あるジャーナリストの手記
『─今、わが国【毘世拝都】は、大きな歴史の転換点に立っています』
兵舎のラジオから、淡々とした女の声が流れていた。
『─自動化、機械化、AI技術の進展は、目覚ましい成果をもたらしました。
その裏で都市部と地方の格差が広がり、機械化により人々の働く場が失われつつある現状を、皆さんも痛感しているはずです。
これは他人事ではありません。
我々は、この国の未来を守る義務があります。安定した暮らし、誇りある労働、そして平等な機会。これらを次世代に手渡すために、私たちは行動しなければなりません』
その場にいる誰も口を開かなかった。大講堂へ移動するまでの短い間もみな神妙な面持ちで、不気味に静まり返っていた。石畳の上に軍靴の音だけがせわしなく響く。
仰々しくも、国軍統帥がわざわざお出ましになるというから、これがただの演説で済むはずもないと誰しもが思っていたに違いない。
俺たち数百人の将兵は、一糸乱れぬ敬礼を捧げた。ザッという軍服の布が擦れる音が重なり合い、講堂に重たく響く。その光景は、なるほど壮観だった。壇上の男は答礼しながら、眼前を埋め尽くす軍人たちをゆっくりと見渡し、「直れ」とだけ命じた。
「先ほどのラジオは聴いただろう。あれは兵舎だけではない、すべての国民に向けて放送されている」
声だけで威圧されているような重低音だったが、昂ぶりを抑えているように微かに震えている。どこかで息を呑む音が聞こえた気がした。
「わが国の安定と発展を未来へと繋ぐには、新たな資源と経済的基盤が必要だ。限られた国土、若者の将来不安。今の延長線上に、持続可能な国家の姿はない。
だからこそ我々は、慎重に、誠実に、次なる地平へ歩み出す決断をした。」
次なる地平?何言ってんだ。次も何も、この国がこのまま新たな未来へ進めるなんて思えない。思想も芸術も文化もなんでもかんでも規制だらけになったこの国が?持つものと持たざる者との溝が深まるばかりのこの国が?
「それは侵略ではない。未来への保障なのだ。その第一歩として我々は、東にある環海の国、【律邦】に宣戦を布告する」
誰もが薄々予感していたことが現実になった。
開戦だ。
国家に身を捧げ、国のために生き国のために死ぬ事を誇りとする軍人達。その中の誰かが「国軍総帥万歳!」と叫んだ。それを合図のように、講堂が一斉に沸き立つ。
「全てを我らが拝都のために!」
高潔な彼らに倣って、俺も声を張り上げる。兵役も三年目となれば、こういう言葉もスラスラ出てくるものだ。
国民の生活を守るため。経済を安定させ、若者に未来を渡すため。語られた目的は、どれも切実だった。
都市と地方の格差も、AIや機械化によって職を失う人々も、作り話ではない。人々の不安は、確かにそこにあったのだ。だからこそ、その言葉はよく届いたのだろう。
だが、掲げられた大義の陰で求められていたものは、生活保障だけではなかった。後になって思えば、あの演説で語られなかったことの方がよほど重要だったのかもしれない。
他国の資源、軍事的優位を得るための拠点づくりと、そこで見込まれる雇用の拡大。
AI技術と軍需産業で成り上がってきた我が国の国力の誇示。
未来を守るという言葉の中には、そうした国の思惑も織り込まれていたんじゃないだろうか。
技術が仕事を変え、格差が不安を生んだ。その不安に、国家がひとつの答えを与えた。――それが、戦争だった。
今も覚えているのは、国軍総帥の声だ。未来という言葉を、迷いなく口にする声。あの日、私たちは何を守るために進むのだと教えられたのか。
そして、その「私たち」の中には、誰が含まれていたのだろう。
あまりいい気分ではない寝覚めだ。
海外諸国を渡り歩いている今も、こんな風に、かつての夢を見ることは時々ある。ある筋の話では、今は国の様子はかなり変わっているようなのだが。
そうは言ってもこう何度も夢に出てこられるのは困る。朝から一人で陰鬱な気分にはなりたくない。いっそのこと、この手記を皮切りに本にでもしてやろうか。
そうなると、あの国で起こった事を詳しく知っている人間を探して、話を聞くところから始めなくてはならない。骨は折れるが、完成すれば案外俺の代表作になる予感がする。




