伝えるべきこと
「…みな、もと…?」
俺の名前を呼んだ槙野の声は震えていて、状況を理解出来ていないようだった。どうしてここにいるのか、自分が何をしているのかもわからなくなってしまった迷子のように。
こんな槙野を見るのは初めてで、一目でただ事じゃないないと理解出来た。
それは隣にいた倖楓も同じで、
「香菜ちゃん!」
すぐに槙野の傍に行き、その手を握っていた。
「さちか、ちゃん…」
倖楓の名前を口にした途端、槙野の目から涙がこぼれる。
泣き出してしまったというよりも、溢れ出てしまったようだった。
「一先ず、さっきの場所に戻ろう」
倖楓は頷き、俺達は再び通りから外れる。
槙野を適当な場所に座らせて、落ち着くのを待つことにした。
俺は近くの屋台でペットボトルのお茶を買って来て、2人に渡す。
「ありがとう、ゆーくん」
「…ありがとう」
槙野もさっきより反応がハッキリとしていて、とりあえず安心する。
一息ついてから、俺達は槙野に事情を尋ねはじめた。
「それで、その…明希と何があったの?」
2人が花火大会に行くことになった経緯や事情は全部知っているのだから、回りくどい聞き方は意味が無い。それよりも、問題が起こったなら一刻も早く解決してあげたいと思っている。
なので、そもそも俺が力になれることなのかを知ることが最優先だ。
槙野は少し俯き、やがて話しはじめた。
「…明希と、屋台を回ってたの。花火が上がるまで時間があるからって」
俺と倖楓と同じようなことをしていたらしい。まあ、他にすることもないと思うけど。
「それで、屋台で買った物を食べてたんだけど…」
そう言った途端、槙野の表情が沈み、手元のペットボトルを強く握った。
「そこを通りかかった、男女5人のバスケ部の友達が来たの」
ああ、俺が自分達に懸念していたことが槙野と明希に起こったのだ。
「それで、一緒に回らないかって話になって」
そうなったら、明希はきっと…。
「私も明希も断れなくて…」
きっと、明希は怖くなったのだと思う。前に言っていた、槙野が孤立したりすることが。
本当に起こるかどうかわからなくても、想像出来てしまっただけで進めなくなってしまう。
その気持ちがわかるからこそ、槙野はもちろん明希のことも責める気にはなれなかった。もしも俺が責めるのだとすれば、そのバスケ部の連中だ。
「一緒に屋台を回り始めたらその中の1人の子が明希にベッタリで、私なにしてるんだろうって、わけわかんなくなって。気付いたら人混みに紛れて明希から逃げてた…」
一通りの事情は話終えたのだろう。槙野はまた黙ってしまった。
槙野は“気付いたら”と言っていた。それなら、少し落ち着いた今なら別の答えを出せるかもしれない。
「槙野」
「なに?」
「槙野は、これからどうしたい?」
「…わかんない」
本当に本人にもわかっていないみたいだったが、考えたくないだけのようにも見える。
どうしたらいいだろうかと悩んでいると、ずっと黙っていた倖楓が口を開いた。
槙野の隣に座る倖楓は、槙野にそっと寄り添う。
「香菜ちゃん。聞き方を変えるね」
そう前置きして、
「久木君のこと、好き?」
その問いに、槙野はしっかりと頷く。
「じゃあ、何があっても離れたらダメだよ」
倖楓の口調は叱っているようだったが、優しかった。槙野への言葉のはずなのに、俺にも突き刺さる。
―――そうだ、今の槙野はあの時の俺と似ているんだ。
そう気付いて、俺は改めて槙野へ伝えるべきことを口にする。
「俺は…、槙野が明希から離れたことを悪いとは思わない」
俺の言葉が意外だったのか、槙野が顔を上げて俺を見る。
隣の倖楓は、少し心配そうな顔をしていた。
「でも、後悔はすると思う。離れた相手に対する罪悪感を抱えたままいるのは、生きづらいよ」
それを、誰よりも知っているから。
「たとえ相手がもう一度、傍に来てくれてもそれは消えない。むしろもっと痛くなる」
それは、今も変わらないから。
「それでも戻らないって決めるなら、俺はもう何も言わない」
槙野は黙っている。でも、その眼は哀しいだけのものではなくなっていた。
きっと、もう答えは出ているはずだ。
だから、俺はいつもの調子で、
「ただ、人にぶつかるようなやつを1人にするのは危なっかしいから、今日は俺とサチについてくること」
すると、槙野もいつものように。
「2人の間に挟まれるなんて絶対イヤに決まってるでしょ」
「あ!香菜ちゃんひどい!」
俺達は笑い合う。
ようやく、槙野に笑顔が戻った。
明日も更新があります。
おそらく連続更新をすると思いますが、1回目は12時頃の予定です。
よろしくお願いします。




