異世界27日目 4月27日(土) ①ルーミィを泣かしてしまう
昨日は本当に怖かった。白銀狼夫妻の殺気、古龍夫妻の来園に次ぐ恐怖であった。
あの後、必死に子犬の習性を説き、尚かつ夕食にハンバーグとフライドポテト、唐揚げにサラダ、デザートもお付けすることで場を収めた訳だが、中々機嫌を取り戻すのに苦労した……。
そんな涙ぐましい努力の結果、誤解は解け、今は二人でスライムクッキーの大量生産を行っている。
ルーミィは料理の腕はからっきしだが、芸術の才能には目を見張るものがあり、型作りは一任している。生地作りには一切関与させていない。怖いから。
「出来たよ!」
率直な感想を述べよう、これはクッキーでは無い。歴史的芸術作品だ。
何、このペガサスの躍動感! 隣は不死鳥フェニックスですね。なんか今にも召喚されそうな勢いですが? そして極めつけはマリア様。もうこれなんて神々しさが出過ぎて絶対食べる事なんて出来ない。
「あの、ルーミィさん? 大変素晴らしい技術をお持ちなのは十分理解出来ましたが、これはクッキーの本質を見失ってます。もはや芸術品です、食べて貰えません」
そう、クッキーとはお菓子なのだ。そしてクッキーを食べることにより喉が渇き、ミルクティーも飲んで貰うと言うコンボが成立するのだ。これでは成り立た無いではないですか。
そんな訳で造形は可愛い動物路線に変更していただいた。それでも可愛すぎて食べるのを躊躇してしまう出来であったが。尚、折角作ってくれた芸術作品は店頭に展示品として飾ることにした。
この日、露店ブースでの売り上げは過去最高を叩き出した。
なんだろう、成金の気分だ。もうスライムミルクティーはおまけでルーミィ作のクッキーが爆発的な人気だった。日持ちもそれなりするし大量に作ったのだが、あれよあれよと完売となった。今まで完売にならなかったことが無いのがある意味凄い。
クッキー自体は2個100G設定で食べ応えがあるように大きめに作ってある。村の皆が気軽に買って食べて欲しいとの思惑があったからだ。
ただ、いくら大量に作ってそれらが完売した所で、単価も安いし、成金などと大層な言葉を使うのは少々語弊が生まれてしまう。成金の要因は例の芸術作品だ。
たまたま来ていた行商の商人さんが、どうしても譲って欲しいとの事で大金を置いていったのである。食べ物なので腐るよ? と申告したのだがその辺りは魔法でどうにかなるらしい。便利なもんですね異世界って。
そんな経緯で今はイリアさんの雑貨店で園の備品や食材の大人買いをしているところだ。
「景気のいい買い方するねえ。保育園ってのそんなに儲かるのかい?」
至極当然の質問だ。まあ、そっちも実際100億Gも手に入る状態だったのですがね。それはさておき事情を説明しておこう。
「なるほど、そんなものを作れるとは。ルーミィやるじゃないか!」
「いやあ、そんな大した事じゃないですよぉ」
……いや、あれは誰にでも作れるものじゃないぞ?
食材の方は大量に購入するのであれば後で運搬してくれるらしく、小麦粉などは大袋単位でオーダーさせていただいた。これでいろんな料理が作れるな。
おっ、そうだ! 良い事を思いついた。来週の保育園イベントはこれで行こう!
「あとこの本を入れられる物って何か無いでしょうか? 携帯出来てすぐに取り出せるような物があればいいんですが」
神ブックである。携帯していないが故に事件が起こった時にいつも手元に無いのである。これでは折角の神力が使えない。
そしてこの本、それなりに分厚いのであるが、一切重くないので携帯してても支障は無い。しかし、ちゃんと質感はある。全く不思議な本だ。
「そうだな、寸法さえ分かれば後は革か何かで作れると思うぜ。そうだな、出し入れがしやすくか――こんな感じか?」
あら、絵がお上手ですね。走り書きなのに随分立派なサンプル図ですね。そうか、この人、自分で服をデザインしてるな? いつも来ている服はオーダーメイドか。あんな服、普通置いてないもんな。
「いいですね、あ、この本、特殊なんでもっと軽量化してもらって……はい、そんな感じですね」
神力を使う際には神ブックに触れれば発動出来る。なので最悪収納時でも神ブックに触れる事が出来るようシンプルな設計にしてもらった。
「これじゃ本が汚れないか? ってその本、真っ白なのに一切汚れが無いな、特殊な魔法がかかってるようだな」
あ、そうなの? そういえば汚れて無いな、この本。白い本だからちゃんと手を洗ってから触るようにしてたけど。
ひとしきり買い物を済ませ、園の方へ向かう道中、かなりの人に声をかけられた。明日もっとクッキーを焼いて来て欲しいとのお声を。
もっと食べたいとの声が多く、その言葉にそっと胸を撫で下ろした。やはり味は良かったんだな。新製品で売り出したはいいが、造形の方の感想ばかりだったのでちょっと心配になっていたのだ。
村から出てほどなくして、今日の売上の入った袋を取り出しながら隣を歩くルーミィに声をかけた。
「今日の稼いだお金はルーミィさんお持ちになって下さい。自由に使っていいですよ」
お金の入った袋をルーミィに差し出す。大金は魅力ではあるがこれはちょっと多すぎる。こんな額のお金を持っていては甘えが生じる。
ハングリー精神でこそアイデアが浮かぶと言うものだ。まあ、お買い物はさせてもらいましたが。
ルーミィは驚いた表情、いや悲しげな表情の方が的確だろう。そんな表情を浮かべたまま袋を押し返してきた。
「どうして? 和也が持っててよ」
「でも今日の売り上げはルーミィさんの作った芸術品が売れたものなので。私が貰う訳にはいきませんよ。雑貨店での買い物で十分です」
その一言を境に途端、ルーミィの表情が一層曇り、茶色の瞳は潤み出し涙が溜まり始めている。
えっ? なんで? なんで? なにこの雰囲気? 俺、泣かすような事言ったけ!?
「どうしてそんな事言うの!? それは二人で頑張って作ったクッキーのお金だよ! 私と和也で! 二人で……二人で……」
ルーミィが泣くのを堪えながら振りしぼった言葉が、胸に刺さる。
割り切った考え方、自分の手柄じゃ無いものは受け取らない、人の領域は侵さない。ああ、やっちゃったな。これじゃあ元の世界に居た時と同じじゃないか。この異世界で生きていく為にはその考え方はダメだって分かっていた筈なのに。
十七歳に諭されるとは……おっさんとして情けない。
「……すみません、私が間違ってました。そうですね、これは二人で頑張った証ですものね。これからも私に至らぬところがありましたら、先程のように遠慮無くおっしゃって下さい。そして、いつもありがとうございますルーミィさん」
「うん……ぅぅ」
ルーミィが俺の胸に顔を押し当てて腰に手を回してくる。どうやら涙腺が決壊したようだ。嗚咽が聞こえる。しかし先ほどの悲しげな雰囲気は無い。
この状況、映画やドラマならこのまま抱きしめるのであろうが、俺のレベルではそんな特技は覚えていない。
結果、美少女に泣かれて抱きかれているのに、仁王立ちである。しかもアタフタしながら。こんな状況を端から見たらなんて情けないおっさんと唾を吐かれても仕方無い。
よかった、村で渡さなくて……絶対に誰にも見られたくない。
「もぅ……特別に許してあげるけど、寂しくなるからあんな事言わないでね……」
胸に顔を埋めたまま注意され、許してくれた。
はい、二度と言いません。そして情けないおっさんですみません……。




