準備と市場調査
文化祭の開催まで約一週間前となり、校内は放課後も喧噪に満ちている。
そんな中、うちのクラスは他クラスと比べて静かな方だ。
もちろん準備をサボっているわけではない。むしろ順調と言えるだろう。
衣装や食品の申請、注文といった事務仕事は滞りなく進んでいる。
メニュー表などはクラス内で製作しているが、大量に必要ということもないので問題無く間に合う見込みだ。
自分たちの教室を使用しての出店なため、テーブルなどのセッティングや内装は前日になる。それまでは大がかりな作業はあまりない。
とはいえ、俺は今日も教室に残っている。
だが、特に文化祭の作業をしているわけではない。自分の机の上で、今日の授業で出された課題を進めているだけだ。
いやまあ、今は待つのが仕事と言えなくもないのだけれども。
俺が課題を始めて四十分程経った頃、待ち人からようやく声がかかる。
「みなもとー。女子の採寸終わったから、これ遊佐さんに渡してくれる?」
声の主はクラスメイトの北沢さん。お団子ヘアがトレードマークの女子だ。
その手にはA4サイズの封筒が握られている。
彼女の台詞からもわかるように、俺には出来ない仕事を頼んでいたのだ。文化祭で女子が着る衣装のための採寸だ。そして、俺はそれが終わるのを待っていた。
こういう時こそ女子のクラス委員である倖楓の出番なのだが、今日は用事があるということで先に帰っている。ちなみに理由は俺も知らない。
「助かる。ありがとう」
封筒を受け取った俺は、無くさないようにバッグの中へすぐに仕舞った。
「こっそり開けて見ちゃダメだからねー」
北沢さんのからかい口調に、俺は苦笑いを見せる。
「俺ってそんなに信用ない?」
「ウソウソ。遊佐さんがいるんだから他の女子に興味なんて湧かないよね」
「一回、俺のイメージについて話し合う必要がありそうな気がするんだけど……」
「え、もしかして興味津々なの? 遊佐さんに報告した方がいい?」
「しなくていいから!」
俺の慌てた反応が大層面白かったのか、北沢さんは堪えきれずに笑っている。
「あはは、冗談だよ。水本ってからかい甲斐があるね」
「全然嬉しくないんだけど?」
「ちゃんと褒めてるよ。それじゃ、遊佐さんによろしくねー」
そう言い残し、北沢さんは教室から出て行ってしまった。
さっきの封筒は倖楓に渡すものなので、最後の台詞は間違ってはいないのだが、違う意味を込められていた気がしたのは俺の自意識過剰ではないと思いたい……。
「……帰るか」
急に襲ってきた疲労感と共にそう吐き出し、下校することにした。
特に寄り道をせずに真っ直ぐ帰宅すると、玄関には俺のものではないローファーがある。
もちろん倖楓のだ。事前に家にいると連絡もらっていたので驚きはない。
「ただいまー」
玄関から声を出すが、返事はない。そこそこ遅くなったので、もしかしたらソファでうたた寝していたりするのかもしれない。
俺は特に気にすることもなく、リビングのドアを開けると――
「おかえりなさい、患者さん! お疲れのあなたを私が癒してあげますよ♪」
ナース服におもちゃの注射器を持ってポーズを決める倖楓が目の前に立っている。
俺はどこからツッコめばいいのかわからず、肩に掛けていたバッグはずり落ち、開いた口は塞がらない。
さすがに俺が何秒も無反応だと、何かがおかしいと気付いたのだろう。倖楓は真面目な顔になり、顎に手を当てて考え始めた。
「うーん。ゆーくんはナース萌えじゃなかったか……」
真面目に考えた末に出た結論がそれなことに、さすがの俺も黙っていられなかった。
「いや、そこじゃないから! 何してんの!?」
「えっとー、市場調査?」
「ごく一部にも程があるだろ……」
「でも、『一は全、全は一』って言うし」
おそらく、つい最近俺が貸した漫画からパクったと思われる言葉だが、あえてそこには触れないでおく。
「そもそも、そんなのどこから持ってきたんだよ……」
「ほら、文化祭の衣装、海晴さんの知り合いに頼んでもらったでしょ?」
倖楓の言う通り、俺たちのクラスで着る衣装は海晴さんの知り合いからレンタルさせてもらうことになっていた。つまり、そういうことなのだろう……。
「わざわざ個人的に借りたの?」
「ううん。海晴さんが借りたのを渡されたの!」
「ほんとあの人は余計なことばっかり……」
遠くで親指を立てている海晴さんの姿が見える気がする。
「じゃあ、次の服に着替えてくるね」
「待て待て待て」
さらっと進めようとする倖楓の肩を掴んで引き留めた。
「なに?」
「まだ続けるの?」
「せっかく借りたんだもん。着ないと勿体ないでしょ?」
「なら自分の部屋に戻って個人的に楽しめばいいんじゃ……」
「そんなこと言ってー。さっきからなーんか脚に視線を感じてるんだけどなー」
「っ!」
倖楓の着ているナース服、スカート丈が結構短く、太ももがこれでもかと強調されているのだ。意識しなくても自然と目が吸い寄せられてしまう。
俺が動揺したのを見て、倖楓は得意げな顔をする。
「それじゃあ、次も楽しみに待っててねー」
「あ、おい!」
一瞬の隙を突かれ、倖楓に寝室の中へと逃げられてしまった。
「ていうか、なんで俺の寝室で着替えるんだよ……」
止めることを完全に諦めた俺の言葉は、どこに届くこともなく消えていった。
その後、倖楓がどんなコスプレ衣装をいくつ着て見せたのかは、俺の頭の中に閉じ込めておくことにする。




