お嬢様とのデート
遅れてすみません。
翌朝、俺はアラームと同時に起床する。
寝室を出ると同時にキッチンを見る。そこには―――。
「…サチ、なんでいるの」
倖楓が鼻歌混じりに料理をしていた。
最近では見慣れた光景になり俺も受け入れ始めていたが、今日は事情が違った。
茉梨奈さんとの外出予定があり、合流したらすぐにお昼を食べることになっている。そのため、朝食は食べなくてもいいかと思い、昨晩のバイト帰りに倖楓には事情を説明して朝は来なくていいと伝えていた。
それなのに、なぜか倖楓は俺の部屋のキッチンで料理をしている。これに疑問を持たないわけがない。
「やっぱり人間、朝食が大事だと思います」
倖楓が大真面目な顔で言うので、一瞬俺が間違っているのかと錯覚させられそうになる。
そう言う倖楓のいるキッチンからは、朝ごはんにしてはやけに油の音が大きく響いていた。
不審に思った俺がキッチンを見ると―――、とんかつが揚げられていた。
「おっも!バカじゃないの!?」
朝からとんかつなんて、そんなハードな食生活をしてきた覚えは一度もない。
しかし、俺の驚きにも倖楓は動じる様子もなく、
「ほら、大事な日でしょ?ゆーくんは勝ってもらわないとだからね」
昨日の海晴さんといい、なぜ戦うことになっているのか…。
いや、そんなことよりも現状をなんとかしなくてはならない。
「あのさ、12時にはお昼食べるって話したよね?だから食べるにしても、せめてもっと軽いのが良いんだけど…」
恐る恐る要望を伝える。そもそもなぜ俺が下手に出ているのかと思ったら負けだ。
「なに?私のカツ丼が食べれないって言うの!?」
「酔っ払いか!ていうかカツ丼かよ!重さが5割増しだよ!」
思わず大声が出てしまったが、とにかくカツ丼は回避したい。
「ほら、まだ1枚しか揚げてないなら、それはサチが食べて俺には軽いのを…」
「私、もう食べたもん」
「え、もうカツ丼食べたの?」
いつの間に食べたのか。たしかにもう10時過ぎてるし、普段から早起きの倖楓なら食べていてもおかしくはないが…。
「ううん、トースト」
「おい!」
なに自分だけ普通の朝ごはんを食べてるんだ。久しぶりにイラッとしたぞ。
すると、倖楓は不貞腐れたような顔で、
「だって家で過ごす予定だったのに…」
昨日のバイト中と同じことを言う。
しかし、俺は呆れたりせずに倖楓を諭す。
「それは予定がなかったから俺がそのつもりだっただけで、サチとそうしようって約束したわけじゃないでしょ?」
「暗黙の了解だったもん…」
それはさすがに無茶だろう…。
俺は、ここは代案を出して納得してもらうしかないだろうと考えた。
「わかった。じゃあ、今度サチに1日あげるから、今日は我慢してほしいんだけど」
「…わかった」
倖楓の言葉に一安心した。
しかし、倖楓はまだ不貞腐れている。
「…そんなに橘さんと出かけたいの?」
逆にそんなに茉梨奈さんと出かけてほしくないのかと言いそうになるのをグッと堪える。
「なんだかんだお世話になってるし、たまには恩返ししないとね」
これも俺の本音だ。
すると、倖楓にそれが伝わったのか、不貞腐れた顔が少しマシになった。
「わかった。それじゃあ、今日は大人しくゆーくんの部屋で待ってるね」
「いや、自分の部屋で待ってて!?」
結局、朝食はカツ丼ではなく、カツ煮で妥協してもらった。胃もたれを感じる…。
12時、雛ノ川駅改札前。
「ごめんなさい。待たせたかしら」
「いえ、そんなことないですよ」
俺が到着してから2分くらいで茉梨奈さんがやってきた。時間もぴったり12時なので、なんの問題もない。
茉梨奈さんから今日の予定を誘われた時、てっきり電車で少し遠出をするのかと思ったら、どうやら雛ノ川駅周辺でぶらつきたいらしい。今日のプランは、茉梨奈さんから任せて欲しいと言われたので、俺は詳しく知らない。
「行きましょうか」
「あ、はい」
茉梨奈さんに連れられて到着したのは―――。
「ここよ」
「ここですか?」
そこはハンバーガー専門店だった。最近出来たばかりの様で、お昼時の客でたくさんだった。
