↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
ゴミアパートのワンマンアーミー
43/57

軋まれ!骨密度1000%の女!

 扉を蹴り倒すと、ゴミ屋敷とは名ばかりの光景が広がっていた。廊下に並ぶ、大きさ順に積まれたブランドものの箱。つま先できっちりと揃えられた高級そうなヒールにブーツ、パンプスがシューボックスにところ狭しと並べられている。

 ゴールドストン婆様のアパート。ノースロード12番街の5。そっけのないアパートの入り口はそうして始まっていた。

 たしかにきちんと片付けられているが、ゴミ屋敷には間違いなかった。

「新品未使用。タグまで付いてる。足も通したことないんじゃない?」

 クリスはスマートフォンのライトで靴を照らしながら言った。サイズはすべて7。まるで靴の博物館だ。

「ああ。見ろ、これ。DIANAのヒールだって? オールドハイトに店舗なんかあったか?」

 鉄腕はシューボックスから赤いヒールをつまみ上げると、まじまじと見つめた。日本製のハイ・ブランドヒールである。値段はともかく、オールドハイトではあまり見かけない。

「ネット通販でしょ。ファッションセンスに自信があるのかないのか分かんないね。統一感無さすぎ」

 色も、形も、妙にバラバラだった。ファッションというものは好みであり、生き様である。生き様というものは拡散しにくい。持っているもののデザインには、少なくとも傾向程度は偏りが出るはずなのだ。

 色も、形も、ジャンルも素材も、このアパートの部屋に統一感というものはまるで無かった。それでいて、一つ一つには埃すらかぶっているのに、妙にきっちりと整理整頓してあるのだ。それがまた不気味だった。

「どうする? ポルターガイストが出てくるかも」

 クリスは真顔のまま、がおお、となぜか猛獣の真似をし始めた。ポルターガイストに牙があるなら、すでに食い殺されていることだろう。

「おい、勘弁してくれよ。せめて実体があるやつにしよう。ケンカに持ち込めるかもしれん」

「じゃ、上からカヤコが出てくる。テレビからサダコでもいい」

「OK、アタシが悪かった。じゃ、行くとしよう。レイ、プロトンパックを忘れるなよ」

「あー、君はビル・マーレイってことね。似てるんじゃない、女好きなとことか」

 二人は有名どころのクリーチャーが出てこないことを祈りながら、階段に足をかけた。



 ベッドの中で彼女は泣いていた。

 わけもなく涙が出てきて止まらなくなることがよくあった。部屋の中で積み上がったブランド品の箱を開けて、仕舞う。無くなったらまた買いに行く。それが彼女の日課であり、日常だった。

 祖国を出て、もう二年。

 彼女の祖国は、彼女が産まれる遥か前から戦火の最中にあった。終わりの見えない戦いの中で彼女は育ち、他の多くの人々とは違う生き方を選んだ。女性だけの民兵部隊へ身を投じたのだ。

「間違いだった」

 彼女はひたすらその言葉を繰り返した。間違いだった。自分の選択は間違っていた。戦火の中で虐げられる人々を間近に育った彼女にとって、『部隊』の存在は考えられぬほどの輝きに満ちていた。

 ただ、そこにあったのは死と隣り合わせという現実だった。硝煙と土埃に塗れ、スコープの先にある過激派との戦いは、彼女の精神を疲弊させるに十分だった。

「間違いだったのよ」

 やがて彼女はとある計画のために国を出た。部隊には軍事的支援がほぼ無い。食料などの補給品は地域に頼っているものの、新たな軍備品は望むべくもない。これは政府に頼らず、自らの居住区域を自らの手で守る自警意識の現れだったが、そうは長く続かないであろうことは誰の目にも容易に想像がついた。

 つまりは、新たな装備に頼ることなく、継戦能力を高めなければならなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」

