挙につながったものもある。榊は端末に表示された件数を眺めた。


必要な仕事だった。少なくとも、国軍はそう判断している。


それに従って働くことが、自分の役目なのだろう。ただ、それが正しいかどうかまで、誰かに決めてもらうつもりはなかった。


榊は報告書を送信し、端末の電源を落とした。その日の市内調査は、それで終わった。



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