茉梨奈さんがこういう場所を選ぶなんて意外だった。俺は茉梨奈さんがジャンクフードを食べているところを一度も見たことが無かったからだ。
「意外そうな顔ね?」
「あ、すみません」
「いいわ、責めてるわけじゃないもの」
本当に茉梨奈さんは、何でもないように振る舞って店内に入っていく。
外で待ってる列があるので、もしかしてそういうことがわからないのかと思ったが、どうやら予約をしていたらしい。店員に伝えてから、5分もせずに席に案内された。
注文したハンバーガーを茉梨奈さんが一口食べる。
俺が作ったわけじゃないのに、なぜか緊張する。
「見た目からジャンクフードの主張が強かったけど、やっぱり濃い味ね」
「口に合いませんでした?」
恐る恐る尋ねると、普段通りの顔で、
「これはこれで、こういう物だと思えば良いと思うわ」
「そ、そうですか…」
良いのか悪いのかわからない感想に、俺は戸惑いながら返事をした。
「次はここよ」
普段街中で聞かないような電子音が響く空間―――、ゲームセンターだ。
「えっとー、何かやりたいのがあるんですか?」
また茉梨奈さんにしては意外な場所だったので、動揺しながらも尋ねる。
「特にそういうわけではないの。ただ来てみたかっただけ」
なるほど、興味本位というやつか。それにしても、こういう空間に茉梨奈さんというのはミスマッチ感がすごい。
「えっとー、じゃあ無難にクレーンゲームでもしますか?」
ちょうど今いる1階はクレーンゲームのフロアなこともあり、ここだけでも十分楽しめるだろうと考えた。
「ええ、それでお願い」
俺と茉梨奈さんは目当ての台が見つかるまで歩き回る。すると、茉梨奈さんが突然足を止めた。
「それほしいんですか?」
止まったのは、有名な黄色い熊のキャラクターのマスコットキーホルダーだった。
「そうね。…これがいい」
少し躊躇いながら言う茉梨奈さんが少し面白かった。
それにしても、こういうキャラクターが好きとは知らなかった。
「俺も得意ってわけじゃないですけど、難しそうに見えませんし、良いと思いますよ」
「そう、やってみる」
そう言った茉梨奈さんは、いきなり500円玉を投入した。これがお嬢様のプレイスタイルかと、俺は謎の感動を覚える。
500円玉での挑戦回数は6回。同じ景品が山になっているタイプの台なので、6回もあれば取れるだろうと、思っていたのだが…。
「この機械壊れてるんじゃないの?」
滅多に見れない茉梨奈さんのイラつき顔だ。なんて思っている場合じゃない、このままじゃあ店員を呼んでクレームをいれてもおかしくない。
一先ず落ち着いてもらわなくてはいけない。
「あ、あの、俺がやってみるんで落ち着いてください!」
「…わかった」
なんとか納得してもらえたが、これは責任重大だ。
100円を投入し、真剣にレバーを操作する。筐体の側面からも狙いを定めて決定ボタンを押す。
―――ガタン
「あ、取れましたね」
俺はサラッと言ったが、内心は安心していた。
取り出し口にある景品を取り、そのまま茉梨奈さんに手渡す。
「どうぞ」
「…ありがとう。大事にするわね」
優しく微笑んで言う茉梨奈さんの顔に、俺はドキッとしてしまう。
「あ、えっと、次は何します?」
「そうね、プリクラだったかしら?それがいいわ」
俺達は1フロア上がって、プリクラの筐体までやって来た。
正直、俺も久しぶりなので操作に自信が無い。しかし、ちゃんとそういう人にも操作出来るようになっていたので一安心だ。
ようやく撮影が始まったが、途中で入る音声アナウンスに「なぜそんなことをしなければならないの?」と、疑問を覚える茉梨奈さんが面白かった。
「落書きって何を書けばいいの?」
撮影後、俺達は撮影室の裏側にある落書きの画面の前に立っていた。
「えっと、今日の日付だとか名前だとか何をしに来たとかがベタですかね。あとは関係性とか、そのままですけど顔に落書きしたり、とにかく好きに書いていいんですよ」
「そういうものなのね」
そう言った茉梨奈さんは、日付とその横にデートと付け加える。
どうして女子は2人で出かけると『デート』と呼びたがるのかと疑問に思う。
印刷が終わったプリクラを切り分けて渡すと、