 彼女はわけもなく謝り、枕に爪を立て涙を流した。結論として、彼女は祖国を捨てた。部隊の事は恐ろしくて調べていない。彼女は部隊へ戻らなかったのだ。何の支援も受けていない部隊にとって、一人とはいえ隊員を海外留学させることがどれほどの負担だったかわからない。

『裏切った』『裏切り者』『よくも裏切ったな』『恩知らず!』

 かつての仲間たちが彼女を罵倒する夢を見る。脳裏を声が掻きむしる。言われたことがなくとも、そう言われているような気がする。彼女はそうして今日まで生きている。

 オールドハイトにたどり着いてから、皮肉にも学んだ技術で生きながらえている。祖国では見たことのないブランド品を買い漁る日々。買った直後は幸せだが、一時間もすれば激しく後悔する。訓練で染み付いた備品の整理グセだけは抜けない。やがて部屋には収まらなくなり、ブランド品は部屋の外、他の人の部屋まで侵食するようになった。

 そうするつもりは無かったが、つっかかってきた隣の住人を癖でノシてしまったのがまずかった。トラブルを避けようと一気にアパートから人が出ていってしまって、彼女は一人になった。先日など、清掃業者がガラの悪い連中を連れてきたものだから驚いてしまい、やはりノシてしまった。

「全部間違いだったのよ、やっぱり……わかってる……クズよ、クズ……私は……」

 その時だった。扉の外から物音がした。反射的に彼女は身を固め、耳を澄ました。女の声。足音は二人分。彼女はゆっくりとベッドから外へ。上下グレーのスエットにパンツ。意志の強そうな眉だが、タレ目気味の目元には涙の跡が残っている。褐色の肌をした彼女は、ベッドのサイドテーブルにあったカランビットナイフをとった。ナイフに刻まれているのは彼女の名前。レイラ。祖国を捨てた女の名前──。




 暗いが、外の光はなんとか届いていた。光の中を、埃だけが死んだように漂っている。空気は最悪だ。

「妙だな」

「何が?」

 三階の廊下で、鉄腕とクリスは立ち止まる。クリスはキッチンで見つけた未開封だったポテトチップスをばりばり頬張るのを止めた。

「さっきまで人の気配があったんだが、消えた」

「何それ。テレビの電源がついてるとかそういうの?」

「カンみたいなもんだ。説明しづらいけどな。それこそテレビみたいに、電源が消えたっていうか……急に消えやがった」

 二人の後ろで、ギイ、と物音がした。扉が開く音。事実、廊下の奥でひとりでに扉が開いていた。

 変だ。何かヤバい。

 そう思う間もなく、クリスが声をあげる。

「後ろ!」

 鉄腕はとっさに喉を右手で覆った。反射的なカンだった。手の甲に刃が突き刺さる。金属的な音に驚いたのか、飛びかかってきた女が後ずさる。

「あー、アンタがジェーン・ドゥさん? 困るんだよな。こんな……モノだらけにされるとな。いっとくが、うちの大家は法廷嫌いなんだ。すぐ暴力に頼ろうとするんでね。謝っても許しちゃもらえないかもしらんぜ」

 女は呼吸を整えながら、暗い瞳をこちらに向けるばかりだ。砂色のショートヘアをセンターでわけた女。右手には握り込まれたカランビットナイフ。上下スエットというダサい格好だが、鉄腕は葉巻をふかしながら内心冷や汗をかく。