「ふふっ、変な顔ね」
どうやらプリクラの顔加工が面白かったらしい。今日は本当に茉梨奈さんの感情がよく顔に出るな思う。
「さ、次ね」
そこからは怒涛のスケジュールだった。はじめにボーリングへ行き、次にバッティングセンター、そしてなぜか卓球をして、とても多くの体力を消費した。
「はぁー…」
「あら、デートの途中でため息なんて、失礼ね」
特に気分を害したわけでもなさそうに茉梨奈さんが言う。
しかし、これにもちゃんとした理由がある。ボーリングもバッティングも卓球も、最初は俺の方が上手かったのだが、すぐに俺よりも茉梨奈さんの方が上手くなり、後半は手も足も出なかったのだ。
「茉梨奈さんが大人気なくボコボコにするからじゃないですか…」
「悠斗君は忖度して媚を売るような女が好みだったの?」
「それは嫌いです」
「なら良いでしょう?」
そう言ってカップに口を着ける茉梨奈さん。
今は茉梨奈さん行きつけのカフェに来ていた。3度目ともなれば、この雰囲気にも慣れる。
俺は、改めて今日の内容について話す。
「それにしても、今日行った所は茉梨奈さんにしては珍しいというか、意外なチョイスでしたね」
「私も少しは世間一般の感覚を体験しておいた方が良いと思ったのよ」
今まで体験してこなかったのは、家の事情というよりは茉梨奈さんの生き方の問題だろうと納得する。
「どうでした?」
「思ったほどつまらなくなかったし、悪くはなかったわ」
「えっと、それはよかった?です」
またどちらかわからない感想に戸惑う。
「思えば、こうして休日に2人で出かけるなんて初めてですね」
中学の時は学校だけでしか会わなかったし、帰りにどこか寄るということもなかった。
高校に入ってから初めて学校の外で一緒に過ごしたが、放課後だったのと、どちらも遊びという感じではなかったので、出かけるというのには含まないだろう。
「そうね。今更だけど、もっと色々な所に一緒に行けばよかったと思うわ」
「そう言ってもらえるとは思いませんでした」
「私にも情はあるのよ。…特に、あなたにはね」
「…ありがとうございます」
高校に入ってから、茉梨奈さんの知らない面をたくさん見たような気がする。今までと何が変わったのだろうか。
「そういえば、中学で俺を生徒会に誘った理由を聞いた時、俺が面白そうだと思ったからって言ってましたけど、結果はどうだったんですか?」
とても懐かしい記憶。今になって気になってしまった。
「秘密よ」
「なんですかそれ」
理由は教えておいて、結果は教えてくれないとは。
すると、茉梨奈さんは少し笑って、
「そのうち教えてあげるわ」
どうやら教えるつもりはあるらしい。その時を待つしかないか。
再びカップに口を着けると、茉梨奈さんが話題を変えてきた。
「見てれば大体わかるけど、遊佐さんとはその後どう?」
そういえば、5月にここで話をしてから、特に茉梨奈さんに話をしていなかった。
「まあ、ぼちぼちですかね…」
「そう言えるのなら、やっぱり少しはマシになったのね」
本当にあの時、茉梨奈さんと話をしなかったらどうなっていたのか、想像も出来ない。
「まだまだ、わからないことばかりですけどね。その節は、お世話になりました」
「べつにいいわ。恩は一生かけて返してもらうから」
「とんだ詐欺師じゃないですか…」
「あと、生徒会の件だけど」
「あ、はい」
話を逸らされた。もしかして本気なのだろうか…。
「夏祭りの日を期限にするから、その日に聞かせて」
「…わかりました」
そうだ、その件をハッキリさせようと俺は決めていた。本当はほぼ答えは出ているが、期限を出されたのだし、その日に回答しようと思う。
「あと、私は来年受験だし、実質高校最後の夏休みと言っても過言では無いと思うから、お祭りでも私を楽しませてね」
「それは屋台をやる人達に言ってください」
茉梨奈さんの無茶振りに、俺は苦笑いで返す。
―――俺達が席を立つまで、そこには穏やかな時間が流れていた。
また書き直しをしていたら遅くなりました、本当にすみません。
次回は水曜日更新予定です。
変更があれば活動報告にて連絡しますので、よろしくお願いします。