 一瞬、気配が消えていた。クリスが気づかなかったら、どうなっていたことか。

「ご……」

「ご?」

「ごめんなさいぃ……や、家賃は払っているわ……でも、でも……他の人を追い出すつもりまでは無かったのよ……本当に……」

 なんと女は突然さめざめと泣き出すでは無いか。それも顔を歪め、大粒の涙を流し、両手で顔を覆って──。

 あっけにとられるとはこのことである。

「泣かした」

 クリスはポテトチップスを一枚口に運んで言った。

「アタシのせいかよ!? ──おい、おい! 泣くなよ、可愛らしいレディ。誰だって笑顔のほうがいいに決まってる」

 わんわん泣く彼女に、鉄腕は慎重に近づく。何せナイフはまだ手放していない。先程鉄腕の首を捉えた動きは本物だった。掛け値なしの危険人物だ。油断をすれば殺られる。

「なあ、レディ。口ならアタシが利いてやる。どういう事情か分からんが、必要なら引っ越し先くらい探してやるさ。これだけ新品のブランド品がありゃ、売れば一財産だ。ビバリーヒルズだって夢じゃないぜ。その辺も、アタシにツテがあるからさ……」

 彼女の身体が、まるで電気が通ったようにぶるりと震えたのに、鉄腕が気づかないはずもなかった。鉄腕は近づくのを止めた。女は泣くのを止め、ゆっくりと起き上がった。

「売る?」

「そうさ、売れば……」

「売らないわよ!」

 女の大喝に、思わず鉄腕は後ずさる。女は一度カランビットナイフを手の内で回転させてから、おもむろに両手を前に少し出す。そして、肩をのたうたせた。まるで蛇が肩の肉の中で暴れているようだった。

 そして、奇妙な音が鉄腕とクリスの耳に届いた。骨と骨が擦り合い、悲鳴を挙げるような音だった。

 骨が軋む音──この女は、肩甲骨を筋力で回転させ、肩の骨を意図的に軋ませているのだ!

 鉄腕は反射的に殴りかかった。音がいけなかったのだ。コブラやハチが、自らの器官を震わせて警戒音を発するように、この女の軋みは戦闘者への警戒音に他ならなかった。鉄腕にとってそれは、戦いのゴングに等しかったのである。

 突き出した拳は、女を捉えることができなかった。蛇のように、女はするりとそれを避けたのだ。握り込んだままの拳で、鉄腕の胸中央へ叩き込む。文字通り骨が砕けそうになる痛み。歯を食いしばり、左フック。右ストレート!

 空気が破裂するような音。女はまるで見えているかのように、鉄腕の必殺の拳を手で払いのける。そしてがら空きになったところで再び掌底を叩きつけた!

 さすがに今度は口の端から血が漏れる。女は鉄腕より小柄で細く、とても重戦車のようなパワーは出せそうに無い。これは一体どういうことだ。

「殺す」

 女は息を整えながら、いつの間にやら取り出したタバコ──キャメルを咥え、ライターで火を点けていた。

「ここは私の聖域。私はグズで、最低だけど──誰もここを汚す権利はない。私のものへ指一本でも触れさせない」

 女は再び肩を波打たせ、軋ませ──懐から何かを投げた。スローイングナイフ。雨戸に命中し、辺りは暗闇に落ちる。

「伏せろ!」

 クリスにそう叫ぶが早いが、鉄腕は咥えていた葉巻を右人差し指で弾き飛ばす。暗闇での喫煙は、相手にとってみればガイドビーコンのようなものだ。つまり、首を掻き切ってくださいと言っているようなものだ。鉄腕もまた伏せながら、コートのポケットを弄り、別の葉巻を出して投げた。フラッシュ・シガー。炸裂した瞬間、光で部屋が真っ白になる。目潰しを期待した行動だったが、功を奏したようだった。足音が下へと消えていったからだ。

「クソッタレ。婆さんめ、適当こきやがって。軍人あがりと清掃業者で一時間持たなかっただあ? あんなの、五分だって持つもんかい」

 二人は立ち上がって服の埃を払った。とにかく、厄介なところに来てしまったのは間違いない。それも、生きて出られるかもわからない。

「どうすんのさ。僕ら、あんなのの住処に足を踏み入れたんだろ? 出してもらえるかな?」

「無理だろうな。ありゃキレちまってる。……悪いが、婆さんとの約束は守れそうにねえな」

「どういうこと?」

「アパートをぶっ壊してでも出ていくってことさ。悪いがここは取り壊しだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。